Illusion Lover
鼻を突くインクの匂い。散在する原稿用紙。ばら撒かれたようにあちこちに散らばっているスクリーントーンのカス。
見るものが見れば一発で漫画家の仕事場だとわかる、そのマンションの一室で彼は作業に励んでいた。
夜も更け、デジタル時計の表示は8:43。もちろんPMだ。
ペンネームをハリマ・ハリオ。本名を播磨拳児というその青年は、横の机で原稿に取り組んでいる若い娘に声をかけた。
「八雲。今度、こいつベタフラ頼むな」
「はい、拳児さん」
少女の面影を多分に残した娘が手を伸ばして原稿を受け取った。
アシスタント兼恋人で、すでに半同棲状態にある塚本八雲は大学二年生。
そして播磨自身は新進気鋭の漫画家だ。
「いつもわりいな、八雲。タダでこき使ってよ。今度飯でもおごっから」
切れ長な瞳を彼女に向けながら播磨は言う。トレードマークだったサングラスは、今はめったにかけない。髪形もあの頃のオールバックではなく、短くまとめてジェルで逆立てている。
「他人行儀なこと、言わないでください」
答えてきた八雲の言葉を聞いて、播磨は苦笑する。
「そう言うならよ、そろそろ敬語やめてくんねえか? 俺ら、高校時代から付き合ってんだから、もう何年目だ?」
「す、すみません。これは性分で」
赤面する八雲を見て播磨は頭をかく。と、そのときかたわらに置いた携帯電話が短い着信音を鳴らした。
「お、メールか」
ペンを机に置き、播磨は携帯電話を手に取る。そして、発信者の名前を見て息を呑んだ。
いろいろあった高校時代。播磨にとって、忘れられない、忘れてはならない三人の女性がいる。ひとりはもちろん八雲。そして、彼女の姉で初恋の人でもある塚本天満。もうひとり。その彼女こそが、たった今受け取ったメールの相手。
『お嬢』
そう発信者の欄には記されている。
高校時代は全校生徒の憧れの美少女だった沢近愛理。自分にとっては天敵で喧嘩友達で、そして……。今なら言える。間違いなく特別な存在だった。自分をヒゲと呼ぶことを許したのは、彼女だけだった。彼女をお嬢と呼んでいいのは、自分だけだった。
「メール、誰からなんですか?」
八雲の問いかけに思わず播磨は携帯を背後に隠し、おどおどと言う。
「いや、ダチからだ。ちょっと電話してくるな」
播磨はバルコニーに出ると、夜空を見上げた。11月ともなると夜の空気は冷たく、イージーパンツに長袖Tシャツ一枚の播磨には少しこたえる。秋の美しい星座を一瞬だけ見た後、播磨は改めて携帯電話を見つめた。
待ってる
サブジェクトの欄にはただそう記されていた。そして本文には店の名前。
『イリュージョン』
店の場所を記した地図も添付されている。
「ったく、いきなりなんだっつうんだ」
愚痴りながら播磨は返信ボタンを押そうとし、思い直して直接電話をかけた。聞こえてきたのは、予想通り留守番電話の応答。
「ちきしょう」
本来なら放置で十分だ。だが、高校時代、播磨は愛理に大きな負い目を作ってしまっている。そして三ヶ月ほど前、不意に電話をかけてきた彼女が、寂しげな様子だったのが気にもなっていた。
舌打ちをしながら部屋に戻ると、播磨はクローゼットを開く。
ベージュの綿パンと白いジャケットを選び、着替えながら播磨は八雲に声をかけた。
「わりい。俺、ちっと出かけるわ」
「今からですか?」
とがめるような声。それを聞いて、播磨は必要以上に胸を張った。
「ああ。今日の分は明日がんばるからよ。八雲も今日は帰るか? それなら駅まで」
「いえ。私はもう少しがんばります。泊めてもらってもいいですか?」
「ああ。なら、頼むわ。わりいな」
「いいえ」
身支度を終え、部屋を出ようとする寸前に八雲が声をかけてきた。
「友達って男の人なんですよね?」
ギクリと固まりつつ播磨は答える。
「あ、当たり前じゃねえか。じゃ、行ってくるからよ」
そそくさと部屋を出る。今から会うのが女で、それも愛理だということが八雲にばれたらどうなるのか。それを考えると鳥肌が立つ播磨だった。
目的の店にたどり着いたときには、すでに時計は9:30を差していた。
落ち着いたバーに相応しい、抑えられた照明の中でも、播磨は目的の人物をすぐに探し出すことが出来た。
金髪に軽くウェーブをかけ、背中に垂らしているスレンダーな女がカウンター席に腰掛けていた。
その傍らには若い男が立ち、グラスを片手にしきりに彼女に話しかけている。
軽くため息をつき、播磨はそこに歩み寄った。
「よう」
短く声をかけて男の肩に手をかける。
「そいつ、俺のツレなんだけどよ、あんた知り合いか?」
双眸を鋭く細めて男を見やると、彼は蒼白になって瞳を伏せた。
「い、いえ、なんでも。それじゃ」
言って店の片隅へと移動していく男の背中を嘲笑で見送り、播磨は静かにストールに腰を落とした。
「待ったか?」
声をかけると、その女、沢近愛理は幾分トロンとした瞳をこちらに向け、苦々しげに言ってきた。
「待ちくたびれたわよ。今ので何人目のナンパ男だと思ってんのよ?」
「知るかよ」
吐き捨てるように播磨は答える。
「だいたい、急に呼び出すおめーのほうがわりーんだろうが」
そう言うと、愛理は半眼でこちらを睨んできて恨めしげに言う。
「そういうこと言うんだ。私のこと、ぼろ雑巾みたいに弄んだ挙句に捨てたくせに」
「おい」
押し殺した声とともに播磨は愛理をにらむ。
「人聞きのわりーこと言うな! 高校ん頃にいろいろあったアレについちゃ、何度も謝ったじゃねえか」
播磨が声を荒げると、愛理は薄い微笑を浮かべて人差し指をこちらに向けてきた。
「ムキにならなくていいわよ。半分は冗談だから。それより、何か頼んだら?」
「半分かよ」
ごちりながら、播磨はバーテンダーにドライマティーニを注文する。
突然の呼び出しに愚痴を垂れているうちにそれが届き、播磨はグラスを掲げた。
「まあ、いいや。とりあえず乾杯な」
「そうね」
愛理が掲げたグラスの中身は鮮やかな青。チャイナ・ブルーあたりだろうか。
あの頃と変わらず美しい愛理の顔立ちに、それはとても美しく、そしてはかなげに映えて、播磨はわけもなく切なくなる。
もう半分ほど干してあったそのグラスに口づけた後、愛理は微笑とともに言ってくる。
「がんばってるみたいね。毎週読んでるのよ。コミックスの1巻も買ったわ」
「サンキュ。おかげさまで、なんとかやってんよ」
播磨が言うと、愛理は自嘲するような笑みとともに天を仰いだ。
「おかげさまって言うなら、八雲のおかげでしょ。よろしくやってるわけ?」
「お嬢……」
瞳を伏せると、愛理は両手でグラスを抱き、抑揚のない声で言う。
「今でも思うことあるのよ。あのジャージがちゃんとあんたの手に渡ってたらどうなってたのかって」
「……勘弁してくれ」
たまりかねた播磨が引き攣れた声を押し出すと、愛理は静かに吐息をついた。
「ごめん。別に八雲に文句言ったわけじゃないのよ。私に勇気が足りなかっただけなんだし」
その言葉は播磨の罪悪感をつのらせる効果しか持たなかったが。
それでも播磨はやっとの想いで次の言葉を紡いだ。
「よかったじゃねえかよ。俺なんかに関わらずにすんでよ。おめーなら男の二人や三人、どうとでもなんだろ? 最近どうなんだ?」
その言葉を聞くと、愛理はカクテルの残りを飲み干した。
「ラストキッスをちょうだい」
「なっ!?」
驚愕した播磨だが、バーテンダーの応答を聞いて、それがカクテルの名前なのだと知った。
落ちた沈黙が途切れる前にそれは届いた。
愛理は、カクテルをグラス四分の一ほど空けて、そして静かに口を開いた。
「そのことなんだけどね」
悲しげな瞳をこちらに向けて、愛理はその言葉を送り出してきた。
「私、近いうちに、結婚するかもしれない」
「っ!」
ガタンと言う音は自分が手にしているグラスが奏でた音だろうか。動揺した播磨をなだめるかのように愛理は柔らかく微笑み、また一口カクテルを飲む。
「近いうちって言っても、一年ぐらいは先だと思うんだけどね」
「相手は?」
震える声で尋ねると、愛理はため息とともに顎杖をついた。
「イギリスの貴族の次男坊でね。歳はわたしより六つ上。半年前に初めてこっちで会って、やけに気に入られちゃって」
唇だけの笑みを浮かべたままで彼女は続ける。
「そのあと、向こうでも会ったりとかして、とりあえず結婚を前提にして付き合おうかって話になってるのよ」
「そ、そっか。とりあえず、おめでとうって言っとくな」
複雑な感情を押さえて播磨が言うと、愛理は乱暴にグラスをカウンターに叩きつけた。
その音に播磨が息を飲んでいる間に、愛理はまたグラスを口に運ぶ。
そして彼女は、明らかな怨嗟を含んだ声で言ってきた。
「めでたくなんかないわよ! だって……だって、私が好きなのは、今でもあんただけなんだから!」
「お嬢……」
軽く鼻をすすって愛理は言う。
「私、来月にもイギリスに渡ることになると思う。あんたに会うのもこれが最後かもしれない。だから、だから……」
かけるべき言葉ももたない播磨をよそに、愛理は肩を震わせながら言ってきた。
「あんたのこと、今更八雲から取ろうとか思わない。もう二度と恨み言も言わない。だから、だから、お願い……。一度だけでいいから。私を……」
「お嬢……」
絶句した播磨に向けて、愛理は左手を伸ばしてきた。カウンターを滑らせて。
それを握ったら、もう戻れない。播磨にはそれがわかっていた。だから、彼女の手を握ることは出来ない。
そんなことはわかっている。にも関わらず、なぜかその右手は失われた半身を求めるかのように勝手にカウンターを這い、愛理の左手へと向かっていく。
脳裏にほんとうに大好きな、大切な恋人の顔を思い浮かべてもそれは止まらない。
そして、わずか指先が触れた瞬間だった。懐の携帯電話が着信音を奏でたのは。
「わ、わりい」
弾かれたかのように立ち上がると、播磨は携帯を耳に当てた。聞こえてきたのはもちろん八雲の声。
「あ? ああ、わかってる。すぐ戻んよ。--------------っせえなあ、んなわけねえだろ。疑いぶけえな、おめーも」
言いながら播磨は愛理に目配せをする。と、不意に彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて大きな声を出した。
「拳児! いつまで電話してんのよ!?」
「お嬢! おめー、なにを……っ!」
失言に気付いたときにはもう遅かった。プツリと切れた携帯から聞こえてくるのはむなしい沈黙のみ。
「シャレになんねえぞ」
ごちながらコールバックするが、予想通りの無機質な音声が聞こえてくるだけ。
「だあ、くそ。なんで俺の周りはこんな女ばっかなんだ!?」
播磨がぼやきながら携帯をポケットに押し込むと、愛理が苦笑混じりに言ってくる。
「ごめん。悪ふざけが過ぎたわ。でも、とどめさしたのはあんただからね」
「わあってんよ。元はと言えば、あいつにナイショでおめーと会ってる俺がわりいんだしな」
カクテルを飲み干し、播磨は重い声で言う。
「なあ、お嬢。さっきの話だけどよ」
「……うん」
「やっぱ無理だ」
愛理の顔を見る勇気もなく、播磨はグラスに視線を落としたままで続ける。
「いっそ、俺がおめーのこと、ほんとになんとも思ってなかったらそういうこともできたのかもしれねえけど」
「……ん」
小さく声をあげた愛理にちらりと視線を送り、播磨は続ける。
「俺にとってのおめーはそうじゃねえから。一度そういうことして、知らねえ顔できるとか思えねえから」
自嘲するように鼻を鳴らした後、愛理が言ってきた。
「それ、誉められてると思っていいの?」
その質問には答えず播磨は続ける。
「四年前。おめーのこと振って、泣かせたよな。おめーもつらかったかもしれねえけど、俺だってしんどかったんだぜ。産まれて初めて女を泣かせちまって。なんにもできなくて。自分が情けなかった。消えちまいたかった。八雲と付き合う資格なんてねえとさえ思った」
「ヒゲ……」
懐かしい呼び名で、愛理が呼びかけてきた。彼女と視線を合わせて、そして播磨は言った。
「そんとき決めたんだよ。もう二度と自分を想ってくれる女を泣かせたりしねえって。あんとき八雲を選んでおめーを泣かせた。今、おめーを選んで八雲を泣かせたら、最低じゃねえか。そんな男のこと、おめーは好きでいられんのかよ?」
播磨が尋ねると、愛理は小さくため息をつき、手のひらに顔を埋めた。
「お嬢……」
想いを断ち切るようにして播磨は告げる。
「俺は行かなくちゃいけねえ。おめーを責める気とか全然ねえけどよ。今、あいつのことほっとくわけにゃいかねえから」
悲しげに愛理がかぶりを振る。それを見ない振りをして播磨は続けた。
「おめーも帰れよ。相当飲んでんだろ。近くまでなら送ってくからよ」
しかし、愛理はあくまでも首を振る。
「私は帰らないわ。朝までここで飲んでる。だって、あんたが気が変わって戻ってきてくれるかもしれないから」
「……俺は戻らねえぞ」
「信じてる……」
「……ばかやろう」
播磨は最後の想いを込めて、愛理の肩に手を乗せた。もしかしたら、彼女に触れるのはこれが最後なのかもしれないと思いつつ。
「すまねえ」
最後の言葉を送り、播磨は静かにカウンターに千円札を置いた。そして踵を返す。
彼はもう、振り返らなかった。
スティルトンチーズをメリー・ウィドウで乱暴に喉に流し込む。もう、何杯目のカクテルなのか覚えてもいない。自分で頼んだカクテルながら、イヤミな名前だと思う。
今の自分は、まさに未亡人のように……まだ、死んでいないだけの女だと思えたから。
脳裏を占めるのはとめどない悔恨のみ。
あの時、ほんの少し勇気があったなら。
あの時、もう少しだけ素直になれていたなら。
負け惜しみではなく、絶対に八雲になど負けていなかったと愛理には思える。だからこそ悔しい。だからこそ悲しい。
播磨が立ち去ってからどのくらい時間が過ぎただろうか。代わる代わる言い寄ってくるナンパ男に身を任せようとさえ思った。
だが、どうしてそんなことができる? 彼のために、彼のためだけに清い体を守ってきたのに。彼に捧げる機会などあるわけもないと思いつつも、守ってきたのに。
朝まではまだたっぷりと時間がある。差し出された傘。突然受けた告白。そしてフォークダンス。思い出を噛み締めながら愛理はまたカクテルを干す。
つらい想いを酒でごまかすことを覚えたのは、彼に振られたあの日だった。
酒が痛みを鈍化してくれることを知ると同時に、心の空白を決して埋めてくれないと知ったのもあの日だった。
何もかもが遅かった。素直になりきれず、悶々としているうちに、播磨と八雲の距離が近くなって。
勇気を出してというよりも、ヤケになって告白し、そして玉砕した。せめてもの救いは、播磨が返事に一週間というときを費やしてくれたこと。彼なりに、真剣に考えてくれたのだと今にして思う。
しかし、あのときはつらくて、苦しくて、悲しくて、悔しくて。
泣きながら彼をなじった。何を言ったのか、はっきりとは覚えてはいない。
しかし、会うたびに彼が自分を気遣ってくるところを見ると、どうして自分が彼を好きになったのか、彼のどんな言葉に傷ついたのか。きっと事細かに告げては執拗に彼をなじったのだろう。
その情景を想像すると、ますます自分がイヤになる。
胸がむかつくのは過ぎた酒のせいだろうか。自分への苛立ちのせいだろうか。
時間を戻す魔法があればいいのにと愛理は切実に思う。
それさえあれば、いくらでも選択肢はあるのにと。
意識が朦朧としてきたそのとき、その声は背後から聞こえてきた。
「待たせたな、お嬢」
「っ!?」
息を呑み、愛理は振り返る。そこに彼はいた。
「うそ……」
絶句したのは、そこにいた播磨が、先ほどまで一緒にいた播磨ではなかったから。
カチューシャでまとめたオールバックの髪にサングラス。
精悍な頬に濃い眉。
四年前、愛理が恋したそのままの姿で彼はいた。
夢だと思った。次に、幸薄い自分のために神が用意してくれた奇跡なのかと思った。
「ああ……」
手のひらを伸ばして頬に触れる。確かな感触。夢ではない。
愛理は、自分自身もあの頃に……金髪を二つにまとめ、誰よりも輝いていると自負していたあの頃に戻れたような気がしていた。
「嬉しい……」
心から言って涙をぬぐったとき、そのサングラスの少年は、バツが悪そうに言ってきた。
「あのさ、お嬢……じゃなくて、その……愛理姉ちゃん。ごめん、俺、兄貴じゃないんだ」
「え?」
目をこすってマジマジと彼を見る。
あの頃の彼と瓜二つなその少年は、よく見るとどこかが違っていた。
背は自分より頭半分高い。それは播磨拳児と同じだ。
しかし、体格は彼よりはわずかに華奢に見えた。鼻も少しだけ高いだろうか。眉の形も違う。
そして、播磨のことを兄貴と呼ぶ少年には、一人しか心当たりがなかった。
「修治……なの?」
「……ごめん。兄貴に頼まれて。どうしても兄貴、八雲姉ちゃんから手が放せないからって」
「そっか……」
愛理は小さくため息をついて、修治をうながした。
「とりあえず、座りなさいよ」
「う、うん」
愛理は、カウンターに頬杖をついて、マジマジと修治を見つめる。
「前に会ったのはいつだったかしら。ずいぶん背が伸びたのね。それに、あいつにそっくりに……。てゆーか、お嬢ってなによ?」
愛理が睨むと、修治は肩をすくめて言ってくる。
「ごめん。兄貴がいつも姉ちゃんのこと、そう呼んでたからさ。なんかかっこいいかなって思って」
「へえ。で、その姿は?」
修治は、うつむきながら言う。
「最初は冗談でやったんだけど。八雲姉ちゃんがかっこいい、兄貴にそっくりだってあんまり誉めるから」
「ふうん、兄弟揃って八雲八雲って」
「ごめん」
カウンターに両手をついて修治は深くこうべを垂れる。
「姉ちゃんと兄貴のこと、少しは知ってるんだ。兄貴、八雲姉ちゃんのいないとき、酔っ払うと時々言うんだ。俺は大切な女を泣かせちまった。おめーはそんな男になるなって。八雲姉ちゃんも時々言うんだぜ。沢近先輩に謝りたいって。だから二人のこと、恨まないであげて欲しい」
「修治」
愛理は、静かな瞳で彼を見つめ、熱い息とともに言う。
「もういいわ、あいつのことは。それより、聞いてもいい?」
「なに?」
「あんたさ、年上の女は嫌い?」
その言葉を聞くと修治はてきめんに頬を赤らめ、そして上ずった声で言う。
「そんなことねえよ。俺、女は昔から年上しかダメなんだ。愛理姉ちゃんは……」
言いかけた修治の唇を愛理はそっと人差し指で押さえた。
「私のことは、お嬢でいいわよ」
ウインクしてみせると、修治は真っ赤な頬を引きつらせ、そしてうつむいた。そんな彼を愛理は穏やかな笑みで見つめた。
時間を戻す魔法は、ほんのひとときで消えた。しかし、愛理の時計は、あらたなときを刻み始めていた。
〜Fin〜
おにぎり展開まっただ中で、ネガりまくってた頃の作品です。旗書いてる気分じゃなかったけど、じっとしてられなくて。何かお嬢に救済が欲しくて。修治のことは強引だったけど、沢近自体はらしく書けたと思うし、実はかなり気に入ってる作品だったりします。
旗消滅エンドの作品は、これが最初で最後かも。
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