いとしのエリー


第3話

 なんやかんやでデートも進み、昼食タイムがやってきた。
 俺たちが入ったのは『茉莉(メーリー)飯店』という中華料理屋。俺にとってはおなじみの店だが、正直初デートの昼食に、お嬢がここを指定してくるとは意外だった。
「なんでまた、こんなとこによ?」
 問いかけるが、お嬢はそれには答えず、店内を覗き込んでニヤリと笑った。
「いたわ」
 その視線の先にいたのはお嬢と同じような金髪を頭の上でまとめた高校生ぐらいの女の子だった。見覚えがあるようなないような……。
「いらっしゃいませ」
 笑顔とともに駆け寄ってきたそのウェイトレスは、俺たちの顔を見ると、小さく「あっ」と声を上げてお辞儀してくる。
 お嬢は勝利者が浮かべるような笑みを浮かべて俺に腕を絡めてきた。
「こんにちは」
 お嬢の言葉にもう一度ウェイトレスは頭を下げて言ってくる。
「お二人でよろしかったですか?」
「ええ、いいわ」
「こちらへどうぞ」
 彼女に招かれるままに、俺たちは店の隅の四人掛けのテーブルへと向かった。
「ありがとう。八雲によろしくね」
「は、はい」
 ややこわばった顔でお辞儀して彼女は立ち去っていく。
「なあ、あの子?」
 俺が声をかけると、テーブルの向こうのお嬢は胸の前で作った両こぶしをおずおずと下ろし、咳払いとともに言う。
「うん。サラって言ったかしら。八雲の友達で茶道部の子よ」
「なるほど」
 道理で見覚えがあるわけだ。それはそれとして、
「なんでおまえ、嬉しそうなんだ?」
 俺が尋ねるとお嬢は意味ありげに笑って、俺の背中越しにカウンターに視線を送る。
「別に。わかんなくていいわよ」
 言ったお嬢の瞳には、やけに鋭い光が宿っていた。


 そんなわけで俺はAセットことチャーハンとラーメンを、お嬢はCセットことラーメンと唐揚げと小ライスのセットを注文した。
「おめー、そんなに食いきれるのかよ?」
「食べきれるわけないでしょ」
 さも当然のように言ってお嬢はラーメンをすする。ちなみに俺が頼んだのはトンコツラーメンで、お嬢が頼んだのは味噌ラーメンだ。
「ねえ、拳児。前々から言おうと思ってたんだけど」
「なんだよ?」
 俺が問いかけると、お嬢は軽く決心したようにうなずき、口を開く。
「あんた、バイク乗るとき、いつもヘルメットかぶってないでしょ」
「ああ」
「そんなもの買うお金もないの?」
「ぶっ」
 思わず俺はラーメンを噴き出した。
「んなわけねえだろうがよ! メットぐれえ持ってんよ」
「じゃあ、なんでかぶらないわけ?」
「んな、かったりぃもんよ」
「あんたね」
 お嬢はあきれたようにため息をついて険しい顔つきでこちらをにらみつけてくる。
「そんなのがかっこいいとか思ってるわけ?」
「そ、それはよ……」
 思わず俺は口ごもる。かっこいいと思ってるとしたらすっげえかっこわりいんだけど、実際に俺はそれに近い感情でああいうことをしてたわけで。
 そんなことを考えて気恥ずかしくなった俺は、後頭部をかきながら渋々を装って言った。
「わぁったよ。今度から、ちゃんとメットかぶるからよ」
「よかった」
 心底ほっとしたようにお嬢は言う。それから右手をこちらに差し伸べてくると小指を立てた。
「約束ね」
「は?」
 お嬢が求めているものがなんなのか気付いて俺は固まった。
 人目のある場所で……それも知り合いに近い人間もいる場所でそんなことできるかよ!
 俺はお嬢の仕草の意味がわからない振りをしてラーメンに箸をつけようとして……そしてその箸は空を切った。
 お嬢は、二つのどんぶりをしっかりと左腕で抱え込んだまま、もう一度言ってくる。
「約束ね」
 この女は……。だけど、ここで駄々こねてもますますかっこわりいだけだし……。ラーメンは冷めるだけだし……。
 俺はプルプルと震える小指を差し出して、お嬢のそれと絡めた。
 こんな様子をサラとか言う子に見られて妹さんに伝わって、さらに天満ちゃんに伝わったら……。
 そんな俺の思いも知らず、お嬢は満足げに指を離し、どんぶりを俺に返してよこす。
「ったくよ」
 毒づきながら俺は、あることに気付いて愕然とした。恥ずかしいとか塚本に知られたらとか言うことで俺はメゲてるわけで、この行為自体がイヤではなかったということに。

 この女は危険だ。

 天満ちゃん以外の誰にも。絃子にも。葉子姉さんにも。お姉さんにも。絶対に踏み込ませなかった領域に易々と踏み込んでくる。
 俺がお嬢を避けていた理由はこれなのかも知れない。これ以上放っておいたら、この女は俺の一番大切なものを奪っちまうかもしれない。

 そして俺は思い出した。元々このデートの目的は、俺がお嬢に振られることだということを。
 演じるしかねえ。女に嫌われる男のタイプその……いくつ目だったか忘れたが、無愛想な男を演じるしかねえ。
「ねえ、あんたのバイク、かっこいいわよね。なんて言ったっけ?」
「ああ、ドラッグスターな。俺のつうか、イトコのなんだがよ」
「ふーん、じゃあ今度どっか連れてってよ」
「おう。んじゃ朝日の……」
 言いかけて俺は絶句した。なんでにこやかに喋ってんだ俺は? この女、マジでやべえ。なんで俺はペースに巻き込まれてんだ? こうなりゃ、もう話は聞かねえ。生返事で押し通してやる。
「でね。――――――」
「ああ、そうだな」
「よかった。それで――――」
「ああ、好きにしろよ」
「わかったわ」
 不意に立ち上がると、お嬢はテーブルを回り込んで、俺の横に腰掛けた。
「ちょ、なにすんだ?」
 あわてる俺を怪訝げに見てお嬢は言う。
「あんたがこっち来いって言ったんじゃない?」
「な……」
 いやよ、少なくとも俺は来いとは言ってねえだろ? だけど、とにかくお嬢は俺の横にいて。
 肩は触れんばかり……というよりも触れてやがる。こいつ、当ててるだろ?
「拳児、唐揚げ食べなさいよ」
「お、おう」
 それを食べたあと、気を落ち着かせようと俺は割り箸に絡めた麺に息を吹きかける。その様子を見ていたお嬢が声をかけてきた。
「少しもらってもいい?」
「お? ああ、いいぜ」
 お嬢もまた、割り箸に麺を絡めてふうふうと吹く。俺はよくしらねえけど、こんな真似、巷のカップルもやってるのか?
 そんなことを考えながら麺をすすると、お嬢もそれにならう。そして……。
「いっ!?」
「ふっ!?」
 俺たちは固まった。俺たちの間には、橋のように横たわる一本のラーメン。
 マジかよ、おい? 心中でため息をつきながら割り箸で俺はそれを断ち切ろうとする。
「ん〜!」
 するとお嬢が険しい顔つきで小さく首を振る。確かにこれ、箸で切るって縁起悪いのかもしれねえけどよ。
 と、チュルっという小さな音とともに麺が引っ張られる感触。そして、ゆっくりとお嬢の顔が近づいてくる。恥ずかしげに染まった頬も宝石みてえな瞳もサラサラした金髪もすんげえきれいに通った鼻も。
 全てが近づいてくる。
 そして俺は、魂を抜かれた。ラーメンくわえたマヌケなツラなはずなのに。なんでこいつこんなに……。
 きっとそのせいなのだろう。俺の口から麺が抜け出て、お嬢の口に吸い込まれたのは。
「あ……」
 思わずと言った風に口を押さえ、うつむくお嬢。なんかこれ、俺が不意ついてお嬢に悪さしたみてえに見えちまうじゃないかよ。

「ありがとうございました〜」
 俺たちを見送ったサラとか言う娘の笑顔が意味ありげに見えたのは気のせいだと信じたい。
 信じたいけど……それはともかくとして、俺があの瞬間、お嬢に魂を抜かれたのは事実で。
 どうなっちまうんだ、俺は。助けてくれ、天満ちゃん……。


 と、まあこんな感じでアクシデントもあったものの腹もふくれて。デートもこれからだ。
「今度どこ行く?」
「そうだな……」
 俺があごに手を当てて考えていると、お嬢のほうから提案してきた。
「ねえ、プールバーなんてどう?」
「プールバー?」
 聞きなれない単語を俺は思わず問い返す。だが、あわてることはない。『プールバー』という言葉こそ聞きなれないが、『プール』と『バー』はそれぞれよく聞く言葉だ。
 俺の頭の中には、プールと併設されたバーの様子が瞬時に浮かんできた。
「プールバーか。ちとこの季節にプールはよ?」
「は?」
 眉をしかめたお嬢に構わず俺は続ける。
「いやよ、温水ってのはわかんけどな。どの道水着も持ってねえし」
「拳児」
 お嬢はあきれたようにため息をついて言う。
「その冗談、面白くないわよ。プールバーって言ったら、ビリヤードに決まってるでしょ」
「ビリヤード?」
「そう、玉突きよ」
「お? ああ」
 ようやく得心した俺に気付いたかどうか。いずれにしてもお嬢は言ってくる。
「どう?」
 まるで今にも玉を突くようなポーズさえとりながらお嬢。
「う〜ん」
 俺は考え込む。
「面白そうだけどよ。俺、やったことねえし」
「それなら大丈夫。私が教えるから。ルールとかも簡単だし」
 正直自信はねえけど、興味がないわけでもないし。特に行くあてがあるわけでもない。ここはひとつ乗っておくか。
 腹を決めて俺は返事をする。
「そうか? なら行くか」
「あら?」
 話がついたところで、不意にお嬢が俺の腕を引いてきた。
「ねえ、あれ」
「お?」
 お嬢の指差す先にいるのは変哲もない高校生ぐらいの男女連れ。
 一人はいかにもマジメそうな男。そしてもう一人は長い黒髪が印象的なおとなしそうな女。
「あの二人……」
「あ……」
 お嬢に言われて気が付いた。名前こそ思い出せないが、二人とも同じクラスの奴じゃ?
 考えているうちに、二人はこちらに近づいてくる。互いに見つめあい、俺たちの存在にも気付いてねえみてえだ。
 二人が目の前まで来たところでお嬢が声をかけた。
「こんにちは」
「あっ」
 二人は同じように口を押さえて俺たちのほうに見入る。
「永山さんと、田中君だっけ? あなたたちもデート?」
 お嬢が『も』というところにアクセントを付けて言うと、二人はそろって赤面する。
「い、いや、そんなんじゃないよ。たまたまそこで会って」
 田中とか言うやつの言葉に永山という女もコクコクとうなずく。
 そんな二人を流し目で見るお嬢。
「ふーん、まあいいけど。じゃあ、私たち行くから。また学校でね」
「あ、ああ。それじゃ」
 慌てふためいたように手を振り、田中が歩き出すと、永山もぺこりとこちらに頭を下げてあとに続く。
 あの二人、そこで会ったとか言ってるけどいい感じなんじゃねえか? そう思ったところで、自分たち二人もそんな風に思われてるのかと思うと気恥ずかしくなる。
「拳児、なにボーっとしてるの?」
「あ、なんでもねえよ」
 お嬢に言われて我に返った俺は、反射的に思いついた。お嬢に嫌われる言葉を。
「なあ、あの永山とかいう子、結構かわいくねえか?」
「は?」
 俺が言うと、お嬢はてきめんに仏頂面になる。
「まあ、そこそこかわいいとは思うわ。まあ、私よりは数段落ちるけどね」
 言ってお嬢は髪をさっと払ってポーズを作る。それは見ない振りをして、俺は永山の背中を見送りながら言う。
「いや、どうだろうな。あの子もなかなか……」
「へえ……」
 お嬢の瞳に危険な光が宿った。
「ちょっと待って!」
 鋭い声とともにアスファルトを蹴り、お嬢は二人に追いすがる。そして、いかにもな笑顔とともに田中の腕を取るお嬢。
 最初はキョトンとしていた田中の顔がたちまち真っ赤に染まり、横にいる永山の顔が悲しげにゆがむ。
「おめーなにやってんだ!!」
 瞬間的に怒りに駆られた俺は駆け出すとお嬢の腕を掴む。
「なによ?」
「なによじゃねえ!」
 俺はお嬢の腕を強引に引きながら二人に言う。
「わりぃ。俺がつまらんこと言っちまったから、こいつ意地になっちまってよ」
 きょとんとしている二人をよそに、俺は強引にお嬢を引きずっていく。
 そう、俺は怒っていた。せっかくのカップルをくだらない意地で引き裂こうとしたお嬢に。
 二人の姿が俺と塚本に重なったからかも知れない。
「放して!」
 二人からいい加減離れたところで、お嬢が俺の手を振りほどく。
「おめーなに考えてんだ!?」
 俺は声を荒げた。
「つまんねえことしやがって。あれで二人がおかしくなったらどう責任取るんだ、おめーは?」
「ど、どうって……」
 口ごもるお嬢に俺は畳み掛ける。
「俺たちの前によ、他の女が現れて俺を連れてこうとしたら、おめー、どう思うよ。おめーのしたことはそういうことだ」
「だ、だって……」
 お嬢は上目遣いで俺を見て、唇を尖らせた。
「拳児が私より永山さんのほうがかわいいみたいなこと言うから。田中君に私のほうがかわいいって言わせたくて……。ごめんなさい」
 先生に叱られた子供みたいにシュンとなったお嬢を見て、俺は罪悪感に駆られる。元々の原因は俺じゃねえか。
 俺はお嬢の頭に手を乗せて、仕方なしに言う。
「あれは冗談だ。俺もつまんねえこと言って、悪かったよ」
 俺の言葉で、たちまちのうちにお嬢が笑顔になる。
「ほんと? 私の方がかわいい?」
「ああ」
「私よりかわいい女の子なんて、いないわよね?」
「ああ」
 俺が答えると、お嬢ははにかんだようにうつむく。確かにこいつはかわいい。
 少なくとも、こうやってしおらしくしていれば。こいつよりかわいい女なんてまずいないだろう。
 天満ちゃん以外には。
 心の中で俺はそう付け加える。その言葉は、俺の頭の中にさえ、空々しく響いたけれども。
「拳児……」
 お嬢は俺に腕を絡めると、体を預けるようにして言ってくる。
「うまく言えないけど。叱ってくれて嬉しかった。私ね、その……」
 恥ずかしげに、そして悔しげに。お嬢は小声で言った。「好き」と。

 なんでこうなるんだろな。お嬢に嫌われようと何かするたびに気に入られる羽目になる。
 しかも……いや、そんなわけはねえ。俺もこいつに惚れちまったなんてよ。

 そんなことはあるわけはねえ。俺が好きなのは、天満ちゃんだけなんだから。

 まだ続くみたい……(byサラ・アディエマス)

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