You Only Live Twice



 秋の夕暮れ。

 塚本天満は至福の時を過ごしていた。
 横を歩いている少年とは、特に話が弾んでいるわけでもない。
 だが、いつの間にか日課となった、この二人きりの時間が天満は大好きだった。
 学校からの帰り道。いつものように彼を待ち伏せ、いつものように一緒に帰る。
 夕日はすっかり傾き、二人の影を長く伸ばす。 
 ふだん以上に無口な彼の端麗な横顔を盗み見たあと、天満は笑顔とともに言う。
「11月だね。なんか、早いよね。今年ももう、あと二ヶ月か」
 彼の表情に変化が見られないことに微かな失望を覚えつつも天満は続ける。
「11月と言えばさ、なにがあるか知ってる? あ、祭日とかのことじゃないよ。当ててみる? ヒントはねえ……」
「知ってるよ」
 珍しく言葉をさえぎってきたことと、意外な返事に天満は目を見張った。
 彼、烏丸大路は不意に足を止めると、真顔で言ってくる。
「むしろ知らないわけがない」
「え、それってどういう……」
 無意識に胸元を押さえながら天満が問い返すが、烏丸はその問いかけに直接答えることはなく、別の言葉を口にした。
「塚本さん、少し話せるかな?」


 町外れの小さな公園。
 砂場で遊ぶ子供やそれを見守る母親。
 滑り台ではしゃぐ、学校帰りらしい小学生。
 そして……。
 塚本天満は、自分と同じようにブランコに腰かけている烏丸の横顔をじっと見つめた。
 話があるからとここに連れて来られてからすでに5分近く経過しているが、一向に彼は本題を切り出そうとはしない。
 いつも超然としてさえ見える彼の表情が、どこかこわばっているようにも思える。
 天満は、はやる気持ちを押さえてスカートの裾を掴み、じっと彼の言葉を待ち続ける。
「塚本さん」
 ようやく滑り出てきた言葉が微かに震えているように聞こえたのは、天満の気のせいだろうか?
「こんなこと話すのは初めてで、どう切り出すのが自然なのかわからないんだ。だから、単刀直入に言おうと思う」
「う……ん」
 緊張の面持ちで天満。
 そして、次に烏丸の口がつむいだ言葉は、ずっと天満が待ち望み、そして叶えられることがないだろうと思っていた言葉。
「僕と付き合ってもらうわけにはいかないだろうか?」
「っ!!」
 言葉は出なかった。頬が焼けるように熱くなり、心臓が早鐘のようにビートを鳴らす。
 嬉しいのに、幸せなのに、胸が苦しい。
 そんな彼女の表情を誤解したのだろうか。不安げに烏丸が聞いてくる。
「ダメなのかな?」
 ぶんぶんと必死に天満は首を振る。
「私ね、ずっと思ってたの。何度も何度も考えてたの。烏丸くんが告白してくれたらどうやって答えようかって。でも言葉にできない。烏丸くん、ずるいよ、こんな不意打ち」
「……ごめん」
「あ、謝ることないのよ。でも、ほんとどうしよう。これからいろいろあるのよね。私の誕生日すぐだし、クリスマスにお正月。バレンタインデー! ねえ、烏丸くん、お正月は予定とかあるの?」
「特には考えてないけど」
「なら、うちに遊びにおいでよ。八雲のおせち料理ね、すっごくおいしいの。今年は私も少しは手伝うつもりだし」
「そうなんだ」
「初詣はいつもどこに?」
「近所の神社だけど」
「ああ、そういうのもいいね。楽しみ〜」
「あのね、塚本さん」
「ん?」
 言葉を切って天満はじっと烏丸を見返す。
 彼は不安げに眉をひそめて言ってきた。
「そろそろ、返事、聞かせてもらってもいいかな?」
「へ?」
 間の抜けた声とともに口をポカンと開き、天満はじっと烏丸を見つめた。
 そして、ようやくきちんと彼の告白に答えていないことを思い出すと、自らの右手をスカートでゴシゴシとこすった。
 満面の笑顔とともに天満はその手を差し出す。
「こんな私でよければ、よろしくお願いします」
 握り返してきた烏丸の手は、思っていたよりも硬く、そしてたくましかった。


 秋の夕暮れ。

 塚本八雲は至福の時を過ごしていた。
 すぐ横に立ち、じっと自分の横顔を見つめているその少年とは、特に話が弾んでいるわけでもない。
 だが、いつの間にか日課となった、この二人きりの時間が八雲は大好きだった。
 放課後の屋上での読書。
 いや、その言葉は適当ではないか。
 今八雲が読んでいるのは漫画で、そもそもそれはまだ本にもなってはいないのだから。
「どうかな、妹さん?」
 手を止めてじっと考え込んでいる八雲を見かねたのか、読み終えるのを待たずに彼、播磨拳児が尋ねてきた。
「とても面白いです。このシーン、主人公のセリフ変えたんですね」
「気付いてくれたのかよ。嬉しいぜ妹さん!」
 ガッツポーズさえ作って嬉しそうに言う。
 そんな彼をもっと喜ばせたくて八雲はさらに言葉を継ぐ。
「こっちの方が自然ですよね。すごくよくなったと思います。次のシーンにもスムーズに繋がりますし」
「ああ、それなんだけどよ、続き読んでくれ」
「はい、喜んで」
 播磨の喜びが伝染したかのように八雲は微笑む。
 漫画の中では、主人公がヒロインを守るため、絶望的な戦いに身を投じていた。
 そのヒロインが自分だったらどれほど嬉しいだろうと八雲は思う。
 だが悲しいかな、そのヒロインが誰を模して描かれた物なのか、八雲は知っている。
 でも、それでも、八雲は心の底からその主人公を応援していた。
 
 と、そのとき、不意に鳴った携帯電話の着メロが八雲を現実に引き戻した。
 反射的にそれを引っ張り出すと液晶を見る。
「姉さん……」
「てん……お姉さんからか? 出ねえのか?」
「す、すみません」
「いいってことよ」
 上機嫌に答えてくる播磨。
 八雲はもう一度彼に頭を下げると携帯電話を開く。電話越しに聞こえてきたのは、姉の弾む声だった。
「どうしたの、そんなに興奮して」
「どうしたもこうしたも、これが興奮せずにいられますか。烏丸くんがね、烏丸くんがね、烏丸くんがね♪」
「まさか」
 トクンと高鳴る胸を空いた手で押さえ、八雲は問い返す。
「そのまさかなのよ。烏丸くんがね、烏丸くんがね、私に告白してくれたの!」
「っ!」
 息を呑み、思わず八雲は播磨を見る。
 何も知らない彼は微笑さえ浮かべて夕日を見つめていた。
 耳元では、なおも姉の声がまくしたててくる。
 だが、それも今は八雲の耳には届かない。
 生返事を返しつつ、八雲が思うのは播磨のことだけだった。
「八雲、八雲ってば聞いてるの?」
 姉の言葉にようやく我に返り、八雲は言葉を返す。
「聞いてるよ。ほんとうにおめでとう」
「ありがとう♪ で、これからデートだから、切るね。続きは家でゆっくりと」
「うん。楽しんできて。それじゃ」
 八雲が携帯を切るのを待っていたかのように播磨が話しかけてくる。
「お姉さん、なんだって? なんかおめでとうとか聞こえたけど? い、いや盗み聞きするつもりなかったんだけどよ」
「えっと……。なんて言えば……」
 深くうつむいて八雲は唇をかむ。
「なんだよ、めでてーことじゃねえのか? 俺が聞いていい話じゃねえなら遠慮するけど」
「いえ、おめでたいことです。姉さんにとっては」
「それはよかった」
 心から嬉しそうに笑った播磨を見て、八雲の胸は激しく痛んだ。
 そんな彼女の表情を心配したのだろう。
 播磨が不安げに聞いてくる。
「お姉さんにとってはってことは、まさか、妹さんには悪いニュースなのか?」
 その言葉を聞いて、八雲はしばし考え、そして答えた。
「いいえ、私にとってもいいニュースです。ただ……」
「ただ?」
 散々迷った末に八雲は答えた。
 どの道彼がつらい想いをするのなら、少しでもそれを自分が和らげてやるのだと言い聞かせて。
「ただ、播磨さんにとっては、とても悪いニュースだと思います」
「はあ?」
 怪訝げに眉をひそめ、播磨が詰め寄ってくる。
「どういうことだよ、そいつは?」
 不安を感じているのだろう。鬼気迫る彼の様子に早くも後悔を覚えた八雲だが、それを必死にねじ伏せ、心を鬼にして八雲は告げた。
「姉さん、烏丸さんから……告白されたそうです」
「なにぃ〜!!!」
 見えない拳にぶん殴られたかのように播磨は吹き飛び、手すりに激しく背中をぶつける。
「だ、だいじょうぶですか?」
「だいじょうぶだ」
 手のひらを前にかざして助けを拒否し、播磨はつらそうに言葉を継いでくる。
「そ、それで、天満ちゃん、なんて?」
 播磨が塚本でもお姉さんでもなく、彼女をそう呼んだのはあまりのショックゆえだろうか?
 それなら、自分をさらなるどん底に落とすであろう回答を求めてくるのはなぜ?
 ずっと天満を見つめてきた播磨が知らないはずはないのだ。天満がどんな視線で烏丸を見つめていたのかを。
「妹さん!!」
 いつの間にか立ち上がっていた播磨が、詰め寄って肩を掴んでくる。
「天満ちゃんはなんて答えたんだ?」
 肩の痛みと、それに数倍する胸の痛みをねじ伏せて八雲は答えた。
「姉さん、OKしたそうです。烏丸さんと付き合うことになったって」
 声もなく播磨が崩れ落ちたのは次の瞬間だった。
 両手両膝を床に突き、小刻みに震える彼の背中が、八雲にはとても小さく見えた。
 「播磨さん……」
 八雲が肩に手を伸ばしたとき、彼の体がそれを拒否するかのように大きく震え、八雲は電流に触れたかのように手を引っ込めた。
 いつの間にか夕日も沈み、薄闇があたりを支配し始めている。
 意を決して八雲は口を開いた。
「播磨さん、帰りましょう。送っていきます」
 だが、播磨は無言で首を振り、通用口に向けてとぼとぼと歩く。
「播磨さん!!」
 思わず大きな声をあげ、八雲は駆け出す。だが、通用口は容赦なく播磨を飲み込み、そして八雲を拒否するかのようにその門を閉ざす。
「播磨……さん」
 呆然と座り込む八雲。そして、その頬に一筋の涙が流れた。




 土曜日。

 すでに授業も終わり、矢神高校では多くの生徒たちが帰り支度にいそしむ。
 無論のこと、2−Cも例外ではない。
 一週間前から、憧れていた烏丸大路と付き合い始めたという塚本天満は高野晶の机の横の床にしゃがみ込み、さかんにうなずきながら彼女の話に聞き入っている。
 周防美琴は、甘えるように擦り寄ってくる今鳥恭介をハエを追い払うようなしぐさであしらっている。
 翌日に休日を控えていることもあり、いつも以上に雰囲気は明るく、笑い声は絶えない。
 だが、彼女、沢近愛理だけは沈痛な面持ちでひとつの空席に見入っていた。
「沢近はどうするよ?」
 不意の言葉に視線をめぐらすと、いつの間にか自分の周囲に三人の親友が集まっていた。
「ごめん、聞いてなかった。なんの話?」
 彼女が言うと、美琴は半ば呆れたように肩をすくめて腕を組みなおす。
「このあとさ、メルカド行こうかって話してるんだけど。もっともこいつだけは、デ・エ・トらしいけどな」
 冗談めかして憎々しげに言うと、美琴は天満の首に腕を巻きつける。
「苦しいよ、美琴ちゃん」
 言った天満だが、その顔は言葉とは裏腹に幸せそのもの。
 その頭を拳でぐりぐりしながら、美琴が言う。
「しっかしよぉ、あたしらの中で最初に天満が彼氏持ちになるなんて、誰が想像したよ?」
「そう? 私は多分そうなるだろうと踏んでいたけれど」
「マジかよ」
 目を丸くする美琴に、晶は冷静な声で言う。
「天満はどうこう言って、烏丸くんとの距離を着実に縮めていたからね。美琴さんは自分自身の気持ちに決着を付け切れていないし」
 そこで言葉を切ると、晶は愛理のほうに視線を向けてくる。
「なによ?」
 不機嫌の塊のようなその視線を涼しげに受け止め、晶は静かに言う。
「心配?」
「な……」
 たった一言で、たちまち愛理の頬が赤く染まる。
「なに言ってんの。そんなわけないでしょ。な、なんで私があんなヒゲの心配なんてしなきゃいけないのよ!」
 そこまで叫んで、愛理は美琴がいくつもの感情を含んだ微苦笑を浮かべているのに気付き、眉をひそめた。
「なによ?」
「あのよお、高野は播磨の名なんて一言も出してねえんだが?」
「あ……」
 愛理は悔しげに唇を噛み、怒りの表情とともに叫ぶ。
「あんたたち、汚いわよ! 恥ずかしいと思わないの!!」
「いや、おめーが勝手に自爆しただけだし」
「私はなにも言ってないし」
「私は計画通りだし」
「あんた達は……」
 何かを言いたげに口をうごめかす愛理だが、結局諦めたかのように舌打ちをすると、天井をにらみつけた。
 そんな彼女を見て、美琴が真顔で言う。
「でも、実際心配だよな。もう一週間だろ、あいつが来なくなってから。八雲ちゃんからはなにか聞いてないのか?」
 八雲の名を聞いて、愛理は微かに片眉をピクつかせたが、とりあえずは何も言わず会話に聞き入る。
 そんな彼女の様子に全く気付くわけもなく、天満は髪をいじりながら首をかしげた。
「うん、八雲、なにか知ってるっぽいんだけど、絶対言わないのよね。それに……」
「それに?」
「しつこく聞くと怒るんだよ。私何も悪いことしてないのに」
 そんな彼女たちの会話を思案顔で聞いていた晶が不意に言う。
「愛理」
「なによ?」
「これから播磨くんちに見舞いに行く気ない?」
「は?」
 唐突な提案に、愛理はいぶかしげに答えたが、頭の中では忙しく考える。
 ここで行くと答えた場合の周囲の反応、皆で行ったとして播磨がどう出るか。
 フローチャートを忙しく脳内でまとめ、愛理は結論を導き出した。
「そうね。それ、いいかも知れない。うん。行きましょう」
「それはちょうどよかった」
 割って入ったのは男の声だった。
「花井。なんでここでおまえが出て来るんだよ?」
 美琴がうさんくさそうに言った相手は、2−Cの委員長で、美琴にとっては幼馴染でもある花井春樹だった。
 彼は絵に描いたような鉄面皮で答える。
「すまない。立ち聞きする気はなかったのだがな」
 どうせ八雲という単語が出たあたりから聞いてたのだろうと小さく鼻を鳴らす愛理の前に、彼はプリントの束を静かに置いた。
「なにこれ?」
「見れば分かるだろう。今週もらった各種プリントだ。委員長である僕が頼まれた物件ではあるが、君たちが行ってくれるなら僕が出馬するまでもないだろう」
「なるほど」
 プリントをパラパラと見ながら愛理は言う。
「オッケー。持ってってあげる」
 胸中で、口実にもなるしねと付け加えた愛理に向かい、花井は小さく頭を下げた。
「ありがとう。ではこれで」
 定規で測ったような規則正しい歩幅で教室を出て行く彼を見送った後、愛理は鞄にプリントを詰め込みながら一同に言う。
「じゃあ、私たちも行きましょうか? 場所は分かるの?」
「バッチリ」
 言うと晶は、どこからか1枚のコピー用紙を取り出した。
「この地図があれば、間違いなくたどり着けるわ」
「さすが晶、手回しがいいわね」
「それほどでもないわ。じゃあ、がんばってね」
「うん、それじゃ」
 言って二歩歩いたところで、愛理は振り返って怒鳴った。
「て、違うでしょ!! 一緒に行くって言ったじゃない!!」
「言ってないわよ。私は見舞いに行く気がないかと聞いただけで」
「そんな……」
 すがるような視線を天満に向けるが、彼女は上目遣いですまなそうに言う。
「えっと、私は烏丸くんと約束が……」
「み、美琴は?」
「私は暇だよ。暇だけど」
「だけどってなによ?」
「がんばれ」
 美琴の言葉に愛理は激昂して叫ぶ。
「なによみんなして! あんたらそれでも友達!?」
「友達だからこそ、時には試練を与えないとな」
「わけのわかんないこと言ってんじゃないわよ! もう、やめ! やってらんないわよ!!」
 だが、そんな彼女に美琴は冷ややかに言う。
「でも、それどうすんだ?」
 言って目線を鞄に送る美琴。
 その意味に気付いて、愛理は低くうなった。
「こ、これは……。えっと……もういい! 絶対行かない! 行かないったら行かないんだから!!」
 床を蹴って愛理は荒々しい足取りで歩き出す。
 彼女が教室から出るのを待っていたかのように美琴は深いため息をついた。
「高野。ちっとやりすぎじゃねえか?」
「いいのよ、このくらいで」
「え? え?」
 一人話の内容が読めない天満が小首をかしげながら二人を交互に見る。
「なんのこと?」
 聞いてくる天満をしばし見つめて、美琴はにやりと笑った。
「おめーは多分敵だから教えない」
「え〜、全然意味わかんないよ〜」
 すっかり混乱して首をひねる天満を見て、美琴は乱暴にその背中を叩いた。
「ほら、そろそろ烏丸くんとの待ち合わせ時間じゃねえのか?」
「ああ! ほんとだ、急がないと!」
 鞄を引っつかみ弾丸のように飛び出していく天満。
 それを見送った後、美琴は苦笑混じりに晶に言う。
「さて、あたしらは女同士寂しくメルカドでも行くか」
「そうね」
 答えた晶の唇には、穏やかな笑みが浮かんでいた。



「ここね」
 右手の地図とマンションを見比べ、愛理は一人呟く。
「にしても、私ってばなにやってるのかしらね?」
 左手にバッグとともにぶら下げたケーキの箱を見下ろして、愛理は自嘲するように笑った。
 マンションに入ろうとした愛理は、ふと思いついたように足を止めると地図をポケットに突っ込み、小さな手鏡を取り出す。
 自分のいでたちを映しながら、愛理は制服のリボンを直す。
「やっぱり家に帰って着替えてくればよかったかしら」
 お気に入りの服をいくつか思い浮かべたとき、不意に横から声がした。
「沢近先輩……」
 その声に振り向いた愛理は、自分と同じようにケーキの箱をぶら下げたほっそりとした少女の姿を認め、目を見張った。
「八雲……。あんた、なんでここに……」
 言いかけて愛理は苦笑した。
「なんて、無粋ね。目的なんてお互いわかりきってるのに」
「それは……」
 微かに頬を染めてうつむいた彼女に、軽い苛立ちを込めて愛理は言う。
「ちょっとこっち来なさいよ」
 言って八雲の腕を取ると、愛理はマンションの正面からは少し外れたフェンスにもたれかかり、両腕を胸の前で組んだ。
 先ほど晶たちに手玉に取られたこともあり、八雲を前にした愛理はいつも以上にとがっていた。
「播磨くんに会いに来たのはわかるけど、用事はなに? ちなみに私はこれ」
 愛理は足元の鞄からプリントを取り出すと八雲の目の前でヒラヒラさせる。
「私は……」
 数瞬の沈黙を挟んで八雲は続けた。
「その……播磨さんがこうなったのは私のせいだから」
「はぁ?」
 思わず気色ばんで愛理が睨みつけると、八雲は慌てたように言う。
「その……姉さんと烏丸さんとのこと、播磨さんに教えたの私ですから」
「……」
 たっぷり十秒ほど沈黙が落ちる。愛理は頬をかきながらしばし考え、そして彼女にしてはやや歯切れの悪い口調で尋ねた。
「つまり、それって播磨くんの好きな相手は天満ってことなの?」
「え?」
 驚いたように口元を押さえ、八雲が視線を泳がせながら聞いてくる。
「あの沢近先輩、もしかして知らな……」
「薄々は気付いてたわよ!」
 語尾をかき消すように大きな声で答える愛理。
「天満が烏丸くんと付き合い始めた時期と、播磨くんが学校に来なくなった時期と見事に重なるしね。前々からなんとなく感じてたこともあるし。まさかとは思ってたけど」
「……」
 上目遣いで見つめてくる八雲に一瞥を走らせたのち、愛理は空を仰ぎ、誰に言うでもなく言う。
「そっか、あいつの本命は天満だったのね。ふ〜ん」
「先輩……」
 不安げな視線で自分を見つめてくる少女に、愛理は初めてある種の親近感を覚え始めていた。
「さてと」
 愛理は物憂げに自らの背中をフェンスから剥がす。
「行くわよ」
「え?」
 当然のような愛理の言葉に、きょとんとする八雲。
 それを見て愛理は微かに顔をしかめる。
「播磨くんに会いに来たんでしょ。一緒に来ないの?」
「あ……」
 上目遣いで愛理を見ながら、八雲は途切れ途切れに言う。
「私は……先輩が行くなら、遠慮した方が……」
「なに言ってんの? 私が一人で行って、過ちとか起きたらどうす……」
 そこで言葉を切って、愛理は顎に手を当てて、思案深げに視線を明後日に向ける。
「考えてみれば、それもひとつの手かもね」
「え?」
 自分の言葉にまともに喰い付いてきた八雲に密やかに笑い、彼女は続ける。
「今の彼にはショック療法ってのもアリだと思うのよ。私もそりゃ抵抗あるけど、大切なクラスメートのためだし、天満が絡んでる以上、文字通り一肌脱ぐってのも選択肢としてはあると思うのよね」
「先輩、それは……」
「それ考えたら、あんたいない方がいいわね。オッケー。私一人で突入してくる。天満の大事な妹に危険なことさせられないし」
 言って歩き出した愛理は、予想通りの後ろから引っ張られる感触に立ち止まり、ニヤリと笑った。
 振り返った愛理が見たのは、文字通り顔を真っ赤に染め、自分の上着の裾を掴んでいる八雲の姿だった。
 八雲は震える声で必死の面持ちで言う。
「先輩。私、そういうのは……よくないと思います」
「で、一緒に来るの?」
 愛理の問いかけに、八雲がコクコクと頷いたのは言うまでもない。


 軽やかなチャイムの音が響く。
 もう何度目だろうか? 中からは何の反応もない。
「もう〜、あのバカ。いい加減出てきなさいよね」
 吐き捨てるように言うと、愛理は八雲を振り返る。
「ちょっと、あんた押してみなさいよ」
「え、それ意味がないんじゃ?」
 八雲のもっともな言葉に愛理は呻き、不安げに言う。
「もしかして出かけてるんじゃ?」
「それ、ないと思います」
 愛理が視線でその先を促すと、八雲は幾分うつむきながら続けた。
「刑部先生の話だと、この一週間、全く外に出ていないらしいですから」
「ふうん」
 八雲の方が事情に詳しいことになんとなく苛立ちを覚えながら、愛理は呟くように答えた。
 そして、思い出したように言う。
「刑部先生と播磨くん、いとこ同士だって?」
「はい、そう聞いてますけど」
 答えた八雲を意地悪げに見て、愛理は言う。
「なんか怪しくない? いとこって結婚できるんでしょ」
「そんな……」
「あいつ、硬派ぶってる割にちゃらんぽらんなとこあるからね。姉ヶ崎先生とか美琴とかあんたにも」
「播磨さんは、そんな人じゃありません。私に対しても一度もそういうことないですし」
「でも、腹の中では何考えてるか、わかったもんじゃないわよ。あんただって、きっちり狙われてるんだから」
「それはないです」
 なぜか八雲はひどく寂しげに言った。
「え?」
 訝しげに愛理が問い返すと、八雲はいっそううつむき、消え入りそうな声で言う。
「それは、ないんです」
「あんた……」
 そんな八雲をじっと見つめたのち、愛理は小さく咳払いをする。
「さて、こうしててもらち明かないし、管理人に鍵借りれないか交渉してきましょうか」
「いえ、その必要はありません」
 答えて八雲がポケットから何かを取り出した。
「それは?」
「ここの合鍵です」
「……」
 絶句した愛理を見て、あわてて八雲が手のひらを振る仕草で否定してくる。
「ち、違います。別に鍵渡されてるわけじゃなくて、さっき刑部先生から預かっただけなんです」
「……まあいいわ。それじゃ、あけて」
「はい」
 愛理が促すと、八雲は静かに鍵を差し込み恐る恐ると言う風に回していく。
 カチリという音とともにロックは解かれた。ひとつ唾を飲み込んだのち、愛理はドアを開いた。
「おじゃましま〜す」
 小声で愛理が言うと、八雲もそれをまねる。
 愛理が適当にいくつかのスイッチを入れると、たちまち部屋は明かりに満たされ、小奇麗なリビングが目に映る。
 理系の教師らしく実用的に整理された部屋だが、ところどころに転がっているビールの缶とスナック菓子の袋が愛理の目に留まる。
「あんたは、ここ何度も来てるのよね」
「は、はい」
「別にいいんだけど」
 不愉快そうに言うと愛理は靴を脱ぎ、リビングへと進む。
 必要もないのに足音を忍ばせ、そのあとを八雲が追ってくる。
「多分、ここだと思います」
 八雲が視線を向けたのは、「けんじ」と書かれたネームプレートがぶら下がった木製のドア。
 愛理は無言でつかつかとそこに歩み寄り、乱暴にドアをあけた。
 瞬間鼻を突いたのは強いアルコール臭。
「なによ、この匂い」
 ごちながら愛理が照明のスイッチを入れると、毛布もかぶらず、ベッドの上で呆けたように眠っている一人の男の姿が否応もなく視界に飛び込んできた。
「こいつ、寝てるときまでサングラスしてるわけ?」
「そう、みたいです」
「それにこの匂い、まったく昼間から飲んでるんじゃないわよ」
「その、夜でもいけないと思います」
 そんな会話をしながら二人はベッドへと歩み寄っていく。
 愛理は一向に目覚める様子のない播磨の姿をじっと見下ろす。
「意外に顔色いいんじゃないの。ったく、心配させて」
 愛理がすっとサングラスに手を伸ばすと、横合いから八雲がその手首を掴んできた。
「なによ。あんただって興味あるんでしょ?」
「それは……でも、やっぱりダメです」
「しょうがないわね」
 手を振り解きつつ播磨に背中を向けて愛理は八雲に向き直る。
「さて、このダメ男を起こすわけだけどリターンマッチと行きましょうか?」
 言って人差し指をびしりと八雲に突きつける愛理。
「え?」
 きょとんとする八雲にニヤリと笑い、愛理は言う。
「目覚めのキスをかけての勝負に決まってるでしょ」
「ダ、ダメです。そんなことできるわけ……」
「じゃあ、私の不戦勝ね」
「それもダメです」
「あんた、さっきからダメばっかり。つまんない子ね」
「す、すみません」
「まあ、いいわ。半分は冗談だったから」
「半分って……」
 絶句する八雲の脇を抜けて、愛理はリビングへと戻る。
 そこを抜けてダイニングへ出ると、一人暮らし用の小さな冷蔵庫に目を留めた。
 無言でそれを開くと、大量の缶ビールと清涼飲料水が目に入る。
「これにしといてあげるか」
 愛理が選んだのは、半分ほど残っているミネラルウォーターの2リッターペットボトル。
 乱暴にそれを掴み、播磨の私室へと戻る。
 ベッドの横では八雲がじっと播磨の寝姿に見入っていた。
「どいて」
 八雲を押しのけると、愛理はペットボトルのキャップを開く。
「せんぱ……なにを……」
 八雲に止める暇も与えず、愛理は冷水を容赦なく播磨の頭にぶちまけた。
「ぶはっ!!」
 悲鳴とともに飛び起きる播磨。
 手のひらで水を拭い、小刻みに首を振る。
「ようやくお目覚め? お姫様」
「あ?」
 口をポカンと開き、播磨は愛理と八雲を交互に見つめる。そして、
「ああ……」
 ようやく事態を理解したように頭をかきむしる。
「ちっ、絃子め。よけーなことを」
「ちょっと勘違いしないでよね。私は自分の意思でここに来たの。多分この子もね」
 愛理が言うと、八雲はコクリと頷く。
 播磨はそんな二人を一瞥すると、小さく鼻を鳴らす。
「一人にしてくれ」
 言って片膝を抱く播磨。そんな彼をじっと見つめ、愛理は言葉を探す。
「あんた、いつまで学校さぼるつもり? ただでさえ前にも休んでたし、元々留年寸前だったんでしょ? 今度こそ留年になるわよ」
「おめーには関係ねえ」
「あるわよ!!」
 反射的に叫んでから、愛理は覚悟を決めて言う。
「ヒゲ、天満のこと、好きだったんだって?」
 その言葉に播磨の体がグラリと揺れる。
 初めてまっすぐ愛理を見据え、抑揚のない声で聞いてくる。
「なんでおめー、それを」
「ごめんなさい!!」
 愛理を庇うように割って入り、八雲が深々と頭を下げる。
「先輩には私が話したんです。あのときの状況から多分そうなんだろうなって勝手に決め付けて。すみません」
「てん……塚本には話したのか?」
「いいえ。言えるわけ、ないです」
 その言葉を聞くと、播磨は安堵するかのように小さく息を吐いた。
「そうか、それでいい。塚本、どうしてる?」
「それは……」
 言いよどんだ八雲をさえぎり、愛理が叫ぶように言う。
「気になるの? 気になるなら学校に来なさいよ! 天満、幸せじゃないかも知れないわよ。烏丸くんと喧嘩して泣いてるかも知れないわよ!」
「先輩……」
「八雲、あんたも怒りなさいよ。こんなゴミくずみたいなヒゲに振り回されて、悔しくないの? さあ! ほら!!」
 八雲の背中を押して、愛理は播磨にけしかける。
「えっと……」
 顔を上げようとしない播磨をじっと見つめ、やがて八雲は何かを決心したかのように小さく頷くと、前かがみになって播磨に顔を寄せた。
 そして、彼女は厳かに言った。
「めっ」
「………」
「………」
 あまりに予想外の発言に、愛理だけでなく播磨までもあっけに取られたように八雲に見入る。
 ようやく我を取り戻したように赤面すると八雲は真っ赤に染まった顔を片手で覆う。
「す、すみません。バカなこと言って……。いつも伊織叱るときにこうやってするから……」
 その言葉を聞いて愛理は思わず吹き出す。
「ぷっ、聞いた、ヒゲ? あんた猫と同レベルだと思われてるわよ」
「ち、違います。つい言っちゃっただけで。播磨さんを猫扱いなんて……」
「てことは猫以下? 背中つまんで引っ張り出しちゃえば?」
 その言葉を聞くと、不意に真顔になって八雲は播磨を見つめる。
「な、なんだよ」
 思わず播磨が聞くと、八雲は恥ずかしげに言う。
「大きな猫です」
「あのな……」
 サングラスを直す仕草で表情を隠すと播磨は忌々しげになにかを呟き、のそのそとベッドから抜け出す。
「あら? ようやく起きる気になった?」
「おめーら、起きるまで俺をそうやっておちょくる気なんだろ?」
「私はそんなつもりじゃ」
「まあいいじゃない。起きる気になったご褒美よ。八雲、お茶を入れて。私はケーキ出すから」
 

「へえ」
 紅茶を一口だけ飲んで、愛理は感嘆の声を上げた。
「おいしいわね。これ、単なるティーバッグだと思うけど、こんな風に入れられるんだ。濃さと温度が絶妙なのね」
「ありがとうございます」
 はにかんだように応えると、八雲はちらりとちゃぶ台越しに播磨を見る。
 彼は仏頂面で、それでもケーキと紅茶を互い違いに口に運んでいる。
 ちゃっかり播磨の横に陣取った愛理は、頬杖を突いて彼の横顔を見つつ、不意に囁くように言う。
「天満」
「ぶっ」
 紅茶を吹き出し、ゴホゴホと咽る播磨。
「八雲、面白いわよ。あんたもやってみたら?」
「人をおもちゃにすんな!」
 ハラハラとした様子でこちらを伺っている八雲にも視線を送りつつ、愛理は両手を床について、天井を見上げる。
「でも、ほんと意外だったわ。あんたが天満のことをねえ」
「ほっとけ」
「私ね、前から思ってたのよ。あんたってば私に対する態度とか最悪だから、きっと女性を見る目がないんだろうって」
「おい」
「最後まで聞きなさいよ」
 愛理は弾くような仕草で播磨に人差し指を向ける。
「こう続くのよ。それは私の間違いだったみたいって。天満を選ぶなんて、たいしたものだわ」
「あん?」
 意外そうに播磨は愛理に視線を向けてくる。
「なんて言うか、おめーが塚本を誉めるって珍しいって言うか」
 播磨の言葉に、八雲もコクコクと頷いている。
 やや照れながらも愛理は続ける。
「あの子はいい子よ。少し前、私、美琴とやばかったんだけど、あの時もあの子ほんとに一生懸命になってくれた」
「わかるぜ。あいつは善意の塊みたいなとこあっから」
「それが空回りするのもパターンよね」
「だな」
 答えた播磨の口元に笑みが浮かんでいるのを見て、愛理はそっと八雲にウインクを送った。
 八雲は感嘆の表情でこちらを見つめている。
 なおもしばらく天満の話で盛り上がった後、愛理は唐突に切り出した。
「ねえ、播磨くん」
「あ?」
「あんたさあ、改めて失恋してみる気ない?」
「どういう意味だよ?」
 いつの間にかすっかり愛理のペースに乗せられていることにも気付かず、播磨は身を乗り出す。
「あんたが悶々としてる理由、当ててみましょうか」
「……」
 播磨が沈黙で先を促してくるのを確認した上で愛理は続けた。
「後悔。そうじゃない? あのときこうしてれば、もっと早く決断してれば。そんなことばかり考えてるんじゃない?」
「……むぅ」
 低くうなり声をあげる播磨。当たらずともというところか。ここを先途と愛理は畳み掛ける。
「だからさ、いっそのこと、そのあたりのこと確認して砕けたほうがいいと思うのよ。ふんぎり、付くんじゃない? ねえ?」
 愛理が同意を求めると、八雲は深々と頷いた。
「私も、いいと思います。先輩の言うとおりだと思うし、それに」
「それに?」
「それに、姉さん、時々言うんです。私なんかでいいのかなって。もっと自信持っていいと思うのに」
「なるほど」
 愛理は紅茶を一口飲んで、誰にともなく言う。
「天満も自分を想ってくれていた男の子が、近くにいたってわかれば自信持てるものね。我ながらいいアイデアだと思うわ」
 愛理は真顔を播磨に向けて、励ますように言う。
「どう、ヒゲ。天満のためでもあるの。やってくれる?」
「ぬう……」
 播磨は腕組みして考え込む。恐らくはやらずに済む口実はないかと頭をめぐらしているのだろう。
「しかしよ、お嬢。問題がひとつあるぞ」
「なに?」
「塚本はせっかく烏丸とうまく行ってるわけだろ。ここで俺が告白なんぞして心を動かしちまったら、まずいことにならねえか?」
「なるほど」
 愛理は形のいい顎に手を当てて考え込み、八雲に話を振る。
「播磨くんが天満に告白したとして、天満の心が揺れる可能性はどのくらいある?」
「えっと……」
 八雲は人差し指を下唇に当てる仕草で考え込む。そして言いにくそうに口を開いた。
「ありていに言って……全くないと思います」
「おい」
 播磨は後頭部をかきながら、呻くように言う。
「妹さん、お嬢とつるんでて毒されてんじゃねえか?」
「す、すみません。でも、私は……」
「ん?」
「私は、播磨さんが姉さんを好きだったってこと、姉さんに知っておいて欲しいです」
「ちっ」
 忌々しげに舌打ちして、あごづえを突く。
「お嬢はともかく、妹さんにそんな顔されちゃ、断れねえじゃねえか」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げる八雲。
 そんな二人を満足げに見つめた後、愛理は口を開いた。
「そういえば、明日天満空いてるのよね。烏丸くんが用事があって会えないとか嘆いてたから」
「いきなりかよ!」
 悲鳴をあげる播磨を勝ち誇ったように見つめて愛理は言う。
「もう観念しなさい。私たちみたいないい女をさんざん心配させたんだから、罰ゲームよ」
「ちっくしょお!」
 罵声とともに播磨が立ち上がる。
「ど、どこに?」
 八雲が恐る恐るという風に尋ねると、播磨はぶっきらぼうに答える。
「トイレだよ。逃げたりしねえから安心しな」
 彼の姿が扉の向こうに消えると、深い吐息とともに愛理は顔をちゃぶ台に沈めた。
「つ、疲れた……。ったく、なんで私がこんなことセッティングしなきゃいけないのよ。晶がいれば楽勝だったのに」
「でも、先輩凄いです。播磨さん、すっかり元気に……」
「必死だったわよ。もう少しなんだから、あんたも協力しなさいよ」
「はい、もちろんです」
 大真面目に答えて来た八雲を見て、愛理は不安げに尋ねる。
「ねえ、あいつ、もう大丈夫よね?」
「大丈夫……だと思います」
「そっか、そうよね」
 自分に言い聞かせるように愛理。
「なに内緒話してんだよ?」
 播磨の言葉が割って入ってくる。
「なんでもないわよ。ちょっとした悪だくみ」
 愛理の言葉に播磨はうんざりとした声で答える。
「もう勘弁してくれ」
「それなら、明後日からはちゃんと学校に来るって約束してくれますか?」
 毅然とした声で言ったのは八雲。
「妹さん……」
 気圧されたように播磨がたじろぐ。
「約束……してください」
 微かに唇を震わせ、全く譲る気配のない八雲。
「わかったよ。俺の負けだ」
 その瞬間、八雲が弾けるような笑顔を咲かせた。
 愛理は不本意にもその笑顔にしばし見入ったのち、軽い敗北感さえ覚えつつ残りの紅茶を飲み干す。
「さて、目標は達成したことだし、そろそろね」
「はい」
 答えて八雲がちゃぶ台を片付け始める。
「そっか……」
 播磨が少しがっかりしたように見えたのは愛理のひいき目だろうか?
 愛理は目を閉じて自分自身に言う。
「いずれにしてもよくがんばったわよね、私」
 目を閉じているにも関わらず、なぜか愛理には何度も頷いている八雲の顔が、はっきりと見えた。



 その夜8時過ぎ、塚本家は、遅めの団欒を楽しんでいた。
 自分の手作りコロッケをおいしそうに頬張る天満を見て、八雲は尋ねる。
「でも、そんなに食べて大丈夫なの? 烏丸さんと夕食食べてきたんでしょ」
「まあね。彼との外食も楽しいけど、やっぱ私は八雲の作ってくれたご飯が一番好きだから」
 言った後、天満は真っ赤になった頬を両手で押さえる。
「きゃっ、彼だって。恥ずかしい……」
 と、そのときサイドボードに置いておいた携帯電話が着メロを奏でる。
「お、この音は播磨くんじゃないの。八雲もやるわねえ」
 天満の声を背後で聞きながら、八雲はリビングへと走る。
 抱きしめるように携帯を取ると、すばやくそれを耳に当てる。
「もしもし」
「妹さんか?」
「はい、私です」
「今日は本当にありがとうな。それから、心配かけてすまなかった」
 心のこもった播磨の声を聞いて、八雲は胸が熱くなるのを覚えた。
「いいんです。わかってもらえて本当に嬉しいです」
「ああ、それでな。お姉さんに代わってくれるか?」
「決心……したんですね?」
「……ああ」
「……わかりました。今代わりますね」
 八雲は携帯を胸に抱くと、小走りで天満に駆け寄る。
「姉さん、播磨さんが、話がしたいって」
「へ? 私に?」
 意外そうに首をかしげる天満にコクリと頷き、八雲は携帯を差し出す。
 それを受け取ると、天満は明るい声で話し始めた。
「もしもし。電話代わったよ。久しぶり播磨くん。学校どうしたの?----------------そう、それ聞いて安心したよ。今日、愛理ちゃん行ったでしょ。気合入れられた?---------ハハハ、やっぱり。で? え? ------------------私と? ----------------ううん、そんなことないよ。播磨くんには姉妹揃って世話になってるし。じゃあ、明日の二時にメルカドね。---------------わかった。明日ね。八雲に代わる? -----いいの? うん、それじゃお休み」
 携帯を渡しながら、天満が言って来る。
「播磨くん、私と話がしたいって。どうしたのかな?」
「うん、相談したいことがあるって言ってた。悪い話じゃないと思うから、心配とかしないで」
「八雲が言うなら安心だね。でも播磨くん、元気になったみたいでよかったよ。さすが愛理ちゃん」
「うん、ほんとにそう思う」
 その答えに、天満が意外そうに問い返してくる。
「あれ? 八雲、愛理ちゃんのこと苦手なのかと思ってたけど」
「そうだったけど……でも、今は仲良くなれる気がする」
「そっか。それは何よりだね。それはそれとして明日が楽しみ。なに着てこうかな?」
 浮かれる天満を、八雲は羨ましそうに、ほんとうに羨ましそうに見つめた。



「ちっと早く来すぎたかな?」
 播磨拳児は腕時計を見て一人呟く。
 喫茶メルカドの4人席に、播磨は一人腰掛けていた。
 ホットコーヒーをひと口飲み、もう一度時計を見る。
 1:35。
 待ち合わせの時間まではまだ間がある。
 普段は持ち歩かない手鏡で、播磨は自分のいでたちをチェックした。
 髪はいつもの倍の時間をかけて念入りにセットした。
 最近お気に入りのジャケパンスタイルで身を固め、襟元には軽くコロン。
 振られるために来ていることぐらい百も承知の彼だが、同時に1%の希望を抱いてもいる。

 初めて出会った路地裏。
 告白の練習で思わず抱きしめた海。
 肩も触れ合うほどの距離で語り合った山。
 そして二人きりで回った原宿。

「天満ちゃん……」
 小さく呟いて播磨は瞳を閉じる。
 いつものように浮かんできたのは天満の笑顔。だが、
「なんで……なんで俺じゃねえんだ……」
 播磨がうめいたそのとき、携帯がメールの着信音を鳴らした。
「天満ちゃん?」
 だが、発信者の欄に記されていたのは別の名前だった。
 そして本文はただ4文字。

 ガ ン バ レ

「お嬢のやつめ」
 小さく呟いたとき、背後から声がした。
「播磨くん、早かったんだね」
「塚本」
 言いながら振り返った彼は、すぐ側に目的の人を見つけて笑顔を作る。
 だが、その直後に、そこにいるはずのない人物を見つけて硬直した。
「すみません」
 そう言って深々と頭を下げたのは塚本八雲だった。

 二人が播磨の向かいに腰掛けると、すかさずウェイトレスが寄ってくる。
 メニューを見ることもせず、天満はハリケーンパフェを、八雲はストレートティーを注文する。
「なんで妹さんが?」
「すみません」
 か細い声とともにうつむき、八雲は申し訳なさそうに言う。
「姉さん、烏丸さんと付き合い始めたばかりで、播磨さんと二人でいるところを誰かに見られて噂にでもなったらまずいなって……」
「だけどよ……」
 播磨が顔をしかめると、八雲は限界が来たように立ち上がった。
「やっぱり私、帰ります」
 自分の横を通過して、出口へと向かおうとする八雲の細い手首を彼は掴んだ。
「いや、いてくれ。頼むから」
「でも……」
「あんたにいて欲しいんだ」
「播磨さん……」
「コホン」
 わざとらしい天満の咳払いに二人は我に帰る。
「とりあえず座りなさいよ。播磨くんの許可も得たんだし」
「……うん」
 しばし沈黙が落ちる。店内に流れるラブソングと周りの客の楽しげな話し声が妙に播磨の気に障る。
 やがて、観念したかのように彼は正面に目を向けた。
「烏丸の件、妹さんから聞いた。ずっと好きだったんだって? おめでとうな」
「ありがとう〜」
 播磨の言葉を聞くと、天満は満面に笑顔を浮かべた。
「ほんと、嬉しかったよ。今まで生きてきた中で一番嬉しかったかもしれない。そう言えばさ、八雲と播磨くんはどっちから告白したの?」
「そのことなんだけどな」
 播磨は言いにくそうに切り出す。
「俺と妹さん、付き合ってるわけじゃねえんだ」
「え?」
 驚いたように天満が播磨と八雲を交互に見る。
 八雲の瞳が少し曇ったようにも見えたが、播磨はそのまま続ける。
「俺にはちょっとした趣味があってな。それを手伝ってもらってるだけでそういう関係じゃないんだ。俺がいい加減なせいで、誤解させたり心配かけたり、ほんとうにすまなかった」
「ほんとうなの?」
 八雲に問いかける天満。
「うん。はっきり言えなくてごめんなさい」
 うつむきながら八雲が答える。
「そう……だったんだ。私、てっきり……。少し残念かな」
 言った後、天満は再び笑顔に戻る。
「あ、そっか、今日の話ってこのことなのかな。で、改めて将来のことを話し合うとか? じゃあ、お邪魔なのは私のほうだね」
「いや、そうじゃなくってよ」
 辛抱強く播磨は話を進める。
「塚本、覚えてっか? 山の廃校で俺の好きな女について話したことあったよな?」
「忘れるわけないよ」
 少し頬を赤らめながら天満が言う。
「てゆーか、あの時、八雲も聞いてたんだよね?」
「う、うん。立ち聞きのつもりはなかったんだけど」
 申し訳なさそうな八雲をちらりと見た後、播磨は続ける。
「あの話の続き、今、ここでしてもいいか?」
「え?」
 天満が目を輝かせて身を乗り出して来る。
「それってそれって、播磨くんの好きな子を教えてくれるってこと?」
「そうだ」
 努めて冷静を装い播磨が答えると、天満は両拳を胸の前で合わせてふるふると震える。
「聞いてくれるかも何も聞きたいに決まって……あ?」
 不意に肩を落とし、天満が聞いてくる。
「えっと、改まって言うってことは、八雲の他に好きな子がいるってことなの?」
「っ!」
 言葉もなく身じろぎする八雲をちらりと見てから、播磨はきっぱりと言った。
「そうだ」
「誰なの?」
「それは……」
 言いかけたとき、ウェイトレスがパフェと紅茶を持って訪れ、しばし話が中断する。
 気勢をそがれた播磨が、すっかり冷めたコーヒーをすすっていると、パフェを頬張りながら天満が声をかけてきた。
「ねえ、播磨くん」
「あ?」
「播磨くんの好きな子ね、私が当ててもいい?」
「……ああ、いいぜ」
 播磨が言うと、天満は腕を組んで頭をひねり始める。
「考えてみれば海に行くときに好きな子と行けるチャンスだって言ってたのよね。てことは、海に行ったメンバーの中に播磨くんの本命がいる。ここまではいい?」
「ああ、見事な推理だ」
 播磨が言うと天満は嬉しそうに笑い、さらに推理を続ける。
「そういえばその中に八雲は入ってないもんね。てゆーか、もうわかっちゃった」
「言ってみろよ」
 頷くと、天満は人差し指をこちらに突きつけ、自信たっぷりに言ってきた。
「愛理ちゃんでしょ」
 予想通りの言葉に、播磨は微かに苦笑する。
 それを肯定と受け取ったのか、天満は喋り続ける。
「そうだよね。体育祭のときにすごくいい雰囲気だったし、八雲じゃないなら愛理ちゃんしかありえない。そっか愛理ちゃんが八雲の恋敵なのか。強敵だぞ〜。でも、私は八雲を応援するからね。愛理ちゃんは親友だけど、八雲はたった一人の妹なんだもん」
「塚本、盛り上がってるところ悪いが、それハズレだ」
「ええっ!? うそぉ!!」
 播磨の言葉に、天満が驚愕の声をあげた。
「ちょっと待ってよぉ」
 弱々しく言うと、天満は顔を伏せて、ぶつぶつと何事かを呟く。
 そして、顔を上げたかと思うと深刻な声で言ってくる。
「ダメだよ、播磨くん」
「ん?」
「愛理ちゃんじゃないってことは、晶ちゃんか美琴ちゃんってことだよね? 愛理ちゃんならいけるかもしれないけど、この二人は絶対無理」
「あのよお」
「悪いこと言わないから八雲にしときなよ」
「ね、姉さん……」
 天満は八雲の両肩に手をかけ、懸命に言う。
「見ての通り美人だし、料理も上手。少し大人しいけど、性格だって保証するよ。ねえ、どう?」
 笑顔の天満と真っ赤な顔でうつむく八雲を均等に見ながら播磨は言う。
「それについては別の機会に検討するとして、本題なんだけどな?」
「え? うん」
「周防も……えっと……」
「晶ちゃん?」
「おう、そいつもハズレだからな」
「ええっ!? どういうこと? だって他に候補が……あ!」
 ようやく真実にたどり着いたのだろう。口に手を当てた天満の頬が朱に染まっていく。
「そうだったんだ……」
「意外だったか?」
「うん、全然気付かなかったよ」
 天満は気を落ち着かせるかのように水をゴクリと飲むと、身を乗り出してくる。
「ここまで言ったんだから、いいよね。で、どっちなの?」
「は?」
 天満の意味不明な言葉にポカンとする播磨。
「だから、花井くんと、今鳥くん。どっちが播磨くんの本命なの?」
「待て」
 疲れ果てた声で播磨。
 ちなみにこの時点で天満が奈良のことを忘れているのは言うまでもない。
「姉さん……」
 見るに見かねたのか、八雲が天満の袖を引き小声で言う。
「播磨さんが好きなのは、正真正銘女の子だから」
 そして八雲がこちらに視線を向けてきた。それに勇気付けられて播磨は今度こそきっぱりと言った。
「妹さんの言うとおりだ。そしてその子は、今俺の目の前にいる」
「え……あ……?」
 視線を宙に泳がせたのち、天満は自分自身を指差して硬直した。
 播磨は、そんな彼女をしっかりと正面から見据える。
 全身から汗が吹き出し、膝がガクガク震える。
 顔だけでなく、指先までもが赤く染まっている。
 舌がもつれて言葉が紡げない。
 だが、最後の一言をはっきりと告げなければ、前には進めない。
 何度も何度も深呼吸をしたのち、播磨はようやく言うことができた。
「天満ちゃん……。ずっと君が好きだった」
 言い終えると、播磨は深くこうべを垂れた。
「すまねえ。こんなこと今言うの、迷惑だってわかってた。だけど、言わないと前に進めねえから……」
 沈黙が落ちる。きっと天満は自分が顔を上げるのを待っているのだろう。
 それがわかっているからこそ、播磨は顔を上げるのが怖かった。
「播磨くん……返事してもいいかな?」
「……ああ」
 必死の想いで播磨は顔を上げる。
 上気した頬、潤んだ瞳。彼が愛してやまない少女の顔が目の前にある。
「あのね……私……」
 申し訳なさそうに瞳を伏せた彼女を見たとき、播磨は全てが終わったことを悟った。
 こういう表情をしたときの彼女から、どういう類の言葉が出てくるのか、播磨は知っていたから。
 それならば、彼女の罪の意識を少しでも軽くしてやるのが男の役目だ。
 精一杯平静を装い、努めて軽い口調で彼は言う。
「返事、わかってっから。ばっさり言っちゃってくれ」
 その言葉を聞くと、天満はじっと播磨を見つめ、震える声で言った。
「ごめんなさい」
 あまりに予想通りなその言葉は、なぜか心地よくさえあった。
「ご、誤解しないでね。播磨くん、いい人だと思うし、それに……かっこいいし。それに……それに……」
 必死になって言う天満の言葉は、決して口先だけのものではないだろう。
 そうでなければ、妹の八雲を播磨に勧めたりはしないだろうから。
 だが、播磨が欲しいたった二文字のシンプルな言葉は、どれだけ願っても天満の口からこぼれることはない。
 それを知っているから彼は天満の言葉をさえぎった。
「ありがとうな、塚本」
「……ごめんね」
 しばし絡み合う二人の視線。そのとき、天満の視線が微妙にずれた。
 それに気付いて播磨が振り返るより早く、天満は声を発していた。
「愛理ちゃん……」
 播磨が振り返ると、もう目の前に彼女はいた。
 心なしかいつもより柔らかい瞳で三人を見回したあと、最後に愛理は播磨のところで視線を固定する。
「その分だと、立派に失恋したみたいね」
「まあな」
 短く答えた播磨に、愛理は少しだけ微笑むと、彼の隣に腰を落とす。
「愛理ちゃん、あのね……」
「いいのよ、全部わかってるから」
「愛理ちゃん……」
 黙りこんだ天満を見つめて、播磨は最後の言葉をかすれた声で送り出した。
「塚本。烏丸に大事にしてもらえよな。もし泣かされるようなことがあったら、いつでも俺に言え。どこからでもあいつを殴りに行くからよ」
「ありがとう」
 にっこりと微笑む天満。そのとき、軽やかな電子音が四人の空間に割り込んできた。
「あ、烏丸君からだ」
 取り出した携帯電話を大事そうに握り締め、天満は播磨にごめんねと告げて店の隅に移動していく。
 幸せそうに会話している彼女の横顔を見たとき、とうとうこらえていた物がこみ上げてきた。
「く……うっ……」
 うつむいて肩を震わせた播磨は、背中を叩かれた感触に視線だけを横に向ける。
 かすんで顔もよく見えないその金髪の少女は、ひどく優しい声で言った。
「よくがんばったわね。五分あげる。トイレ行ってきなさい。その代わり、ひどい顔で戻ってきたら、承知しないからね」
「お、おう!」


 播磨がテーブルから離れていくと、愛理は鋭く細めた目で八雲を見て言う。
「さてと、これでお互い最大の敵排除完了ってとこかしら?」
「え?」
 戸惑ったように瞳をそらした八雲の次の言葉は、愛理を驚かせるのに十分なものだった。
 静かな視線を愛理に向けなおして、彼女は言ったのだ。
「そうですね」と。

「ごめんね〜」
 脳天気な声で言いながら、天満が小走りで戻ってくる。
「烏丸さん、なんだって?」
 八雲が問いかけると、天満は照れくさそうに答える。
「それがね、なんとなく声が聞きたくなっただって。もう困っちゃうよね、こういうの」
「はん」
 呆れたように言って愛理が天を仰いだとき、ウェイトレスが水を持ってやってきた。
 愛理がカフェオレを頼んでウェイトレスが立ち去った後、初めて気付いたように天満が言う。
「そういえば、播磨くんは?」
「トイレ。大きい方だから、長くなるかもね」
「沢近先輩……」
 八雲がたしなめるように声をかけてきたとき、ちょうど播磨が戻ってきた。
 愛理は、彼の顔を値踏みするように見てから満足げに言った。
「すっきりしたみたいね」
「おう。おかげさまでな」
 しばらく彼の顔に見入ってから、愛理は尋ねる。
「あなたたち、このあと用事とかある?」
「私はないよ」
「私も特には」
 二人が答えると、愛理は播磨に視線をめぐらす。
「あんたも当然暇よね?」
「その言い方は引っかかるが……暇だ」
「オッケー。このあと四人で遊びに行きましょ。どこがいい?」
「私、カラオケに行きたい!」
 真っ先に手を上げたのは天満。そして、その言葉に反対するものは誰もいなかった。


 メルカドを出ると、四人は連れ立って歩き出した。
 先頭に愛理。その斜め後方に播磨。そして、そのまた斜め後方に八雲。
 天満は三人のやや後方から、この三人の微妙な配置を見ながら密やかに笑う。
「なんか新鮮だよね」
「え?」
 天満の言葉に愛理が振り返る。
「私にとってはね。愛理ちゃんも播磨くんも、もちろん八雲もなじみなわけだよね」
「うん」
「だけどさ、この四人って組み合わせが凄く新鮮だなって」
「言われてみれば……」
「そうかも……」
「知れない」
 愛理、播磨、八雲の順で返答が返ってきた。
「でもどうこう言って、中心にいるのは天満なのよね」
「え?」
 愛理の意外な言葉に天満は首をかしげる。
「だってそうじゃない? 天満がいなければ私は、八雲はもちろん播磨くんともまともに話していたかどうか」
「私もそう思う」
 一同の顔を見回しながら八雲。
「そ、そうかな? そんな風に言われると照れちゃうけど」
 頭を掻きながら、天満は照れ笑いを浮かべる。
「あ、あそこ入りましょ」
 不意に愛理が言って、自然に播磨の腕を引いた。
「あ……」
 小さく声を上げて、反射的な動作で八雲が播磨の反対側の腕を取る。
「おい……」
 立ち尽くす播磨。そして愛理と八雲の視線が絡み合う。
「す、すみません」
 頬を染め八雲が播磨を解放すると、愛理も名残惜しげにそれにならう。

 そんな三人を見ながら天満は思う。
 どんなゴールが三人を待っているのだろうかと。
 そして天満は確信する。
 どんな結果が待っていたとしても、自分はずっとこの三人のことを大好きでいられるだろうと。

「天満、なにしてるの? さっさと来なさいよ」
「待ってよぉ」
 愛理の言葉に答えて、天満は駆け出した。

〜Fin〜


2本目のスクランSSはお子様ランチものでした。八雲のキャラ掴むためにコミックスを読みすぎたせいか、一時期は少しやばいことにもなったり。今はすっかり回復して、ただの旗厨になってますが。八雲の「めっ」が異常にウケた作品でした。

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