伝統校である松山高校は入学すると男子校ならではの校歌・応援歌練習がある。応援団による1週間に厳しい練習である。そのおかげで、30歳になっても未だに歌詞が体に染み込んでいる。野球応援では得点するたびに行われる「第一応援歌」の合唱がたまらない!私が在学していた平成2年4月〜平成5年3月は野球部、サッカー部ともに黄金期(私が勝手に思っている)あった。
平成2年の主な戦績
【野球部】
夏の大会の準々決勝で大宮東に敗れる。(大宮東は甲子園出場)
【サッカー部】
インターハイ県予選で浦和南にPK戦で敗れる。(浦和南はインターハイ出場) また3名が国体代表候補になり、主将の澤野は国体代表選手となり、レギュラー(ディフェンシブハーフ)として国体優勝に貢献。
平成3年の主な戦績
【野球部】
春の大会で県大会3位。関東大会に出場し初戦勝利。夏の大会の準決勝で春日部共栄に9回に同点に追いつくが延長で惜敗。(春日部共栄は甲子園出場) 9回の図子田(捕手)の同点に追いつくセンター前ヒットは未だに脳裏に焼きついている。またエース隈谷は、門倉(現:近鉄)とともに県内3本の好投手と評価されていた。
【サッカー部】
全盛期の武南(MF上野、MF照井)と対戦し0-1で惜敗。選手権予選では浦和南に敗れる。
平成4年の主な戦績
【野球部】
ベスト8の力はあったが、結果がついてこなかった印象。特の夏の大会はクジ運に恵まれたが、埼玉栄東にまさかの敗戦。予備校の夏期講習の返り道に友達に試合結果を知らされたが信じられなかった。
【サッカー部】
新人戦では大宮東0-2で敗れる。関東大会予選ではFW田嶋のヘディングシュートで浦和学院(新人戦3位)に1-0で勝利。続く武南戦(全国選手権大会3位)はFW田嶋の先制ゴールするも1-4で敗戦。その後インターハイ予選は花咲徳栄に敗れ、選手権予選は浦和東に敗れる。いずれも県内強豪チーム相手にチャンスはあったものの勝つことは出来なかった。
注意:上記は私の記憶(10年以上も前)によるものなので若干間違いがあるかもしれない・・。