適当なことを言ってみた♪


いぇーい、新コーナー♪
って、そんな暇があるのか?
ここは完全不定期なコーナーです、あしからず。


第七回   駅伝
        タイトル通りですね。駅伝です。今回箱根駅伝で我が母校は途中棄権をしてしまいました。残念ながら。
        たぶん誰もが辛くなる選択でした。走っている選手も、それを止めた監督も、チームメイトも、コーチも、
        見ている人も。
        幸いにも僕は襷が途切れるということを体験していません。
        でも、その状況を考えると、その状況を実際に見てしまうと本当に胸がつまります。
        陳腐な表現だけど、襷って本当に重いんだよ。戦う相手と対峙していない分、自己の責任がものすごくある。
        それを途切れさすなんて、少なくとも自分の意志では絶対に出来ない。
        本当にたとえ、自分が死んでも次の走者に渡したい。と思うんです。
        箱根駅伝って駅伝の中でもやっぱり、ひと味も二味も違っていて、陸上で長距離をやっている人の憧れであるし、
        その為に、こちらの学校に来る人だってたくさんいる。我が母校は、毎回箱根駅伝に出場できている。
        そのことって、かなり凄いことです。
        毎年たった15校しか走れません(記念大会は別として)10区間しかありません。世界で150人しか走れません。
        そこにいる選手たちは、みんな箱根を走りたくてそこにいます。
        箱根を走るために、何年間も、自分の生活をコントロールして、
        コンディションを整えて、記録を伸ばして、自我を律して。
        そうして、全力を傾けて、ほんの一握りの選手が出場できる舞台です。
        箱根駅伝は僕らに本当に色々なものを見せてくれます。
        でも、この箱根駅伝でたったひとつだけ、毎年毎年思う嫌なことがあります。
        沿道の応援の人たち、お願いだから歩道の上で応援してください。
        中継中にもスタッフの人の注意の声が流れます。「歩道からでないでください!!」
        情けない注意だよね。
        僕はよく、蒲田のあたりに見に行くのですが(親戚が住んでるので年始の挨拶を兼ねて箱根を見るんです)
        歩道に座って、車道にはみ出してる人を見ると本当に腹が立って腹が立って仕方ないです。
        そのあげくに、中継カメラに向かって手を振ってる。
        応援は本当に励みになるものです。何で新聞社の旗を振るのかは別として。
        その声は確実に選手の力になります。
        たぶん、歩道からはみ出すという行為は、きっと、実害が起こるまで改善されないんでしょうね。
        残念ながら。
        想像力を働かせましょう、色々と。
        うー、しかしまた何を書いてるのかよく解らなくなりましたね。いいんです、こういうコーナーですから!!(←力説)
        まあ、何にしても箱根駅伝は面白いと言うことでした。(そうなの?)


第六回   共通言語
        ちょっとタイトルとは異なる話になるような気もするのですが、現在僕は某運送会社にてバイトをしています。
        そこで良くあることなのですが、荷物を出してくれるお客さんの中の認識は僕ら社員の認識と共通ではない
        と言うことを良く感じます。
        なんて書くと、深刻な話なの?とか思うかも知れませんがそれほどのものでもないです。
        要は、送り先の県名までちゃんと書いてくださいって事なんです。
        蕨市って何県にあるか解ります?
        北広島市は?
        益田市は?
        三養基郡は?
        わからんのじゃよー・・・・。
        でもまぁ調べれば僕ら入力組はいいんですけど、発送時に意外と間違えたりするから問題なんです。
        北広島市。
        どこでしょうか?
        おそらく9ざくさんは解ると思いますけど、そう、北海道なんです。
        これを間違えて広島に送ろうものならものすごい距離の間違いですよ。
        他にも「区」とかね、大阪の中央区なのか、東京の中央区なのか、これは電話番号か郵便番号を書いてて
        くれれば大方解るんですけど、たまにどちらも書いて無くて、更に電話で発送人に聞こうとすると
        もう電話にでなくて、更に翌日着でとかになると、もはや打つ手ナシです。
        そうするとだいたいは、過去の荷主の傾向と、過去のデータからどうにか探すしかないんですが、
        気の遠くなる作業です。
        その挙げ句に間違えて、荷主から怒られた日には流石に腹も立ちますよ。
        とか言う件が最近とみに多くて、何か色々考えたわけです。
        ちょこっと前回の話にも繋がるのですが、どこまで相手のことを考えてものが言えるかと言うこと。
        どこまで相手の認識を考えてどこまで前提として話をしてよいのかと言うこと。
        どこまで相手を思わなければならないのかと言うこと。
        そう言ったことを思ったわけです。
        果たして自分の常識は常識なのだろうか?
        普通は普通なのだろうか?
        まぁそう言ったことをじっくり考えてみようと思ったわけでした。


第五回   想像もつかないこと
        えっと、今回ちょっと真面目に書いてみます。こういうことは僕はほとんどしたくない(表に出したくない)と
        思っているので、たぶんに無茶苦茶な文章になりかねないのですが、どうも自分の思考法というものが曖
        昧になってきているので、自己確認のためにも一発書いておこうと思いました。
        「思考」と言うものについての自分の認識ですが、僕は「想像もつかない事」というのを可能な限り排除した
        いんだと思います。
        自分に出来る限りの思考を巡らし、色々な状況を想定してそれに対する対処法を考えておく。そうすることで、
        自らの対応を考えておく。多分、これが僕のスタンスだと思います。
        村上春樹氏の短編で「あなたは想像もつかない死に方をする」と、占い師に言われた主人公が部屋にいて
        色々想像して、
        「つまり、あらゆる場面を想定し尽くせばよいのではないか?」というような結論に至る。みたいな話があって、
        何かそれを読んだときに、考えるって言うのは多面的な視点で、ものを見ることなのかなぁと思って、
        それ以後、必ず、自己主点の視点だけではなくて、いろんな角度からの視点を模索することにしました。
        それが持つ弱点というのも多少は認識しているつもりです。
        つまり、それをやると、自分の立場が曖昧になってしまうんです。どこかに必ず、意図はあって、何か必要が
        あって、「絶対」と言うものが言えなくなってきます。
        だから、僕がそこで行う打開策(自分の中のね)は「必ず、否定、肯定だけでは終わらせない」と言うことです。
        なにがしかの方策を考える。
        それが現状の法律上とか社会通念上にあるものならば問題なく結論もでますが、そうでもないことが多い
        ですよね?
        多分、それについて何か言ったところで何も変わりはしないのかもしれませんが、
        ただ、「そんなことしょうがないじゃないか!」
        と言うスタイルで終わらせて何かに対する思索を打ち切るって言うのは、何だか哀しいことのように
        思えてしまいます。
        同様に、感情でものをいうというのにも多少どころか、かなりの抵抗があります。
        いや、嬉しいとか喜ばしいとかの感情でものをいってくれるのは見ている側も理解できるし、それは聞いている方も、
        気持ちのいいものですから、勿論否定なんてしません。
        僕だって、陸上で、本当にいいタイムを出さなくてはいけないときに自己ベストを出したときには嬉しくて
        感情だけでものをいいました。
        でも、負の感情(特に怒り)にまかせてものをいわれると、どう対処、理解すべきなのか非常に困ります。
        一つにはよほど怒りにまかせねばならぬほど(普段はそんなことはないのに理性が吹き飛ぶほど)の怒りを
        抱えている場合。
        もう一つは本当に常時感情にまかせている場合。
        更にもう一つは感情にまかせているというスタンスを作ることで後のいいわけにしてしまう場合。
        (酒に任せてとかと同じ位置づけ)
        最初のはある程度理解できます。おそらくそう言う状況というのはあり得ることでしょうし、言ってはならない事とい
        うのにふれた場合だってあります。そう言う場合には僕個人の納得も出来ます。
        僕的にはほとんどしたこと無いですけど。
        で、二つ目。こういう人には出来れば関わり合いたくないですね。要は論理に何の筋も通って無くて自己感情のみ
        しか考えてない人。
        見てて気分が悪いです。
        それから三つ目。このスタンスというのは認めなくもないですが、僕は発言というものにたいして、「一度言った言葉
        は簡単に取り返せるものではない」と思っているので、感情でものをいうと言うことにしてもその人の考えを発言して
        いる以上、その発言の内容にしてもそう言うスタンスを取るのだと言うことにしてもなにがしかを残してしまうと思っ
        ています。
        自分の発言というものがどのように受け取られるのかと言うことを考えると、とてもではないですが、僕は感情論で
        何かものをいいたくありません。
        多分、僕自身が感情に任せての行動というものをあんまり認めてないからでしょうね。
        あくまでマイナスの方向への感情ですよ。感情の起伏自体は否定しませんが、その状況でものを考え、勢いに任せ
        て発言するという行為を認めたくないんですね、きっと。
        何だかだんだん話がそれてる機もしますので、この辺にします。
        結局の所、僕は自身の発言というものに対してかなり慎重(臆病)ということです。
        かといって何も言わないことが正しいことだと思ってもいませんけど。
        少なくとも、じっくりと考えて、出来る限りの思索をしてそれからものを言いたいと思うだけです。


第四回   雪印問題。
        少しはおさまりましたかね。牛乳問題。
        笑い事ではないのだけれど、その一連の事件で連鎖的に起こった現象というのが、興味深くて、
        面白かったです。シリアル業界が打撃なんだってね。牛乳かけて食べるから。
        後、売り上げが伸びたのが、豆乳。それもどうかと思うんだけどなぁ・・・・・。
        シリアルに関しては、牛乳をかける以外の食べ方が、結構あるらしいのでそれを前面に押し出してい
        くそうです。
        でもさ、その辺で思い出したのが、フルー○ェは、牛乳じゃないとダメだよね?
        あれも、がくんと売り上げ落ちてたら結構笑うなぁ・・・・・。
        何か思考がずれたんだけど。世界で一番売れている(消費されている)お酒って何だか知ってます?
        これって、結構意外だと思うけど理由を聞くと納得します。
        理由はそのうち追記しましょう。
        で、その売れているお酒というのは、ホワイト・ラム。ラム酒だそうです。
        さて、その理由は・・・・・・ナ・イ・ショ。
     
では、このへんで、さよーならー。
       で、理由ですが、
ケーキのせいだそうです。納得していただけました?       


第三回   かごめかごめ
        いやね、最近さ自転車で学校行ってるじゃないですか(駅までだけど、因みにもう七年ほど自転車
        だけど)でね、気になってるのが横断歩道とかで目の不自由な方への対処である音声付きの信号っ
        てあるでしょ?あれで「とおりゃんせ」ってわりと流れてません?
        「とおりゃんせ」を思い出してて疑問がいくつか。
        天神様の細道じゃと教えたのは誰?
        天神様って誰?
        何で帰りは怖いのか?
        とか思ったわけです。舞台的には多分山ですよね?違うかな?その時点でもうよく解らないんですけ
        ど、とにかくお札を納めに行く人が「どこの細道じゃ?」と聞くと「天神様の細道」であると答える何かが
        いたと言うことですよね?それが後半の「行きはよいよい帰りはこわい」と言うのと同一のものだとす
        ると果たして害を為すものなのか、そうでないのかがよく解らない気がします。
        で、天神様って菅原道真の事かな?って思いました。この歌の成立時期ってちょっと知りたい気がす
        る。
        で、最後何で帰りは怖いのか?
        だって、別になんにも悪いことしてないじゃないですか。お札を納めに行くだけでしょ?
        つまり、「お札を納めてしまうと怖い」と言うことでしょうか?お札に何らかの効果があったのに、帰り道
        にはそのお札がないって事は「怖い」状況になるよ。と言うことなのかなぁ・・・。
        ま、勿論結論はでてません。
        さらに、思いを巡らせていって「かごめかごめ」に行き着きました。
        で、かごめかごめの歌をちょっと思い出して口ずさんだりしてたのです。で、疑問がいくつか。
        かごめは漢字で書いたらどうなるのか?
        ・囲めが濁った。
        
・籠(篭)目
        
・籠(篭)女
        の三つが今のところ僕の頭にあるのですけど一つ目は「かーごのなーかのとーリーは」と言う下り
        がある事から消去してかまわないのではないだろうかと思ってます。
        で、そうすると籠目と籠女なんですけど前者はわかりやすいですよね問題は後者、囲い女って言葉は
        あると思うんですけどその類で囲われている女性を比喩したものなのかなぁ?と思ったわけです。
        そもそも日本の民話などで鳥って女性じゃないですか?と言うよりも妖怪変化の類にされるのって
        大方女性ですよね?西洋だと割と男性が妖怪変化の類にされてる気がします。
        うーーん、これは資料当たってるわけではないから偏見かも知れないですけど。
        で、さらにさ「夜明けの晩」っていつでしょう?
        鶴と亀がすべった。っていうのもある意味不吉な気がしませんか?
        うーーーーん、色々考えると面白いなぁ・・・・。この手の話って民俗学になるのかな?
        ま、だらだらと書いてみました。ではさよーならー。


第二回   教育実習について
        さてさて、一応ね、折角行ってきたことだし色々と考えたことをね、だらだらと書いてみようかな。と。
        そもそも、僕は大学に入ったら教員免許は取ろうと思っていたわけですから実習自体は前々から
        覚悟は出来ていました。実際、母校に行くこともわかっていたし。正直なところ甘く見ていた面もあり
        ます。担当の先生は僕の全然知らない先生でちょっと不安でしたが、話し込めば話し込むほど
        生徒主眼にものを考えている先生でその姿勢には僕は色々と気付かされることがあって、凄く新鮮で
        違ったものの見方を一つ得た気がしました。実習の意味合いも決して教員になるためだけの道とし
        てみているのではなくて、「教育の現場の裏を知ることができる、そう言ったことをわかると言うことだ
        けでも実習に来てもらう意味はある」って言ってくれたりして、確かにさ、教員って何だか不甲斐ないよ
        うなイメージがあるじゃない?マスコミ報道の悪癖のせいもあるけどさ。実際はそんなことなくて、
        凄く、精力的に動いてて、必死なんだなぁって今回の実習でわかりました。
        他にも色々いいことを仰ったのですけど、まぁ、それはよいでしょう。
        で、高校生!!
        正直な話。子供ですね・・・・。やっぱり。思考が子供的なんだよね。あんまり、理論になってない。
        好意的にとらえるならば非常に感覚的と言うことでしょうか?悪いとは言いません。が、
        その段階で大学進学のための選択科目とかを決めさせるのは酷なのでは?と思いました。
        でもさー何度も日記にも書いてるけど。ホントーにいい子たちでした。
        とにかく、何にしても僕にとってこの経験は非常に多くのものを体験できて凄く良いものでした。
        これを何かに活かせる日がきっと来るでしょう。
        では、今日はこのくらいで、さよーならー。


第一回    パチンコについて。
        はてさて、パチンコについてです。ギャンブルです。が、競馬競輪などと違って攻略法が存在する
        唯一のギャンブルではないでしょうか?と言うあたりを早合点して、「パチンコは出る台が決まって
        るんだ」とか、仰る方が居て、まぁ実際そう言う不正なことをしているお店もなくはないわけですから
        否定はしませんけれど、パチンコというのは基本的に数取りゲームです。
        0〜600位までの乱数の内のある決まった数字を取ると、それが大当たりとなるわけです。
        現状で主流なのは大当たり確率315.5分の1なのですが、つまり0から630までの乱数の内
        2つ大当たり数値が設定されていると言うことなのです。
        だから、実際の所出る台が決まってなどいるはずもなく、普通に打つ分には運次第になるわけです。
        ですが、その乱数を取るという際に、アナログではないので周期が決まっているわけです。
        だから、大当たり乱数値というのは決まっているわけで、その内部数値の周期から、大当たり乱数の
        位置を特定してしまえば体感機でリズムを決めて大当たりを狙い打つことが出来るのです。
        ほとんどの店で禁止行為ですけど。
    
で、最近問題になっているのは「遠隔操作」の問題です。これは心ないお店がパチンコ台に不正な
        プログラムなどを仕掛けて、お店側が大当たりを自在に操れるようにしてしまうものなどがあります。
        勿論
違法です。
        何か何書いてるのかよくわかんなくなってきた。
        話を大きく変えて、先ほどの乱数の一件から考えればパチンコ台でかかるリーチというものがリーチ
        ではないと言うことがわかります。
        
演出と言うことです。
        大当たり数値というのは僕らには見えないわけですから、たとえはずれ数値を取っていても、打って
        いる客が楽しめるようにリーチアクションというものがあるわけです。
        そこを割り切って演出としてリーチを眺めるとパチンコ台にかけるメーカの意気込みなども見えてきて
        どんどん深いところに行ってしまえます。
        もう、そうなると、金稼ぎたいと言うところから、一歩違う立場に立ってしまえるわけです。
        業界の流れを見たくなってしまうんですねぇ。
        業界の流れについてはまた別に書きますけれど。
        ただ、ここまで来ると違う意味で、パチンコジャンキーです。
        簡単に言えばヲタクさんですな、多分。
       
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕か。
        もう、ギャンブルじゃなくて趣味ですわ、マジで。

        では、今回はこのぐらいで、サヨーナラー。


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