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フランクリン・ライカールト Franklin RIJKAARD |
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| オランダ | ||
| アムステルダム | ||
| 1962年9月30日 | ||
| DF,MF 代表歴:73試合10得点 所属クラブ:アヤックス,ミランetc |
| シーズン | 指揮チーム | リーグ成績 | 備考 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1998-99 | オランダ代表 | |||||||
| 1999-00 | オランダ代表 |
| 辞任 | |||||
| 2001-02 | スパルタ |
| 2部降格 | |||||
| 2003-04 | バルセロナ |
| UEFAカップ4回戦 | |||||
| 2004-05 | バルセロナ |
| CLベスト16 | |||||
| 2005-06 | バルセロナ |
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| タイトル名 | 獲得回数 | 獲得シーズン |
|---|---|---|
| スペインリーグ | 1回 | 2004-05 |
| 選手時代に成功を収めたとしても監督としては2流にもなれない名選手が多いなか、ライカールトは必死にその道から逃れようと努力している。EURO2000ではフランチェスコ・トルドの前に屈し辞任。さらに次の仕事場であるオランダのスパルタではクラブ史上初となる2部降格を味わうなど屈辱的なシーズンを送った。オランダ国内でのライカールトの評価は最低最悪であった。しかしそんなときにバルセロナからオファー。全く何を考えているのか分からないように見えたがこの選択が吉と出る。自分の無能さを自覚していたライカールトはコーチとしてオランダ屈指の戦術化と言われたカーテを招く。現在はそのカーテが中心となり練習をこなしており、オランダ国内では「カーテのチーム」と言われているが、バルセロナのプレッシングサッカーは間違いなくミラン時代にライカールトが経験したものが生かされていることだろう。 |
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2004-05 MEMO | |
| 穴だらけだった守備を補正し絶妙なバランスを見出したバルセロナは優勝だけではなくリーグ最高得点数、最少失点数を記録。文句のつけ様のないチームへと生まれ変わらせた。不思議と怪我人が続出したシーズンでありながらもこれだけの成績を残せたのはライカールトの目指すサッカーが間違っていなかったことの最大の証明でもあろう。チャンピオンズリーグでのミラン、チェルシーとの激闘、そしてリーグ制覇。今季の貴重な経験を生かし、如何に来季も良い成績を残せるか・・・来季はライカールトの真価が問われるシーズンとなるだろう。 |