砂田将祈さん【元MA&元Jネットフェザー級王者】
砂田さんは怪我で1年近くリングを離れた後、33歳で王者に返り咲くという離れ技をやってのけた・・・。
その試合前に砂田さんに電話をもらった[最後のリングになるかもしれん・・・ミツヤ。セコンド付いてくれや!]
そしてチャンピォンになった砂田さんは僕に向かって[ほんまはキックやりたいんやろ・・・気が済むまでキックやれや・・・]と今のジムを紹介してくれた。砂田さんは試合が終わった翌日から練習を再開する。
砂田さんは夜めしを食わない、酒も飲まない[祝勝会してたら練習できひん]と言って祝勝会もしない。体脂肪は常に[E-4]測定不能の表示をたたき出す[笑]
僕も気が付けば試合があろうとなかろうと毎日走り毎日ジムワークして基本的に酒も飲まない、夜めしも食わない、知らぬ間に砂田さんに感化されていたのかも知れない・・・。
砂田さんは今は諸事情によりジムを離れてフリーでやっている。大一番は力石徹のテーマで入場してくるキック界の力石徹。
徳田博丸さん【とくちゃん】
構成作家&放送作家
森脇健児のサタデーミーティング[サタミ]で僕の試合前の近況告知と試合後のレポート等、時に出演させて戴きリスナーとの架け橋を作って下さり、本気で僕を蘇えらそうとしてくれている・・・。
構成作家の仕事について、ピンとこなかった僕は興味深く徳田さんの仕事ぶりを自分なりの目で追ってみた。
次々送られてくるメールを赤ペンでチェックしながらも、コーナーからコーナーへ移る最中にも出演者の入れ替えに追われる・・・メールのチェック、出演者への気配り、進行の段取り、3時間30分の番組中、徳田さんはじっとしている間がなかった。
構成作家とは、椅子にドンと座りタバコでもくわえてる現場監督かと思いきや、大間違いだった。大忙しだ!!でも時に健兄とナベさんのトークに大笑いしてしまう徳田さんの笑い声が電波に乗りリスナーに届いてしまうこともある。
ただただキックを好きで続けている僕に、番組内で目標を設定して下さった。34歳の王者にやられてから全てが狂ったのなら、34歳で王者に復讐しようとストーリーを番組内で構成して下さった。後数日で34歳になる僕の運命と森脇健児サタミあげちん伝説の運命はいかに・・・。
森脇健児さん
森脇健児さんとは、ロードワークの最中に出会いそれが縁でKBS京都ラジオ(森脇健児のサタデーミーティング)に出演させて頂いた。
森脇さんに係わった人間は出世するという森脇健児あげちん
伝説がある(スマップ、こぶくろ等がいる)
それを知っていたため出会った時に(森脇さん!とうとう捕まえましたよ)と言ってしまった(笑)
その後もご近所さんということもあり、何度か食事に連れていただき東京時代の話や“らくらぶ”、“サタミ”に対する熱い思いを聞かせてもらった。
森脇さんは“ミツヤ!八期のサタミにタイトルマッチを持って来い。皆でタイトルマッチを作ったる!”と言って下さる。
森脇さんは僕のためにラジオのスポンサーの皆さんに“応援してやってください”と頭を下げてくださる。
“感謝の気持ちを結果で答えるしかない”僕のトランクスにはサタデーミーティングと刺繍されている。
シンデレラエキスプレス
渡辺さん・松井さん
渡辺さんにはサタミ以来、可愛がって頂いている。
シンプレ大阪決戦(B1角座)にて行われるシンプレのトークライブにも何度か招待頂きました。
解る人には解る深いライブです。(笑)
試合前には、熱いメールを下さいます!
相方の松井さんも、かなりのボクシング通らしいので一度ゆっくりボクシングの話をしたいと願っています。
この日シンプレ大阪決戦に出ていた代走みつくにさんのギャグ(なんのこっちゃね〜)を共にやってもらった。
それにしても、僕嬉しそうな顔してるな〜。
オセロの妹分!チキチキジョニー
こちらもサタミで出会い仲良くさせてもらい、何度か劇場に招待を頂いています。
エコひいきなしに!男芸人に対して女のハンディーを感じさせない堂々たる舞台で笑いを取っています。
以前、石原さんに“肌は綺麗ですね!”と言って“ミツヤさん。それ全然誉めてませんよ!”と言われた。(笑)
左が愛のコラーゲン岩見ちゃん
右が石原ちゃん
京崎武さん
二十歳の時に、防具空手の大会を観戦し(友人となんじゃあれ?
ムエタイの蹴りやんけ!)と、あまりの華麗な足技に魅了され自分
がデビュー前に京崎さんを道場の前で待ち伏せして“今度僕、プロ
でデビューするんですけど、僕にキック教えてください!”とナンパ
した。(笑)
それ以降、公園と市営体育館等で指導を受けた。今は仕事の都合
でアメリカに居られるが、メールのやりとりで公私に渡りご指導頂い
ています。
写真は1997年1月26日にバンタム級チャンピォン福富選手に挑
んだ時にセコンドのついてもらった時の写真です。(5R判定負け)
メールで京崎さんは“チャンピォンにやり返す順番が来たで!”と言
って下さる。
自分自身も当然キックボクサーに復讐してみせるつもり。
吉本 守さん
守の兄貴とは、今から約5年前に銭湯で出会い、いい身体してますね!とホモっぽくナンパした(笑)
当時、僕は三度目のタイトル戦に敗れ、所属団体と所属ジムから引退勧告を受け・・・・支援してくれていた職場にも解雇され30歳を前に無趣味、無職になっていた。(笑)
守兄はそんな時でもよく食事に連れてくれた。そしていつも
(ミツヤ!前だけ見て、ガッと行かなあかんで!前進やで!)
と言ってくれた。
守兄は当時、三菱自動車で野球をやっていた。(PL学園→東洋大学→三菱自動車)。何度か試合を観にも行った。その姿を見ているうちに、もう一度全力で何かに挑みたくなった・・・・・・。
必然的にリングに戻る事しか頭に浮かばなっかた。
守兄は今俺に出来る事があれば何でも言えよ!と言ってくれる。
左が守の兄貴
右が妻和世さん
楠肇トレーナー【目黒ジム現藤本ジムトレーナー】
前戦でタイ人に勝利して天狗になって向かえたプロ3戦目の時に出会った・・・試合は日本人相手にグダグダのドロー
前から歩いて来た楠トレーナーはいきなり僕に向かって[あ!タイ人に勝ったからって天狗になって今日駄目だった人でしょ?]
[前の試合見ていいな〜って思ったけど、よく見ると下手だね!]と毒舌は続いた[笑]
その時4戦目はすでに決まっていた。相手は日本4位の室崎選手[前戦で目黒ジムの日本ランカー五十嵐さんをKOしていた・・・後日五十嵐選手とはスパーを重ねたが全く歯が立たず不安はつのった]
楠トレーナーは勝ちたければ東京に来いよ!と言ってくれた。思い立ったが吉日の僕はすぐ東京に向かった。
楠トレーナーとの連日のジムワークはさすがに厳しかった。ミット打ちは一発一発に声が飛ぶ[3歳児の蹴り・・駄目!][6歳のローキック・・駄目!]最高は中2のローキックまで行った事がある[笑]
当時、知り合いのアパートに寝泊りていた僕によく腹一杯めしを食わしてくれた。時には中目黒の有名焼肉店に連れてくれて[ハイエナのようにむさぼりつけ!]とご馳走してくれた[笑]
試合の方は楠トレーナーのお陰で2ラウンドKO勝ちすることが出来た。
楠トレーナーも頑張る奴に対して自分を犠牲にして尽くしてくれる。
北沢 勝さん【元新日本ウエルター級王者】
北沢さん[まーちゃん]とは目黒ジムで出会った。まーちゃんのタイトル初挑戦は今はK-1でもお馴染み武田幸三との試合だった。試合の方は僅差判定で武田の手が上がった。
タイトル挑戦後、まーちゃんは2連敗した[武田に負けたけど満足した自分がいた。次の試合は初心に戻って全力で戦う・・・]と、まーちゃんは言った。
その試合は約束どおりのKO勝ち![ミツヤありがとう・・明日は一人で思い切りバイキング食べてくるよ]まーちゃんは嬉しいことがあると一人でバイキングに行き沢山食う。一人バイキングを敢行する[笑]
その試合で乗った。まーちゃんは導かれるように王者へと登りつめた。
33歳での生還だった。その後もタイのラジャダムナンでの逆転KO勝ち、初防衛戦での逆転勝利など大活躍した。
そして僕が2連敗で迎えた再起3戦目の前にメールをくれた。[今度こそ!とか力まず楽しくやってください!きっといい結果でますよ]その一言でリラックスしてリングに上がれた。そして連敗をとめる事が出来た。この言葉がなければ力んでリングに上がり空回りしていたと思う。
試合後も・・何かをやり遂げたいい顔してましたよ。これで乗れたから次はもっと行けますよ・・と言葉をくれた。
まーちゃんありがとう!
ベルトは失ったが僕より3つ上のまーちゃんはキックの夢をまだ追いかけている・・・。
正木和也【新日本キックウエルター級3位】
同じ京都出身の後輩で藤本ジムに所属し連日のジムワークで来たるべき日に備えている・・・
以前は大事な一戦でポカをよくしたが、今は楠トレーナーとの練習により
抜群の安定感を見せる。はっきり言って強いっすよ!!
京都に帰ってきた時には、朝までいつも一緒に飲むがナンパの腕前はすでにチャンピォンでナンパした女の子に自分の服をまくりあげ筋肉を触らすという荒業をやってのける(笑)
12月11日に正木はウエルター級タイトルマッチに出場が決まった・・・
俺も必ず勝つし、正木も必ず勝つと信じている・・・
次々と繋がっていってますから
是非ご覧下さいね!
元WKBA世界スーパーライト級王者
新妻 聡さん
新妻さんとも目黒ジムでの修行中にお世話になった・・・
【次の相手は強敵だな・・・勝ったらその日は豪遊させてやるよ!】と言って下さった・・・
試合は無事、勝つことが出来て帰り支度をしていると・・・
【よ〜し!行くか!】と祝勝会に連れて下さった。
でも、この時に楠トレーナーが【お前この後どうするの?】
東京に一人で来ている僕の事を気に掛けてくれた優しさも忘れることが出来ない・・・
新妻さんは焼肉・・・もんじゃ焼き・・・移動のタクシーの中でアイスクリーム等・・・【減量で今まで食えなかたんだから食いたいもん食えよな】と言って下さり・・・途中で僕が缶ジュースを買おうとした時・・・
【今日は一円も使わなくていいんだよ】とジュース代の小銭を手渡してくれた。
何故、新妻さんが“男の惚れる男”と呼ばれているのかがよく解った。
新妻さんの試合は熱かった・・・
倒す事にこだわり・・・どんなに打たれても折れない心が観客の心を掴んだ・・・その姿は“肉体言語”と言う言葉を生んだ・・・
僕が東京で試合する際には、必ず駆けつけて下さる。
僕に対して新妻さんはこう言って下さる・・・
【俺の知ってる松下ミツヤは、まだまだこんなもんじゃない】
【これが俺の知ってる松下ミツヤだよ!】そう言って貰える
自分を必ず見せる・・・
新妻さんは、後進の指導に今はあたっている・・・
お問い合わせは
新妻格闘塾
東京都文京区白山五丁目33番地12号 白鳳ビルディング3階
(TEL)03−3811−8333
Part1
大野信一郎さん【藤本ジム】
新日本フェザー級1位
皆さん!僕の34歳で驚いている場合じゃありませんよ!
大野さんは、今年の挑戦者決定戦に勝利しました。
来年3月にタイトルに挑む時は、なんと40歳ですよ!!
大野さんは、日本で試合が無い時はタイに渡り精力的に試合をこなしてキャリアを積んでいる。
その試合ぶりは、手馴れたムエタイ選手のようにスキが無く
蹴り数が多く・・・まさに和製ムエタイ戦士っすよ!
来年3月に2階級制覇の安定王者 菊池に挑む!
ここにも森脇健児のサタデーミーティング8期テーマ【夢・精一杯】がありますね!皆で大野さんを応援しましょうね!
小野寺 力【元新日本フェザー級チャンピォン】
現 リキックス会長
まぁ・・・一言で語ると僕の憧れのキックボクサーやね・・・
力ちゃんとも目黒ジムで仲良くなり、度々京都にも遊びに来てくれた。
銀閣寺に観光に行った時、サクを乗り越え非常ベルを鳴らして僕を置いて逃げるという熱い友情を見せてくれた(笑)
当時、力ちゃんと僕も負けなしで日本一になり【無敗のチャンピォン同士で飲みましょうね!】と言ってくれていた・・・
力ちゃんは無敗で問題なくチャンピォンになり、ご存知の通り90年代のキックのエースになり、時代を引っ張って来た・・・
【その頃、僕はと言えば長い冬眠に入っていた(笑)】
当時K−1よりオファーがあった時も、K−1ルールじゃなくキックボクシングにこだわりがある・・・と言ってK−1には出場しなかった・・・
そのこだわりは賛否両論あったみたいだが、その日以来、年上の僕の憧れのキックボクサーの一人になり僕もキックにこだわり続けている。
力ちゃんの近年は怪我との戦いだった・・・
黙って自分を信じ続ける力ちゃんに、約3年のブランクを経て最後の舞台が来た・・・【耐えて自分を信じ続ける大切さを力ちゃんから学ぶ事が出来た・・・】力ちゃんは常々いずれムエタイのチャンピォンと戦うと昔から言っていた。
相手は4階級制覇王者“アヌワット・ゲオサムリット”とのラストマッチに挑む。
その戦いが終わって僕の11月27日の日本バンタム級タイトルマッチにも来てくれる約束をした・・・
昔から年賀状の最後に、早くチャンピォン同士で飲みましょうね・・・と言ってくれていた。その約束も約10年ぶりに果たされる・・・
しかし、10年とは待たしたなぁ・・・(笑)
忘れることが出来ないのは・・・僕自身再起して苦しい戦いが続いていた・・・身内ビイキは絶対しない力ちゃんの【俺はミツヤさん!負けてると思ってませんから・・・まだまだ行けますよ!】
この言葉が心を支えてくれた・・・
力ちゃん!ラストマッチ!俺は信じてるから!!
下の写真は、僕24歳 力ちゃん21歳 北沢まーちゃん27歳
あの頃、みんな若かった!!!
NO KICK NO LIFE〜FINAL〜
10月29日(土)東京・大田区体育館
試合開始 午後6時
小野寺 力 VS アヌワット・ゲオサムリット
松本哉朗 VS ライアン・シムソン
正木和也 VS サムゴー・ギャットモンテープ
お問い合わせ リキックス TEL 03−3718−2353