1.ゲームに目的がないということ


ほとんどのゲームには目的があります。

お話を追って、魔王を倒すものであったり、

高度なテクニックを駆使してカーレースをするものであったり、

女の子を口説くものであったり、、、、。


絢爛には目的がありません。

形式的には”100年の平和”というものがありますが、これは単なるオマケです。

あえて言うなら目的を探すことが目的、だったりします。




2.傲慢なゲームだということ


絢爛舞踏祭はかなり変わったゲームです。

例えば、、、


PC(プレイヤーキャラクター)は強くならない。  →代わりにプレイヤー(自分)が強くなります。

キャラクターのご機嫌ばかりとると、、  →必ずしも人気者になりません。

同じ行動を繰り返すと、、(経験値集めのように)  →何も起こりません。


これまでのゲームは続けているだけで、ゲームが変化してくれました。

しかし、絢爛はゲーム自体は変化せず、プレイヤーを変化させる、という全く傲慢なゲームなのです。




3.自由とは何でしょうか?


絢爛舞踏祭はとても自由なゲームです。

しかし、”実際にプレイしてみたものの全然自由ではないじゃないか”、という話をよく聞きます。

自由とは、「何でも思いついたことをいつでもどこででも実行できる」ようなことを言うとしたら、

絢爛は決して、自由なゲームではありません。


実際のところ、現実では無条件での自由はありえません。

例えば、思いついたからといって、突然、見ず知らずの人を殴ることはできないですよね。

殴るためにはそれなりの理由と状況が必要です。

その理由と状況(ドラマ)にまでもっていくのは、プレイヤーの腕にかかっているというわけです。




4.完全攻略、って無理です


たくさんの展開があるため、攻略というもの自体、存在しません。


詳しく説明すると、、、


展開は、確率による偶然と、プレイング(遊び方)による必然で決まります。

前者は、例えば、偶然自分以外のキャラクター同士が誘って食事に行く確率、などのことで、

後者は、そのキャラクター達の間に自分が割り込んで仲をひきさく、などの、

プレイングによって展開を変えることです。


特に、後者のように新しいプレイングを発見すれば(色々と工夫すれば)、

展開をいくらでもアップデートできるので、非常に多い展開を実現できるというわけです。


しかし、まあ、偶然を必然でかなり操作できるようになれば一応攻略した、と言えるかも知れませんね。




まとめ:


このゲームの面白さは、

やりたいドラマ(状況)を想定し、たくさんのコマンドを駆使してそれを再現する、

というところにあります。

ドラマをつくるための舞台には矛盾がありません。自分オリジナルのドラマを作りましょう。



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