「論文」


屈折リーベ
眼鏡っ娘愛好家では有名な本に
「屈折リーベ」というのがあります。
1996年に少年キャプテンで連載されていた
「西川魯介」さんの作品です。
4年半後の2001年2月に白泉社より復刻されました。
この本の後書きには、以下のようなことが書かれています。

 メガネっ娘像への意義申し立てとか
 「ただ女の子がメガネをかけてるだけ」な
 哲学の無いまんがへの平手打ちとか 何かそのような
 曲がった情念を込めました。

内容は、「メガネっ娘じゃなきゃ駄目だ!」と自負する
少年が、メガネっ娘に恋するお話し。
「わたしが眼鏡をかけていなかったら?」
という彼女の問に対して
「ぜったいメガネっ娘じゃないと認めない!」
と、眼鏡っ娘愛好家の羨望の眼差的発言を発する少年。
しかし、このシーンには
この本の1番に訴えかける台詞があります。

 結局、私じゃなく「眼鏡の女の子」が好きなんだろ
 私じゃなく「眼鏡の女の子」を見てるんだ

 眼鏡掛けようが外そうが私は私なのに・・・

「眼鏡」が好きなのか、「娘」が好きなのか。
あるいは、「眼鏡をかけた娘」が好きなのか。

「眼鏡」が好きな場合。
「娘」でなくてもいいわけ。
眼鏡屋さんにいれば、それで幸せなわけ。

「娘」が好きな場合。
眼鏡をかけていなくてもいいわけ。
女の子なら、だれでもいいわけ。

「眼鏡をかけた娘」が好きな場合。
極端な話し、眼鏡をかけていない娘は嫌い。
眼鏡をかけた娘だから好き。

違う観点から見ると、
「眼鏡をかけている娘の眼鏡」が好き。

いくつか例をあげてみたが、
わたしには、どれも当てはまってない。
あえてあげるなら、「眼鏡をかけている娘」が好きな場合。
しかし、「眼鏡をかけていない娘」が嫌いなわけではない。
どちらかというと、眼鏡をかけていたほうがいい。
では、なぜ眼鏡をかけていたほうがいいのか?

この本を読んで、いろいろと考えさせられました。
いままで以上に、疑問が沸き上がりました。
未だに、その疑問が解決できない状態でもあります。
眼鏡っ娘愛好家で、まだ読んでいない方は
できるだけ読んでもらいたい本です。
いろいろと考えさせられるかと思います。

今回の題材本、紹介
タイトル「屈折りーべ」 著者「西川婁介」
2001年2月5日「白泉社(JETS COMICS)」

2001.4/6-2001.4/10(改訂)

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