それからチャットの日々が続き、やけくそになって、その日、チャットで話した人と会うことになりました。

彼は一つ年下、専門学校生でした。

話し口調も今風で、顔は少し怖い印象がありましたが、大丈夫かなと思い会いました。

そして、いろいろこれまでのことを相談して、

「つらかったね、俺もこういうことがあってつらかったよ」

となぐさめあいました。

そして後日、私がちょっとしたことで泣いていたら

「今からいくよ」

と言って私のところまできてくれました。

彼は冗談ぽく

「来てやったんだぜ」

と言っていたので、こっちも冗談で

「別にきてくれなくてもいい」

と言ったつもりが・・・・彼はなぜか急にキレました。

そのへんの壁を「ドン!」と蹴って

「なんだよ!おまえその態度!人がせっかくきてやってんのに!」

私は怖くなって黙っていました。

そうして私の家につき、なんとかイカリはおさまったものの、何か怖くなりました。

彼は学校が特に忙しくないし、めんどくさいからとまってくといって、泊まりました。

私は会社だったので、会社に行って、彼はその日、帰るといっていたにもかかわらず、

帰宅すると、「やっぱ帰るのやめた」といって帰っていませんでした。

そして次の日帰りましたが

「おまえのとこなかなかいいなぁ、荷物もってまたくるわ」

といって、プレステやら着替えやら、持ってきて一緒に住むようになりました。

私はそのころ、彼のことを「好き」と思っていたのでたぶんうれしかったんだと思います。

しかし、彼は全く気を使わず、私は次の日会社があるというのに夜中の3時までプレステをして、

「おまえ寝てていいよ」

といわれたけど、私は神経質な方でなかなか眠れずにいました。

その頃、その前の彼と別れたことが原因で私は少々無気力なところがあったので、精神病院に通っていました。

安定剤と睡眠薬をもらってなんとか過していました。

そして、彼はだんだんずうずうしくなってきて、「たばことって、灰皿とって」命令口調になってきました。

私のベッドは毎日彼が寝ていて、私はコタツに寝ていました。

仕事は集中できず、眠くなることが多くなりました。

さらに私はそのころ、パチスロやっていて、教えて欲しいといわれ教えたところ、はまってしまい、

「スロットしたいんだけど、お金ないんだよねぇ」

といわれて、毎日お金を渡すようになってしまいました。

そのときあった貯金はなくなり、給料もほとんど残らず、最終的に親から仕送りをしてもらうようになってしまいました。

断ればいいじゃないか、と思うかもしれませんが、断れば彼はキレていたのです。

キレて暴力を振るわれることも数多くありました。

直径5センチほどのあざもできたこともあって、体中があざだらけでした。

そんなこんなで、いつものように彼がキレて口をきいてくれなくなったときのことです。

私はわけがわからなくなり、泣きじゃくり、当時処方されていた薬をすべて飲みこみました。

私はそのまま意識がなくなり、彼が発見して、しばらく気を失っていましたが、

なんとか、起きて水をいっぱい飲んだ覚えがあります。

その頃から、精神的に完全におかしくなっていました。

会社もよく休むようになりました。

彼はそれでも私の家から離れず、同じようなことで毎回けんかしては暴力を振るわれていました。

彼も少し問題があるのではないかと思い、病院につれていくこともありました。

その後、実家に帰ったときのことですが、彼と電話で口論なり、

それが原因で、また大量の薬を飲み、入院することがありました。

発見が早かったため、胃洗浄でどこにも異常なく退院できました。

そしてまた東京に戻り、一緒にパチスロにいくこともあったのですが、そのときにひとつの出会いがありました。

私達ははじめたばかりでまだヘタだったので、隣にいた人に押してもらうことも多く、

そのひとりがその後、私が救われることとなった彼です。

元々その彼は当時の私の彼がひとりでスロットをしていたところ、知り合った人でした。

そして、私が一緒にいたときにまた偶然再会したそうです。

そうして、そのときにいろいろ教えてもらうことになって、一緒に食事をしました。

彼は無口であまり自分から話しはしないけれど、話せばいろいろ話してくれました。

それから何回か会うようになり、私がいないときに私が精神病だということをきいたようで、心配してくれていたようでした。

正直、その当時の彼には無意識に恐怖を覚えていて、3人でいるときは少々気が楽になっていました。

そうして、次第に自分の気持ちに気づき、そのとき初めて「今の彼といるのは危険だ」と思いました。

どうにかして、出ていってもらえないだろうか・・・と思うようになりました。

言い過ぎかもしれませんが、「殺されるかも」とも思いました。

しかし、なかなか言い出せず、またひどいケンカになり、私がとにかく乱してしまったので、

彼のほうから「もう耐えられない・・・、おまえのお母さんに電話する」といって

母に電話し、「もう俺耐えられません、実家に帰らせます」といって、出て行くこととなりました。

いまだにその自分が世話をしていた、という態度に腹が立ちます。

今思えば、その彼は、大学時代のあの彼と似ていて、とにかく自分に都合の良いように振舞っていました。

ただ、大学時代の彼は暴力はありませんでしたが、その彼は暴力がひどく、それが原因で、

その後、ひどい鬱病になったのではないか、と思っています。

ただ、兆候は大学の頃からだったということも最近わかりました。

そうして、アパートを引き払うことなり、会社をやめ、実家に戻ることになりました。


Copyright (C) 2003 M H. All Rights Reserved.