パチンコ屋で知り合った彼とは連絡を続け、当時の彼とは完全に別れました。

実家は魚屋で手伝いたいときだけ手伝いってくれたらいいから、

といわれていて、最初は調子よく(3日くらい・・)手伝っていたけれど、

すぐに無気力がひどくなり、手伝えなくなりました。

これから先、どうしたらいいんだろう・・・治るんだろうか・・・・

そういうことを彼に相談していました。

彼は「頑張ればいつかよくなるよ、大丈夫」とよくいっていました。

それでも「もうだめだ・・・・だめだ・・・」とばかり、言っていて、

気づけば彼からの連絡はなくなっていました。

私は抜け殻のようになり、無気力で食欲もなくなり、体重が急激に減ってしまいました。

そのころやっていたことといえば、同じような病気の人とチャットをすることだけでした。

その中には、私よりもひどい人も多く、その中ではましな方なのだと自分で自分をなぐさめていました。

自殺して亡くなった人もいました。

自傷行為のひどい人、ソウウツの人、10年もひきこもってる人、とにかくいろんな人がいました。

ただそんな部屋なだけに、「あらし」も多く、それによってさらに鬱になる人も多くいました。

トラブルは日常茶飯事、そして精神病でない正常な人がきて、

「自殺はしてはいけない!」

と言われるとみんな怒っていました。

私も自殺はしたければすればいいと思っていました。

精神病者、健常者の境目がくっきり見えました。

最近「ノルウェイの森」を読みましたが、この部分に触れておりは実際共感できる部分が多く、おすすめです。

そうして寝る以外はすべてチャット。

寝るのは朝の7時か8時、夕方起きて、ずっとチャット。

でもそのチャットの中でもたまに憂鬱になるけど、という人もいて、

正直どちらかというとそういう人と話す方が安心できました。

なぜなら、もう10年鬱病ですという人とずっと話していると、自分もこのまま一生治らないんじゃないかという、恐怖に襲われます。

中には治る気がない人もいたし、やたら健常者の文句をいってる人も多くいました。

それでは治るものも治らない・・・そういう気持ちがありました。

ただ、逆に鬱が軽い人と話していてあせることもありました。

ただ、その精神病の部屋以外では全く受け入れられず、

「頭おかしいんじゃない?」とよくいわれていました。

そのとき、全く外にでずにひきこもっていて、体力も衰えていっているのがわかりました。

私の実家は田舎で精神科は診療所があるだけでそこにたまにいっていました。

そのついでに久しぶりにスロットでもやろうと行ったところ、昔の友達に会いました。

そうして、しばらくそこのパチンコ屋さんに通うようになり、少しずつですが、気力がでてきたように思いました。

そして、「もう大丈夫だ」と勝手に思って、私はまた東京の方に戻りました。

すぐに就職が決まり、働き出しました。

久しぶりに、”彼”に連絡してみたところ、連絡がついて

「あの頃はどうしていいかわからなかった」

といって再会後、すぐに付き合うようになりました。

しかし・・・ひどく頭痛がして仕事に集中できない・・・

筋緊張性頭痛といって、頭の後頭部が痛くなって全く仕事ができなくなってしまいました。

その痛みは並ではなく、何もできないほどでした。

結局、仕事はあきらめ、自宅療養となりました。

実家に戻ると彼に会えなくなるので、しばらくは東京で過しました。

とにかく、朝は痛みで起こされ、夜は痛みで眠れない、毎日ひどいストレスに見まわれ、彼に当たることも多くありました。

そのストレスで今度は過食となり、急激に太ってしまいました。

精神科には通っていましたが、自律神経失調症といわれて、

薬も処方されましたが全く効果がありませんでした。

そのストレスなどで鬱が余計にひどくなってしまいました。

金使いも荒くなり、借金・・・

仕事がしたくてもできない・・・

彼は当時大学生でしたが、大学へ行かずに私の看病をしていました。

結局半年くらいたった頃、チャットの友達が

「ホルモンバランス壊れてるんじゃないの?」

と言われ、婦人科に行く事にしました。

結果、やはり崩れていて、低容量ピルを処方され、毎日飲むことになりました。

だいたい、1ヶ月で効果がでます、とのことで飲みつづけたところ、自然に、頭痛がなくなりました。

それで少しは鬱もおさまったように思えました。

しかし、気づいたとき、体重は10キロ以上増えていて、髪もめちゃくちゃでそんな自分がいやになって、

また薬物大量摂取(OD)をしてしまいました。

そのとき飲んだ薬の中には筋弛緩剤も含まれており、なぜかいつもより体がだるくて、

気づいたとき病院でさわいだ覚えがあります。

そうしてしばらく寝こんだあと、彼と姉と母がいました。

私は救急車で運ばれ、いろんなとこに拒否され、結局ここにきたということでした。

姉はそのときパニックになって私の通っている精神科に電話をして

「どうしてくれるんですか??」

といったそうです。

そして、退院し、その精神科に行きました。

やけに先生は不機嫌で怖くて泣きそうでした。

「なにやってんの?今度やったらしらないからね!」

やたら、機嫌が悪く、怖くてそのあと、病院の外で倒れこみ、それ以来その病院にはいかなくなりました。

その頃から、抗鬱剤が何か怖いものに見えてきて、飲まずに安定剤と睡眠薬だけ飲んでいました。

病院へいっていなかったので薬も底をつきはじめ、別の病院へいきました。

今度は、大きい病院にしようと思い、大学病院に行きました。

大学病院では、

「あなたは、鬱状態ではあるが、鬱病ではないから安心してください、

あなたの顔色は他の患者さんと全然違いますからね。ただ、カウンセリングは必要かもしれません、

ここのカウンセリングは2ヶ月待ちなので、他のクリニックでカウンセリングをすることをおすすめします」

と言われ、他のクリニックを探すことにしました。

その頃、確かに少しずつ調子を取り戻してきており、

そうして、再度就職活動し、就職が決まりました。

しかし・・・長い間、仕事をしていなかったせいか、何かひどい不安に襲われ、出社不安となってしまいました。

仕事はそれほど、難しいものではないにも関わらず、朝がつらくてたまらない・・・

そして、胃がもやもやし、結局またすぐにやめることになりました。

その後、胃の検査をすると急性胃炎と診断され、しばらく安静にしていました。

結局、休暇が足りないのか・・・・と思い、再度実家に帰ることとなりました。

実家にはカウンセリングはなく、しょうがなく自宅療養となりました。

今度は無理をしないで、自宅療養に専念しました。

就職をあせらない、無理にやろうとしない、そうして次第に、体調もよくなりました。

とにかく、好きなことをしていました。

そうして、私はやっと以前の自分を取り戻しました。


Copyright (C) 2003 M H. All Rights Reserved.