私は幼稚園から高校3年生まで、田舎の田舎で育ちました。
幼稚園から中学3年までは1学年10人程度のクラスで、ほぼ同じメンバーで過ごすこととなりました。
小学低学年のころは毎日給食がいやでいやでしょうがありませんでした。
「給食は絶対残さない!」
その言葉に負けて、給食の時間は毎日吐き気がしていました。
それが原因で午前中、よく気持ち悪くなり嘔吐することも多く、早退することが多くなりました。
給食以外に、体育が苦手で、私だけ走りは遅い・・・鉄棒はできない・・・
人数が少ないだけあって、先生の目はみんな行き届きます。
他の友達は50m10秒きっているのに、私はきれない、友達は逆上がりできるのに私はできない、
マラソンはみんな走り終わっているのに自分だけ走ってる・・・そんなことはしょっちゅうでした。
給食、体育のある日は、毎朝憂鬱でした。
ただ、給食に関しては”慣れ”てきたのか、小学高学年に入ってからは残すこともなく、逆に食べ過ぎていました。
相変わらず体育は憂鬱でした。。
そうして中学生になりました。
私の中学は生徒数の減少で部活はテニス部しかありませんでした。
そのテニス部は全国的にも有名で、地区優勝は当たり前、県大会でも上位、いいときは全国大会までいくような、そんな学校でした。
ほとんどの生徒はテニス部に入部します。
私の学年は私以外、みんな入部しました。
クラスの話題はほとんどが「テニス」のこと、先生も生徒もみんなテニス、テニス。
結局それに耐えられず、私は6月から入部することとなりました。
正直、毎日が憂鬱、厳しいトレーニングは私だけ大幅に遅れをとっていました。
それでも、引退まで続けました。結果、県大会団体戦3位は大健闘。
それはそれでよかったのかなぁとも思いました。
そうして高校入学、高校は自宅から1時間くらいの隣の市の高校に通いました。
高校は新しい友達もできるのでとても楽しみにしていました。
しかし・・・・その高校に入学した同じ中学の友達は私を含め3人、他の2人は学科が違ったため、
全く面識はなく、クラスでは当然ひとり。。。
人見知りの激しかった私は、最初ひとりで誰にも話しかけられずにいました。
そんな中、話しかけてくれた友達がいました。
「よかったら一緒にお弁当食べよう」
それまでごはんも喉をとおらなかった私でしたが、それから徐々に高校にもなれていきました。
高校はクラスが9クラス、体育も2クラス合同、中学の部活の成果もあり、目立って運動音痴ではなくなりました。
今思えば、高校は本当に楽しくて、友達もいっぱいできて、悩みも少なく、一番楽しく過せていたのではないかと思います。
そして受験、神戸の大学に合格し、卒業後神戸でひとり暮しすることになりました。