「タカ君タカ君。はやく〜」
「ったぁ〜、ちょっとまってろー!!」
なんでまたリビングの時計が止まってるんだよ!
七時半だからまだ時間があると思っていつものようにソファーの上でこのみに『貴明パワー』をチャージしながら
ゆっくりしているのにいつまでも時間が進まないなぁ、って思ったら気がついた時には八時過ぎになってからこのみの腕時計を見てからだった。
くそ!三月に両親が出かけたときと五月に修学旅行に行くときとこれで三度だぞ!
いい加減に『二度あることは三度ある』じゃなくて『三度目の正直』になれよ!
・・・って『三度目の正直』でもダメじゃんか。
「タ〜カ〜くーん。はーやーくー。遅れちゃうよー」
っと、そうだった。
「今行くから!うおわ〜」
ずで―ーん。
うう・・・カッコ悪・・・。
たったったったったっ。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
「ここまでくれば、大丈夫だね」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
お、おい。
確かに・・・全力で走ったんだよな、俺は。
なのに・・・こんなことを考えるなんてしょうがないかもしれないけど・・・なんでこいつは息があがってないんだ?
「大丈夫、タカ君?」
「あ、ああ」
「やっぱり最近運動不足だよ。もっと運動した方がいいと思うよ」
運動・・・。
運動すればこんな風になるのか、このみ。
「ずいぶんと急いだようね、タカ坊」
「あ、タマお姉ちゃん」
「はぁ・・・タマねぇ・・・お察しのとおりだよ・・・はぁ・・・」
「どうせ、『ねぇねぇ、タカ君。膝に座っていーい?』とかいわれて、
そのままうたたねしたまま時計が止まってるのに気がつかなくて急いで走ってきた、ってなとこだろ」
ニヤニヤと俺の顔を見ながら雄二は一人でその場の状況の真似事を始めた。
しかしなぜお前はどうしてそこで見ていたように忠実な状況を説明できるんだよ!
もしかして俺のうちに監視カメラでもつけてるっていうのか。
うわ、そしたらこいつに毎日風呂にはいるところを見られてることになるじゃないか。
最悪だな〜。
しかもそれを見ながら雄二は欲情していると考えると・・・。
・・・・・・・・・はぁ・・・アホらし。
「るー☆」
学校の坂道まで来るといつものように姫百合姉妹が待っていてくれた。
「おはよう、あなたたち」
「おはようや〜。どないした、貴明。ごっつー疲れとる顔してるで」
「ああ・・・ちょっとね」
「どうせこのみぃとHぃことでもしてたんやろ」
・・・ちょっと待て。
「タカ坊・・・」
「だー!そんなわけないだろ!」
違うのなんてわかってるくせに目が冗談になってないって。
「なぁなぁ、瑠璃ちゃん、Hぃことってなんや?」
「さんちゃんは知らんでええんや」
「つまらんな〜」
ふぅ・・・。
このみと幼馴染から抜け出してからも毎日習慣化したこの登校風景。
相変わらず平和だな。
くいくいっ。
「ん?」
袖を引っ張られる感覚。
「珊瑚ちゃん?」
「なぁなぁ、貴明。今日な、学校終わったら家にきてほしいんや」
「珊瑚ちゃんちに?」
質問を返すと珊瑚ちゃんは『そうや〜』とにっこり笑って返した。
「ねぇねぇ、このみもいっていいかな?」
「このみも?」
「う、うん。できればタカ君と一緒に帰りたいし」
うおおおぉぉ。
これはまた何気に恥ずかしいというかうれしいというか・・・。
「そ、そうだなぁ。珊瑚ちゃん、いい?」
「ええよ〜」
や、やけにあっさりと答えを出したな。
そんなに重大な問題じゃない・・・と思っていいのかな?
「家を貸してほしい?!」
放課後、姫百合宅に行って言われた言葉はこれだった。
思いっきり重大な問題じゃないか!
「な、何でまたいきなりそんなことになるんだ?」
「いやなぁ、今おっちゃんがHMX-12のテスト場所を探してんねん」
―――HMX-12。
名前から推測すると少し前まで主流になっていたメイドロボ、HM-12の試作型のことだろう。
確か低コストが売りで売られたもののHM-13の『サテライトシステム』があまりにも便利すぎて期待されていたほど売れなかったらしく、
市場にもあんまり長い間いることがなかったちょっとかわいそうなメイドロボだ。
もっとも、HM-13自体も現在ではその技術が軍用技術を使ってたとかなんかで生産中止になっちまったがな。
「最初はうちがええかなぁって思ったんだけど、うちにはいっちゃんがおるやん。
テストだっていうてるのにメイドロボが二体もいたら仕事にもテストにもならへんやろ」
珊瑚ちゃんが言ったいっちゃんとはHMX-17a『イルファ』
HMX-16のカスタムボディーに『だいこん・いんげん・あきてんじゃー』だったような機能を搭載した新たなメイドロボである。
以前、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんがこのイルファさんが原因で仲違いしかかったが、それは昔のこと。
今となっては三人はちゃんと仲直りして珊瑚ちゃんいわくの『らぶらぶらぶ〜』な関係になっている。
「でも・・・またなんでそんな前に作られたメイドロボを今さらテストしたりするんだ?」
「ん〜、うちはよくわからんやけどな。HMX-12は特別な機体らしいんや。
以前のメイドロボはな、感情システムをOSだけで動かしとったからいろいろソフト的に無理があったんや。
HMX-12『マルチ』も例外じゃなかったんや」
少し悲しそうな表情を浮かべながらも珊瑚ちゃんはたんたんと話を続けた。
「でもうちが作った『だいこん・いんげん・あきてんじゃー』がちょうどいいらしくてな―――」
・・・・・・・・・
つまりは珊瑚ちゃんの話を聞いたことを簡単にまとめると、
そのHMX-12が『だいこん・いんげん・あきてんじゃー』を搭載したからそのテスト場所として家を提供してほしいとのことなのだ。
それもメイドロボだけじゃなくて同行者が二人もついている、ってな話だ。
そこだけを言えばいいのに何でシステムの詳細について説明を受けなきゃならなかったんだろう?
おまけに『これからのメイドロボはこうするべきなんや〜』なんて珊瑚ちゃんの思想まで聞くはハメになるし。
まぁ、それはともかく。
無論、そんな話しうけられるはずがない。
・・・のだが。
珊瑚ちゃんが下から俺の目を潤んだ瞳でじっと見ながら、
『あかんかなぁ・・・貴明』
なんて言うもんだからついつい断ることができずにあいまいにいたままでいたら瑠璃ちゃんに強引に了承させられるはめになってしまった。
しかも明後日から来るなんていうからあまりにも急だし。
「はぁ・・・どうすればいいんだろう」
話に何時間もかかったために帰るころには空はもう真っ暗だった。
「とりあえず明日は学校が終わったらお掃除しよう。明日は土曜日だから午前中で終わるし、このみも手伝うから」
このみはもう来る事を肯定か。
・・・はぁ、仕方がない。
しっかり断らなかった俺も悪いんだし、ここはやるしかないか。
「そうだな。じゃ、明日は頼むぞ」
「えへ〜、任せて」
ま、期限は一週間から二週間だっていうからな。
何とかなるだろう。
と、やっている間にもう家の前。
「もう今日もお別れなんだね」
「だーかーら、その言い方はやめろって」
なんかこそばゆいというかなんというか・・・。
「じゃ、おやすみ、タカ君」
「ん、おやすみな」
軽い口づけを交わすとこのみは『ただいまー』と元気よく家の中へと入っていった。
翌日。
いつものように朝にはこのみと一緒に食事をとってから登校し、日々眠たくなるような授業を受けた。
しかも今日は授業の代行等で三時間とも英語だって言うからなぁ。
「おーまいがぁぁぁぁぁーーー!!!」
さらに数日前の小テストの結果まで返ってきた。
無論、雄二の点数はタマ姉なんかに見せたらアイアンクローものの点数だ。
っと、そんなことより俺の点数は・・・お、意外といい。
やっぱりここ最近このみと一緒に勉強している結果が出たんだな。
努力ってするもんなんだな。
「あ〜あ、何で世の中にはテストなんてものがあるんだか」
「再テスト確定だな」
「くそ〜。どうしてお前はあんな難しいテストで80以上もとれんだよ。一番いい委員ちょだって89だぞ」
ちらっと委員長である愛佳の答案用紙を盗み見する。
おー、確かに愛佳も90点を超してないな。
「勉強の成果だ。お前ももっと勉強することだな」
ここは思いっきり勝ち誇った顔を見せてやるか。
「くーーー、その勝ち誇ったような顔。今に見てろよ。いつかビッグになってやるからな」
その言葉って聞くといつも思うんだけど自分が小さいことを認めてるんだよな、結局。
「タカ君タカ君」
「お?」
いつのまにかこのみが俺の席の隣まできていた。
時計を見ると12時20分。
ま、来てもおかしくはないか。
「一緒に帰ろ」
「おう、ちょっと待ってろな」
「うん」
家に持って帰るのに必要な最低限の教科書を詰め込み雄二の肩にぽん、と手をのせ、
「お前も早くこうなれよ・・・」
と、ささやいてやった。
「きーーーー!お前なんて友達じゃねえ!絶交だ絶交・・・」
「向坂くん」
俺にいろいろ文句を垂れているとクラスの女子の一人が雄二に向かって声をかけた。
「いえぇーい、なんだい、ボクに何か用かい?」
「あ、あはは。あの、買い物に付き合ってほしかったんだけど、忙しそうだから・・・」
「いやいやいや、忙しくなんかないさ〜。いつでもオールデイ24時間暇だから〜」
いや、それも問題があると思うぞ。
「よし、行くんだったら『善は急げ』だ、はやくいこうよ〜」
「え。あ、あの・・・」
「と、言うわけで〜、貴明もがんばれよ〜」
こちらに向かってびしっと指を二本立てると雄二は女の子の手を引っ張って教室を出て行ってしまった。
でも・・・あの子の彼氏、確か三年の柔道部主将だったはずだよなぁ。
・・・まぁ・・・後で妙なことにならないことを祈ろう。
「あはは・・・」
どうやらこのみも同じことを考えていたらしい。
「で、今日はどうする。ヤックにでもまわってくか」
「それよりお買い物が先だよ。タカ君ちの冷蔵庫の中、もう空っぽになっちゃったもん」
その原因はこのみがその食材で料理を作って七割方自分が食べてしまうことなのですが。
「それに明日から新しい人とメイドロボが来るんでしょ。しっかり掃除するように昨日言ったはずだよ」
「そっか、そういえばそうだったな」
いつものことだが忘れてた。
「んじゃ、とりあえず行くか」
「うん」
席を立つとこのみはがばっ、と教室の中でありながらも俺の腕に自分の腕を巻きつけてくる。
無論、中に残っていたクラスメイトたちからは『河野、らぶらぶ〜』とか『ひゅーひゅー』とか冷やかされるし。
うう・・・恥ずかしい・・・。
でも不思議といやな感じじゃないんだよな、これが。
・・・もしかして俺って恥ずかしいところを見られて快感を得る変態タイプなのか?
昼飯はヤック・・・にしようかと思ったが最近このみが食事を作ってくれるおかげでお金が浮いているので珍しくファミレスで昼食を取った。
ふっ・・・やっぱりことをするとちょっと大人になった気分になれるよな。
「ここのケーキ、おいしいねぇ」
・・・・・・・・・
やっぱりまだ当分大人にならなくてもいいかも。
ってか今度はバイキングで食べ放題の店の方がよさそうだな。
「あれ?」
家まで戻ってくると青髪で耳カバーというよく知っている人物がインターホンを何度も押していた。
「イルファさん?」
「あ、貴明様にこのみ様」
「どうしたの?うちにきて」
前に来たのは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんの一件以来だ。
あの時は俺とイルファさんが瑠璃ちゃんを必死になって説得したんだっけ。
さすがにあの強烈な告白は今でも忘れようとしても忘れられない。
「明日からマルチお義姉様がここでお世話になるということを聞いたのでなにか手伝うことがないかと思いまして」
「え、でも悪いよ。イルファさんは姫百合家の家事があるんだし」
「はい。でも今日は瑠璃様が『貴明のことだからビービー泣いて困ってるやろうから行ってきいや』と言われましたので」
瑠璃ちゃん・・・その心遣いはうれしいんだけどなんかうれしくないなぁ。
「それに、今日は家事を瑠璃様がやる、と言ってますので私自身も仕事がなくて・・・」
なるほど、メイドロボということとまじめなイルファさんのことだ。
やはり何か仕事がしたくてたまらないのだろう。
「わかったよ。ちょうど今からこのみと家を掃除しようってことになってたからね」
「このみ様と?」
イルファさんは少しの間何か考えた後にはっとしたような表情を浮かべた。
「も、申し訳ありません。せっかくのこのみ様との愛する時間を邪魔してしまうなんて」
ちょっと待てー!
どこをどうすればこのみと掃除するだけの話がそんな時間になるんだよ!
「・・・・・・た、タカ君。やっぱりそういうことがしたいんだ?」
このみは顔を真っ赤にしながらそんなことを聞いてきた。
「い、いや、断じてそんな気は」
と、否定すると今度はだんだん不機嫌な顔へと変わっていく。
「むー、そんなに強く否定しなくても〜」
じゃあどんな風に否定をすればいいんだよー!
「ふふふ・・・」
「「あ」」
「お二人は本当に中がよろしいんですね」
うう・・・イルファさん、相変わらずだ。
「貴明様、そろそろ始めなくてよろしいんですか?」
「そ、そうだね。このみ、それじゃ後からきてくれな」
「う、うん」
真っ赤になったこのみはあっという間に家の中に消えていった。
「ふふっ、すみませんね」
「そう思うなら最初から言わないでくださいよ」
「それじゃからかいがいがないじゃないですか」
はぁ、やっぱりイルファさんは人間じゃないのか?
「やっぱりDIAってすげーなぁ」
「何か言いましたか?」
「いや、別に」
まさかとは思うけどHMX-12もイルファさんみたいな子じゃないよなぁ。
だとしたら・・・うう・・・毎日が精神的に疲れそうだ。
不安がよぎりながらもポケットの鍵を取り出してかちゃりとドアを開けた。
「じゃ、どうぞ」
買ってきた食材はイルファさんが冷蔵庫にしまっといてくれるというから俺は部屋に鞄を置いて着替えをタンスから取り出した。
ばさっ
「ん?」
と、タンスの上から何かが落ちた。
「あ・・・」
これは雄二が無理やり渡してきた・・・。
やばいなぁ・・・昨日寝る前にここに置きっぱなしにしてたんだっけ。
あぶないあぶない。
とにかくしまっとかないと。
「あの、貴明様」
「うぉわぁ!」
と、後ろにはイルファさん。
「どうかなさったのですか?」
「い、いや。そ、それより何?」
「冷蔵庫に食材を入れ終わったので何をしたらよろしいかと思いまして」
「そ、そうか」
よ、よかった。とりあえず気づかれてはないみたいだ。
「とりあえずこのみがくるまで下でゆっくり待っててよ」
「はい、わかりました」
にこっと笑ってイルファさんは部屋から出て行った。
「はぁぁぁぁ・・・」
焦ったーーー。
こんなのイルファさんに見られたらどうなってたろう。
ちなみにこれは以前雄二が言っていたメイドロボがプログラムされて一緒に絡み合うとかいう内容のやつだ。
「はぁ・・・貴明様はこういうものが好きだったんですね」
「のわぁ?!」
い、イルファさん?!
下に行ったんじゃなかったのか?!
「そうですか・・・さっきお邪魔じゃないと言ったのは私も混ぜてやるからと言うわけで」
「ちょっと待ったー!」
邪魔じゃないなんて一言もいってないし、だいたいそんなことはしないって言ったよな、俺は。
「でも・・・私。貴明様だったら・・・」
イルファさんが擦り寄ってくる。
完璧に誘惑してる。
や、やばい。このままじゃ俺の貞操がイルファさんに・・・
ピンポーーーン。
『タカくーん。入るよ〜』
「あらら・・・このみ様がきてしまいましたね」
インターホンの合図を機にイルファさんは立ち上がって出てこのみを迎えに行った。
た、助かったぁ〜。
このみぃ!何とか貞操はとっておいたからな。
「タカく〜ん」
とてとてとてと階段を上ってくる音。
「おーう、この―」
と、あげた手に持ってるもの。
や、やば!
かなり早いスピードで持っているものをタンスにしまう。
「あれ〜?まだ着替えてなかったの?」
「あ、ああ。今着替えるとこだったんだ。もうちょっと遅かったら脱いでるとこに入ってきてたぞ」
「あ・・・」
みるみる顔が赤くなっていく。
「ご、ごめんなさい」
このみはすぐに部屋を出て行って再びとてとてとてと音を立てて階段を下りていった。
ごめんな、このみ。
その日、一日どっぷりかかって家の中の掃除を行った。
もちろん俺の部屋以外ではあるが。
なぜ俺の部屋だけ掃除されなかったかと言うとそんなのは答えはたった一つ、シンプルな答えだ。
テメーは俺を怒らせた・・・じゃないって。
部屋にある漫画の一説をとってどうするんだ?
ま、話を戻すとして、ただ単に俺が拒否しただけなんだが。
あの部屋には雄二から渡されたものが置いてある唯一の部屋だからさすがにそこを掃除させられると見つけ出されそうで怖い。
・・・こりゃそろそろ処分しなきゃならないかな。
雄二には悪いが雑誌類は全部撤去するか。
DVDやビデオは・・・返すか。
おそらく三日でタマ姉に見つかって雑誌と同じ運命をたどることになるんだろうが。
「ふわああぁぁぁ〜」
休日の割には比較的早めに起きたなぁ。
とはいっても時計を見るとすでに9時をまわっている。
ピンポーーーン。
「あれ?もう来ちゃったかな」
ピンポーーーン。
「はいはい、今出ますか少しお待ちくださいませ」
風呂場で昨日の服を着なおして寝巻きを洗濯機のなかにほおりこんだ。
後は顔を洗って適当に軽く寝癖をなおして…と。
さて、HMX-12ってのはどんなのかな?
鍵をあけ、ドアを開いた。
「おはよ〜」
こいつは驚いた。
髪を二箇所で止め、背はちょっと小さめで胸も小さい。
まるでこのみそのもののようだ。
「タカ君、どうしたの?」
って、このみか。
そりゃそうだよな。
いくらなんでもこんなにこのみにそっくりなわけないよな。
「どうしたんだ?」
「だって、今日はタカ君ちに新しいメイドロボが来るんだよ。自分も見たいでありますよ、隊長」
「ああ、だからきたわけか。それじゃほら、とっととあがれよ」
「はーい、おじゃましまーす」
「ねえ、タカ君。もう朝ご飯食べた?」
「いや、今さっき起きたばっかりだから食ってない」
「じゃあ、せっかくだから朝ご飯作ってあげるよ」
「いつも悪いな」
「いいよ、このみが好きでやってるんだから」
にっこりと笑うと我が家の台所に最近登場した花柄のエプロンを身につけると冷蔵庫の中を開けた。
こうしてみるとこのみも結構エプロンが似合うよな。
春夏さんもいつもエプロンでいるし、やっぱり親子なんだろうな。
「そういやこのみは朝飯食ってきたのか?」
「私もまだだよ。タカ君といっしょに食べようと思ってたから」
こいつ・・・俺が食ってないと最初から踏んでたな。
「えっと・・・お魚を焼いて・・・お味噌はあっちに入れておいたはずだから・・・」
テレビをつけてソファーに座りながら台所の方を見るとこのみは一生懸命に二人分の朝食を作っていた。
以前に比べてだいぶ手際がよくなってきたな。
最近になっては『お料理は私がやるからタカ君は休んでて』とか言われて台所を追い出されるのもしばしばだ。
高校入学前なんかは手際が悪くていつ手を切ってもおかしくないと見ていてはらはらしていたのに今となってはそんな姿は微塵も感じられない。
案外、このみは料理の才能があるのかもしれない。
春夏さんの作る料理だってプロ顔負けなほど美味い。
そんな料理をいつも食べているようなこのみのことだ、味覚はかなり鍛えられているだろう。
普通、料理は腕はよくても最後に味を判断するのは味覚だ。
結局のところ味覚は食べて鍛えるしかない。
と、あるゲームの主人公がそんなことを言っていた覚えがある。
台所からの味噌汁の香りと魚の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
その匂いは魔法のように腹が減っているのをさらに空腹にさせる。
「なぁ、このみ。まだか〜?」
「ちょっと待っててね。もうちょっとでできるから」
それじゃ、ちょっと手伝ってお椀を出してテーブルでも拭いておくか。
「このみ、ちょっと入るぞ」
台所に入って食器棚から茶碗と平皿にお椀をそれぞれ二つ取り出して流しの近くに置いた。
そして台拭き用のナプキンが入ってる引出しを開けて取り出そうとした。
「あれ?」
が、中には一枚も入ってない。
「このみ、台拭き用のナプキン知らないか?」
「あ、ごめん。昨日お掃除したときに全部洗って庭に干しておいたままにしっぱなしだよ」
と、言うことは庭か。
「んじゃ、ちょっと取ってくるよ」
「ん、ごめんね」
「いいさ、手伝ってくれてるんだからさ」
本当に助かってるんだぞ。
お前がいなかったら絶対に掃除なんかしてないだろうし増してや洗濯物なんかも溜まりっ放しになりがちだったからな。
・・・思えばこのみに想いを告げてからほとんどの家事を任せっきりだな。
もうちょっと自分でできることは自分でやってこのみに負担をかけないようにしないとな。
「ふい〜。お腹がいっぱいでありますよ〜」
あ〜、食った食った。
戸棚の爪楊枝を一本とり出してソファーに座りながら歯間に引っかかった魚の骨などを丁寧にとる。
朝からすごいボリュームだな。
かちゃかちゃと流しのほうから食器を洗う音が聞こえる。
なんかこう見ると新婚さんになった気分でちょっとこっ恥ずかしい。
キスはもう何度もしたけど体の関係までは進んだことはない。
もちろんチャンスは何度もあった。
あのあと何度もこのみはうちに泊まりにきたし俺の布団で寝るのなんて毎回のことだ。
でも―――抱けないのだ。
やっぱり頭のどこかでは恋人であってもまだ幼馴染ということが抜けきってないのかもしれない。
「なんだか眠たくなってきたでありますよ〜」
洗い物が終わったこのみはそろそろと俺の隣へと移動してくる。
「えへ〜」
そして俺のひざを枕にして横になる。
「おいおい、食ってすぐ寝ると牛になるぞ」
「ん〜。大丈夫だよ〜」
もうすでに目がとろんとしている。
「寝ちゃったらかってにキスしまくっちまうぞ」
「ん〜、タカ君ならいいよ。いっぱいいっぱい、飽きるまでやっていいよ」
まったく〜、眠たくても甘えてくるんだから、このチビ助は。
あ〜、もう。今度はこっちが我慢できなくなってきたじゃないか。
「そんな言うなら遠慮はしないぞ」
「ん・・・」
柔らかな笑みを浮かべて自然と唇を突き出してくる。
俺もそんな姿にちいさく笑いつつも頭をちょっと持ち上げ、自分の唇を重ねる。
このみの唇はぷりっと弾力がありつつもやわらかく、ほのかに暖かい。
それに加えて、キスしている時はゆっくりとした時間が流れている感じがする。
外から差し込むやわらかな太陽の光、時計のカチコチと進む音、外から聞こえてくる鳥たちの囀り、時折通る車のエンジン音。
そしてこのみの呼吸音。
すべてがゆっくりと暖かな時間(とき)の中で心地よく、そしてやさしく包み込んでくれる。
「はぁ・・・」
しばらくの後、唇をはなし、ちょっとの間見つめあった後にこのみは『もう一度してほしいな・・・』とせがんできたのでもう一度唇を重ねる。
が、まさにその唇が触れようとした瞬間。
ピンポーーーン
家の中にインターホンの音が鳴り響く。
思わず俺たちはばっと距離をとってしまった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
うう、今になって恥ずかしさがこみ上げてくる。
「た、タカ君」
お、おいおいおいおいおい。そんなはにかみをこめた目で見ないでくれよ。
余計恥ずかしくなるだろ。
ピンポーーーン。
再びインターホンが鳴って我に返る。
そ、そうだった。誰か来たんだっけ。
「じゃ、じゃあちょっと行ってくるな」
「う、うん」
いったい誰なんだ〜?
まさかとは思うが雄二とかだったら一発シメてから家から追い出してやる。
ピンポーーーン。
「はいはーい。今出ますよ」
ガチャ、と扉を開けるとその前にいたのは背丈がこのみと同じくらいの女の子だった。
「あ、あの。河野さんのお宅というのはここでしょうか?」
「え?う、うん。そうだけど」
「よ、よかったです。今、お隣の柚原さんのお宅で間違えてしまいまして、こちらが河野さんのお宅だとお聞きいたしましたので」
その女の子はさっきまで起こったであろうことを淡々と話し出した。
「あの・・・君は?」
「あ、申し遅れました」
俺の前にびしっと立つ。
「私、HMX-12、マルチと申します」
「え・・・き、君が?」
緑色の髪に小さめな胸、そしてメイドロボと人間を区別する最大の特徴である耳カバー。
たしかにメイドロボ・・・だよな。
正直びっくりした。
以前、雄二買ってやった『来栖川メイドロボコレクション』とか言うやつでHMX-12のを当てたことがあったが、
結局のところ10cmほどのフィギュアだし、うちの学園の制服の印象が強すぎて外見なんかはほとんど覚えてない。
それに加え、HMシリーズは13『セリオ』がバカ売れであったためにほとんどの人はセリオの外見を知っているが
12『マルチ』は早期に生産中止になったために外見なんかは知ろうと調べない限りまず見ることはない。
おまけに俺が一番交友があるのはイルファさんだ。
そんなんだからマルチもそんな感じのメイドロボだとばかり思っていた。
「あのぅ・・・」
「あ、ああ。何?」
「どうかなされたのですか。もしかして気分が悪いんですか?」
「あ、いや。何でもないよ。それより、君がたしかにマルチなんだね」
「はい、今日からここで一ヶ月ほどお世話になります」
そういうとぺこっと深くお辞儀をする。
ずいぶんとまた律儀なメイドロボだな。
もしかするとイルファさん以上かもしれないなぁ。
「あれ?」
そういえばあることを思い出した。
「同行人が二人いるんじゃなかったっけ?」
「あ、はい。御一緒する予定のお二人は私の用意があるとのことなので少々早いですが私だけで行っててほしいということなので」
なるほどね〜。
「それじゃ、後からちゃんと来るんだね」
「はい。遅くても夕方までは到着すると言っていらっしゃったので」
「うん、わかった。とりあえずあといろいろ聞きたいこともあるから家の中にあがりなよ」
「あ、すすす、すみませーーーん。こんなところで立ちっぱなしで話していたらお疲れになっちゃいますよね」
え?
い、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて。
「ま、まぁまぁ。それより中に入りなよ」
「あ、はい。失礼します」
「おーい、このみ〜」
・・・・・・・・・。
あれ?返事がないぞ。
「このみー、どうした?」
リビングに入るとソファーに足だけが見える。
「このみ?」
足元から見ると・・・うわわわ。
こ、こほん、こっちから見ちゃだめだな、うん。
「あのぅ・・・どうかなされたのですか?」
「あ、ああ。ちょっとね」
このみはソファーに横になり、すぅすぅと小さな寝息を立てて眠っていた。
ま、いいか。さっきは眠そうにしてたし、いつも頑張ってくれてるからな。
ここは眠らせておこう。
「あ、申し訳ありません。静かにしたほうがいいですね」
ようやくHMX-12もこのみに気がついたらしく、小声でそう言った。
そんなわけで俺はこのみが眠っている横でHMX-12の話を聞くことになった。
話ではHMX-12も数日前にこのことを言われたばかりなのだという。
と、言うよりHMX-12自身、起動したのもごく最近らしい。
「でもHM-12は数年前に発売されたんだろ。なのに何でまた最近になって?」
「あ、はい。この体とシステムで起動したのはごく最近なので」
「この体とシステム?」
「はい。この体は以前のHM-12のボディーとは異なって私の義妹たちになるHMX-16のパーツを流用して開発の方々が
私専用にカスタマイズしてくれたものなんです」
たしかHMX-16といえばイルファさんのボディーの元となった機体だよな。
それにしてもずいぶん違うよなぁ。
ボディーをそのままカスタマイズしたイルファさんと違ってパーツを流用してイルファさんとはまったく違うようなタイプの
機体になってるんだからデザイン自身は以前のHMX-12を意識して作られているんだろうな。
じゃなかったら余計にコストをかけてまでそんなことはしないだろう。
それほど大事にされてるんだろうなぁ。
「それに、今試験中の『HMX-17a』イルファさんの足りないと思われる機能を追加させてもらったのが今の私なんです」
「足りない機能?」
「はい、例えば食べ物の味を感じるための『味覚機能』や食物を分解してエネルギーに変える『分解吸収機能』などが大きな変更ですね」
つまりは主に料理をすることもできるように対応したというわけか。
なるほど、イルファさんはそれがなくて嘆いてたもんな。
妙に納得できるな。
「それと新しいシステムの・・・えっと・・・だ・・・だいこん・・・」
大根?
あ〜。イルファさんが積んでる珊瑚ちゃん曰く『だいこん・いんげん・あきてんじゃー』とかいうシステムのことかな?
でもあれはたしか正式な名称があったはずだよな。
イルファさんも珊瑚ちゃんがそう言った時に必死になって正式名称を言ってたもんな。
・・・まさか珊瑚ちゃんの影響で正式名称がそっちになったのかな。
「す、すみません。私、物覚えが悪いもので」
あ、なんだ、わからなかっただけね。
でも正直意外だ。
俺にとってイルファさんのイメージが強いんだろうけどメイドロボっていうのは何でもできて覚えたものは忘れないっていうイメージがある。
イルファさん自身、多少の得手不手はあるものの基本的には何でもできるし一回やったり聞いたりしたものはほとんど失敗をしたりはしないからなぁ。
「私、あんまり人のお役に立てないことが多いんです。ドジで失敗ばっかりしていますから」
少し寂しげな表情を浮かべるHMX-12。
「でも、その分一生懸命頑張りたいと思っています」
がらりと表情が変わり、両手でぐっと拳を作って気合を入れる。
「そっか、それじゃあ一日も早くそうなれるように頑張りなよ」
ぽん、と頭に手をのっける。
「あ・・・」
と、HMX-12はポッと頬を赤らめる。
「あ、ごめん」
なんてか・・・ついつい手をのっけたっていうかなんていうか・・・。
このみと付き合うようになってからも女の子が苦手なのは今でも変わらない。
でもこのHMX-12はなんか不思議な魅力があるっていうか・・・。
思わずなでたくなるような衝動に駆られる。
「い、いえ。こちらこそすみません。つい、うれしかったので」
「うれしい?」
「はい。私、頭を撫でられるのが好きなので」
「そう・・・なんだ」
「はい」
「・・・・・・・・・」
HMX-12はニコニコと微笑んだままこちらをじっと見ていた。
うう・・・。
「な、なぁ」
「はい?」
「頭・・・撫でていい?」
「えっ?!は、はい。構いませんが」
「じゃ、じゃあ遠慮なく・・・」
なんか緊張する・・・。
このみと初めて意識してキスをしたときのような感じ。
手を伸ばしながらつばを飲み込む。
さわっ、と髪に触った感触。
さわさわさわ。
「あっ・・・」
HMX-12は再び頬をポッと赤らめてその場でじっとしている。
俺はそんな彼女の頭を撫で続けた。
さっきまでの緊張はどこにいったのかな。
今はさっきの緊張とはうってかわってすごく落ち着いた気持ちだ。
前に愛佳の髪を書庫で梳いた時に感じたような優しい気持ちになれる。
不思議な感じだ。
さわさわさわさわさわ。
しばらくの間、俺はHMX-12の頭を撫で続けた。
もしかして俺は人の髪を触るのが好きなのかもしれないな。
撫で終わるとHMX-12は「ありがとうございます」と俺に向かって言った。
なんか俺のほうがお礼を言わなきゃいけない気がするんだけどな。
「あの・・・」
「ん、何だい?」
「まだお名前を聞いていませんでした。河野さんのお名前はなんと言われるんですか」
あ、そういえば・・・。
「そうだったね。俺の名前は貴明。河野貴明だよ」
「貴明さんですね」
「ああ、改めてよろしく、えっと・・・」
ここは『HMX-12』と言った方がいいのかな?
でもなんかそれじゃよそよそしいような感じがするし俺だってあんまりHMX-12のことを型番でなんか言いたくない。
「『マルチ』とお呼びください」
マルチ、か。
そうか、これならイルファさんみたいでいいな。
「あ、でも貴明さんが言いにくいようでしたら何か他の言い方でも・・・・・・・・・」
「マルチ」
「は、はいっ!」
「これからよろしくな」
「あ・・・・・・・・・。はい!こちらこそよろしくお願いします」
マルチは再び深くお辞儀をした。
その後、数十分ほどマルチとともに話をしているとこのみも目を覚ました。
起きたときに寝ぼけてマルチがいるっていうのに俺の顔を見るなりに、
「おはようのキス〜」
とかいって甘えてきたのには参った。
だけどそれ以上に焦ったのはマルチがそれを見たとたんに耳からぷしゅーっと白い蒸気を出して倒れてしまったということだ。
このことでこのみも完全に目が覚めたらしく、戸惑いながらもマルチのそばに寄り添った。
「おい、マルチ。おい、まるち〜」
「た、タカ君。この人がタカ君が言ってたメイドロボだよね」
「あ、ああ。でもいきなり倒れてどうしたんだろう」
まさか壊れちゃった・・・とか?
それを弁償するはめになったりしないよな・・・。
ちょっとまって、今メイドロボもだいぶ安くなったとは言っても未だに安いものでも数百万もくだらないよな。
で、今の貯金を考えると・・・足りるはずないよなぁ。
うわわわわわわ〜、どうしよう!
「どうしよう・・・」
「俺に言われても・・・」
こうなったら証拠隠滅か。
いや、でもうちに来ていた事はわかってるんだからどっかに捨てるだけじゃだめだよな。
それにメイドロボだから記憶はデータとして残ってるだろうから完全に破壊しないと・・・
って、何考えてんだよ!
「と、とにかく珊瑚ちゃんに連絡を」
と、電話しようと立ち上がろうとした瞬間。
ウィィィィィィン。
「え?」
マルチから機械的な音が聞こえてきた。
「ん・・・」
「あ!」
ゆっくりと瞳が開いていく。
「マルチ!」
「あ、貴明さん」
よかった・・・壊れてなかったんだ。
「大丈夫か?」
「あ・・・私・・・」
「びっくりしたよ。いきなり蒸気を出して倒れるもんだから」
「すみません。私、ショックな出来事が起きるとシステムの安全性を考えてブレーカーが落ちる仕組みになってるんです」
ショック出来事って・・・さっきのあれだよな。
このみの方を向くとさっきの出来事を思い起こしているらしく、顔を真っ赤に染めていた。
お、おい。そんな目で見ないでくれよ。
こっちまで恥ずかしくなるって。
「と、とりあえずごめんな、驚かせたりして」
「いえ、こちらこそ驚かせしてすみませんでした」
は〜あ、でもよかった。
お金はちゃんと貯金しておくように心がけよう。
午後になり、あらかた話も聞き終わると休みであるゆえにやることがない。
テレビを見てるのも暇だし、このみと最近やることの主流になっている勉強でもしようかな。
このみの奴、成績が芳しくないのが本当だからかただ単に甘えるのが目的なのかはわからないが積極的に勉強中にも俺に質問をしてくる。
しかも必ずと言っていいほどこのみのほうから『勉強しよ』と誘ってくる。
おかげで期末テストの点数も鰻のぼりだ。
昨日の英語の小テストの点数なんかもいい例だ。
ただ今はマルチがいるし、ほっとく訳にもいかないもんな。
う〜ん、どうしようか。
「あのう」
「ん?」
「私、そろそろお仕事をしたほうがいいと思うんですが」
「仕事?」
「はい。お掃除をしたいと思いまして」
掃除を?
でも昨日掃除したばっかりだし、かなり綺麗だとはおもうんだけど。
「よろしいですか?」
「いや、駄目とは言わないけど・・・昨日掃除したばっかりだよ」
「でもお掃除は毎日したほうがいいです。毎日ちょっとずつでもほこりはたまっていきますから」
「確かにそうだけど・・・本当にいいの?」
「はい。お二人はその間ゆっくりとしていてください」
う〜〜〜ん、なんか悪いよなぁ。
俺自身そんなに掃除が好きなわけじゃないけどそれを人に押し付けるのもあんまりいいとは思わないからな。
「でもやっぱりこんな広い家の中を一人でやらせるわけには・・・」
「私はメイドロボです。私は、人間の皆さんのお役に立てれるように作られたんです。ですからやらせてほしいんです」
「んーーー。じゃあそこまで言うんじゃやってもらおうかな」
「はい。任せてください」
マルチはにっこりと笑ってぐっと拳を握った。
「それではお掃除の道具がある場所をお教えしていただきたいのですが」
「あ、それはこっちだよ」
マルチに掃除用のクリーナーや布巾、座敷箒にモップの場所を教えてあげると俺とこのみは邪魔にならないように二階へとあがった。
二人で勉強するために親父たちの部屋から持ってきたガラスのテーブルでいつものようにノートと参考書を開く。。
「ねぇ、タカ君」
「ん?」
「ここの数学の公式がよくわからないんだけど・・・」
「ここか?」
これは二次方程式の解の公式だな。
「ここのbっていうのはxの値の係数であって―――」
「あ、そうか。じゃあここを代入すればいいんだね」
「ああ、そういうことだ。えらいぞ、このみ」
「えへ〜」
こんな具合で勉強は進んでいく。
が、やっぱり下が気になる。
掃除機の音が鳴ったり止んだりしているんだからちゃんと掃除は進んでいるんだろうけど・・・。
「ねぇねぇ、タカ君」
「なんだ?またわかんない問題があったか?」
「ううん、そうじゃなくて」
「ん?」
「マルチさん、一人で大丈夫なのかな?」
やっぱりこのみも気になってはいたのか。
・・・あれから二時間。
「休みがてらにちょっと見に行ってみるか?」
「そうだね」
座っているクッションを重ねて部屋から出ると階段を下っていく。
リビングからは掃除機の音と『るんるん』と語尾に星をつけてもいいような鼻歌を囀さんでいる。
どうやらさっきみたいに蒸気を出して倒れているとかそんなことはないみたいだ。
まずはそこで安心した。
「おーい、マルチ・・・」
リビングに入って呼ぼうとしたときに中を見て唖然とした。
「どうしたの、タカ君・・・ふわ〜」
これは予想をはるかに越えていた。
リビングの中はまるで新築の家のようにフローリングやガラスはぴかぴかでサッシや梁の上のほこりも綺麗にふき取られていた。
「あ、貴明さんにこのみさん」
マルチはこちらに気がついたらしく、掃除機の電源を切ってぱたぱたとやってきた。
「これ・・・一人でやったの?」
「はい。まだ半分も済んでませんが」
え?!これで半分済んでないの?
「もしかしてどこかよろしくなかったところでも・・・」
「いやいやいや、十分だよ。それどころかあんまりにも綺麗で逆にびっくりしたよ」
「マルチさんってすごいんですね。私のお母さんだってここまではできないですよ」
「いえ、私にはこれくらいのことしかできないですから」
そうだとしてもすごい。
これはお世辞じゃなくて素直にそう思う。
「では、あとの残りも頑張りますので」
「あ、少しぐらい休んだほうがいいんじゃないか。疲れているだろうし、こっちもちょうど休みを入れようとしてたとこだし」
「いえ、でも・・・」
「せっかくだからいっしょにお茶を飲みましょう」
「はい、それではお言葉に甘えて」
マルチは頭にかぶっている三角巾をたたんで奥にある掃除機を壁際に寄せた。
「あ、それとこのみさん」
「はい?」
「私に話すのに気を使わないでください。貴明さんと同じように喋ってもらって結構ですので」
「ん〜。それじゃ、私はマルチちゃんって呼ぶから、マルチちゃんは私のことこのみって読んでね」
「そ、それじゃあ立場が逆です。名前を呼び捨てなんてできません」
「それじゃ〜マルチちゃんの好きに呼んでいいよ〜。私もあんまり気を使われるのは得意じゃないからもっとラフにいったほうがいいな」
「あ、ついでに俺もこのみと同意見で」
「ど、努力します」
メイドロボってこういうところは律儀なんだろうな。
結局、その後にお茶の時間を取った後、マルチは再び掃除を続けることになり、俺たちも勉強を続けた。
今度はさっきのように下の心配はすることはなかった。
まぁあれだけ綺麗になってればそう思っても不思議じゃないだろう。
そしてさらに二時間ほどたった。
「んーーー、あ。もうこんな時間か」
大きく伸びて時計を見た後に外を眺めると西の空がオレンジ色に染まり、大分暗くなってきていた。
もうすぐ夏休みに突入して夏真っ盛りになるが、このころになるといくら夏とはいってもやっぱり暗くなってくる。
「あ〜、本当だ。そろそろ夕御飯作り始めなきゃ」
このみがノートと参考書を片付ける。
「俺も手伝うよ」
正直、このみといっしょだから勉強するのにそのこのみがいなくなるんじゃな。
座っていたクッションを重ね、テーブルのガラス板をはずし、足をたたんで部屋の隅に立てかけてから下へと降りていく。
一階からはさっきまで聞こえていた掃除機の音が聞こえないんだからもう掃除も終わっているらしい。
「おーい、マルチ〜」
リビングをのぞいて名前を呼ぶが反応がない。
「あれ?」
どこいったんだろう?
あ、ソファーに座ってる。
「マルチ〜?」
まさか・・・また倒れたとか?!
確認するために前からのぞく。
「す〜・・・す〜・・・」
ほっ・・・なんだ、眠ってるだけか。
そりゃ疲れただろうからな。
その証拠にリビングはさっきより一層綺麗になっている。
「ありがとう、マルチ」
眠ったままのマルチの頭を撫でてやる。
「ん〜」
眠りながらもニコッと笑う。
きっといい夢を見ているんだろうな。
イルファさん曰く、メイドロボは眠っている間に記憶データの整理を行って必要なデータと不必要なデータを整理・削除等を行うらしい。
その時に整理されるデータがメモリーを通過するときに夢のようになるそうだ。
しかしこの顔を見る限り、マルチは今『いい夢』を見ているんだろうな。
今しばらく、ゆっくり寝かせてやろう。
ピンポー――ン。
「ん?」
手を離した瞬間、家の中にはインターホンの音が鳴り響いた。
いったい誰だろう?
ああ、同行人が夕方ころまでは来るっていってたよな。
時間的に考えてもそろそろだろうし、おそらくそう思って間違いないかな。
「このみ、マルチのこと頼むぞ〜」
「あ、はーい」
ところで同行人ってどんななんだろうな。
やっぱりこういうものを作る人なんだからアレげなぐるぐるメガネに白衣とか?
それとも若干12歳の天才美少女、とかってのもあるかも。
いやいや、まさかな。
でも珊瑚ちゃんの例もあるしな。
うーん、わからないぞ。
ピンポー―ン、ピンポー―ン。
・・・バカなこと考えてないでさっさと応対しよ。
こんなことで待たせてどうするんだよ。
「はいはい」
扉を開けてその先にいる人物を確認する。
そこにいたのは街中を探せばどこにでもいそうな男性と女性の二人。
男性の手には大きなキャリーケースが引かれ、女性も肩にパンパンにふくれたスポーツバッグをかけている。
見た感じでは俺より少し年上のようではあるが。
「すみません、河野さんのお宅というのはここですか?」
「はい、そうですが」
女性は丁寧にお辞儀をすると写真を見せてきた。
「それじゃあここにHMX-12ことマルチちゃんが来ているはずなんですが」
「はい、今リビングにいますが」
どうやら今度は本当に同行人みたいだ。
「それではご両親をお願いできますか」
「すみません、今うちには両親がいないんです」
「え?」
「二人して海外赴任しちゃってて現在は一人暮らしをしているもので」
「ひ、浩之ちゃん。どうしよう?こんなこと聞いてないよ」
女性は一人で慌てだして隣の男性にすがりついた。
珊瑚ちゃん、もしかして俺が一人暮らしだってこと伝えてないの?
「落ち着け、あかり」
男性は女性の肩にぽん、と手を置き、今度は男性から話し掛けてきた。
「とりあえず、あんたがマルチの面倒を見ていてくれたんだな」
「あ、はい・・・結果的にはこっちが世話になっちゃったんですが」
「こっちの話では確かにあんたの家でテストを行うことになってるんだが、本当にそれであってるかい?」
「ええ、まあ・・・一応ですが」
そうではあるんだがこちらから進んで受けたわけじゃないからどうも歯切れが悪い返事というか・・・。
印象悪いよな、これじゃ。
だが男性そんなことはお構いなしにすっと手を差し出した。
「俺は藤田浩之。これからマルチといっしょにアンタん家で一ヶ月ほどお世話になるが、よろしく」
「あ・・・よろしくお願いします」
一瞬あっけにとられたが反射的にこちらも手を差し出して握手を交わした。
「こっちは俺の助手にあたる神岸あかり。こっちもたまに泊まることがあるからそのときはよろしくたのむ」
「神岸あかりです。このたびはご協力ありがとうございます」
ぺこぺこと深々と下げる。
「いえいえ、こちらこそ」
今度は相手の腰の低さにこちらも腰が低くなってしまう。
「立ち話もなんなので、それでは藤田さんに神岸さん、中へどうぞ」
「おう、お邪魔します」
「失礼しまーす」
「俺は貴明っていいます。気軽に『貴明』って呼んでください」
そのまま招き入れた二人のことをリビングへと通す。
「あれ。タカ君、お客さん?」
後ろにいる藤田さんと神岸さんの姿に気がついたこのみがエプロン姿のままリビングのほうへとやってくる。
手が微妙に濡れているみたいだからエプロンを着て手を洗ったばかり、ってところかな。
「ほら、マルチの同行人の二人だよ。こちらは藤田浩之さん、それでこちらが神岸あかりさん」
「柚原このみです。一応・・・タカ君の恋人であります」
「へぇ〜」
うおっ。何いきなり爆弾発言してるんだよ、このみ!
「なかなかモテモテのようだな、『タカ君』は」
藤田さんも神岸さんもニヤニヤと俺の顔を見ている。
うう・・・恥ずかしい。
「えへ〜、モテモテだって」
「お・ま・えなぁ〜」
「うあ゙〜〜〜〜〜」
ぐりぐりと拳を頭の上で回す。
それから逃れようとじたばたと暴れまわる。
が、そうはさせまいと俺も粘る。
「ふふっ、面白い人達だね、浩之ちゃん」
「ああ、とりあえず退屈はしなさそうだな」
見守りながらくすくすと笑い続ける二人組。
「あ、そうそうマルチは・・・」
藤田さんはドタバタしている俺たちを尻目にソファーのマルチに近寄り、
持ってきたキャリーケースからノートパソコンと一本のケーブルを取り出す。
「なぁ、貴明。コンセントはどこにあるんだ?」
「あ、コンセントですか。ソファーの後ろです」
ようやくこのみのことを開放してやり、ソファーの後ろを指差す。
藤田さんはコンセントにアダプターを差し込んでノートパソコンを立ち上げる。
お、これって来栖川エレクトロニクスの最新型のノートパソコンだ。
その証拠に立ち上がる際に『KURUSUGAWA ELECTRONICS』とかっこいいロゴが画面上へと浮かび上がる。
うちのPC、親父が知らずに買ってきた『SATEC』のPCだからな。
そろそろPCも買い換えることも考えてみるかな。
と、そんなことを考えている間にも藤田さんは早々とキーボードをたたいてプログラムを開いていく。
そしてさっきのケーブルをPCに繋ぎ、もう片方をマルチの耳カバーに接続してEnterキーを押す。
するとピコピコと画面が変わって『接続中だよ』とクマの人形が吹き出しで喋っている画面が出てきた。
「これでよし、っと」
「これは?」
「マルチの簡易バックアップとデータ整理の手伝い、それに電源の補給さ。マルチは毎日一回、バックアップを取っておくことが実験中の義務になってるんだ。
それにマルチは水素電池で動いているけどそれも電源を長期間起動させられるレベルであるだけでまだ電源補給も必要なんだよ」
「は、はぁ」
何となくだがわかった。
「・・・いい顔をしてるな」
「うん、マルチちゃん、うれしそうだね」
二人は眠りつづけながらも浮かべている笑顔を遠い眼で眺めていた。
この三人・・・俺の知らないような大変なことがいっぱいあったんだろうな。
きっと・・・深く強い絆で結びつけるような大きな大きな出来事が。
「タカ君、二人の分も作るけどいいよね」
「ああ、もちろんだ。むしろ今日は豪勢にいってもいいぞ」
「ほんと?!やた〜。それじゃあ今日はカレーだ〜」
「あ、私も手伝うよ」
神岸さんは持ってきたスポーツバッグの中からエプロンを取り出してささっと身に付ける。
胸元のポケットにはクマのかわいい刺繍が入れられている。
「私、お料理得意だから、いろいろできることがあったら言ってね」
「はい。それじゃあ・・・野菜の皮むきをお願いできますか?」
「うん、いいよ」
神岸さんはこのみが冷蔵庫から出してきたジャガイモと人参をさっと洗うと皮むきをはじめる。
おお!早いし上手だ。
正直このみや俺なんかは相手にならないほど鮮やかだ。
もしかしたタマ姉といい勝負なんじゃないか?
「あかりの料理の腕は俺が保証するぜ」
「そんなにすごいんですか?」
「少なくても俺にとっては下手な料理店とかで出される料理なんかよりはうまいぜ」
太鼓判つきですか。
これはできる前からちょっと楽しみだ。
「ところで藤田さん。さっき一ヶ月ほど世話になるって言いませんでしたか?」
そういえばさっきはいろいろ慌てたりしてたから気が付かなかったけどマルチも『ここで一ヶ月ほどお世話になります』って言ってたし。
「ああ。一ヶ月ほど世話になることになってるけど、それが何か問題でもあるのか」
「いえ・・・俺は一週間か二週間ほどって聞いてたんで」
う〜ん、もしかして間違えたのかな?
珊瑚ちゃん、結構ぽわわ〜んとしたところがあるからなぁ。
「でも一ヶ月間もテストを行うんですか?」
「ああ。本来は二週間ほどが普通なんだけどな。またマルチにあの学園に通わせたくてな」
「あの学園?」
「寺女はわかるよな」
そりゃ、このあたりに住んでて知らない人は普通いない。
寺女とは西園寺女学院の略称としてよく呼ばれている。
このみの友達のタヌキっ子とキツネっ子が通っているところでお嬢様学院として有名だ。
とはいってもこのみが曰く、全員がお嬢様ではないらしいが。
確かによくよく考えれば全員がお嬢様だとしたらこの町は一体どういう町になるんだよ。
――ちなみにその二人の名前は確か吉田チエと山田ミチルだった気がする。
タヌキっ子は普通の家の子らしいがキツネっ子は・・・まぁ・・・このあたりを裏で仕切っている家のお嬢様であるらしい。
「そこから東の山のふもとにある学園さ」
「あ、俺もこのみもそこの現役の生徒ですよ」
「へぇ〜。じゃあ貴明とこのみちゃんは俺とあかりの後輩にあるわけだな」
と、言うことは・・・。
「藤田さんと神岸さんもうちの学園の卒業生なんですか?」
「ああ。三年前の話だよ。マルチがテストということであそこにやってきたのは・・・」
最初に俺とマルチが会ったのは学園の階段だった。
当時、俺はまだ二年生でいつものようにカフェオレを買いにいくところだったんだ。
休み時間に渡り廊下の自販機でカフェオレを買うことは俺の日課みたいなもんでな。
買いに行く途中、階段に差し掛かったとき大きな荷物を重そうに持ちながら上に上がっていく小さな子がいたんだ。
その光景が気になってしばらく上を見てた。
なにせ一歩一歩上がっていくごとにグラグラって今にもバランスを崩しそうで不安で不安で。
案の定、後2、3歩でってところでバランスを崩して後ろに落ちてきた。
あぶねぇ!って思って必死になってその小さな背中を支えた。
ゴロンゴロンって持ってた荷物、確か印刷紙だったけ。
それが階段の下まで一気に落ちたけどその子はちゃんと俺の手の中に吸い込まれるように落ち着いた。
でもその子、『はわわわわわ〜〜〜〜。落ちるー。落ちるー』って腕をブンブンって振り回していつまでたっても落ちていることになってるらしくて、
『お〜い』って声をかけるとはっと気が付いたようでくるっと俺のことを見るんだよ。
で、ちょっと間を置いた後に体制を立て直してやると『はわ〜、すみません!すみません!』って何度も誤って来るんだ。
その時に初めてその子の耳がちょっと違うのに気が付いた。
話を聞いて、実はメイドロボとようやく分かったんだ。
でもその子はどこから見てもちょっと小さくてきゃしゃな女の子。
だから持っていくっていう荷物を持ってやげると『そんな、私がやります』って、あくまでも自分でやろうとする。
そんな頑張りに惹かれたのかな。
それからと言うもの、その子が試験テストが終わるまで毎日のように俺とあかりとその子と三人で過ごしたんだ。
「それが俺とマルチの出会いさ」
そんなことがあったんだ。
この三人にこんなエピソードがあるなんて思いも寄らなかった。
「だからその思い出の地でまた新しい思い出を作らせてやりたいんだ。あいつ、あれから俺たちの半分の時間も過ごしたか過ごしたかわからないんだ。
だからこそ、新しい時間を有意義な時間にさせてやりたいんだ」
・・・こういうのは親心っていうのかな。
とにかく、藤田さんは・・・いや、多分神岸さんもマルチのことを本当に大切に思ってるんだな。
きっと二人にとってマルチは『メイドロボ』って言う感覚じゃなくて『一人の人間』、そして『家族』として認識しているんだろう。
みんながみんなでそんな風に思えるようになればきっと心のあるメイドロボも世に出ることができるんだろうな。
そうこう藤田さんと話しているうちに一時間ほどの時が流れた。
いつのまにか俺は藤田さん・・・いや、浩之さんと打ち解けていた。
言葉では説明できないけど、なんかどこかで分かり合えるところがあったんだと思う。
「は〜い、あかりさんとの合作、『愛の必殺カレー』できました〜」
「結構上手にできたと思うよ」
う〜ん、確かにうまそうだ。
きちっと綺麗に一口サイズに切られた野菜にカレーの香ばしい匂い。
だけどもその中にはほのかなワインのいい香りも。
匂いだけでもよだれが出てきそうだ。
「こいつはうまそうだな」
「今お皿を出しますから。少し待っててください」
「あ、俺も手伝うよ。神岸さんも浩之さんいっしょに待っててくださいよ」
「え、でも悪いし」
「いえいえ。このみと一緒に夕飯をつくって頂いたんですから。それくらいは俺がやりますよ」
と、言いつつ、行動を起こす。
このままじっとしてたらおそらく勝手にやりはじめてしまいそうだし。
「タカ君、あかりさんってすごいよ。うちのお母さんみたいにお料理を作るんだよ」
「春夏さんみたいに?」
「うん。野菜の皮むきは上手だし、調味料も計ることないで目分量で入れてもちゃんといい具合に味がつくんだよ」
「へぇ・・・」
なるほど、浩之さんが誉めるのも何となくわかる。
春夏さんと同じってならかなりのレベルだし、このみが絶賛するのも納得できる。
あの人はパワフルだけど家事全般に関してはプロ級の腕前を持っている。
実際、春夏さんの料理は何度も食べてるがお世辞抜きでうまい。
「タカ君。ご飯はどれくらいがいい?」
「そうだなぁ」
正直、さっきまで一生懸命に勉強してたから今はかなり腹が減っている。
運動しないで勉強すると腹が減るなんておかしいじゃないかとは思うがそれにはちゃんとした理由がある。
人間がエネルギーとする『ブドウ糖』が一番消費されるのは体の筋肉とかじゃなくて実は脳なのだ。
脳は、安静にしていても1日120g、つまりは1時間に5gものブドウ糖を消費することになる。
また、脳がエネルギー源としてできるのはブドウ糖だけで不足するとひどい場合は昏睡状態や脳が使い物にならなくなってしまう。
マラソンみたいにエネルギー消費が多いスポーツで疲れきった選手が水のほかに飴とかの糖分の多いものをとるのはそのためだそうだ。
だから勉強するっていう脳を非常に使う行動をすると腹が減るのだ。
「よし、大盛でいっちょ頼むぞ、このみ曹長」
「わかりましたであります、隊長!」
しゃもじを軽く水でぬらして炊飯器の炊き立てこ飯を軽くほぐした後、しゃもじに目いっぱいのご飯を三回ほど器に盛った。
・・・・・・・・・やっぱり自分でやったほうがよかったかな。
「うぃ〜、ご馳走さんでした」
「お粗末さまでした」
結局俺はそのカレーをご飯一粒残さず食べた。
「でも今日のは特にうまかったな。また腕を上げたな」
「えへ〜、でも今日はあかりさんも手伝ってくれたからだよ」
「そんなことないよ。このみちゃんの土台がいいんだよ。私はそれにちょっとお手伝いしただけ」
「そ、そんなことないですよ」
「ううん、そう思うよ。お料理は愛情が大事。このみちゃんが貴明くんのことを想っているからこそ、お料理はどんどんおいしくなるんだよ」
「え、えへ〜、そうですか」
少し恥ずかしそうにしながらも顔はふにゃりとしている。
「よ〜し、これから毎日タカ君のためにいっぱい愛情のこもったお料理をたくさん作ってあげるね」
そいつはうれしいんだけど・・・。
「せめて量は普通にしてくれよな」
パンパンにふくれた腹をさすりながらそう答えた。
このペースで続いたら完璧に幸せ太りしてしまう。
夕飯の後はゆったりとした時間が流れた。
テレビを見たり、トランプをしたり、たいしたことをしているわけじゃないのにのんびりとしてとても楽しい時間だった。
「あ、もうこんな時間だ」
時計に目を傾けるともうすぐ9時になる所でテレビではニュースと天気予報がやっている。
「そろそろ帰るね」
「ん、送ってくぞ」
「いいよ。お隣さんだし」
「そうか。でも隣だからって気をつけるんだぞ。今は危ない人はどこにいるかわからないんだからな」
「はい!肝に銘じておくであります」
びしっと敬礼を行うこのみ。
「うん。よろしい」
それにこちらも敬礼で返す。
すると自然と笑いが起こる。
「ま、そこまでは行かなくても玄関口までは送ってくぞ」
「うん」
「それじゃあタカ君、おやすみ」
「おやすみ」
別れ際に軽く唇を合わせる。
さてと、このみも帰ったし、今夜のために三人用布団をの客間に敷かないと。
えっと、確か客用の布団が襖のなかにあったはずだよな。
ガラッ。
バサバサバサ!
「うわっ!!!」
襖を開けた途端に中から客用の布団が俺に向かって落ちてきた。
突然の出来事に対処できるはずもなく、そのまま下敷きになる羽目に。
(しまったなぁ。前にこのみのために出したのを片付けるときに無理やり押し込んだのを忘れてた)
ま、いまさら思い出そうが後悔しようが仕方がないが。
とりあえず崩れ出た布団の中から這い出て敷布団を引っ張り出して畳の上へと敷いた。。
こんな風に乱暴に扱ってるのを母さんにばれたらきっとすごい剣幕で怒られそうだ。
母さん、寝具に関してはちょっとばっかりうるさいからな。
何でも昔にひどく寝つきの悪い期間があったらしくて布団や寝相を変えたらその前が嘘のように快眠できるようになったとか。
その後から眠ることに関しては結構凝るようになって布団なんかも専門店にオーダーメイドで作らせたり、
枕の中身がお茶とか檜なんかが入ってるものなんかも買ったりしている。
布団って高いイメージがあるけど実際はそんなに高くはないらしくて高いのでも精々二万から三万くらいで買えるらしいし。
だからテレビショッピングなんかで羽毛布団が一万円で売ってたりするが実はそれほど安いというわけではないそうだ。
・・・・・・・・・しょうもないことなのになんか気になったら頭から離れないな。
寝る前にネットで確認しておこう。
ふ〜、いい湯だった。
浩之さんと神岸さんに風呂を先に譲り、寝床の客間に案内した後で風呂に入った。
さて、さっきのことをネットでチェックチェック。
ん〜、なになに・・・。
『布団には大きく分けて綿布団・羽毛布団・羊毛布団・化繊布団などがあり、日本では最もポピュラーな布団といえば綿布団です。
綿布団は日本のみならず、世界各国でも使用されており保温性が良い、湿気を良く吸ってくれるなどの特徴があります』
確かに俺の布団も綿布団だし、日本で多いっていうのも何となく納得かな。
『羽毛布団はその名の通り、水鳥の羽毛を布団の中に詰め込んだ掛け布団であり、綿布団より吸湿性・放湿性があり軽いという利点があります。
しかし、綿布団より柔らかいので敷布団に不適と言えます。
羊毛布団は中綿に羊毛を用いた布団のことを言い、弾力性があり、保温性や吸湿性・放湿性が優れているために敷布団に最適です。
そして化繊布団は中綿に化繊綿を50%以上使用した布団のことを言い最も安価で、弾力性が長く持続し、取り扱いが簡単です。
また、化繊100%ですと洗濯しても縮みの問題がほとんどないので、安心して洗濯が出来ます』
へぇ・・・結構布団によっても敷布団とか掛け布団とかに適した布団があるんだな。
『人は人生の約1/3〜1/4を布団の中で生活します』
ああ、たしかにそうだよな。
『また、疲れをとるために睡眠が苦にならないためにも、多少値段が高くても良い布団を選ぶべきです』
なるほどね、そう言われてみるとそういう考えもできるよな。
なんか母さんが寝具に関してちょっとうるさいのもちょっとばっかりわかる気がする。
あったかい布団で眠れればやっぱり気分がいいもんな。
ん、なになに?『布団と遺伝子組み替え食品』?
『木綿ワタも、殺虫成分を生成する遺伝子を組み込まれたものが出てきはじめ、その葉を食べた虫は、数十秒の内に死に絶えます。
この木綿ワタを使った布団や衣類を人間が使用した場合の長期的な調査は行われていないので、実際に消費者が知らない間に被験者にされているようです。
また、布団や衣類を購入するときではなく、ワタ自体を購入しようとしても、このような遺伝子組み換えであることを表示したものはありません。
色々な方面から、遺伝子組み換えの必要性が賛否両論ですが、生活する上での様々な危険要素をこれ以上増やさないようにも、消費者が強くなるべき時代が来たように思います』
うーん、怖いなぁ。
遺伝子組み替えの大豆だって出たころはいろんな賛否があったし、布団でもこんなことがあるなんて知らなかった。
そういえばこのみの家でもこの前新しい布団を買ったって話しだしな。
明日注意しといてやるか。
・・・・・・・・・って、買ったのは羽毛布団って言ってたっけ。
それじゃ、全然関係ないか。
・・・・・・・・・。
ん〜、まだ11時か。
ちょっと早いけどもう寝るか。
お、今日の布団はふかふかだ。
そういや昼間に勉強する前に干しておいたからな。
でももう夏だからちょっと暑いかも。
「タカ君、タカ君」
ゆさゆさと揺らされる感覚で目が覚める。
「ん・・・このみか?」
「おはよ、タカ君」
「おはよう・・・」
ベッドの横でにっこりと笑うこのみを朝から見るとやっぱり安心するとともに今日一日が始まった気になる。
ここ最近はこのみに起こされるのが習慣化していて毎朝食事を作ってくれるがてら、いつも7時前に起こしてくれる。
これは頼んだわけでもなく、このみが自分で好きでやっている。
あの寝坊助でこっちが起こしに行ってようやく起き、ドタバタして制服を間違えるし、女の子なのパンをくわえながら登校はするし。
そんなこのみが今はほぼ真逆の位置にいるんだから信じがたい。
信じがたくてもこれは現実だ。
ためしに頬を軽くつねると痛みを感じる。
そうすると―――
「あ、もしかして眠いから目を覚まそうとしてるの?それなら私も手伝うよ」
あ、いや、そういうわけじゃな―――。
「せーの!」
うっ・・・・・・・・・ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
う〜、いつつ・・・。
まだ頬が痛む。
おかげで目はぱっちりと覚めたんだが・・・。
きゅっと水道の蛇口をひねり、出てくる冷水で顔を洗いながら鏡で頬の赤くなった部分をさする。
なんか学校で誰かに誤解を招かれそうだな。
特に女の子にうるさいあいつなんかには余計なことまで詮索されそうだ。
蛇口を閉め、かけてあるタオルで顔を拭く。
そしてそのままリビングへと向かう。
「おはよう、貴明くん」
「おはようございます」
すでに神岸さんとこのみが朝食の準備をしていて中には換気扇をつけているのにもかかわらず、魚の焼く匂いが充満していた。
「これはアジの開きですか?」
「うん、冷蔵庫に入ってたから勝手だけど使わせてもらったよ。もしかして駄目だったかな?」
「あ、全然大丈夫です。基本的にうちの冷蔵庫はこのみに任せきりになっちゃてますんで。このみがOKならほとんどは大丈夫ですよ」
「うん、わかった。それじゃあ今度からはこのみちゃんに聞くことにするね」
神岸さんはテーブルを拭き終わると再びキッチンへと戻り、すれ違い様にこのみが焼けた魚をテーブルへと運んできた。
「よいしょっ、タカ君、もう座ってていいよ」
「いや、俺も手伝うよ」
俺にだって飯を盛るくらいはできるし、二人だけじゃ悪いもんな。
というよりはこれは自分でやらないとまた昨日のようなことを引き起こされかねないからな。
「俺の分に・・・と。このみ、どれくらいがいいか〜?」
「う〜ん」
ちょっと考えたが頬をちょっぴり赤めて、
「大盛で」
と、答えた。
ハイハイ、大盛ね。
恥ずかしがらなくてもお前の胃の大きさはわかっているつもりだよ。
神岸さんは・・・普通でいいよな。
それと浩之さん・・・。
あれ、浩之さんは?
「あれ?浩之さんはどうしたんですか?」
「さっき起こしたんだけど・・・。まだ眠っちゃってるのかな?」
そそくさとリビングを出て行く。
『浩之ちゃん。浩之ちゃん、起きてよ』
予想的中らしく、やっぱり寝ていたみたいで神岸さんの起こそうと頑張っている声が聞こえてくる。
『起きないと無理やりやっちゃうよ。それっ!』
『あひゃっ!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ』
・・・・・・・・・。
一体何をやってるんだろう?
「痛いよ、浩之ちゃん」
「お前が無理な起こし方をするからだろ」
額を抑えた神岸さんとオレンジのTシャツに綿パンツ姿の浩之さんがともにリビングへと入ってくる。
「だって〜、なかなか起きないんだもの」
「限度があるだろ、限度が」
まださっきのことで揉めているらしい。
一体どんな起こし方をしたんだろう。
・・・・・・起こすといえばマルチはどうなったんだろう?
「浩之さん、マルチはどうしたんですか?」
「ああ、さっきスリープモードを解除したばっかりだから今はシステムが立ち上がってるとこだよ。すぐに来るさ」
「はわ〜、おはようございます」
噂をすれば何とかってやつだ。
黄色パジャマのマルチが眠そうに目をこすりながらこちらへと歩いてくる。
昨日のうちに神岸さんが着替えさせて布団に寝かせたらしい。
お、一回あくびもしたぞ。
やっぱりどう見てもメイドロボになんか見えないよなぁ。
すごく自然すぎるってか・・・。
それより眠たそうだなぁ。
それじゃあ、ここはひとつ―――。
「マルチは食べ物も食べれるんだよな」
「はい・・・少しくらいなら・・・」
「じゃ、はい」
と、目の前に出したのはコップ一杯の牛乳。
「これで目を覚ませな」
「ありがとうございます・・・」
ゆっくりと手をかけると冷やされた牛乳をこくんこくん、と少しずつ飲み込んでく。
あっという間にコップは空になり、口の周りがちょっと白っぽいけどマルチはすっかり目を覚ましたようだった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
にこっと笑ってコップを取り上げて流しへと置いておいた。
「それじゃ、ご飯にしましょう」
「はーい」
みんなそろって椅子へと座る。
久々だな、うちでこんな風に大人数で朝食を取るなんて。
親父たちが行って以来かな。
「いただきま〜す」
「いただきます」
「いってきま〜す」
「じゃ、後はお願いします」
「いってらっしゃい」
家の鍵を3人に任せて家を出た。
マルチはいろいろ都合があるらしく、俺たちとは別にちょっと遅れて行く事になっているそうだ。
「偶然だな、うー」
と、家の前でこれから学校へと通うところであるるーことばったり出会った。
「おはよう、るーこ」
「るー!」
こちらの挨拶に万歳をしながら返す。
これがるーこスタイルの挨拶。
「よろこべ、"うー"」
「なんだ?」
「今から"るー"も学校へ行くところだ。一緒に行ってやる。感謝しろ」
「あ、ああ」
少々強引だがこれもるーこスタイルの一つである。
なんせるーこ係の俺が言うんだから間違いない。
・・・でも本当にるーこはアメリカカリフォルニア州の出身なのだろうか?
数日前に近場の高級マンションに越してきた星をみるのと秋刀魚が好きな本人曰くのちょっとおしゃまな女の子。
本名はルーシー=マリア=ミソラ。
父親は弁護士、母は自然保護活動家。
まんま俺が即興で生み出しそうな設定だし。
それに第一印象は初めて会った気もしないし。
おまけに謎の宇宙共通語なるものも言っていることがなんとなくだけどわかるし。
(さらに謎なのはなぜか珊瑚ちゃんもペラペラって事)
これを本当に不思議で終わらせていいのだろうか!
なんて言ったら完全にあの人が出てきそうだからとりあえず今のところはこの話題は胸へとしまっておこう。
ま、世の中には変な奴も大勢いるんだからるーこがちょっと位かわってるのはなんともないよな。
「"うー"に"うーこの"、どうした。学校へ行かないのか?」
「ああ、今行くさ」
「おす」
いつもの橋で雄二とタマ姉が、
「る〜☆」
そして坂では珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんが。
今日もるーこがいる以外はたいした変化もない。
う〜ん、今日も一日平和であればいいな。
・・・まさかとは思うが間違っても隣国から核ミサイルなんて飛んできたりしないよな。
「どうしたん?貴明〜」
「ん、今日も平和だなぁってね」
「そうやな〜。でもこんな日はどっかからミサイルが飛んできたりしてなぁ〜」
「あ、あはは」
俺とまったく同じこと考えてるよ。
「でももし本当にそんなことになったらみんなでうちの家の核シェルターに逃げこもーな〜」
「核シェルター?!」
ちょっと待て!
あの家そんなのもついてるのかよ。
「核シェルターか。そこで閉じ込められた美少年美少女たち。世界が滅んだ後もその中の人たちは生き残り、子供を作り、子孫を残していくのでした」
「いきなりなんだよ?」
「いや。もし本当にそんなことになったらこんな感じになるんじゃねえかなって」
いや、ならないって。
その以前にさすがにそんな状況にならないと思うが。
「ねぇねぇ、珊瑚ちゃん。その時になったら俺もそのシェルターに入れてね」
「ええよ〜」
ぐっとガッツポーズをする雄二。
はぁ・・・アホだ。
そんな視線で見守る俺とタマ姉であった。
キーンコーンカーンコーン
う〜ん、今日も終わった。
あとはHRが終わればまたこのみといっしょの時間だ。
教室中も放課後への計画や何やらで非常に騒がしい。
「は〜い、みんな〜、聞いて〜」
っと、その中に前で叫んでる委員長を発見。
「も〜、聞いてよ〜」
あ〜あ、相変わらず焼け石に水を差すような状態だな。
ちっとも静かにならない・・・。
しーーーん。
あれ?
「はーい、それでは先ほど言ったように転入生を紹介いたします〜」
先ほど?
(なぁ、一体何のことだ?)
「ん、お前聞いてなかったのか?さっき委員ちょが前で言ってたじゃねーか」
(さっきって?)
「五時間目の休み時間、必死になってみんなに言ってたぞ」
(わり・・・寝てた)
古文の時間は本当に眠いんだ。
だから眠っても仕方がない。
「で、来るのが女の子ってことだからこんな風に静かになってるってわけだ」
「しかし・・・うちのクラス、やけに転入生とか多いよな」
「まぁ・・・確かにそうだが」
知り合いであるるーこと草壁さんもこのクラスだし。
・・・あれ?るーことは知り合いだっけ?
そもそも知り合いならどこで知り合ったんだ?
ん〜〜〜〜〜〜。
まぁいいか。
「しっかし他のクラスにもまわせよな。教室が狭くなるばっかりだし」
「だが野郎ならともかく、女の子が来るなら俺は万々歳だぜ」
「はーい、そこ、静かにしてくださーい」
『へーい』
「はい、よろしい。でも返事をするときは『はい』ですからね」
『はーい』
委員ちょは得意げにうんうんと頷く。
「それより委員ちょ、転入生」
「あ、そうでした」
こほんと一度咳払いをする。
「それではどうぞお入りください〜」
おいおい、クイズ番組じゃないんだから・・・。
・・・・・・・・・
って、あれ?
誰も入ってこないけど・・・。
『は、はわわ〜。すすすすすすすすみませーーーーん』
ん゙?!
この独特の叫びとも慌てとも取れるような声。
ガラッ。
「す、すみませーーーん。間違えてお隣のクラスに入ってしまいまして」
小さなくきゃしゃな体に緑の髪。
そして特徴的な耳カバー。
「ご紹介します〜。こちら、来栖川エレクトロニクスの試作運用型のメイドロボである『HMX-12・・・』」
「マルチ?!」
「あ、貴明さん」
教壇の上でこちらに向かって手を振る。
無論、クラス中の視線がこちらに集まる。
「河野くん、またお知り合いさんですか?」
「え゙?あ、ああ〜、ん〜、まぁ・・・」
まさかマルチが家にいるだなんて・・・。
「私、貴明さんの御宅にお世話になってます」
・・・・・・・・・。
「おい、貴明・・・」
「な、なにかな。雄二くん?」
な、なんか目が怖いんですけど。
「お前はこのみと言う存在がありながらこれ以上他の女の子とーーー!」
「ぐおーーー。ご、誤解だって。ゲホッ、入ってる。マジで入ってるって!」
スリーパーホールドを本気でやるのはやばいですって。
くはっ・・・段々意識が・・・。
「は、はわわ、はわわわわわわ〜〜〜〜」
マルチは教壇の上でパニクってるだけ。
「これこそ運命ですっ!」
草壁さんは草壁さんで他の世界に旅立っているし。
ああ、俺も他の世界に・・・。
「"うー"はこれから違う世界に旅立つのだろう。帰ってくるときはちゃんとお土産を持って来るんだぞ」
「い・・・や、戻って・・・これ・・・ないか・・・ら」
あ、あれ?
自分で言ってることも変だけどそれ以前にこれにツッコミを入れるのは俺に天性のツッコミのセンスがあるからなの・・・か・・・・・・な?
「向坂くん、その辺にしないと本当に河野くんが死んじゃいますよ」
「そうだなぁ。そろそろ頃合か」
雄二の締め付ける腕の力を緩めた。
「ゲホッ、ゲホッ。殺す気か!」
しかも俺をチャト〇ンみたいに何体もいるようなことを前提としたようなあつかいをするな!
「あ、タカく〜ん」
すでに校門の前で待っているこのみがこちらへと手を振るのにこちらも返す。
「待ったか?」
「ううん、今来たばっかりだよ」
嘘ばっかり言いやがって。
この炎天下の中でここにいたもんだから顔にうっすらと汗がにじんでるぞ。
「今日はどうする?」
「そうだな〜」
う〜ん、少し小腹もすいてるし、待たせて悪かったこともあるけどこんな炎天下だったら食べるものは一つ。
「アイス食べに行くか?」
「うー、食べたいけどお金ないよ〜」
「安心しろ、今日はおごってやるよ」
「本当?!やた〜。それじゃあ私はオレンジとミントとバニラの三段がいいなぁ」
「これ、調子にのるな」
「あいたっ」
軽くデコピンをすると『えへへ』と笑って俺の隣をとことこと歩き始めた。
「そういえばさ」
「ん〜?」
「マルチ、うちのクラスに編入することになったぞ」
「そうなの?」
「ああ。ただ・・・」
「ただ?」
「マルチが家で世話になってることはなしちまってな・・・」
「あ、あはは・・・」
このみもその時点で俺に何があったかは何となくわかったみたいだ。
マルチに限らず、メイドロボは正直なんだろうけどまさかこんな目にあうとはな。
はぁ・・・しかもまた俺の係が増えちまったな。
『河野くんでいいですね』
『ちょっ、ちょっと待った、俺にはるーこ係があるんだからここは雄二が・・・』
『却・下』
はぁ・・・俺ってもしかして厄介物を押し付けられるタイプなのかな?
「ゔ〜〜〜〜〜ん、ちゅめたーい」
このみのアイスにはしっかりと歯型が残っている。
「そう急いで食べなくても大丈夫だって」
「そんなこと言ってるとタカ君のも食べちゃうよ〜」
「って、もうしっかり食ってるだろ」
しかもそこ、俺がさっき舐めた場所だぞ。
・・・俺が・・・舐めた・・・・・・。
・・・・・・・・・余計なこといわなきゃよかった。
ものすごいこっ恥かしい。
と、いきなり暖かな感触を感じ、目の前が真っ暗になる。
「だ〜れだ?」
この声と、そして・・・せ、背中にあたるこ、この感触は・・・あわわわわわ・・・。
「どうしたんすか〜?」
「た、タヌキっ子だよね」
「チエですよ、ちーえ」
「ちなみに私はミチル」
「あんたはいいんだって」
よ、ようやく放れてくれた。
「ちゃる、よっち〜」
「こーのみ〜。なになに、先輩とデート?」
「このみ、大人だ」
「え、えへ〜」
それはどっちのことで照れてるんだ?
「あ、先輩たちもアイスを食べにきたんスね」
「え?ああ、まぁ」
「ゴチになりやス」
「なりやす」
「ちょっと待て、いつ俺がおごるって言ったんだよ」
「やだな〜」
おばさんみたいに手首を振って俺の隣へと座る。
「かわいい後輩のためにアイスをおごってあげるのが先輩としての役割じゃないすか〜?」
片腕を胸元へと引き寄せ・・・・・・あわわわ、あわわわわわわ、そ、それは反則・・・。
「・・・どこにかわいい後輩がいるかわからない」
「ぬわんだって〜!」
「別に」
「きーーー!」
今度は俺のことをほっぽりだし、キツネっ子のほうに向かっていく。
た、助かった・・・。
「何事もなかった風になんかさせないわよ〜、今日こそ決着をつける!」
「・・・上等だ。望むところだ」
「ほあた〜」
「・・・そんな動き、見切った」
「ちゃ、ちゃる〜、よっち〜」
はぁ・・・まったく、おごればいいんだろ、おごれば。
やっぱり押し付けられるタイプなのかな?
ってか何かに取り付かれてるんじゃないのか?
「えっと、今日はナスときゅうりが安いんであります、っと」
バサバサバサ。
「おわっ!だからって両方ともに5袋も買うことはないだろ」
「大丈夫だよ〜。食事の量も五人になったんだからこれくらい一日でなくなってしまうでありますよ」
一日って・・・この量をどうやって一日で食うんだ?
「831(野菜)食べ食べジンギスカーン♪710(納豆)食べ食べジンギスカーン♪」
お決まりの歌を歌いながらカートの籠は山積になっていく。
・・・今月の生活費、切り詰めないと食費にまわせなくなりそうだな。
はぁ・・・小遣いも減額かな・・・。
しっかし、このナスときゅうりって言う組み合わせは・・・。
『あ・・・た、タカ君。だ、駄目だよ・・・・・・』
『そう言ってるわりにはちゃんと反応してるじゃないか。ほらほら♪』
『ひゃうっ・・・。抜き差ししちゃだめぇ〜』
『ほーら、体は正直だろ〜♪』
『も、もう駄目・・・た、タカ君のが・・・タカ君のがほしいよ・・・』
『何がほしいのかな?』
『た、タカ君の意地悪〜』
『ふふ、冗談だって。それじゃ、いくぞ』
『タカ君・・・タカ君タカ君タカ君』
「タ〜カ〜く〜ん〜!」
「うおわっ?!」
このみの声で我に返る。
「どうしたの?ボーっとしちゃって。なんか心なしか鼻の下が伸びてた気もするけど」
「な、なんでもないし気のせいだろ。あ、あははははははは」
「?」
このみは『なんだろう?』とでも考えてるようでじっと俺のことを見つづけた。
ものすごくピンク色な妄想だったぞ、今のは。
我ながら暴走気味だぞ。
まぁ・・・ここんところ一人でやってないってこともあるんだろうけど。
でもまぁ、妄想だけならこんなことをできるけど・・・現実じゃ・・・うん・・・その、ね。
なんせ月に一度チャンスがあるのに未だにそのチャンスを物にできずにスルーしているんだからなぁ。
典型的なヘタレだな・・・俺。
「あれ?貴明くんにこのみちゃん?」
ふと後ろから声が聞こえる。
「あ、あかりさん。あかりさんもお買い物ですか?」
「うん、今晩のおかずを作るためにね」
「ちょうどこっちも晩飯の材料を買いに来たとこですよ」
「そうなんだ・・・でもすごい量。こんなにまとめ買いして大丈夫なの?」
「いや・・・それが・・・」
ちらっとこのみに視線を送る。
「これで今日と明日の分でありますよ〜」
「え゙?!こ、これで一日分?」
流石にこれで一日分と聞いたら普通は誰だってこんなことを言うだろうな。
「そうですけど。何か?」
「うん・・・こんなに一日じゃ食べられないし、余ったお野菜も悪くなっちゃうよ」
「ん〜、うちじゃこれくらいだったら今日と明日でなくなるんだけどな〜」
「あ、あはは。私、特殊なのかな?」
いや、これはこのみの家が普通じゃないだけで神岸さんは至って普通ですから安心してください。
う〜ん、久々に古池さんの家からいい匂いがする。
この匂いは味噌ラーメンか・・・。
いや、でもその割にはニンニクの匂いがちょっと弱い気がする。
やっぱり味噌ラーメンにはニンニクが入ってないとな。
それに付け合せの餃子といっしょに食べるのがまた格別にうまいんだろうなぁ・・・。
その代わりに食ったらちゃんと牛乳を飲まないと次の日に学校で何か言われるだろうし、おいおいこのみとキスもできない。
(まぁ、このみの場合ニンニク臭いからキスを嫌がるんじゃなくて自分抜きでラーメンやギョーザを食ったことの怒るんだろうけど)
ぐ〜〜〜〜。
食べものを思い浮かべてきたら小腹が空いてきた。
ついさっきに約三人分くらいの料理を食ったのがまるで遠い昔のようだ。
ううっ、こういう時は眠気に任せて腹の虫を抑えるためにとっとと眠るのが一番だ。
カチッ。
・・・・・・・・・・・・・・・。
なんかさっきとはまた違う匂いが・・・。
古池さん、味噌ラーメンとはまた別のを作ってるよ。
うわ〜、匂いからすると今度は塩ラーメンかよ。
くー、いつも食いたいわけじゃないのに何でこういうときばっかり腹の虫はラーメンを求めて鳴りつづけるんだよな〜。
カチッ。
だめだ、誘惑に勝てない。
確かキッチンにインスタント麺が残ってたよな。
夜食に塩ラーメンを作ろう。
一人のときと違うからみんなを起こさないようにそーーーっと。
ってあれ?リビングにまだあかりが点ってる。
だれか起きてるのかな?
そっと顔を覗かせてみるとソファーには浩之さんと神岸さんが持参しているノートPCに向かってなにやら格闘している様子だった。
「なにをしているんですか?」
「ん?ああ、ちょっとな。貴明もまだ起きてたのか?」
「ええ。ちょっと小腹が空いたから夜食でも食べようかと思って。何なら二人とも作りましょうか?」
「わり、そうしてもらえると助かるぜ。俺たちもちょうど小腹が空いてな」
「さっきあれだけ食べたのにね」
神岸さんはそう言うとお腹のあたりをちょっとつねって苦笑いを浮かべた。
それだけの量を食べたのは俺だけじゃないってことだ。
「それじゃ、二人分のも作りますね」
「あ、私も手伝おっか?」
「大丈夫ですよ。神岸さんも忙しそうですし、そっちを優先させてください」
「ありがとう。それじゃあ、その言葉に甘えてそうさせてもらうね」
「お任せを」
「あ、それと」
「はい?」
背後を向いた瞬間に声をかけられ、再び後ろを向く。
「前々から言おうと思ってたけど、貴明くんもこのみちゃんのように私のこと名前で呼んでもいいよ。私は全然気にしないから」
「了解しましたっ」
神岸さ・・・いやいや、あかりさん、そのことに気を配ってたんだな。
あんまり余計な気を使わせないようにしないと、二人とも大変そうだし。
まずは鍋に水を張って火にかけるもう一方でやかんにも水を入れて火にかける。
こっちのやかんは純粋にスープのために沸かす水。
で、こっちは麺をゆでるための水である。
麺のゆでる水とスープの水をいっしょにする人をたまに聞くけどそんなの言語道断。
インスタント麺にはインスタント麺なりにうまく食べるための方法があるのだ。
俺が知っているこの方法だって数ある中でのたった一つに過ぎないんだがそれが出来上がりの味に大きな影響を及ぼすのだ。
戸棚の中にしまってある丼を3つ取り出し、その中にインスタント麺の粉末スープをひらいてお湯で溶かし、
少々固ゆでくらいの麺を入れ、その上から熱湯を注いで下にたまっているスープとよくなじませる。
ここでのポイントは固ゆでってこと。
注ぐ熱湯でちょうどいい具合にやわらかくなるならそれがベスト。
ゆで過ぎるとスープの味より油分の多いお湯のほうを吸ってしまう。
あと麺をゆでるほうには卵なんかを入れておくとゆで卵も一緒にできて具が一品増えるからこれもおいしくさせる知恵の一つだ。
他には好みでハムや海苔なんかをトッピングで飾れば出来上がりだ。
うん、最近は夜食を作ってなかったけどやった感じではなかなかの出来栄えだ。
「はい、できましたよ」
「お、この匂いは塩ラーメンだな」
「ピンポーン。正解です」
「ねぇ浩之ちゃん。塩ラーメンって時々本当に食べたくなるときがあると思わない?」
「確かにな。あとドライカレーとかコンビーフとか」
「うんうん、いつもはそんなに食べたいと思わないのにね。すごく不思議だよね」
ふむ。どうやら俺と同じことを思っている人がここにも二人ほどいたらしい。
こういう事を聞くと妙に親近感が沸いてくるよなぁ。
「ふぅ・・・ごっそーさん」
「お粗末様でした」
ふうっ、やっぱり結構ボリュームはあるな。
毎日こんなの食べて寝たら確実に太りそうだな。
時間は・・・午前一時をまわったところか。
「さて、後もう一仕事だから頑張るか」
「そういえば何をやってるんです?」
横からPCをのぞいてみるとエディタにびっしりと記入されているコンピュータ言語にサインカーブみたいなグラフが映し出されていた。
以前珊瑚ちゃんが『自作ソフトやで〜』って紹介された時にディスプレイに写っていたものとよく似ている。
「今やってるのはマルチのソフトチェックさ」
「ソフトチェック?」
「マルチはすでにHMX-12のときの基盤やマルチ自身の性格は出来上がってるけど、
まだ完全にこっちのボディーや新しいソフトに適応したとは言いにくくてな。
マルチが試験試用をしている理由の一つでもあるし、チェックをして不具合が出たらそこを直さなきゃいけない。
それが俺たちがマルチにしてやれることの一つだからな」
「私にはちんぷんかんぷんだけどね」
そう言うとあかりさんは小さく『あはは』と笑った。
人がメイドロボにしてあげる、か。
本来は逆の立場に立つはずのことをあたかもそれが普通であるかのように振舞うのは言うのは簡単でも実際にやってみるとすごく難しい。
俺もイルファさんにはいろんな事をしてもらったし、世話にもなった。
その・・・秘め事とするような事も知っている仲でもあるし・・・。
でも俺がイルファさんにしてあげたことは一体どれだけのことがあるんだろうか?
メイドロボは見返りなんかを求めないのがあたりまえだし、人間もそれが普通だと思っている。
俺だって市販されているメイドロボに対してそう思っているのが現実だ。
だけどその世話をしてくれるという行動に心があればどうだろう。
少なくても俺はマルチやイルファさんが俺のために心をこめて一生懸命何かをやってくれたらそれに対してこっちからも何かをしたくなる。
きっと浩之さんとあかりさんもそうであろうから自分たちにできる彼女への御返しとして見つけたものがこのことなんだろう。
「よし、終わり。データ領域に不具合なし。ソフト、ハードともに正常機能。問題はない」
「よかったぁ〜」
「貴明。明日からマルチもいっしょの時間帯に登校することになってるから。その身辺でのこと、よろしく頼むぜ」
「え。あ、はい」
急なことについ声一つで答えてしまった。
「さて、うーーーん、寝るか〜」
大きく仰け反ると立ち上げているデータを保存し、PCをシャットダウンさせて、コンセントからプラグを引き抜いた。
「俺たちはもう寝るけど、あと電気とか頼むぜ。居候の俺たちが言うのは方違いだってのはわかってるけどな」
「いえ、気にしないでください」
「そか、じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、貴明くん」
二人が出て行くとリビングは急に寂しくなった。
腹もふくれたことで眠気も襲ってきたことだし、俺がここで何かするをこともない。
素直にベッドで横になるのが得策だろう。
パチッ。
リビングの照明を落とし、できるだけ音を立てないように二階へと上がっていく。
ベッドに横たわって目を閉じるとさっきのことがまた頭に浮かんできた。
俺には何ができるんだろうか?
すでにマルチは家の中をぴかぴかになるまで綺麗にしてくれた。
もちろんメイドロボであるからそうするのは当たり前だと言ってしまえばそれで終わりだけど一生懸命やってくれたんだからやっぱり何かやってあげたい。
・・・・・・・・・・・・・・・うーーーーん。
考えても何をしたらいいか思い浮かんでこない。
逆に考えてたら瞼が重くなってきた。
とりあえず、この事は保留にしておこう。
なかなかいい案は浮かんでこないなら流れでいい案が浮かぶのを待つのもまた一つの手だろうし。
そういうわけで、今日はもう寝よう。
おやすみ・・・。 |