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■Return■

「え…う、うそだろ」
エルルゥの言葉を聞いてここにいる"以前迷い込んだ時に世話になった面々"は絶句した。
久々に来たこの世界は統一され、トゥスクルが中心となった世の中となっていた。
それは支配とは違い、各地に自治を任せ、皆一緒に生きていこうとするためにした統一であり、いかにハクオロらしい考えであると思ったのだったが…
エルルゥに聞かされた言葉が―――
「―――ハクオロさんは…自分を…自分を戦いの根源として…自らを封印しました」
その時のエルルゥの目からは大粒の涙が溢れそうになっていた。


昼下がり―――
雨も降ったことで少し濡れた路地の隅。
そこには大きな絵画や壷、掛け軸などが飾られた結構大きく、店先に『五月雨堂』と立派な表札が書かれたアンティークショップがあった。
その店先には腰掛と時代を感じさせる小さなテーブルがおいてあり、そこは二人組とまだ若いのにどこか威厳のあるように見える男が腰掛けていた。
この店の店主である健太郎と久々にこの五月雨堂にやってきた宗一、皐月のペアだった。
「ねぇ、けんたろ」
「ん?どうした?スフィー」
「ハクオロやエルルゥたち、どうしてるかなぁ?」
五月雨堂の中からすっかりの看板娘として定着したピンク色の髪をした女性が宗一と皐月に茶を出しながらそう口にした。
スフィーである。
「そうだな、どうしてるだろうな?」
全員は感傷深そうに窓の外の青空を見上げた。
雨上がりで空気が澄んでいて、そこに太陽の光が降り注ぎ、明るい青空が広がっていた。
―――そういえばあの世界もこんなふうに青空が広がっていた。
そう…これは少し前にあった本当の話…
そこでは何もかもが自分たちの知らない世界。
そこであった不思議な人々たち。
そして…その世界へと自由に行き来ができる自分たち。
「久々に…行ってみないか?トゥスクルへ」
健太郎は皆に向かってそう言った。

以前、健太郎たちは自分たちが今すんでいる『この世界』やスフィーが住んでいた魔法の栄えた世界、グエンディーナとも『違う世界』へと飛ばされたことがある。
それはもともとは店の奥にあった妙な古文書をスフィーが引っ張り出してきてそれを開いたのがそのことのはじまりだった。。
それ開いたとたんに古文書からは光が溢れ、次の瞬間には店の中にいた者たちは周りが草花に囲まれたどう見ても五月雨堂であるはずのない空間に立っていた。
そこはあたりは煙が立ちこめ、時折肉が焼けるような臭いも混じり、鉄同士がぶつかり合い、人の絶叫が聞こえてくる。
はじめはどこかに転送でもしたのかと思った。
しかし何かが違った。
目の前にはいくつもの死体転がっていて、しかもそれは人間であるようでいて人間ではなかった。
それすべてには猫のような耳や尻尾がついてからだ。
そのことでここが今自分たちが住む平和な世界とは違うことにすぐ気がつくことになった。
そしてもう一つ悟ったこと。
それははこの世界では自分たちも戦わなくては生きていけないことだった。
それはいくたびものエージェントとしての依頼を承ったことがある宗一には直感的に感じた。
案の定、戦人と思われる部族たちはまだこの世界に来て間もない彼らにも向かってきた。戦いの経験がある宗一や皐月、魔法を使えるスフィーに対して健太郎は腕に自信はあるもののさすがに武装した連中を相手にするには無理がありすぎた。
仕方無しに応戦しながらも後退し、少しずつその戦の場から離れようと勤めた。
が、それにも無理はあった。
「ちっ、きりが無いぜ」
「だめ、こっちも弾切れ」
倒しても倒してもどんどん新しい軍勢がやってくる。
「おい、スフィー。無理をするな」
「だ、大丈夫だよ、けんた…ろ…」
すでに小さくなるまでに突発的に魔法を使い過ぎたスフィーはその場に倒れてしまった。
「スフィー!」
健太郎はすぐに倒れたスフィーを背中に背負う。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、だが…さすがにこれ以上増えると…くっ、さすがにやばいぜ」
四人をいっぺんに相手にしながら突破口を作ろうとしている宗一ではあったがそんな健闘もむなしく、あたりは戦人で囲まれ少しずつその陣を狭められていった。
「くそっ!」
宗一はさらに多くの人数と相手をせざるおえなかった。
『苦労させやがって!』
戦人の振り下ろした刀は宗一の足を切り裂いた。
「うっ!」
幸い切られる前に足を引っ込めたので傷は浅く、致命傷にはなっていなかったがこれでは立つ事もできない。
『覚悟ぉ!』
「宗一!」
「くうっ」
あわててもう片方の足で後ろに飛びのいて再びきた太刀筋をかわした。
が、それでもその攻撃をかわしただけであって危機的な状況を回避できたというわけではなかった。
そして…もはや全員に戦う術はなにも無かった。
―――もう、だめなのか。
皆の心にそう思った時、
「往け!」
後ろの方から大きくそう叫ぶ声が聞こえた。
すると今まで周りを囲っていた戦人がいとも簡単に宙を浮き、絶叫が聞こえ渡り、いくつもの肉片に分かれる体、引きちぎられる肉片が目に映る。
それはまさに地獄絵図というのにふさわしいような状態だった。
「う…ああっ…」
「皐月、見るな!」
宗一はあわてて皐月を自分の胸元に引き寄せ、それを見せないようにした。
いくら皐月もエージェントとしての経験を積んだといえ、人がこんなひどい死に方をするのは見せられなかった。
『う、うわぁぁぁ』
『た、助けてくれーーー!!!』
あたりを囲んでいた戦人は宗一たちの首をとる事などすっかり忘れて逃げ出した。
が、依然と抵抗するものもいた。
『くそ、こうなったらお前たちの首だけでも!』
一人の大男が宗一たちの前に立ちはだかり、太刀を力一杯に振り下ろした。
しかしその太刀もガキーンという激しい金属音を立ててその間に入った女に受け止められた。
「あら、動けないものたちを殺そうとするなんて趣味が悪いですわね」
『そ、そんな馬鹿な』
その女は力一杯に振り下ろされたはずの太刀をいとも簡単に受け止め、それををはじき返すと今度は女が持っている巨大な太刀が男に振り下ろされた。
『ふ、ふん。そんなもので』
とっさに同じように受け止めようとしたが、
「甘いですわね」
女が微笑をうかべてそのまま振り下ろすと男の太刀は抵抗無く切断され、男もろとも真っ二つに割れてしまった。
"ごとり"と音を立てて地面に倒れた二つの肉片からは赤い水溜りを成していった。
「大丈夫だったかしら?」
女は四人を眺めてそう言った。
「あ…」
宗一はそのとき、自分たちが助けられたのを初めて知った。
「す、すまない。助かった」
ナスティボーイと呼ばれる自分がここまで動揺するなんて俺もまだまだだな、と思いながらも宗一はとりあえず助けてもらったことに礼を言い、立ち上がろうとした。
「っ!」
が、足に激痛が走り、再びその場に座り込んでしまった。
(そういえば足をやられたのを忘れてた)
服の上から切られたその場所には一筋の線ができていて、その周りは赤く染まり、傷の浅さのわりに痛々しく見えた。。
「あら?大丈夫?」
「ああ、ちょっと足をやられただけだからな」
「それは大変ねぇ。エルルゥ、エルルゥ〜」
「あ、はい。どうしました?」
後方で他の者を手当てしている女性を手招きで誘き寄せ、傷口を指差した。
「ほら、この子」
「あ、怪我しちゃってますね。でもこれくらいなら…」
と、エルルゥと呼ばれた和服に近い格好をした女性は腰にある袋から薬草のようなものを取り出し、傷口を消毒すると手馴れた手つきでそこに包帯を巻いていく。
おそらく兵たちの看護士か何かをやっていてこういうことは日常茶飯事なのだろう。
「これで大丈夫です」
「あ、ありがとう」
薬草は傷口にしみてジンジンと痛みが伝わってくる。
ついその腕にもぎゅっと力が入る。
「そ、宗一…痛い」
「あ、わ、悪い」
宗一はすっかり皐月のことを抱いていたのを忘れていた。
その腕から放すと今度は健太郎とスフィーがどうなったか気になった。
「てんし、って、あれ?」
健太郎はその場でボーっとして表情をかえずにじっとしていた。
「て、店主?」
目の前で手を振ってみても全然反応がない。
どうやら気絶しているらしかった。
「そこの者たちは大丈夫だったか?」
「はい。少々怪我はしていたものの命に別状はありません」
エルルゥと呼ばれる女性の肩をぽん、とたたいて状況を聞き、その者は四人の元へやってきた。
「大丈夫だったか?」
それはエルルゥと呼ばれた女性と同じ和服姿に近い格好をし、その顔には般若のようにも見える少し風変わりな仮面を纏っていた。
「あ、あなたは?」
「私はハクオロ。このトゥスクルの皇だ」

いろいろな説明をしなければならなかった。
自分たちがどんな世界から来たのか、どんな方法でやってきたのか。
最初はハクオロも異世界の住人がやってきたなど信じられなかった。
しかし、耳や尻尾が他の者とは違う上、来ている着衣に皆が知らないような豊富な知識。
それを披露されればいくら信じられないことであろうとも認めざるおえなかった。

その後はハクオロたちは四人を客人として丁重に扱った。
あるときは城の中や國を案内させたり、学問のことについてベナウィという補佐の男からからも相談を受けたこともあったし、命を助けられたカルラという女の酒飲みに付き合わされたこともあった。
それにある時は塔に入って葉っぱも集めたこともあった。
…あの時はなぜか他の人物たちもたくさんいた気がしたのは謎だったが。
兎に角、ハクオロたちと四人はいつの間にかただの異世界からの客人から大切な友人へとなっていた。
しかし四人だって元の世界での生活があるからずっとこの世界にいるわけにはいかなかった。
幸いなことに古文書とセットで転送されるらしく、いつでも戻ることはできた。
だから四人は再開を約束してこの世界から再び元の世界へと戻ったのだった。
そうして戻った店では元の何もなかったような状態になっていた。
と、言うよりその世界へと行って何日もたったにもかかわらずにまったく時間が動いていなかったのだ。
だから最初は皆は夢だと思った。
だけどそれはすぐに否定された。
いくらなんでも全員が同じ夢を見て同じ体験をしたはずのことなんかいくらなんでも夢にしては都合がよすぎるからだ。
だからこれは現実であったと受け止めた。
異世界へと転送するための古文書。
それは再び店の奥におかれることとなった。
それが次に使われるまで―――


店には『臨時休業』と、札をかけ、店内であのときのように再び古文書を開いた。
するとあたりがまばゆい光に包まれ、まわりはあのときのように緑が広がる草原に四人は立っていた。
「少なくても今度は近場で戦が起こっているわけじゃないみたいだな」
健太郎は足元の古文書を拾って再び降り立った緑の原っぱを一度ぐるりと見回してそうつぶやいた。
「ここはまたトゥスクル領なのかな?」
「さぁ?それは俺にもわからないさ」
何しろ回りは同じような草原や森が広がっている。
前回の時とは場所も違うようではあったし。
「とりあえず町を見つけられれば何とか…」
と、健太郎が言いかけたとき、遠くのほうで
「グォォォォォォン」
という身もよだつような獣の鳴き声が聞こえた。
「きゃあっ!」
「な、なんだ?!」
その獣の声はだんだん大きくなってこちらに向かってきていた。
叢の奥深くではガサガサと音が聞こえる。
「健太郎さん、来ますよ」
「あ、ああ」
前回とはうって変わって全員は万全の装備を施して来た。
やはり前回が前回であったから当然である。
不意に手前の叢がゆれ、黒い大きな影がそこから飛び出した。
四人は構え、応戦の準備をした。
が、そのとき。
「こらーーーー!!!」
と、以前も聞いたことがあるようなことのあるような女の声が少し遅れて叢の向こうから聞こえてきた。
「あれ?」
と、それに一番最初に気がついたのはスフィーだった。
よくよく見たら獣の上にはもう一つ小さな影があったのだった。
次第に皆もそれが何かわかりかけてきたようだった。
「ねぇ、けんたろ。あれって…」
「ああ…多分…」
言い終わる前に叢からは再び新たな影が飛び出した。
「こらー、アルルゥ!つまみ食いはダメって言ってるでしょー!」
「うーーー」
その小柄な体で大きな獣、いや、ムックルとアルルゥを追うエルルゥの姿がはっきりと現れた。
「「「「エルルゥ」」」」
「え?」
不意に自分の名前を呼ばれてエルルゥは立ち止まった。
はじめはきょとんとしていたがだんだん自分が見ているものと記憶が一致してくると少しずつ顔が笑顔へと変わっていった。
「健太郎さんに宗一さん。それに皐月さんに…ええっと…」
エルルゥはスフィーのほうをちらっと見ると考え込んでしまった。
「エルルゥ。この人はスフィーさんだよ」
宗一がそう説明すると健太郎は大人になったスフィーの頭にぽんっと手をのせた。
「ええ?!スフィーさんってもっと小さくなかったですか?!」
「ああ〜、あの時は魔力がなくなって小さくなってたからね」
スフィーはそれがまるで当然であるかのようにしれっと説明した。
「でも皆さんまたきてくれたんですね」
「ああ。で、ちょっとトゥスクルに行きたくてもちょっとわからなくてさ…悪いけど道案内お願いできるかな」
「はい、喜んで」
エルルゥはそういうと元来た叢のほうへと足を向けた。
「ところでエルルゥはどうしてこんなところにいたの?」
「あ…そうでした。皆さん、ちょっと待っててくださいね」
と、言うとエルルゥは木の陰からこちらの様子を伺っているアルルゥ(+ムックル)に向かって走っていった。
「アルルゥーーー!」
「うーーーー」
「はは…これじゃ何時になったら城にいけるんだか…」
木の周りでいたちごっこをする二人を見て宗一はそうつぶやいた。

こうして四人は再びこの世界にやってきてそしてハクオロがもうこの世界にはいないことを知った。
「この玉座にハクオロはもう座ることはないんだろうかな」
「けんたろ」
スフィーが健太郎のわき腹を肘で突っつきエルルゥの方に目を向けた。
「あ…ごめん」
「いいえ、大丈夫です。でも…ハクオロさんがいないと國の行政がうまくいかなくて…
 今はベナウィさんと私で何とか支えてられるんですが、これ以上となると…」
エルルゥは小さくため息をついた。
「ハクオロが…生きていれば…」
「そのことに関してなんですが」
「うわあ!」
いきなり後ろに現れた人影に宗一はびっくりして一歩前に足を出した。
「チキナロさん」
宗一の後ろに現れたのはトウスクル建国のころから付き合いがある行商人チキナロであった。
「ハクオロ様の情報が入ったんでちょっとよらせていただきましたよ」
「チキナロさん、それ、どういうことですか!」
「それがここからずっと北側の地で新たな先進文明の跡らしき場所が見つかったわけでして。
 驚くことにそこの壁に今回起こったことが書いてあったらしいんですよ、ハイ」
「昔の人物が未来のことを予言した、ってことか?」
「そんなことが本当にありえるのか?」
「ないとは言い切れないよ。私だって魔法の力で少しくらいなら未来のことを見ることができるし」
「それで、その壁画にはハクオロさんのことがなんて」
「それに関してはわかりませんよ。私はその話を聞いただけですから、ハイ」
「そうですか…」
「それでは私は次の商いがあるのでこれで失礼致します、ハイ」
そう言うとチキナロはあっという間に玉座からいなくいなっていた。
「で、どうするんだエルルゥ?」
「決まってますよ」
エルルゥは立ち上がると玉座から飛び出た。
「お、おいエルルゥ」
と、その後を追おうとした宗一を皐月は止めた。
「私たちが今やることは別にあるでしょ、宗一」

「ハクオロさんのことが、ちょっとでもわかるならば」
部屋に戻ったエルルゥは急いで旅支度の準備をしていた。
「おね〜ちゃん、何してるの?」
と、突如アルルゥが後ろの扉を開けてこちらを見ていた。
「私は今からちょっとお出かけしなきゃならないの」
「アルルゥも行く〜」
「ダメよ、アルルゥ。あなたはここでお留守番していて」
「む〜〜〜、やだ〜〜〜」
手足をバタつかせてアルルゥは駄々をこねた。
(ふう、困ったわ。でもこういうときは…)
と、エルルゥは引き出しを開けてその中にある蜂の巣を取り出した。
以前、アルルゥが駄々をこねた時用に一つ用意しておいていたのだ。
「これあげるから、だからわがまま言わないでお留守番しててちょうだい」
「………ん」
アルルゥはその蜂の巣をエルルゥの手から奪うと部屋から出て行った。

そして夜。
皆も寝静まり、近衛の兵たちも少々うとうとと浅い眠りに入りかけているころ。
城門から一つの明かりが出てきてそのまま城から遠ざかっていく。
と、その明かりは途中で止まり、光で照らされたエルルゥは今一度城のほうを振り返った。
「ベナウィさん、もしものときはアルルゥとこの國をよろしくお願いします」
一度大きく頭を下げるとエルルゥは再び歩き出した。
「一人で行こうなんて水臭いじゃないか」
「そうそう、それに一人じゃ危ないよ」
「!?」
横道から二つの影、
「宗一さんに皐月さん…」
「だけじゃないよ」
と、今度は道の前から健太郎とスフィー。
「ハクオロに会いたいのはエルルゥだけじゃないよ」
「そうそう、私たちだって会いたいんだから」
「でも、ハクオロさんに会えるかなんてわからないんですよ」
「だからって会えないかもわからないぜ」
「でももしかしたら禍日神(ヌグィソムカミ)が幾体も出てくるかもしれないんですよ」
「ならなおさら一人では行かせられないよ」
「それに、もうこれも借りちまったしな」
健太郎が後ろを向くとすでに多人数が乗り込める馬車が用意されていた。
「みなさん…」
「そういうこと」
「そういうわけで俺たちもついていくぜ。拒否したって無理矢理ついていくからな」
「…ありがとう、ございます」
エルルゥの目は暗闇でよく見えないが確かに少し潤んでいるように見えた。
「さあ、早く乗りなよ。じゃなきゃあっという間に朝になっちまうぜ」
「うわ、ちょっと待ってよ〜」
「それじゃ、しゅぱーつ」
スフィーの元気な声を合図に馬車はゆっくりと進み始めた。

トゥスクルを出発してすでに三日の月日が流れた。
以前馬車は止まることなくゆっくりと北上を続け、目的の遺跡には着々と足を進めていた。
「さすがシェフ皐月、料理の腕だけは超一流だな」
「"だけ"は、じゃないでしょ、もう」
「でも皐月さんのお料理はびっくりするほど上手ですね。あたりで集めた野草でこれだけの料理が作れるんですから」
「そんなことないよ。一昨日のがいい例だったし、ね」
そこでみんなの手が一斉に止まる。
それほど一昨日のものがものすごい結果になっていたことを象徴付けているのであろう。
「ま、まぁ今がいいんだからそれでいいじゃないか」
「そ、そうだよ〜。皐月の料理はほんとにおいしいよ」
「うん、ありがと、二人とも」
「さ、アルルゥもいっぱい食べないと体が持たないわよ」
「ん」
そういってエルルゥは皿にもう一杯野草で作られたスープをよそった。

と、言うより何故ここにアルルゥがいるのか。
それは昨日のこと―――
「あ、アルルゥ?」
「ふわぁ、追いかけてきちゃったんだ」
ムックルの背中にアルルゥとガチャタラも同伴で結局のところついてきてしまっていたのだった。
「おねえちゃんだけおとーさんにあうなんてずるい」
「わ、私はそんな…それにハクオロさんに会えるかだって…」
「おとーさんに会えるならついてく」
「あ、アルルゥ」
「ついてく」
そうして強引に馬車に乗り込んでこんなふうになってしまった。

昼食をとり終わり、さらに一時ほど馬車で進むとようやくその目的地となるべく遺跡の入り口が見えてきた。
「お、あそこだな…ん?!」
「クルッ、クルル!!」
異変に気がついたガチャタラはアルルゥの周りでごそごそと動き出した。
「ちょっとまて、何かがおかしいぞ」
と、遺跡の入り口付近で煙が上がっていた。
「!?、血の臭い」
「どうどうどう!」
健太郎は馬車を止めさせると全員を馬車から降りさせ、入り口の方向をよく観察した。
「………どうだ?」
「何かがいる、大きな怪物、二つの長い…これは角か?それに尻尾。そして鎧を纏ったような体」
「!!」
「これは…うかつに近づかないほうがいいかもしれない。奴は炎も噴くみたいだ」
「そんなのあたしたちだけで勝てるの?!」
「おそらく厳しいな。しばらく様子を見て立ち去るようならそれから…」
「ん、おとーさん」
と、いきなりアルルゥはムックルに騎乗してその怪物のほうに向かっていった。
「あ、アルルゥ!」
すかさずエルルゥもそのあとを追う。
「おい、二人とも!くっ、俺たちも行くぞ」
「でも、私たちが出てっても」
「二人を見殺しにはできないだろ!」
「そ、そうだよね。うん、行こう!」
決意を固めて四人も二人のあとを追う。
徐々に近づいていくとその周りには多くの人の屍が転がっており、そのほとんどは原型すらもないものがほとんどであった。
そんな中、未だにその怪物と4,5人が戦っている。
「くっ、聖上は某達のことがわからないのか」
「わかっていたらこんな風に攻撃してこないと思いますわよ」
その中には以前世話になった顔が二つ。
カルラとトウカだ。
「グォォォォォォーーーー……」
身も震えるようなおたけびをあげると怪物はそのグループたちに向かい火を噴く。
当然カルラとトウカはあっさりと避けるが後ろの者たちは今ので足がすくみ、動けずに次の瞬間にはその場に何も残っていなかった。
「カルラさん、トウカさん」
「えっ…エルルゥ殿!何故こんなところに」
「それより、この状態は一体」
「わかりませんわ。ちょうど旅の途中でここを通ったらこの有様」
「某達が説得してみるもののまったく話がわからない、ようで!」
怪物から振り下ろされた巨大な腕をすかさずかわし、その腕に刀を抜く。
すると腕には大きな傷が入り、そこからは大量の血がふきだしてくる。
「「グォォォォォォォォ」」
痛みを感じるのか灰色の空に向かって再びおたけびをあげる。
そうしてもう片方の腕を振り上げた。
その角度から見て今度はエルルゥを狙っている。
「おねーちゃん」
「アルルゥ!」
振り下ろされた場所にはすでにエルルゥはいない。
すんでのところでアルルゥの後ろに乗ったのだった。
今度は後ろに回り込もうとするムックルたちを相手をするために怪物は向きを変えようとする。
すると今度は銃声が聞こえ、その胸のあたりにはいくつかの穴が開く。
二人の後を追って来た宗一の特製カスタムされたwaltherと皐月の愛銃M36(チーフスペシャル)が火を噴いたのだ。
怪物の体は硬いので致命傷を与えるほどの威力はないがけん制させることくらいはできる。
その後ろではスフィーが呪文の詠唱をし、健太郎がそれをサポートしている。
「でぇぇぇぇい!」
怪物が四人に気を取られていると今度は後ろからトウカが切りつけ、それに続きカルラもその特製の太刀を振り下ろす。
ボト、という音が聞こえ、片手が地面へと落ち、その上からは大量の血が滴り落ちてくる。
「ハクオロさん!!」
思わずエルルゥは叫んでしまう。
「ええーーーい」
スフィーの詠唱が終わり、両手が前に差し出されると巨大な火球が怪物へと向かってとび、全身を火達磨にする。
「グオオオオオォォォォォォ……」
やがてその怪物は光になって少しずつ空へと消えていく。
「ううっ、ハクオロさん」
自然とエルルゥの目からは涙が溢れ出してくる。
「大丈夫よ、エルルゥ。いえ、これで終わったと思ったら大間違えよ」
「えっ?」
光がすべて消えるとあたりには静けさが戻った。
「大丈夫かー!みんな」
「助かったわ、ありがとう」
「あ、カルラにトウカだ」
「久しぶりね、スフィー。でも今はこんなことをしている暇はありませんわよ」
「どういうことだ」
と、後ろからずーん、ずーんと地鳴りが聞こえてくる。
「な、何?!」
「おい、あれを」
健太郎が指差したのは今倒したはずの怪物。
「え、あ、ハクオロさんが…」
「あれはおそらく聖上じゃありませぬ。あまりにも手ごたえがなさすぎます」
「それにさっきので十五体目。倒しても倒してもあんな風に復活して出てきますのよ」
混乱しているエルルゥにそう説明するカルラとトウカ。
「おい、そんなんじゃ相手をしててもきりがないぞ。ひとまず退散をこめて洞窟の中へ」
「そうですわね。あんまりなめているとこっちが痛い目にあいますわね」
「さ、エルルゥ殿にアルルゥも」
「あ、大丈夫です」
「ん」
パーティー全員はそうして真っ暗な洞窟の中に入っていった。

真っ暗だ…
目の前も、後ろも、足元も真上も、どこを見回しても真っ暗だ…
一体あれからどれくらいの間、この暗闇の中を漂流しているのだろうか?
わからない…
時間の感覚がすでに起動しなくなり、もう何十年もここにいる気がする。
一度だけ、光が見えた気がしたがそれも一瞬。
そちらに向かって歩いていっても何もない。
やがて歩きつかれ、その場に足を着いたら立ち上がることもできなかった。
このままここで朽ちていくのを待つだけなのだろうか…
ふっ…そうだろうな。
いや、そのほうが都合がいい。
なぜならそれを望んだのは紛れもなく自分だったのだから。
…ただ、心残りはある。
みんなは…みんなは今も元気でいるのだろうか?
アルルゥ…蜂の巣を取るのに失敗して怪我していないだろうか…
オボロ…妹を思うあまりに無茶をしていないか…
カルラ…あまり飲みすぎて毎日二日酔い状態ではないだろうか…
ウルトリィ…赤子を失った悲しみでつらくはないだろうか…
カミュ…毎日毎日遊んでばかりで怒られてばかりいないか…
トウカ…自らの責任と感じ、また死のうとしていないだろうな…
ベナウィ…政に追われて体を壊していないだろうか…
……そしてエルルゥ…
すまなかった…本気で愛することができなくて…

ああ…意識が遠のいていく…
『ハクオロさん』
これで…もう目が覚める事はないだろう…
『『ハクオロさん』』
瞼が…重くなって……
「ハクオロさん!!いなくなったら…いなくなったらだめです!!」
(…?…声?)
誰の声だっただろうか?
わからない。
さっきまでわかっていたはずなのに…
どうしてだろうか…
「目を覚ましてください!ハクオロさん!!」
すごく懐かしい感じ…
暖かく、包まれるような感覚…
そうだ…腕に包まれる感触というのはこんなものだったのか…
「ダメですよ…私、私…ずっと待っているんですから…だから…目を開けてください」
君は…君は一体誰なんだ…
私をこんなにまでに待ってくれている君は…
『ハク…オロ…さ……ん』
暖かさがだんだん消えていく…
次第に体を包み込んでいるやわらかさも消えていく…
ああ…そうか…時間がないんだな…
『私……ずっ…と…ず…っ…と待っ…てま…すか…ら』
ぽとり…
冷たい滴が頬に落ちた。
これは―――涙。
「………えるる…ぅ」
そうか…これは…エルルゥだったんだな。
瞼を再び開けても目の前にはエルルゥはいなかった。
幻だったのだろうか…
「あ…」
いや…幻なんかではない!
ずっと…ずっと待っていてくれるのであれば…
「まだ、私は眠りにつくことはできなそうだ」
暗闇の中、再び立ち上がり、どこに何があるかもわからない場所を再びさまよい始めた。
でも…今までとは違ってもう迷ったりしない。
頬の冷たい滴がわかる限り、ずっと…


「エルルゥ、エルルゥ」
「ん…あ…」
瞼を開けると焚き火の周りには皆が輪を作り、眠りをとっていた。
「すみません、眠っちゃったみたいで」
「いいよいいよ、あたしの警備時間だったしね」
「そろそろ交代ですか?」
「うん、そうしてもらえるとうれしいかも」
皐月は小さなあくびをすると洞窟を背にして眠っている宗一の隣に座った。
「それじゃあ後は私が」
「うん、それじゃ…お願い…ね」
答えるとすぐに眠りに入ってしまった。
よっぽど疲れていたのだろう。
無理もない。
洞窟に入ったはいいが中も禍日神がどんどん出てきて先ほどやっとひと段落が着き、こうして眠ることができたのだから。
「ふぅ…」
皆が眠っているのを見ると先ほどの不思議な夢を思い出した。
ハクオロに会いながらもずっと眠っていて声も届いていないのかと思った。
でも最後にたった一言『エルルゥ』と名前を呼んでくれた。
「ハクオロさん…」
何もない洞窟の天井を眺めてみる。
火の明かりでぼうっと照らされた天井は鍾乳石の先がきらきらとひかり、まるでそれ自体が光を放っているかのように輝いていた。
「あの光が…ハクオロさんを私たちに導いてくれればな…」
膝元で眠るアルルゥの頭を撫でながらふとそう思う。
アルルゥは時折寝返りを打って寝言で『おとうさん』とつぶやいた。


あの夢。
変に現実感があって未だにあのときの感触を手がはっきりと覚えている。
まるで夢じゃなくて本当にあったことのように。
目を閉じてしまいそうなハクオロさんを私が必死になってつなぎとめようとした。
もちろんそんなものでつなぎとめられるわけがない。
本来、人の命はそんなものなのだ。
あのときだって…そうだった。
本気で思いっきり泣いた。
生きてて欲しかった。
まだ生きて、最後はゆっくりと安らかに眠ってほしかった。
それまでの間、もっといろんなことを教えてほしかった。
私の好きになった男の人の話もしたかった。
しかしそれもかなわぬ夢。
いくら祈っても…いくら心配しても…いくら相手を想ったってそれでつなぎとめることなんてできやしない。
だけど、今回の夢はどうしてもつなぎとめられたんだと信じたかった。
だって…だって最後に目を覚ます時に確かに名前で呼んでくれた。
だから…今もハクオロさんはどこかで生きているんだと信じたい。
これは勝手な考えなのかもしれない。
それでもいい。
自己満足だでもいい。
それが希望になるんだったら…私はずっとそうしていたい。


休んだ場所からしばらく歩くと巨大な大広間に出た。
が、そこから先には扉もなく、周りは壁ばかりで入ってきた場所からヒューヒューと風の音が聞こえるばかりだった。
足元には先進文明の成れの果てがあちこちに散乱していてその中には人と思われる骸骨も混じっていた。
「ひでえな」
宗一はその骸骨を手でつかんで拾い上げようとした。
が、すでにボロボロに風化していて、持ち上げると音もなく粉と化してしまった。
また、壁や天井などからは時折土埃が振ってきたりといつ崩れてもおかしくはない状態だった。
「ねぇ、けんたろ、これ何かな?」
と、スフィーが壁にあるものを見つけ、指差していた。
「これは…文字、だよな」
よく見てみると文字は風化しつつも確かに壁に刻まれていた。
「ちょっとすみません、えっと…」
エルルゥはその文字を見てみた。
「…だめです。私には読めません」
「エルルゥたちが読めないんじゃな。俺たちには無理か」
「・・・え?ちょっと待って、俺、読める」
「え?」
健太郎はも文字をじっと覗き込んでみる。
「これ・・・日本語じゃないよな」
不思議に思いながらもそこに刻まれた文面を読んでってみる。
「その禍日神、最後は一体となりて再びこの世に災いが起こらぬようにと、その身を自ら封じる」
「それは、某たちと聖上の最後の戦いのことですね」
「それじゃ、やっぱりここはすべてのことが書かれた場所なんですね」
エルルゥは少なからず情報が入るかもしれないということに喜んだ。
「でも、なんで俺には日本語に?」
「けんたろ、ちょっとまって、魔力の波動を感じるよ」
「魔力?」
「うん、強い魔力を感じる。けんたろ持ってるものから魔力が発せられてるみたい」
「持ってるもの・・・」
健太郎は背負ったバッグを下ろし、中を確認しだした。
「古文書が・・・光ってる」
バッグの中ではこの世界に来るための古文書が強い光を発し続けていた。
「これから魔力を感じたんだね」
「うん、こんなに魔力が強いもの、なかなか五月雨堂でも見たことが無いよ」
「とにかく、このおかげでこの文字が俺に読めるようになってると」
「うん、そう思ったほうが正しいと思うよ」
「おの、健太郎さん。それならば続きをお願いします」
エルルゥは健太郎の袖を握ってそう言った。
「ちょっとまって…ええっと…」
健太郎は再びバッグを背負ってその文字を解読し始めた。
"禍日神、体を再び二つに分けるが、以前のようにうまくいかず、途中で断念。
理由は要らぬプログラムが迷い込み、その部分の分化が思うようにうまくいかなかったため。
故。削除を試みるが失敗。
禍日神、要らぬプログラムを完全に切り離すことで分化活動を再開。
禍日神、その体を二つに分け、一つを地上へと戻す"
「禍日神。あの怪物のことか?」
「おそらくそうでしょう。以前、某たちが最後に聖上を見た姿があの禍日神の姿でしたから」
「それで、その後はいったいどうなると」
「いや、それが…」
健太郎はその下を指差した。
岩や鉄くずが散乱しており、よりいっそう風化がひどくとてもじゃないがその文面は読めるものではなかった。
「そんな…」
「ただ、これではっきりしたことは二つある」
「一つはあの怪物は以前のハクオロとは違う、ってことね」
「ああ、そうだ。この文面の通りならばあれはハクオロの心が抜けた心を持たない怪物、ということだ。
 そして二つ目はまだハクオロの心、あるいはハクオロ自身が生きている可能性があるってことだ」
「え…?そ、それは一体」
「その文章によれば要らぬプログラム、とあるけどそれは可能性的にはハクオロ自身かもしれない。
 それが削除されたわけじゃなくて切り離された、とあるからもしかしたら…」
「ハクオロさんは生きている、と」
「ああ。ただし、ハクオロが切り離されたのならそれはどこにいるのかもわからないし、そのプログラムもハクオロじゃない可能性だって十分にある」
「あ…」
エルルゥはしゅんとなって萎縮してしまった。
(ハクオロさん・・・)
『エルルゥ・・・』
「え?!」
エルルゥは周りを見回した。
確かに今ハクオロの声が聞こえた気がしたのだ。
『エルルゥ・・・どこだ・・・』
「ハクオロ・・・さん?」
声は確かに聞こえている。
そちらを向いても壁しか見えない。
でもエルルゥにはしっかりと何度も自分のことを呼ぶ声が聞こえていたのだ。
「・・・エルルゥ?」
壁の方向へと向かっていくエルルゥのことに皐月は気がついた。
「ハクオロさん・・・」
「ちょ、ちょっとエルルゥ」
エルルゥはまっすぐ壁の方へと歩いていく。
「エルルゥ、どうしたんだ」
「エルルゥ!」
だがエルルゥにはすでにみんなの声は聞こえていなかった。
そうしてそのまま壁へとエルルゥは到達するとその壁に吸い込まれるように通り抜けていった。
「な?!」
「ええっ?!どういうこと?」
「エルルゥ!」
一斉にみんなはその壁に寄って同じように進んだ。
が、エルルゥのように通り抜ける事ができない。
「どういうことだ?!」
「わ、わからないよ。魔力の波長も無いし、全然感じないし」
と、そこで立ち往生していると天井からパラパラと土埃が降ってきた。
「ん・・・?」
その土埃に宗一が気づいたとたん、地面が激しくゆれ、天井が崩れ始めた。
「じ、地震?!」
「まずい、早く洞窟から出るんだ!」
「で、でもエルルゥが」
「このままじゃ俺たちまで死ぬぞ!」
と、逃げ道である一本道が岩に埋まってしまった。
「くっ、このままじゃ・・・」
「みんな、私につかまって!」
スフィーはそう言うと呪文を唱え始めた。
「えい!」
呪文を唱え終わるとみんなのまわりを光が包み、その場から消えた。


一体どれくらい歩いたのだろうか。
いくら歩けども歩けども先は見えない。
漆黒の闇の中、自分の姿だけが不気味にはっきりと見える。
まるで自分が暗い宇宙の中で宛もない旅を続けるひとつの小惑星のようである。
周りの風景が変わるでもなく、時折無駄な徒労を繰り返している感覚に襲われてくる。
おまけに不思議なことにずっと歩いているというのに腹が減らないし疲れもまったく感じない。
だから歩きつかれて生きているという感覚を感じるより精神的に滅入ってくる。
その代わりに希望の光も消えていない。
頬の一滴がある限り、あきらめるわけにいかないし自分がここにいるということを認識させるための活力になっている。
「エルルゥ・・・」


ここは・・・どこだろう?
気がついたときには洞窟じゃなかった。
真っ暗な暗闇。
だけど自分のことは見える不思議な空間。
肌に伝わる暖かな風や冷ややかな湿気に草のなびく音もまったく感じられない。
言うなれば限りなく無に近い空間。
それを追ってやまない者にとってはまさに理想といった空間でもあるが今はただ悲しいだけ。
壮大な絶望がたたずんでいるようにも感じる。
どうしてこんな空間にたどりついてしまったのだろうか。
瞳の焦点がはっきりしないのか一寸先でさえまったく見えない。
・・・ちがう、ここは何もないんだ。
だから見えなくてあたりまえ。
何もないから何も考えることはない。
何も考える必要もないんなら生きている必要もない。
生きている必要がないなら・・・どうして私はここで存在しているんだろう?
わからない・・・どうしてなんだろう?
どうして?
その感情はどうして湧いてくるのだろうか?
生きているから?
生きているから考える?
考えるから何かがある?
何かが・・・ある?
何があるんだろう?
・・・頭の中がもやもやする。
『何か』が頭の奥底で霧がかかったように白く隠れている。
それは・・・一体なに?
とても大事なもの。
わかるのはそれだけ。
とにかく私がここにやってきたのもこのためだった・・・気がする。
あれ・・・?
どうして何も思い出せないんだろう?


「エルルゥ・・・」
これで何度目になるだろうか?
もうこの言葉だけで動いているも同然だった。
行けども行けどもあるのは闇ばかり。
小さな光明の筋さえも見当たらない。


「・・・・・・・・・」
頭の霧が晴れないまま、私は歩き出し、どれくらいの時間がかかったのだろう。
どうして自分が歩き出したのかはわからない。
ただ何もせずにその場で考えていたくなかった。
理由はわからない。
けれどもひとつだけわかることがある。
頭の霧は『何か』を探していること。
じゃなければ私はどうしてあたりを見回しながら歩いているのだろう。
大切な『何か』はきっとここにある、そんな確信があったからかもしれない。
今となってはそんなこと考えても仕方がない。
とにかく私は何かを探しながら歩いている、ただそれだけのことだった。

時折後ろを振り返ってみる。
もちろんそんなことをしても見えるのは前と変わらない闇のみ。
たださっきと違って何かの気配がする。
それもこの気配はどこかで感じたことがあるような懐かしい気配だった。
「誰かいるのか?」
声をあげるが返事は返ってこない。


『誰かいるのか?』
すぐ横で声が聞こえた気がする。
思わずそちらを振り返ってみたが誰がいるわけどもない。
そこはただの闇。
「・・・・・・・・・ハクオロさん?」
無意識のうちにこの言葉が出ていた。
「・・・・・・・・・?」
ハクオロって・・・だれ?
頭痛がする。
このキーワードが頭の中にある霧を揺れ動かしている。
「ハクオロさん・・・ハクオロさん・・・」
何度も口に出して呪文のようにその言葉を繰り返してみる。
そのたびに締め付けられるような頭痛を感じる。
「いたっ・・・」
尋常じゃない・・・この痛みは。
思わず腰の巾着袋に入っている頭痛薬を取り出して口に放り込む。
しばらくすると薬が効きだしてきて痛みが引いてくる。
この薬は特別あつらえでハクオロさんが頭痛になったときでも効くように調合されている。
・・・・・・・・・あれ、どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう?
この薬はハクオロさんのために調合したもの・・・。
もう少し・・・もう少しで霧が晴れるというのに肝心な部分がわからない。
「ハクオロ・・・さん」


「やはり気のせいだったのか・・・」
内心、もしかしたらと思ったのだが・・・相当気がめいっているようだ。
こんなときにかぎってエルルゥの何気なくいれてくれたお茶がいかにありがたかったのかがよくわかる。
とにかくこんな感じでは何かとよくはない。
体の方は疲れていないがしばらくここで休んでみるか。
着物の裾を踏まないようにとあげてゆっくりと地に腰を下ろした。


しばらく考えてもやはり答えは浮かんでこなかった。
根つめばっかりでは何かとよくない。
少し・・・休んでからもう一回考えよう。
それに・・・よくわからないけどとても眠たい。
腰をおろした後、目をつぶってそのまままどろみの中へと落ちていく。


「・・・ん?」
背中に妙な感覚を覚えて思わず首を回してみる。
だれもいないはずではあるのに誰かに寄りかかられているような重みを感じる。
どういうことだ?
ためしに片手を誰かがいるのであれば肩のあたりになるであろう部分にそっと触れてみる。
そうすると確かにそこには何かがある感触がする。
温かさも感じる。
間違いなくそこには生物が存在している。
振り返って重みを胸にまかせ、触覚を頼りにその生物をたでまわしていってみる。


・・・なんだろう?
すごく温かみを感じる。
この感じは・・・そう、あのときみたいに・・・。
初めてハクオロさんと契りを結んだときに抱擁されたような体の温かさ。
そうか・・・ハクオロさんは・・・私のそばにいつもいたんですね。
ごめんなさい・・・いままで思い出せなくて・・・。


全身を触ってわかったのは人間のような生物であることだ。
また、胸のふくらみからおそらく女性であるということ。
本来は下腹部を触ってみればわかることなのだが・・・さすがに女性であると思われるならば触るのはいささか抵抗がある。
それと尻尾があり耳が普通と違って獣のような感じになっていること。
引っかかるのはこれがどうしても自分の中にあるエルルゥに重なって仕方がないことである。
いや、おそらく自分の中ではそれをエルルゥであると確信していた。
「エルルゥなのか?」
問い掛けてみるが返事は返ってこない。
「エルルゥ・・・怒っているのか?」
今一度、そう問い掛けて私は見えないエルルゥを後ろから抱きしめた。


目を覚ますと頭の中のうやむやは消えてすべてがわかっていた。
ハクオロさんは・・・すでに私のそばにいたんだって。
『エルルゥ・・・怒っているのか?』
後ろからそんな言葉が聞こえた後、私をやさしく包み込むような腕の感覚を感じた。
私はその腕にそっと手を添えて、
「怒ってなんかいませんよ・・・ハクオロさん」
と、答えた。


次の瞬間、二人が瞬きをしたかと思うと今まで見えなかった互いの姿がはっきりと映し出された。
「待たせてすまなかった。エルルゥ・・・」
「ハクオロさん・・・」
ハクオロのエルルゥを包み込む腕に無意識に力が入る。
「ハクオロさん・・・一度離してくれませんか」
「えっ・・・?」
「私・・・このままじゃハクオロさんの顔が見れませんよ」
「・・・そうだな、悪かった」
エルルゥは緩められた腕の中で後ろを振り返った。
そこにはあの面をつけてをいないものの、雰囲気や目元からそれがハクオロだということがすぐにわかった。
「ハクオロさん!」
エルルゥは胸元へと抱きつき、何度も何度も名前を連呼した。
「エルルゥ・・・」
その頭をやさしくハクオロはなで続けた。

しばらくそのままでいた後、二人は一度キスを交わした後に立ち上がった。
再開の喜びを交わす言葉はもうない。
いや、ないわけじゃではない。
すでに心で強く結び付けられ、言わなくてももうわかっているという感じだった。
「さて、問題はここからどうすればいいということだが」
「はい・・・。どうすればいいんでしょうか。今まで一筋の光さえも見えませんでしたし」
「ああ、こちらも同じだ。どうすれば・・・」
「・・・あれ?あの、ハクオロさん」
「ん?」
「あそこに見えるのは・・・光じゃないですか?」
「・・・ああ、確かに光だ!」
「行ってみましょう!」
「うむ」


転移魔法で洞窟の外に出た一行達はもう一度洞窟へと入るとの意見も出たが今は一度トゥスクルへと戻った方がいいとの意見にまとまり、
一同は國への帰路についていた。
馬車の中は終始沈痛な感じで誰一人として自ら話そうとするものはいなかった。
こんなときには食べる食事もあまりうまく感じられない。
もちろんそれはエルルゥがいなくなった代わりに皐月が食事を作ったからではない。
むしろ平常時に食べれば皐月の料理だってなかなかいける味ではあるのだがこんな状況じゃさすがに心からうまいと叫ぶことは難しい。
みんな元気が出ないのだ。
特に実の妹であるアルルゥは大好物の蜂の巣が途中で手に入ったというのにまったく食べる気配さえない。
「ヴォフー」
たまにムックルがアルルゥを慰めようと擦り寄ってきてもずっと上の空ですぐに去っていってしまう。
「どうしたものか」
「・・・・・・・・・」
ため息ばっかりだ。
本当によろしくない状況だ。

「みなさん・・・お帰りなさいませ」
戻ってきたときに一番最初に出迎えてくれたのは自分の足でしっかりと立ち、目をぱちりと見開いたユズハだった。
ユズハは少し前までは体が弱く、ずっと床に伏せていたのだがあの大封印以降、なぜだか体が軽くなったように
良好な状態へと向かっていき、今となってはみなと同じように物が見え、自らの足で立ち上がることもできるようになった。
「ベナウィ様がお待ちです。玉座へと向かってくださいませ」
「ああ・・・すまない」
「・・・?どうかなされたのですか?アルちゃんも元気なさそうですし」
「・・・・・・・・・」
おそらくその言葉は心配から出た言葉なのであろうが今のみんなにはその言葉が重くのしかかってくるだけのものになってしまった。

「・・・・・・・・・なるほど、そういう事になりましたか」
ひとまず玉座でこってりと絞られた後に行き先で起こった事柄を説明すると眉間にしわを寄せて何かを悩んでいるようだった。
「では聖上は生きている可能性が高いと」
「ああ、そうみたいなんだが・・・ただ」
「エルルゥも行方不明になってしまった、と」
「・・・おねーちゃん」
「ふむ・・・」
再び眉間にしわを寄せ、深く考えているようだ。
「とにかくご苦労でした。しばらくはゆっくり休まれた方がいいと思います」
「・・・そうですね」
健太郎は一言そういい残すと同行者の三人とともに玉座を出て行った。
「アルルゥ殿、大丈夫でありますよ。きっと聖上もエルルゥ殿も無事ですよ」
「・・・ん」

「・・・どうする?」
「どうするって言われても・・・ね」
状況が状況だ。
冗談も言えない。
「とりあえず。一回帰ろうか、俺たちの世界へ」

あたりを見回すといつもと変わらない骨董品の数々。
その魔力に満ち溢れた空間に4人は足を下ろしていた。
「・・・帰ってきたんだな」
「うん・・・」
どうも歯切れが悪い。
店じたいは向こうに行っているときはほとんど時間が経過していないので向こうでいた数日間ほどしかたっていないと言うのに
もうずいぶんと時間が流れてしまった感覚に襲われる。
「とりあえず、今日のところはこれで解散。また後日連絡するから、そのときにまた集まろう」
「そう・・・ですね」
「それじゃ、店主。古文書の方はよろしくお願いします」
「ああ、こっちで大事に保管しておくよ」
「どうも。さ、いこう」
「うん・・・」
皐月はまだ少ししょんぼりとした雰囲気で先に扉の向こうに進んだ宗一の後を追った。

「ただいま・・・」
「あ、お帰りなさい」
アパートに帰るといつものようにゆかりが二人のことを迎えてくれる。
「ずいぶん疲れてるね、二人とも」
「ああ・・・ちょっとね」
「?・・・あ、そうだ」
ゆかりは不思議そうに見ていたがふと思い出したように話を切り出してきた。
「七海ちゃんから電話があったよ」
「七海から?」
「うん、何でも急用だって言ってたけど・・・」
急用・・・
じじいがいる限りあの七海にとって急用が起こるということはよほどのこと・・・。
「悪い。帰ってきてすぐだけどちょっと行ってくる」

宗一は急いでもうひとつの『本住まい』へと走った。
そっちのほうが本来は豪勢でアパートに比べればずっといい物件のはずなのだが宗一は一行にそちらに住もうとしない。
かと言ってそっちをそのままにしておくだけでも維持費だけで莫大な金が消えていく。
だからそっちの方は賃貸に利用しているのだがその住人たちがものすごい人物たちばかりなのである。
勝手にセキュリティーシステムを改変したり管理人に無理を言いつけたりするのだ。
特にその住人の一人福原庄蔵は特に強気で宗一も手を焼いていたのだった。
だがあるミッションののち、本住まいの管理人が立田七海になってから福原は孫のように大事にしているのだ。
皮肉なことだがそれからというもの住人が文句を言うことなんかはなくなったし住人たち自身が七海を守ってくれる。
だからこそ余計心配だ。
「あいつら・・・大丈夫なのか」

「七海!」
「あ、そーいちさん」
「遅いぞ、小僧」
すでに部屋には福原と七海が宗一がくるのを首を長くして待っていた。
「何があったんだ。まさかあのトーテムポールがまた何か起こしたから何とかしてほしくて呼んだんじゃないだろうな」
「そんなちゃちなことじゃないわ」
ごおおおおおおおおおおおおおおお。
と、その瞬間、背筋が凍るようなプレッシャーが宗一たちを包んだように見えた。
「い、いや。ちゃちなことじゃないな、うむ」
「そ、そうだな」
とりあえず一呼吸をおいてから話を切り出す。
「まぁ、あながち間違いではないのだが・・・」
「どういうことだ?」
「数時間前のことじゃ―――」
福原の口からは驚くべき話が聞かされた。
「まだ話してないぞ」
「いいから気にしないで話を始めろ」
「まったく、最近の若者は礼儀を知らん。これだから――」
「おい」
「少しは話させんかい。わしはいつものように管理人と今後のことを話し合うために外に出たのじゃが」
「ただ単に七海と散歩がしたかっただけだろ」
「いいかんじに今後のこと話して近場を回りながらここへと戻ってきたのだが」
(無視かよ・・・)
「突然空模様が怪しくなりだしてな。おかしいと思いながらもドアを通ろうとしたときじゃ。
 いきなり例の物に稲妻がいきなり落ちて・・・」
「ま、まさかあれがその衝撃で命を持ったとか?!だったら俺は願いさげだ!冗談じゃない」
「最後まで話を聞かんか。周りが見えなくなるほどの白煙が立ったかと思うとそこには二人の人影があってな。
 男と女だったんじゃが両方和服のような格好だが女が耳がいわゆる『ケモノ耳』とかいうようなものなんじゃよ」
「!?」
それって、もしかして。
頭の中にとっさにあの二人の顔が思い浮かぶ。
「じじい!その二人はどこにいるんだ?!」
「お、おおう!こ、これ、老人に向かってなにを・・・!」
「どこだっていうんだ!早く答えろ!」
「そ、そーいちさん。落ち着いてください、おじいさんがしんじゃいます」
「あ」
頭を振りつづけて福原は目を回してぐったりとしていた。

「まったく、少しは老人を労わらんか」
「す、すまない」
「ふぅ、まあいいわい。それでなんじゃったか」
「その二人はどうしたかってことだよ」
「ああ、そうじゃったな。その二人なんじゃがその場で倒れこんでしまってな」
「今はそっちのベッドで眠って・・・ってそーいちさん?」
宗一はすぐさまベッドルームへと駆け込んだ。
「・・・間違いない」
顔がほころぶのを感じつつ、すぐにリビングに戻って電話の受話器を取ってダイヤルをプッシュする。
「もしもし!店主ですか?」

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