山頭火 第一巻 境涯の句



松はみな枝垂れて南無観世音

松風に明け暮れの鐘ついて

けふも托鉢ここもかしこも花ざかり

分け入っても分け入っても青い山

しとどに濡れてこれは道しるべの石

炎天をいただいて乞ひ歩く

笠にとんぼをとまらせてあるく

歩きつづける彼岸花咲きつづける

生死の中の雪ふりしきる

わかれきてつくつくぼうし

こほろぎに鳴かれてばかり

百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

水音けふもひとり旅行く

しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

すべってころんで山がひっそり

しきりに落ちる大きい葉かな

枯山飲むほどの水はありて

法衣こんなにやぶれて草の実

水音といつしよに里へ下りて来た

しみじみ食べる飯ばかりの飯である

あるひは乞ふことをやめ山を観ている

この旅果もない旅のつくつくぼうし

旅のかきおき書きかえておく

雨だれの音も年とった

うしろすがたのしぐれてゆくか

鉄鉢の中へも霰

枯山越えてまた枯山

旅は道づれ不景気話が尽きない

笠も漏りだしたか

寒い夜の御灯またたく

ホイトウとよばれる村のしぐれかな

春寒のをなごやのをなごが一銭持って出てくれた

水をへだててをなごやの灯がまたたきだした

なんといってもわたしはあなたが好きな蛍

ふるさとは遠くして木の芽

波音遠くなり近くなり余命いくばくぞ

酒がやめられない木の芽草の芽

蕨がもう売られている

いただいて足りて一人の箸をおく

どうでもここにおちつきたい夕月

花いばら、ここの土とならうよ

いつも一人で赤とんぼ

けふはおわかれの糸瓜がぶらり

うまれた家はあとかたもないほうたる

家を持たない秋がふかうなるばかり

曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ

雨ふるふるさとははだしであるく

おもひでは菜の花のなつかしさ供える

ふるさとの夜がふかいふるさとの夢

ふるさとの夜となれば蛙の合唱

ふるさとはみかんのはなのにほふとき

やつぱり一人がよろしい雑草




山のあなたへお日さま見おくり御飯にする

やっぱり一人はさみしい枯草

先祖代々菩提とぶらう水仙の花

春風の鉢の子一つ

こほろぎよあすの米だけはある

ここにかうしてわたしをおいている冬夜

遠山の雪も別れてしまった人も

ふと子のことを百舌鳥が啼く

閉めて一人の障子を虫が来てたたく

ともかくも生かされてはいる雑草の中

うどん供えて、母よ、わたくしもいただきまする

何を求める風に中ゆく

蜘蛛は網張る私は私を肯定する

ここにわたしがつくつくぼうしがいちにち

なんぼう考えてもおんなじことの落葉ふみあるく

どこからともなく散ってくる木の葉の感傷

風の中おのれを責めつつあるく

死んでしまえば雑草雨ふる

死をまえに涼しい風

風鈴の鳴るさえ死のしのびよる

おもいおくことはないゆうべの芋の葉ひらひら

傷が癒えてゆく秋めいた風となって吹く

窓をあけたら月がひょっこり

一つあれば事足る鍋の米をとぐ

こころすなおに御飯がふいた

あたたかい白い飯が在る

窓あけて窓いっぱいの春

八重ざくらうつくしく南無観世音菩薩

朝は涼しい茗荷の子

ここにこうしてみほとけのかげわたしのかげ

ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯

ひとりひつそり竹の子竹になる

みちばたの石に腰かけ南無虚空蔵菩薩如来

草にも風が出てきた豆腐も冷えただろ

月が昇って何を待つでもなく

月がうらへまわっても木かげ

酒はしづかに身ぬちをめぐる夜の一人

ぬいてもぬいても草の執着をぬく

われをしみじみ風が出て来て考えさせる

このみちをたどるほかない草のふかくも

空襲警報るいるいとし柿赤し

啼いて鴉の飛んで鴉のおちつくところがない

しぐれて雲のちぎれてゆく支那をおもう

雪へ雪ふる戦いはこれからだという

いさましくもかなしくも白い函

その一片はふるさとの土となる秋

鴉とんでゆく水をわたろう

柳ちるもとの乞食になって歩く

ひょいと四国へ晴れきっている

石を枕に雲のゆくえを

ついてくる犬よおまえも宿なしか

おちついて死ねそうな草枯るる

枯野よこざまにおもいでの月は二十日ごろ

たんぽぽちるやしきりにおもう母の死のこと

もりもり盛りあがる雲へあゆむ

おちついて死ねそうな草萌ゆる

おりおり顔みせる月のまんまる

おもいでがそれからそれへ酒のこぼれて


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from: MicrosoftEncarta2003
種田山頭火『草木塔』

大地主だった実家の破産で郷里の防府市(ほうふし)をはなれた山頭火は、1925(大正14)43歳のとき熊本の曹洞宗報恩寺で出家し、同県植木町の味取観音堂(みとりかんのんどう)の堂守となった。そして1年余ののち、墨染めの衣ひとつで行乞(ぎょうこつ)の旅に出る。以後、防府時代の抒情的(じょじょうてき)な句風は一変し、身体も心も大自然とともにある山頭火自身の「生活を前書にした」句をつくった。ここにかかげたのは『草木塔(そうもくとう)』冒頭部分、味取観音堂堂守となってから、山陽道、山陰道、四国、九州をあるきつづける漂泊の旅から生まれた句(抄出)。『草木塔』は、第1句集『鉢の子』から第7句集『鴉(からす)』までの折本小句集から山頭火が選句しまとめた集大成で、40(昭和15)4月に刊行された。同年10月、山頭火は松山市御幸寺境内にむすんだ一草庵(いっそうあん)で急逝した。

[出典]『現代日本文学大系95 現代句集種田山頭火篇』、筑摩書房、1973(1)。青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)より転載。

大正十四年二月、いよいよ出家得度して、肥後の片田舎なる味取観音堂守となつたが、それはまことに山林独住の、しづかといへばしづかな、さびしいと思へばさびしい生活であつた。
   松はみな枝垂れて南無観世音
   松風に明け暮れの鐘撞いて
   ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる

大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。
   分け入つても分け入つても青い山
   しとどに濡れてこれは道しるべの石
   炎天をいただいて乞ひ歩く

放哉居士の作に和して
   鴉啼いてわたしも一人

生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり(修証義)
   生死の中の雪ふりしきる
   木の葉散る歩きつめる

昭和二年三年、或は山陽道、或は山陰道、或は四国九州をあてもなくさまよふ。
   踏みわける萩よすすきよ
   この旅、果もない旅のつくつくぼうし
   へうへうとして水を味ふ
   落ちかかる月を観てゐるに一人
   ひとりで蚊にくはれてゐる
   投げだしてまだ陽のある脚
   山の奥から繭負うて来た
   笠にとんぼをとまらせてあるく
   歩きつづける彼岸花咲きつづける
   まつすぐな道でさみしい
   だまつて今日の草鞋穿く
   ほろほろ酔うて木の葉ふる
   しぐるるや死なないでゐる
   張りかへた障子のなかの一人
   水に影ある旅人である
   雪がふるふる雪見てをれば
   しぐるるやしぐるる山へ歩み入る
   食べるだけはいただいた雨となり
   木の芽草の芽あるきつづける
   生き残つたからだ掻いてゐる

昭和四年も五年もまた歩きつづけるより外なかつた。あなたこなたと九州地方を流浪したことである。
   わかれきてつくつくぼうし
   また見ることもない山が遠ざかる
   こほろぎに鳴かれてばかり
   れいろうとして水鳥はつるむ
   百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
   どうしようもないわたしが歩いてゐる
   涸れきつた川を渡る
   ぶらさがつてゐる烏瓜は二つ

大観峰
   すすきのひかりさえぎるものなし
   分け入れば水音
   すべつてころんで山がひつそり

昭和六年、熊本に落ちつくべく努めたけれど、どうしても落ちつけなかつた。またもや旅から旅へ旅しつづけるばかりである。
自嘲
   うしろすがたのしぐれてゆくか
   鉄鉢の中へも霰
   いつまで旅することの爪をきる

全文は、青空文庫の以下のサイトにあります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/santouka/SOUMOKU.html
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫でつくられました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。入力:j.utiyama 校正:浜野智
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