山頭火・350句時系列
   出典:文春文庫「山頭火」(石寒太)1995
   200501月 勝山の庵にてつれづれにぽつぽつ

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サイダーの泡立ちて消ゆ夏の月 (明治44年)

吾妹子の肌なまめかしなつの蝶 (明治44年)

朝焼おそき旦薔薇は散りそめぬ (大正3年)

野良猫が影のごと眠りえぬ我に (大正3年)

今日も事なし凩に酒量るのみ (大正3年)

沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ (大正4年)

山の色澄みきつてまつすぐな煙 (大正5年)

燕とびかふ空しみじみと家出かな (大正5年)

さゝやかな店をひらきぬ桐青し (大正5年)

いさかへる夫婦に夜蜘蛛さがりけり (大正5年)

またあふまじき弟にわかれ泥濘ありく (大正7年)
大きな蝶を殺したり真夜中 (大正7年)

たまさかに飲む酒の音さびしかり (大正7年)
けふのはじまりの汽笛長う鳴るかな (大正8年)

雪ふる中をかへりきて妻へ手紙かく (大正8年)

労れて戻る夜の角のポストよ (大正9年)

松はみな枝垂れて南無観世音 (大正14年)

分け入つても分け入つても青い山 (大正15年)

炎天をいただいて乞ひ歩く (大正15年)

笠にとんぼをとまらせてあるく (昭和23年)

投げだしてまだ陽のある脚 (昭和23年)

この旅、果てもない旅のつくつくぼうし (昭和23年)

だまつて今日の草鞋穿く (昭和23年)

水に影ある旅人である (昭和23年)

まつすぐな道でさみしい (昭和23年)

へうへうとして水を味ふ (昭和3年)

鴉啼いてわたしも一人 (昭和3年)

生死の中の雪ふりしきる (昭和3年)

また見ることもない山が遠ざかる (昭和45年)

法衣こんなにやぶれて草の実 (昭和4年)

ほろほろ酔うて木の葉ふる (昭和4年)

すべつてころんで山がひつそり (昭和4年)

わかれてきてつくつくぼうし (昭和4年)

まつたく雲がない笠をぬぎ (昭和4年)

生き残つたからだ掻いてゐる (昭和5年)

夕べの食へない顔があつまつてくる (昭和5年)

物思ふ膝の上で寝る猫 (昭和5年)

霜の消えないうちに立つ (昭和5年)

寝酒したしくおいてありました (昭和5年)

これが河豚かとたべてゐる (昭和5年)

ふりかえらない道をいそぐ (昭和5年)

逢いたいボタ山が見え出した (昭和5年)

夕日の机で旅のたより書く (昭和5年)

水を前に墓一つ (昭和5年)

焼き捨てゝ日記の灰のこれだけか (昭和5年)

捨てきれない荷物のおもさまへうしろ (昭和5年)

山の中鉄鉢たたいて見たりして (昭和5年)

労れて足を雨にうたせる (昭和5年)

笠も漏りだしたか (昭和5年)

霧島は霧にかくれて赤とんぼ (昭和5年)

ゆつくり歩かう萩がこぼれる (昭和5年)

ならんで尿する空が暗い (昭和5年)

すげない女は大きく孕んでゐた (昭和5年)

酔うてこほろぎと寝てゐたよ (昭和5年)

毒薬をふところにして天の川 (昭和5年)

死にそこなつて虫を聴いてゐる (昭和5年)

しづけさは死ぬるばかりの水が流れて (昭和5年)

さうろうとして水をさがすや蜩に (昭和5年)

空たかくべんたういただく (昭和5年)

谺谺するほがらか (昭和5年)

いやな夢見た朝の爪をきる (昭和5年)

ささげまつる鉄鉢の日ざかり (昭和5年)

いづれは土くれのやすけき土に寝る (昭和5年)

あの雲がおとした雨にぬれている (昭和5年)

濡れてすずしくはだしで歩く (昭和5年)

旅のかきおき書きかへておく (昭和5年)

白浪おしよせてくる虫の声 (昭和5年)

明日の大綱をひつぱりあつてゐる (昭和5年)

窓をあけたら月がひよつこり (昭和5年)

また逢へた山茶花も咲いてゐる (昭和5年)

別れてきてさみしい濁酒があつた (昭和5年)

病んで寝て蝿が一匹きただけ (昭和5年)

水音遠くなり近くなつて離れない (昭和5年)

酔ひざめの星がまたたいてゐる (昭和5年)

眼がさめたら小さくなつて寝転んでゐた (昭和5年)

からりと晴れた朝の草鞋もしつくり (昭和5年)

すこし熱がある風の中を急ぐ (昭和5年)

山の一つ家も今日の旗立てて (昭和5年)

夜をこめて水が流れる秋の宿 (昭和5年)

水飲んで尿して去る (昭和5年)

雨だれの音も年とつた (昭和5年)

秋風の旅人になりきつてゐる (昭和5年)

ホイトウとよばれる村のしぐれかな (昭和5年)

刺青あざやかな朝湯がこぼれる (昭和5年)

空も人も時化る (昭和5年)

おべんたうをひらく落葉ちりくる (昭和5年)

乞ふことをやめて山を観る (昭和5年)

降ったり照つたり死場所をさがす (昭和5年)

歩きつかれて枯草のうへでたより書く (昭和5年)

どうしようもないわたしが歩いてゐる (昭和5年)

あるけばあるけば木の葉ちるちる (昭和5年)

落葉うづたかく御仏ゐます (昭和5年)

枯草に寝ころぶやからだ一つ (昭和5年)

涸れきつた川を渡る (昭和5年)

ふる郷ちかく酔うてゐる (昭和5年)

家を持たない秋が深うなつた (昭和5年)

どの店も食べるものばかりひろげて (昭和5年)

送らるゝぬかるみの街 (昭和5年)

波音のたえずしてふる郷遠し (昭和5年)

枯草ふんで女近づいてくる (昭和5年)

ふる郷の言葉となつた街にきた (昭和5年)

晴れた朝の恋しいたよりだつた (昭和5年)

月の葉ぼたんへ尿してゐる (昭和5年)

今年も今夜かぎりの雨となり (昭和5年)

どしやぶり、正月の餅もらうてもどる (昭和5年)

ひとり煮てひとり食べるお雑煮 (昭和6年)

逢うて戻ればぬかるみ (昭和6年)

詑手紙かいてさうして風呂へゆく (昭和6年)

ひとりはなれてぬかるみをふむ (昭和6年)

お正月のまんまるいお月さんだ (昭和6年)

ひとり住んで捨てる物なし (昭和6年)

お茶でもすませる今日が暮れた (昭和6年)

星があつて男と女 (昭和6年)

酔うほどは買へない酒をすするのか (昭和6年)

あるだけの米を炊いて置く (昭和6年)

暗い窓から太陽をさがす (昭和6年)

陽を吸ふ (昭和6年)

死ぬる夜の雪ふりつもる (昭和6年)

日の落ちる方へ尿してゐる (昭和6年)

越えてゆく山また山は冬の山 (昭和6年)

秋風の石を拾ふ (昭和6年)

いつまで旅することの爪をきる (昭和6年)

送つてくれたあたゝかさを着て出る (昭和6年)

死をまへの木の葉そよぐなり (昭和6年)

考へてをる水仙ほころびる (昭和6年)

安か安か寒か寒か雪雪 (昭和6年)

うしろすがたのしぐれてゆくか (昭和6年)

水音の、新年が来た (昭和7年)

酒がやめられない木の芽草の芽 (昭和7年)

ふるさとは遠くして木の芽 (昭和7年)

山路きて独りごというてゐた (昭和7年)

寺から寺へ蔦かづら (昭和7年)

冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ (昭和7年)

風ふいて一文もない (昭和7年)

笠へぽつとり椿だつた (昭和7年)

春寒い島から島へ渡される (昭和7年)

乞食となつて花ざかり (昭和7年)

さくらさくらさくさくらちるさくら (昭和7年)

雨なれば雨をあゆむ (昭和7年)

けふもいちにち風をあるいてきた (昭和7年)

サクラがさいてサクラがちつて踊子踊る (昭和7年)

さくらが咲いて旅人である (昭和7年)

もう葉桜となつて濁れる水に (昭和7年)

何が何やらみんな咲いてゐる (昭和7年)

あざみあざやかなあさのあめあがり (昭和7年)

ふるさとはみかんのはなのにほふとき (昭和7年)

ひとりの湯がこぼれる (昭和7年)

ならべられてまだ生きてゐる (昭和7年)

朝は涼しい茗荷の子 (昭和7年)

酒やめておだやかな雨 (昭和7年)

ほうたるこいこいふるさとにきた (昭和7年)

月に吠える犬の声いつまで (昭和7年)

お祭りの提灯だけはともし (昭和7年)

梅干、病めば長い長い旅 (昭和7年)

ほつくりぬけた歯で年とつた (昭和7年)

いさいでもどるかなかなかな (昭和7年)

すずしく蛇が朝のながれをよこぎつた (昭和7年)

のびてのびてくさのつゆ (昭和7年)

水底の雲から釣りあげた (昭和7年)

炎天の影ひいてさすらふ (昭和7年)

炎天のポストへ無心状である (昭和7年)

雲がいそいでよい月にする (昭和7年)

けさも青柿一つ落ちてゐて (昭和7年)

いつも一人で赤とんぼ (昭和7年)

あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ (昭和7年)

うつむいて石ころばかり (昭和7年)

夏草、お墓をさがす (昭和7年)

ひとりゐて蜂にさされた (昭和7年)

旅の法衣がかわくまで雑草の風 (昭和7年)

まひるまのみあかしのもゑつづける (昭和7年)

どつかりと山の月おちた (昭和7年)

月へあけはなつ (昭和7年)

曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ (昭和7年)

おとはしぐれか (昭和7年)

松に腰かけて松を観る (昭和7年)
ほろりとぬけた歯ではある (昭和7年)

ふるさとの言葉のなかにすわる (昭和7年)

しぐれへ三日月へ酒買ひに行く (昭和7年)

山へ空へ摩訶般若波羅蜜多心経 (昭和7年)

しめやかな山とおもへば墓がある (昭和7年)

父によう似た声が出てくる旅はかなしい (昭和7年)

ゆふ空から柚子の一つをもらふ (昭和7年)

水を渡つて女買いに行く (昭和7年)

雨ふるふるさとはははだしであるく (昭和7年)

どこかそこらにみそさざいのゐる曇り (昭和7年)

人の声して山の青さよ (昭和7年)

鉄鉢の中へも霰 (昭和7年)

寒い雲がいそぐ (昭和7年)

さみしい風が歩かせる (昭和7年)

一人となればつくつくぼうし (昭和7年)

月が昇つて何を待つでもなく (昭和7年)

花いばら、ここの土とならうよ (昭和7年)

蝿も移つてきてゐる (昭和7年)

のびあがりのびあがり大根大根 (昭和7年)

夕日に夕刊がきた (昭和7年)

わらやしたしくつららをつらね (昭和8年)

雪へ雪ふるしづけさにをる (昭和8年)

ここにゆきのたうがふたつ (昭和8年)

いちりん挿の椿いちりん (昭和8年)

春風の鉢の子一つ (昭和8年)

ぬいてもぬいても草の執着をぬく (昭和8年)

ながい毛がしらが (昭和8年)

てふてふうらからおもてへひらひら (昭和8年)

わかれてきた道がまつすぐ (昭和8年)

山の青さへつくりざかやの店が閉めてある (昭和8年)

夕立が洗つていつた茄子をもぐ (昭和8年)

こころすなほに御飯がふいた (昭和8年)

やつぱり一人がよろしい雑草 (昭和8年)

笠をぬぎしみじみとぬれ (昭和8年)

そこから青田のよい湯かげん (昭和8年)

其中一人として炎天 (昭和8年)

ほとゝぎすあすはあの山こえてゆかう (昭和8年)

おもひでは汐みちてくるふるさとのわたし場 (昭和8年)

よい宿でどちらも山でまへは酒屋で (昭和8年)

みんなたつしやでかぼちやのはなも (昭和8年)

かうしてここにわたしのかげ (昭和8年)

お月さまが地蔵さまにお寒くなりました (昭和8年)

まことお彼岸入の彼岸花 (昭和8年)

もう秋風のお地蔵さまの首だけあたらしい (昭和8年)

月夜、あるだけの米をとぐ (昭和8年)

雪空の最後の一つをもぐ (昭和8年)

よびかけられてふりかへつたが落葉林 (昭和8年)

いつしか明けてゐる茶の花 (昭和8年)

誰か来さうな空が曇つてゐる枇杷の花 (昭和8年)

街は師走の八百屋の玉葱眼をふいた (昭和8年)

ふとめざめたらなみだがこぼれてゐた (昭和8年)

酔うていつしよに蒲団いちまい (昭和9年)

墓石に帽子をのせ南無阿弥陀仏 (昭和9年)

風をあるいてきて新酒いつぱい (昭和9年)

訪ねて逢へて赤ん坊生まれてゐた (昭和9年)

ふりかへる椿が赤い (昭和9年)

酔ひざめの春の霜 (昭和9年)

生えて伸びて咲いてゐる幸福 (昭和9年)

ふるつくふうふう逢ひたくなつた (昭和9年)

ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない (昭和9年)

死ねる薬をまへにしてつくつくぼうし (昭和9年)

風が吹きぬけるころりと死んでゐる (昭和9年)

誰も来ないたうがらし赤うなる (昭和9年)

うらからきてくれて草の実だらけ (昭和9年)

枯れ木に鴉が、お正月もすみました (昭和10年)

ぶらりとさがつて雪ふる蓑虫 (昭和10年)

ゆらいで梢もふくらんできたやうな (昭和10年)

空へ若竹のなやみなし (昭和10年)

死ねる薬を掌に、かがやく青葉 (昭和10年)
郵便も来ない日のつくつくぼうし (昭和10年)

おもひおくことはないゆふべ芋の葉ひらひら (昭和10年)

病めば梅ぼしのあかさ (昭和10年)

ころり寝ころべば青空 (昭和10年)

ひとりで食べる湯豆腐うごく (昭和10年)

あるがまま雑草として芽を吹く (昭和10年)

秋の夜ふけて処女をなくした顔がうたふ (昭和10年)

誰かがやつてくる足音が落葉 (昭和10年)

何を求める風の中ゆく (昭和10年)

ことしもここに石蕗の花も私も (昭和11年)

遠山の雪ひかるどこまで行く (昭和11年)

春潮のテープちぎれてなほも手をふり (昭和11年)

春風の扉ひらけば南無阿弥陀仏 (昭和11年)(昭和11年)

あるけばかつこういそげばかつこう (昭和11年)

伊豆はあたたかく死ぬるによろしい波音 (昭和11年)

なみおとのさくらほろほろ (昭和11年)

そこらに島をばらまいて春の波 (昭和11年)

ほつと月がある東京に来てゐる (昭和11年)

花が葉になる東京よさやうなら (昭和11年)

ひよいと月が出てゐた富士のむかうから (昭和11年)

波音強くして葱坊主 (昭和11年)

ちんぽこの湯気もほんによい湯で (昭和11年)

ここまでを来し水を飲んで去る (昭和11年)

青葉分け行く良寛さまも行かしたろ (昭和11年)

荒波へ脚投げだして度のあとさき (昭和11年)

をとこべしをみなへしと咲きそろふべし (昭和11年)

水音のたえずして御仏とあり (昭和11年)

てふてふひらひらいらかをこえた (昭和11年)

なにやらかなしく水のんで去る (昭和11年)

ぐるりとまはつてきてこぼれ葉の花 (昭和11年)

水音をさぐる (昭和11年)

酔ひざめの風のかなしく吹きぬける (昭和11年)

水をわたる誰にともなくさやうなら (昭和11年)

落葉松落葉墓が二つ三つ (昭和11年)

みんなかへる家はあるゆふべのゆきき (昭和11年)

風の中からかあかあ鴉 (昭和11年)

月からひらり柿の葉 (昭和11年)

こころおちつけば水の音 (昭和11年)

何おもふこともなく柿の葉のおちることしきり (昭和11年)

ことしも暮れる火吹竹ふく (昭和11年)

ぼろ着て着ぶくれておめでたい顔で (昭和12年)

とんからとんから何織るうららか (昭和12年)

死ねない手がふる鈴ふる (昭和12年)

その一片はふるさとの土となる秋 (昭和12年)

秋風、行きたい方へ行けるところまで (昭和12年)

ことしもここにけふかぎりの米五升 (昭和12年)

ことしもをはりの虫がまつくろ (昭和12年)

うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする (昭和13年)

壁がくづれてそこから蔓草 (昭和13年)

かつえずこごえず冬もほぐれた (昭和13年)

ごろりと草に、ふんどしかわいた (昭和13年)

窓あけて窓いつぱいの春 (昭和13年)

ずんぶり濡れてけふも旅ゆく (昭和13年)

これが最後の日本の御飯を食べてゐる、汗 (昭和13年)

ぽろぽろ流れる汗が白い函に (昭和13年)

水車まはる泣くやうな声だして (昭和13年)

へそが汗ためてゐる (昭和13年)

水底太陽のかがやいてゐて水すまし (昭和13年)

街はおまつりお骨となつて帰られたか (昭和13年)

飛んでいつぴき赤蛙 (昭和13年)

うまれた家はあとかたもないほうたる (昭和13年)

柳ちるもとの乞食になつて歩く (昭和14年)

木の芽草の芽やこれからである (昭和14年)

春の山からころころ石ころ (昭和14年)
この水あの水の天龍となる水音 (昭和14年)

お墓したしくお酒をそゝぐ (昭和14年)

ふかくして白い花 (昭和14年)

酒飲めば涙ながるゝおろかな秋ぞ (昭和14年)

ひよいと四国へ晴れきつてゐる (昭和14年)

いちにち物言はず波音 (昭和14年)

しぐれて人が海を見てゐる (昭和14年)

その松の木のゆふ風ふきだした (昭和14年)

死をひしひしと水のうまさかな (昭和14年)

ほろほろほろびゆくわたくしの秋 (昭和14年)

朝湯こんこんあふるゝまんなかのわたし (昭和14年)

一握の米をいただいてまいにちの旅 (昭和14年)

旅空ほつかりと朝月がある (昭和14年)

草しいて月をまうへに (昭和14年)

わが手わが足あたたかく寝る (昭和14年)

石ころに陽がしみる水のない川 (昭和14年)

この旅死の旅であらうほほけたんぽぽ (昭和14年)

なむみだぶつなむあみだぶつみあかしまたたく (昭和14年)

ひとりで焼く餅ひとりでにふくれる (昭和15年)

六十にして落ちつけないこころ海をわたる (昭和15年)

渦潮ながるゝてふてふならんで (昭和15年)

風は初夏の、さつさうとしてあるけ (昭和15年)

しみじみ晴れて風ふく一人 (昭和15年)

たんぽぽちるやしきりにおもふ母の死のこと (昭和15年)

おちついて死ねさうな草萌ゆる (昭和15年)

ゆく春の夜のどこかで時計鳴る (昭和15年)

日ざかり泣いても笑ふても一人 (昭和15年)

砂に足あとのどこまでつづく (昭和15年)

はだかへ木の実ぽつとり (昭和15年)

蚊帳の中の私にまで月の明るく (昭和15年)

生き身のいのちかなしく月澄みわたる (昭和15年)

ぽろぽろ冷飯ぼろぼろ秋寒 (昭和15年)

旅の或る夜のおまつりの客の一人として (昭和15年)

おもひでがそれからそれへ酒のこぼれて (昭和15年)

あたたかくこんばんはどんびきがゐる (昭和15年)

塵かと吹けば生きてゐて飛ぶ (昭和15年)

鈴をふりふりお四国の土になるべく (昭和15年)

つぎつぎに力をこめて力と書く (昭和15年)

膝に酒のこぼるるに逢ひたうなる (昭和15年)

こしかたゆくすゑ雪あかりする (昭和15年)

銭がない物がない歯がないひとり (昭和15年)

もりもりもりあがる雲へ歩む (昭和15年)


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