〜昼間にみる夢〜


〜昼間にみる夢〜

「採れた!」

思わず私は人目を憚らず歓喜の声を上げてしまった。ここはジュノ・ランドルの町に程近い鉱山の採掘場。
掘り続けてやっと手にしたのは鉱石の中でも最下級のストーンオン1個、それも女性の掌にスッポリと納まってしまうほど小さい。
初めての採掘作業、慣れない長時間の作業に身体中の骨と筋肉が悲鳴を上げている。
顔や髪、いや身体中が汗と岩砂に塗れて普段の私では考えられない程みすぼらしい格好をしていただろう。


それでも私は満足だった。その鉱石に微笑みを添えて、まるで私を見守るかのように寄り添っていた魔獣の幼体に差し出した。
馬の形をしたその魔獣の幼体が嬉しそうに鉱石を食べる姿に満足しながら私は立ち上がり大きく伸びをする。
明け方から採掘を始めたというのに既に太陽は天高く昇っていた。

「この・・・私がねぇ。」

髪に纏わり付く砂塵を落としながら誰に言うでもなく呟く。
私はこの子「魔獣の幼体・ナイトメア」との出会いを思い出していた。


**************


太陽が姿を見せない地域メラク。それは光の神アプロンと闇の神エレスとの戦いの影響ともエレスの呪いとも言われているが定かではない。
私はキャメロンへと向かうその街道に数体の盗賊の死体に囲まれて佇んでいた。
私の持つ金品と命を狙ってきた盗賊達である。女だと思って油断していたのだろう。しかしアーチャーである私の敵ではなく、エルフの俊敏さを侮った盗賊達の方が逆に悲惨な末路を辿っていた。
彼らの懐を順番に漁る。これでは盗賊となんら変わりがないようにも思えるが、定期的な収入を得られない冒険者にとってこの行為は常識であり、私もこの生業を続けていくうちに生命そのものへの感覚が鈍っていた。


多少のナス・誰か他の商人か冒険者から奪ったのであろう防具・アクセサリ。これらを手に入れその場を去ろうとした時、ふと一人の盗賊が手にしていた笛が目に留まった。
別段彼らも普段から金目の物を持ち歩いている訳ではない。数人の盗賊がこれほど金品を持ち歩いている事自体が異例なのだ。普段なら鍋や壊れたナイフ類といったとてもお金に換えられそうにない物の方が断然多い。何処かの可哀相な被害者を襲ったついでに私を襲った・・・といったところだろう。
最初はその笛もそれらの類と思い気にも留めなかった。が、何やら禍々しい気配をその笛から微かであるが感じられたのだ。この世のものではない、精霊とは別の・・・深い闇のような気配が・・・。

「パ・・・パン?パーン?」

その笛を手に取り調べてみる。古びた笛には古代文字で何か書かれているが文字が擦れてうまく読み取る事が出来ない。
その笛をそのままにしておく事も気が咎め、私は懐に仕舞い込むと足早にキャメロン村へと歩を進めた。
その後、何事もなく無事にキャメロン村に到着し依頼人への報告を終えるとその足で空間術師エイデの元に向かう。人と物、そして情報が集まるジュノのランドルに行く為である。あそこならこの笛に関する手掛かりが掴めるかもしれない。
危険な物なら手放せば良いし、貴重な物なら高値で売れるとの考えからであった。

「あら?お急ぎのようですが、どちらまで?」

「ご苦労様です。ジュノのランドルまでお願いできますか?」

何処の街でも一人はいる空間術師は流通の要であり、とりわけ各地を飛び回らなければならない冒険者にとってはまさに命綱と言っても過言ではない。
逸る気持ちを抑えつつなるべく丁寧に答える。

「畏まりました。ではいつも通り気持ちを楽にしてください。」

そう言うとエイデは真剣な面持ちで両手を大きく広げ始めた。それと同時に私の周りの空間が歪む。
身体が溶けるような感覚と一瞬の眩暈の後、気が付くと私はランドルの町に立っていた。


「ん〜そんな笛見た事ないなぁ。」

「ごめんなさいね、知らないわ。」

「そんな古びた笛に1ナスの価値もねぇよ!さぁ客じゃないなら帰んな!」

私は途方に暮れていた。笛に関する情報は得られない。売ろうとしても売れない。かといって捨てる気にもなれない。八方塞がりである。
木の影に入り休憩を取りながら、さて・・・これからどうしようか?と思案を巡らせていると一人の女性が手で弄んでいた私の持つ笛を見詰めている事に気付いた。

「貴方、この笛が何なのか知ってるの?」

立ち上がり藁にも縋る思いでその少女に駆け寄り声を掛ける。

「失礼ですが・・・その笛がどのような物かご存知ないのですか?」

ロレインと名乗る女性は驚いた顔で聞き返してくる。この質問は疑問ではなく確認である。私は黙って頷き彼女の言葉を待った。

「これは呪われたパーンの笛というものです。この笛はナイトメアっていうとても凶暴な馬を召喚する笛なんですが、今まで誰一人この馬を手懐けたことがないそうですよ。それがどんなに危険な代物かご存知ないなんて・・・。」

ロレインは恐ろしい物を見るかのように笛を見詰めている。私は笛を今すぐ投げ捨てたい衝動を抑えるのに必死だった。
ナイトメア・・・夢魔とも呼ばれる悪魔の名前を冠した魔獣。まさにその姿を見た者は悪夢としか思えなかっただろう。何故盗賊ごときがそのような代物を?と疑問に思うより先に私の心は恐怖に支配されてしまっていた。

「ちょ、ちょっと待って!私、そんな笛だなんて知らなかったのよ!ねぇ、どうにか出来ないの?例えば壊すとか封印するとか!」

「落ち着いてください、心配要りませんよ。素人が無闇に壊すとナイトメアを召喚してしまう危険がありますが、ドラタンで神様の書物と模様を研究している考古学者ザザンっていう方がナイトメアを子供の状態で召喚出来る方法を発見したそうです。彼なら封印する方法も知っているかもしれません。」

人間の、しかも年下であろう女性に宥められた私は気恥ずかしさと共に落ち着きを多少取り戻していた。ロレインへの礼もそこそこに走り出す。
考古学者ザザンなら面識があった。何度か彼の依頼を受けた事があるのだ。呪いの骨を取って来いだのハーピーの羽や涙を集めろだの、ろくな依頼が無かったがそれなりに報酬を支払ってくれる老人だったので覚えていた。
まさか変わり者でしかないと思っていたあの考古学者がこのような状況の打開の光になるとは思ってもみなかったが・・・。


**************


「おぉ〜!いつぞやのエルフの嬢ちゃんじゃないか!今は特に頼む仕事はないぞ?」

砂漠地帯ドラタンのマジャール城に着いた私は大急ぎでザザンの家に向かった。乱暴に扉を叩きザザンの名を呼ぶと呑気そうな声と共に彼が現れた。
この暑い中足元まであるローブを着用し、見事に白く染まった膝まである髭の先端を三つ編みにするその風貌に改めて「変わり者」の一言が頭を過ぎる。

「いえ、今日は私の方からお願いがあって参りました。貴方ならこれを封印する方法をご存知だと聞いたもので・・・。」

私は笛をザザンに渡すと今までの経緯を説明する。相変わらず人の話を聞いているか聞いていないか解らない様子に不安を覚えたが今はこの老考古学者に全てを託すしかなかった。

「これはパーンの笛というものじゃぞ?」

「はい、知ってます。」

「ナイトメアを召喚する危険な代物じゃ。」

「それも既に聞きました!」

やはり人の話を聞いていない・・・。

「ナイトメアといえばな、私が前にプロキオン神殿で見つけた呪文書にな・・・。」

「そんな事より封印出来るのですか!?出来ないのですか!?」

苛立ちが募りつい言葉を荒げてしまう。森、すなわち植物とその精霊との調和を望むエルフにとって砂漠地帯の環境は居心地が悪い上に長々と自慢話に付き合わされたらたまったものではない。
私の剣幕に不満をブツブツ言いながらも「少し待っていなさい。」とザザンは笛を持って家の中に入っていった。


暫く不安を抱えながら待っていると再びザザンが扉の奥から姿を現した。一頭の子馬を連れて・・・。

「このかわいい子馬を見なさい。ナイトメアの幼体じゃ。とても元気そうだろう。本当は私が育てたいのだが・・・しょうがないな。連れて行きなさい。」

余りに予想外の展開に私が閉口していると感動していると思ったのかザザンは満足そうに何度も大きく頷く。

「おぉ!そうじゃ!この子馬は見た目は馬じゃが生物学的には馬ではない。餌は鉱石じゃ。良いな。」

「待ちなさい!誰が召喚を頼んだのよ!私は封印を頼んだのよ!ふ・う・い・ん!」

「何故じゃ!何が気に入らん!こんな可愛い子馬を封印するなぞお主は悪魔か!」

「そもそも召喚自体頼んでないって!そうだ、アンタが引き取ってよ。育てたいんでしょ!?」

「それは無理じゃ。ほれ、もうお主に懐いとる。今更引き離すなど可哀相で私には出来ん。」

そう言われて下を見ると子馬・・・魔獣の幼体が私の足に擦り寄りじゃれている姿が映った。

「その子の心は真っ白じゃ。人々に良い夢を見せるのも悪夢を見せるのもお主次第。しっかり育てなさい。鉱石なら採掘場で採れば良いだろう。」

「ふざけないで!私にドワーフの真似事をしろと言うの!?」

突然の私の激昂に目を白黒させていたザザンだが直ぐにエルフとドワーフの関係を思い出し、私の制止も聞かずにばつが悪そうに家の中に退散していった。

「ちょ、ちょっと!こんな化け物押し付けて逃げるつもり!?」

「すまんのぉ。私は研究で忙しいのじゃ。あぁ忙しい、忙しい。」

扉の奥からザザンのこの言葉を最後に幾ら呼び掛けようが扉を激しく叩こうが返事が返ってくることはなかった。
冗談じゃない!冗談じゃない!心の中で何度も吐き捨てる。
今でこそ人間の台頭で彼らの姿を見なくなったがエルフとドワーフの対立は太古から続いていた。土を掘り起こし山を切り開き植物を傷付けながら鉱脈を探し続けるドワーフをエルフは嫌っていたのだ。
そのドワーフの真似を誇り高きハイエルフの私にやれと?魔獣を育てる為に?
私にとってそれはとても納得出来るものではなかった。
その後も暫くザザンが現れるのを待ち続けていたが結局彼が現れる事はなく、仕方なく私は根城にしているジュノへと子馬を連れて帰るしかなかった。


*************


ザザンが子馬を召喚してから数日が過ぎた。その間に何度溜息を漏らしただろう、最早数える気にもならない。
とにかく私が行くところ行くところにこの子馬は着いて来るのだ。
大陸中を旅している時は勿論、魔物を狩っている時でさえ私の足元から離れようとしない。
恐ろしげな魔物の咆哮の一つでも聞けば逃げ出しても良さそうなのだが、身体を強張らせながらも私に寄り添って動かないのだ。
一度全力疾走で子馬を置き去りにしてやろうと企んだが、ある程度距離を引き離すと子馬は大声で泣き叫び道行く商人や冒険者の視線を自身と私に集中させ、私に踵を返させるという荒技まで使ってきた。
そのくせ街中など安全な場所と解ると途端にはしゃいで走り回り姿を消す。そして街から一歩でも外に出ると何処からとも無く駆け寄ってきてまた擦り寄ってくる。

「まったく・・・とんでもない拾い物をしちゃったわ。」

悪態を吐きつつ口元が緩んでいるのに気付き私は苦笑した。
確かに鬱陶しいし面倒臭い。苦労も迷惑も掛けられる。しかしこの子馬との日々を思い出すと腹ただしさより別の感情が沸いてくる。
口元が、表情が自然と緩むのだ。町を出る時、このまま現れなければ良いと思いつつ待っている自分が確かにいる。
子供が居るとこんな感じなのかな?それと手の掛かる弟や妹?物心がついた頃には天涯孤独だった自分には、今抱いてる感情がどのようなものなのか想像できない。
そのような事を考えながら傍らに置いてあった袋に手を掛ける。その袋が予想以上に軽くなっている事に気付き、一気に現実に引き戻された。
この袋はムーンゴーレムから入手した鉱石を入れていた袋だった。
纏まった数量になったら売ろうと入れておいた袋だ。当初両手では持ち上げられない程貯まっていたのだが、今となっては片手で持ち上げられるほど軽い。

「ここまで・・・かな。」

座っている私の膝に図々しく頭を乗せて寝息を立てる子馬に向かってその鬣(たてがみ)を撫でながら呟く。
今まで成り行きで飼ってきたが、鉱石がなくなればそうも言っていられない。
露店で売っていないこともないが値段が高く買い続ければ間違いなく破産するだろう。かといって採掘する気など更々無い。
私と一緒に居れば飢え死にするだけである。それを悟ればこの子馬も自分で餌を探しにいくなり新しい主人を探すなりするだろう。
この子馬と離れることが寂しくないといえば嘘になるが、それでもドワーフの真似をして採掘するのは私の誇りが許さなかった。


そんな折である。一つの仕事が舞い込んできた。盗賊の討伐である。
私は複雑な気持ちを抱えつつメラクへと向かった。


まずは依頼人に話を聞きにいく。最初は簡単な仕事だと高をくくっていたが、話が進むにつれてそうでない事に気付いた。
相手はその辺の流れ者や冒険者崩れではなく、盗賊を生業とするバンディットとスナッチャーの一団であるという。
殺しの専門的な技術を習得している彼らの力を侮る事は出来ない。勿論一対一や二〜三人程度なら問題ないが、それ以上の数で一気に襲われたら無事でいられる自信がなかった。
それでも私はその依頼を受けた。自分の実力がどれだけのものか知りたかったからである。


**************


昼なお暗い街道を依頼人の情報を頼りに盗賊の住処へ歩を進めていく。

「こら!大人しくしなさい!」

私の押し殺した叱責が子馬に飛んだ。村を出てからずっと私の周りをはしゃぎ回っていたのだ。
最早ここは相手のテリトリー内、全身の神経を研ぎ澄ましていた私としては周りで騒がれては集中力が途切れてしまい敵の気配を察知出来なくなる。
ましてやこう目立っていては敵に察知されやすく最悪の事態を招きかねない。
私の言葉を理解したのか不穏な雰囲気を察知したのか、その後子馬は大人しく着いて来る。と、反射的に私は身を屈めた。
前方に人影を発見したのだ。子馬を促し脇道にある林に身を潜め慎重に前進していく。
私の勘は当たっていた。バンディットとスナッチャーがそこに居た。見張りだろうか、倒木に腰を下ろし何やら騒いでいる。

バンディット・・・1、スナッチャー・・・2!いける!

子馬の気を落ち着かせる為に優しく抱き寄せながら矢の届くギリギリの距離まで詰める。
間合いに入った瞬間、子馬の頭を一撫ですると私は気の影に隠れながら射撃体勢に入った。

まずは一番手強いヤツを・・・!

弓を限界まで引き絞りその力を解放させる。矢はまるで吸い込まれるように正確にバンディットの眉間へと突き刺さった。その一矢でバンディットは絶命する。
慌ててスナッチャーが立ち上がったがその時既に私は第二射の体勢に入っていた。矢の飛んできた方向で大体の私の位置は知られてしまったが、それでもまだ薄暗い林に隠れている所為か姿は発見出来ていないようだ。
その隙を突いて第二射を放った。矢は肩口に当たりその勢いでスナッチャーの一人が後方に倒れこむ。
起き上がろうするところを連続して矢を放ち止めを刺す。そこには矢を全身に浴びた壮絶な死体が横たわっていた。
しかしこれで私の位置が完全に知られてしまった。最後の一人が猛烈な勢いで私に向かって突進してくる。
それに合わせて私も街道に躍り出る。遮蔽物の多い林の中での戦闘はアーチャーの私にとって圧倒的に不利だからだ。
弓に矢をつがえ精神を集中させる。この矢をかわされたら私は相手の間合いに入ってしまい、その手に握られているトンファーの一撃で頭部を砕かれるだろう。どうしても外せない一矢だった。
迫り来るスナッチャーの恐怖を押さえ込み心を落ち着かせて狙いを定める。そして矢を放つその瞬間、不意に私のすぐ後ろで子馬の嘶き(いななき)が聞こえた。
しかし振り返る余裕はなかった。そのまま矢を放つ。
矢はスナッチャーの喉元に突き刺さり矢本来の勢いと突進する相手の勢いでそのまま突き抜け、スナッチャーはその場に崩れ落ちた。
私はその事を確認すると慌てて後ろを振り返る。そこには何時の間にか私の真後ろまで接近していたバンディットと子馬が激しく争ってした。
私は前方の三人に集中するあまり、後方から近付いて来たバンディットに全く気付く事が出来なかったのである。
それに気付いた子馬が声を上げたが、私はそれに応える事が出来なかった。
結果・・・子馬は全身に無数の傷を負っていた。それでも尚、私の前に立ち塞がり蹄を打ち鳴らしながら勇猛果敢にバンディットへと突進を繰り返している。

「何やってるのよ!アンタはぁ!」

叫びとも怒りの声ともつかない声を上げ、私は至近距離から無数の矢をバンディットへ放ち続けていた。


短いが激しい戦闘を終え辺りが再び静寂に包まれる。
その中全身を血に染めながらも、それでも弱々しく尾を振りながら子馬が私の元へ近付いてきた。
ふらつく足取りでいつもの通り私の足に擦り寄ってくる。
私は急いでヒールを唱えた。子馬に向かい交差させた手を広げ癒しの力を解放する。しかし一向に怪我が治る気配がない。

「なんで?なんで傷が塞がらないのよ!?」

より力を込め、より動作を大きくし何度も何度も必死でヒールを唱え続ける。
大粒の汗が地面に幾つもの模様描き魔力の尽きた私が地面に膝を付けた頃、子馬は私の手を一舐めしその場に崩れ落ちてしまった。
私は子馬を抱きしめた。涙が止まらなかった。無言で抱きしめる。口を開けば泣き声しか出せそうになかったから・・・。

「今日は疲れたね。帰ろっか。」

やっとの思いでそう言うと私は子馬を強く抱き締め帰還呪文書を広げた。


***************


あの戦いから数日が過ぎた。私は今ランドルで雑貨商人を営むゲレスの所に来ていた。
あの日、村に戻った私はある事を思い付き、子馬を近くの木陰に寝かせると一縷の望みを賭けて身体を引き摺りながらも大急ぎで大魔法師ミネアムの元に向かった。

稀代の魔法師なら魔獣の怪我を治す術を知っているかもしれない。

ミネアムの屋敷に駆け込むと私は従者の制止を振り切り、ミネアムの服を掴み必死で懇願した。あの子を助けてくれ。ナイトメアの子を救ってくれ。と。
ナイトメアの子と聞きミネアムは多少の驚きを見せたがすぐに優しい笑みに戻り私を落ち着かせ事情を聞くと、大急ぎで数種類の薬草を掴み私を連れて子馬の治療に当たった。
応急処置を済ませると屋敷に運び込み安静にさせる。丸一日危篤状態が続いたがなんとか山を越えた。その場に居た者が皆、安堵の息に包まれる。
子馬の様子を看ていた私にミネアムがお茶を勧め席に着かせる。そこで例の薬草を広げて見せた。

「これが何か解りますか?」

「いえ・・・これは何の薬草でしょうか?」

「これはクラクです。魔獣の類はこの植物でしか癒せません。また花や棘といった部分に多くの成分が含まれる為、緊急であればその部分を使った方が良いでしょう。」

それから丁寧に製法を私に教える。そして製法を全て伝え終えると不意に真剣な瞳で私を見詰めた。

「それで貴方・・・フローレさんでしたか。あの子馬をどうするおつもりです?貴方もご存知の通り魔獣ですよ?」
私は答えられずにいた。更にミネアムは語を続ける。

「それでは質問を変えましょう。あの魔獣は人々に悪夢を与える存在になるでしょうか?」

「そんな事にはなりません!私が・・・私が必ず・・・!」

私は顔を上げ真っ直ぐミネアムの瞳を見据える。それを見るとミネアムはにっこりと微笑み柔和な表情に戻った。

「それを聞いて安心しました。この世の全ては泡沫の夢のようなもの。あの子と共に良い夢を。」

ミネアムの話によるとプロキオン神殿で最近発見された部屋から大量のパーンの笛と・・・ドレイクの卵という物が発見されたそうだ。
それらが魔物の大群に略奪された事、何かこの世界の運命の歯車が回り始めた事を教えてくれた。

(その子の心は真っ白じゃ。人々に良い夢を見せるのも悪夢を見せるのもお主次第。)

私はその時ザザンの言葉を思い出していた。もしやザザンはこの事を知っていたのだろうか・・・?


「ちょ〜っと!なにボサーっとしてるのさ!」

ゲレスに背中を叩かれ我に帰った。何でもないと答える私に半ば呆れ顔を見せる。

「んな訳ないでしょ。でなきゃアンタがそんな物を手にするもんか。」

ゲレスに言われて初めて気が付いた。私は採掘用のハンマーを手に持っていたのだ。
非力なエルフでも扱えるように調整した少し小振りのハンマー。私が一番毛嫌いしていた商品だ。

「あー・・・このハンマーを貰うわ。」

「ちょ!待ちなよ。アンタ採掘始めるつもり?あんだけ馬鹿にしてたのに!」

「ついでにそっちの採集用ナイフも貰うわ。クラクも採集しないといけないしね。」

「・・・アンタが生産を始めるなんて、どういう心境の変化?」

「相棒にちょっとね・・・必要なんだ。」

少し恥ずかしくなりハンマーの先端で鼻の頭を掻く。

「あ〜男か!簡単に信念を変えるなんてねぇ。もう少し骨のあるヤツだと思ってたよ。」

ゲレスが皮肉というには程遠い、悪戯っ子のような笑みを浮かべて断言してくる。

「まぁね。そんなとこよ。」

曖昧な笑みを浮かべて答える。相棒が子馬だなんて、ましてや魔獣の子と言ったところで信じるどころか笑われるのがオチだと思ったからだ。
ゲレスは私が必死に否定すると思ったのだろう。その予想が大きく外れて動揺の色を隠せなかったが、それはすぐさま興味の色へと変化していった。

「んで?その相棒とやらは何処にいるのよ?」

「さぁ?その辺走り回って遊んでるんじゃない?」

「走り回っ・・・!どんな男なんだよ・・・。」

私は笑いが堪え切れなくなり代金を払うと急いでその場を後にした。


次の日の早朝、私は眠い目を擦りながら起き出した。丁度夜と朝の狭間、世界を清浄な青色に染める時間である。

「ほらぁ、起きなさい。出掛けるわよ。私が居ない間中、宿屋で泣き叫ばれたら堪らないわ。」
子馬の頭を指先で軽くつつく。やっと目を覚ましたかと思ったら寝惚けているのか部屋の柱に擦り寄り尾を振っていた。

「ちょっと〜失礼ね。そんなのと私の足を間違わないでくれる?」

笑いを堪えながらも一応抗議してみる。今度は本当に目を覚まし私の元に駆け寄ってきた。
宿屋を出るとまだ少し冷気の残る空気が身体を撫でる。その中、私と一頭は採掘場へと走り出していった。


*************


「さて、もうひと頑張りするか!」

身体中の痛みも和らぎ再び腰を下ろす。ふと隣を見るとまだ先程あげたストーンオンをまるで子供が飴を舐めるかのように大事そうに食べていた。
その様子が可笑しいやら愛らしいやらで思わず噴出してしまう。
幸せそうな子馬の姿を眺めながら再びハンマーを振るう。耳障りだった金属が岩を砕く音も今では苦にならない。

「そういえばまだアンタの名前を決めてなかったね。どんな名前が良い?・・・あぁ食べるのに夢中ですか。そうですか。」






私はまだ知らない。近い将来この子馬が生死を共にする本当の相棒になる事を・・・。


END


〜ギルド『クロイツェル』の休日〜
・・・ごめんちゃいm( __ __ )m