称名寺の庭園は元亨三年(1323)に描かれた重文「称名寺絵図並結界記」によって
伽藍の配置と共に完成時の姿を知ることができます。
庭園は、金沢貞顕の時代の文保三年(1319)から、翌年の元応二年にかけて造られました。
作庭には性一法師が携わり、青嶋石を使用した90数個の景石を、
中島や池の周囲に大量の白砂と共に配置することなどを指示し、その満々と水が注がれた
苑池には貞顕から贈られた水鳥が放され、ここに伽藍の美観の要とされる
浄土庭園の完成が見られました。
苑池は金堂の前池として、浄土思想の荘厳のために設けられたもので
南の仁王門を入り池を東西に二分するように中島に架かる反橋と平橋を渡って
金堂に達するようになっています。
このような配置は、平安時代中期以降盛んになった
浄土曼荼羅構図に基づき造られた浄土庭園の系列にあるもので
称名寺の庭園は時代的に浄土庭園の基本的な形態を残す
最後のものとして庭園史上高い評価を得ております。
横浜市教育委員会
史跡称名寺境内愛護会
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