場所 |
兵庫県西宮市北部に位置し、西は神戸市の有馬温泉に隣接、東はやや距離を置いて宝塚温泉がある。 また、六甲山系北側の斜面にあり、生活区間は標高300〜400メートルに位置している。田畑は棚田で形成されている。 |
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| 人口 | 約200世帯、約800名の小さな集落。 2000年まで人口は微増しているが、少子化の影響がどうなるか? |
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| 生活圏 | 西宮市内とはいえ、公共交通機関は有馬ー船坂ー宝塚のルートで結ばれているめ、自家用車がない時代は西宮市南部の市街地部と直接結合されず、宝塚が生活の中心だった。今は家族構成に応じて複数の自家用車を所有している世帯が多く、大型小売店を展開している神戸市北区や三田市方面が生活の中心となっている。 また、西宮北有料道路が平成3年3月25日(1991年)に開通し、西宮市南部と北部のアクセスはよくなった。しかし、予想より交通量が多く平日の朝と休日の夕方の渋滞が慢性化した。渋滞を解消するための南伸事業によって、ネックであった甲寿橋交差点は平成16年3月27日(2004年)立体交差化され、朝の渋滞は解消した。しかし、まだ休日の夕方は船坂を起点に金仙寺辺りまで渋滞することがある。 |
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| 地場産品 (野菜) |
昭和50年代までは清浄野菜の農業が盛んで、大阪方面に出荷されていた。中でも ”船坂のパセリ” は高級蔬菜として名声を得ていた。 涼しい気候を利用して他の地域が出荷していない時期に栽培し高値で取引をしていた。 |
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| 標高が高いため昼夜の温度差が大きく、おいしい野菜を生産できる。特に夏野菜は格別である。 | ||
| 現在は後継者が少なく生産量は激減し遊休農地が増えつつある。が、地域外の方々の家庭菜園利用が増えつつある。また、 「農業・農地を考える会」は発足し農地利用の検討が始まった。 | ||
| (寒天) | 冬の水質、風土やきれいな水などの条件が寒天作りに適した環境で、明治18年に始まり、昭和5年頃をピークに盛んに作られていたが平成10年頃廃業となった。 | |