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ホーチミン・アンコールワットの旅
                             2002・2・6〜12

世界3大仏教遺跡、世界遺産に指定されているアンコールワットへの夢はかない期待に胸を膨らませながら17名の旅は始まった。今回はベトナム・ホーチミン経由でカンボジアに入国する。

関空11時15分発VN941便、所要時間6時間タンソンニャット空港に無事到着。簡単な入国審査を経て現地ガイド、NGUYEN VAN CHIEN(グエン バン チェン)の歓迎。日本は真冬、ベトナムは常夏、着ていた上着を脱ぎTシャツにそれでも暑い。

すぐホーチミンの5つ星ホテル、ニューワールドホテルへ。

休憩後市内のレストランにてベトナム民族舞踊を観賞しながら夕食。コリアンダーの香りが気になるが比較的日本人の口にも合う料理だった。結婚シーズンか隣で披露宴が開催されていた。

                        ヴェトナム民族舞踊
ホーチミンは旧ヤンゴン、フランスが植民地時代に作った新しい街で区画整理のされた近代的都市で街路樹が多かった。人口600万人オートバイ250万台、一家に二台の数と言う。2人乗りで市内を走り回る。ホンダと中国製が多い。ホンダの高級車だと年収に匹敵するというが中国製は約半額。12日が旧正月で年末の買い物でごったがえしていた。

金柑やお花、陶磁器等々がホテル前の大通り公園に所狭しと販売されていた。

 

7日6時モーニングコール、クチの地下トンネル観光へ。ホーチミンより63km1時間半少し途中ライスペーパーを作っているお店でトイレ休憩、埃まみれの道端に沢山のライスペーパーやフランスパンが売られていた。
                 
 ライスペーパー

施設の中でベトナム戦争の様子をビデオで見てから林の中へ、小銃を撃たしてくれる場所があり1発1ドル小生5発撃ってみたが1発も的に当らなかった。音の大きさに驚く。ベトナム戦争からもう27年も経っていた。この地も枯葉剤で何も無くなったが今はジャングルに戻っている。それでも爆弾が被弾した穴や戦車の残骸が残っていた。

トンネルの入り口は解らないように枯葉で巧妙に隠されていた。その他落とし穴や作戦司令室、病院が再現されている。全長250キロにもおよぶトンネルの一部が観光用に開放され狭い内部も見学ができた。

       

市内に戻り統一会堂の観光、南ベトナム政権時代の大統領官邸で、当時のままの姿で公開されていた。お土産やさんに立ち寄りホテルで昼食、お寿司もあった。
              
 屋上より市内を見る

空港税12ドル、3度もチェックを受け、16時30分発のVN829便にてシェムリアップへ。1時間にて到着、カンボジアのガイドPRIM PREYの出迎えを受けてアンコールホテルへ、マフラーに似た物をプレゼントされる。ホテルでカンボジア民族舞踊を観賞しながら夕食。ビールに2ドルを支払う。

 

8日朝5時出発、アンコールワットの日の出観光、観光客の多さと多人種に驚く。綺麗な朝日に感動。もう一度ホテルに戻り朝食、

8時半出発アンコールトムの南大門観光、門の手前でバスを降りナーガと神(向かって左)アスラ(同右)の欄干を見ながら4面の仏像のある南大門を潜る。堀にかかる橋の長さ130m、南大門の高さ23m。門の内側には3つの顔を持つ像が鼻で蓮をつかんで立っている。ここがアンコールの入り口だと思えた。

正面に石の山が見えてくる。ここがバイヨン寺院、東に回り東門より観光、12世紀末ジャヤヴァルマン7世によって建立された仏教寺院、高さ45mの主塔を中心に尖塔が林立する。それぞれの塔の4面に観音菩薩像の微笑みが我々を出迎えてくれた。第一回廊には当時の生活や戦争の様子が緻密に彫られていた。バイヨンの微笑みは現在196面、回りから見られているようで少し不思議な気分になる。

 

戦争で傷ついた者や死者は死者の門を潜りこの寺院にたどり着く。勝利の者は、東大門(勝利の門)より王の待つ象のテラスにて勝利を讃えられた。

北側に出て少し行くと象のテラスとライ王のテラスがあった。木陰も無く暑いのでバスに逃げ込む。後でガイドグックを見ると象のテラスの奥に王宮があったようだ。

帰りにお土産屋の2階にて昼食、ホテルで3時まで休憩、40度近い暑さの為毎日12時より3時まで休憩だった。

 

3時よりアンコールワット観光、第1回廊の乳海攪拌の説明を受け階段を登って第2回廊、この回廊は未完成の為レリーフは無かった。第3回廊にたどり着くためには天空への階段を登らなくては行けない。一部の人は諦めてしまったが第3回廊からの景観は素晴らしい。下るのが又一苦労、垂直に近く感じる。第2回廊には十字回廊や沐浴の為の池もあった。暑さと疲れで中駐車場まで帰る距離が遠く感じた。

1113年スールヤヴァルマン2世によって30年以上の歳月をようした地上65mの中央塔を持つ東南アジア最大の石造寺院である。

 

次は夕日の観光の為プノン・バケンへ。徒歩で山の頂上まで上がるメンバーもいたが小生はダウン、25ドル支払って象の背に乗って往復する。頂上よりアンコールワットや西バライがよく見えた。この山頂にどうして石を上げたのか不思議な気がする。

街灯も信号もない暗い街。一人で街に出ることも出来ずホテルで酒を飲む程度。レストランで民族舞踊を見ながら夕食。ホテルの踊りより綺麗だった。

                 カンボジア民族舞踊

9日今日も暑い、車で約1時間遺跡群より北東へ25km、バンテアイ・スレイ観光、ここには東洋のモナリザ、デェバダーが観賞出来ると思ったがロープで囲まれており見えず残念。赤砂岩に素晴らしい彫刻がほどこされた小さい寺院だが見ごたえが有る。967年ラージャンドラヴァルマン2世、ジャヤヴァルマン5世によって建立された。ヴァンテアイ・スレイとは「女の砦」と言う意味である。

 

遠くより見ると丸く見える椰子の木は砂糖椰子と言う。花の蜜を煮詰めると砂糖が出来る。作っているお家に立ち寄り見学。高床式民家の中を覗いたが何も無い部屋、少しの家財道具とベッドが有るだけ。近くに川があってお風呂と洗濯をする、トイレも水道も台所もなかった。朝、陽が登ると起き、陽が沈むと寝る生活。お陰で子供の多いこと。油の木から蝋を取り松明を作る、砂糖椰子で砂糖を作り椰子の実を売り、川で魚を取り蛋白源にする自給自足の生活。日本では考えられない状態の生活を送っていた。

                        油の木

世界の先進国が遺跡を修復し援助無しではこの国は成り立っていかない気がした。でも精神的貧困は無さそうだ。

毎日同じ道を遺跡まで通う。途中にゲートがあってチェックを受ける。1日観光パスが20ドル2〜3日観光パスは40ドル。年間40万人ほどの外国人観光客がここを訪ねてくるがその内60lは日本人で次にフランス人と言っていた。

帰り道市内のお土産屋さんに立ち寄り、レストランにて少し早めの昼食、ヌードルが美味しかった。またまた3時までホテルで休憩。

 

3時より勝利の門をくぐりタ・ケウ寺院観光、アンコールワットより古く彫刻の無いシンプルな寺院。階段を最上部まで登るメンバーもいたが小生は下から眺めただけ。

タ・ブローム寺院観光、ガジュマロによって倒壊された仏教寺院跡、迷路のような寺院でガジュマロの根が蛇のようにうねっている。今後この木の根によってさらに倒壊していくと思うと感慨無量。この寺院とバイヨン寺院が印象に残った。両遺跡共ジャヤヴァルマン7世によって建立されている。

夕食は市内のレストラン、電圧が低く時々暗くなる。椰子の実のジュースが美味しかった。

 

10日西バライの観光。東西8キロ、南北2キロの人造湖である。11世紀後半ジャヤヴァルマン6世によって作られた。堤防の高さ10m。同じような大きさの東バライもあったが現在は埋まってしまって田んぼになっている。
 市場に寄りお買い物、特に欲しい物は無かったが胡椒を買う。豚の頭や足を売っているのが珍しいと数人を案内。良い写真が撮れたかな?
荷物の整理をしてチェックアウト、昼食は日本料理店「銀河」で天ぷら定食を食べる。

今日は休憩なしにトンレサップ湖の観光へ、市内から15キロ程、山の上にあるプノム・クロム寺院を過ぎてからカンボジアの道?が続く。4〜5歳の子供の足のほうが速いぐらい右に左に揺れる。やっと船着場に、バスを降りると魚の腐ったような匂いとドブの強烈な匂いが鼻をさす。2隻に分乗して入り江から湖へ、さすがに広く対岸は見えない。琵琶湖の10倍、雨季になるとプノム・クロム寺院の下まで水がきて水上生活者のお家も移動して来る。大きな船が首都プノンペンまで物資を運んでいる。この地域はメコンデルタの遊水池の役割を持っているのだろう。
子供達があのドブのような川で水浴びをしていた。よく病気に成らないものだと
感心する。
学校、病院、郵便局、警察等々みな水の上に在り一生を水の上で生活する。

その後シェムリアップ空港へ。

 

8ドルの空港税を支払い18時15分発VN828便にてホーチミンへ。電気は光々と点いているし大都会に帰ってきた感じを受ける。すぐレストランで海鮮料理の夕食、ベトナム焼酎を飲む。初日に泊まったニューワールドホテルへ。

11日8時出発、1時間40分にてミトーの町へ、ここも年末の為賑わっている。メコン河のクルーズを20分程してタイソン島に着く。ここのガイドはユイさん17名の参加者の名前を一瞬に覚えるパホーマンスに皆拍手喝采、フルーツや歌のサービス後に小船に4人づつ分乗しマングローブの森の中を20分。河の中の小さな浮き桟橋で大きな船に乗り換える。
       
      
    

昼食はメコン名物「エレファントイヤーフィッシュ」象の耳の魚をライスペーパーに巻いて食べる。もち米の風船「Great Ball of Rice」は美味しかった。

              

市内に戻り郵便局と聖母マリア教会、市役所を見学後ホテルに帰り荷物整理、ベトナムのお年玉袋を買い全員にプレゼントをする。日本だと親が子供にお年玉を渡すが、ベトナムでは子供が親にお年玉を差し上げるのだそうだ。

6時出発、船のレストランにて小生と添乗員が最後の挨拶と夕食をすませ空港へ。1週間はアットいう間に過ぎ去ってしまった。

23時発VN9400便は臨時便で関空に12日朝6時頃無事到着。ここで解散し個々に家路へと分かれました。    

皆さんお疲れ様でした。