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ボロブドール遺跡とバリ島の旅

2000・6・2〜7(9)

世界三大仏教遺跡の最後の旅はジャワ島にあるボロブドール遺跡だ。
今回は2月に開港したばかりの中部国際空港よりの出発となった。

2日 朝6時半津市のなぎさまち港に19名が集合、7時発のフェリーに乗船した。
40分で中部国際空港(セントレア)に到着する。3名と合流し総勢22名の旅の始まりである。
搭乗手続きを終え10時30分発、ガルーダインドネシア航空
GA889便に乗る。バリ島のデンバサールまで7時間のフライト、現地時間16時35分無事グラライ空港に到着する。ビザ代25ドルを支払い現地スタッフの藤原さんの出迎えを受ける。

海岸の砂浜でサンセットディナー、インドネシア料理に舌鼓を打ちながら暫し談笑。
今夜のホテルはメサドゥア地区にあるメリア・バリホテルだ。

インド洋に沈む夕日

3日 少し寝たなと思ったらモーニングコール。荷物をまとめ4時50分出発。

約30分で空港着、6時20分発のジョグジャカルタ行きのGA241国内線に乗る。
空港税20,000インドネシアルピーを支払う。

また時差1時間があり6時35分アディスプト空港に到着する。東ジャワ地方に活火山が眼下に見えた。ガイドのRAHA(ラハ)の出迎えを受けてハイアット・リージェンシーホテルへ。ここで朝食を食べていよいよ観光の始まりだ。

ジョグより北西42km。道が狭いのとオートバイが多いので約1時間少しかかってボロブドールに到着する。車窓より小高い丘の上に遺跡が見える。

車を降りたとたん物売りが押し寄せてきた。「2千円」の声を振り払いチケット売り場に。

35℃ぐらいあり湿度が高い。公園のように綺麗に整備され中にトリムも走っているが遅くなるというので木陰を探しながら15分ほどで遺跡の前に立つ。

東西南北1辺120m高さ34m安山岩のブロックを積み上げた世界最大の石造建造物で「キャンディーボロブドール」と呼ばれている。770年頃から820年頃までの50年間かけてシャイレンドラ朝によって建てられたことが最近の研究によって解明されている。

ところがたびたび噴火を繰り返したメラピー山の火山灰に覆われ、1814年イギリスのラッフルズによって1000年の眠りから目覚めたのである。

1960年代初頭には崩壊寸前であったが国際協力による解体修復工事が行われ1982年完成、1991年世界遺産に登録された。

上空から見ると曼荼羅の形をしている。5層の方壇の各層に巾約2mの回廊が巡り1460面にもおよぶレリーフが施してある。方壇の上に3段の円壇があり上から16,24,32の小ストゥーパー72基があり、中に仏坐像が安置してある。2基は坐像がむき出しになっていて良く解る。中心に大ストゥーパーがある。

基壇が「欲界」方壇が「色界」円壇が「無色界」を表しレリーフを右回りに見て上っていくと解脱の世界に到達するという。寺院というが内部の無い構造である。

釈尊の誕生の説話や善財童子の説話の説明を聞いていると日傘と団扇で涼を与えてくれる親切な人が集まってくる。断らないと最後に「千円」を要求される。

帰り道にも土産屋さんの「2千円」の声声・・・自転車の置物、笛、ハンカチ、Tシャツ、絵葉書、ガイドブック等等・・・とにかく暑いのに隣にまとわりついてうるさい事。

バスに飛び乗り次の観光地、ムンドウツ寺院へ

バスを降りたとたんかわいい女の子がTシャツを持って駆け寄ってくる。今度は「千円」

内部は暗く如来像と脇侍佛が二体、日本の仏教関係者が「ジャワ美術の最高傑作」と賛辞を送っている。係員が反射板で内部を照らしてくれたので上手く写真が撮れた。

外壁面のレリーフも綺麗であった。ガイドは菩提樹と言うがガジュマロの木だと思う木の下で少し遊んだ。帰りにかわいい女の子に千円と言われ6枚千円で買ってしまった。

ジョグまで戻る途中バテック工場見学、ろうけつ染めの工程を見学する。この店では誰も買っていない様子だった。

昼食は市内のホテル・アイビスでバイキングの食事。昨夜飲みすぎたのか食欲がない。

午後からプランバナンの寺院群の観光、別名ロロ・ジョグラン「すらりとした姫」の意。

ここも1991年に世界遺産に指定されている。

広大な敷地には崩壊した石が無数にあった。将来復元をするのか?石同士を組み合わせるためずれないように溝が刻まれている。技術力の高さが伺える。

この寺院は9世紀中頃のヒンドゥー寺院である。中央にシヴァ神を祀るひときわ大きい聖堂は高さ47m。ドゥルガー神、ガネーシャ神など4神が祀ってある。堂の外壁には「ラーマーヤナ」を描いた42面のレリーフが飾られている。

シヴァ聖堂に向って右がヴィシュヌ聖堂、左がブラフマー聖堂、シヴァ聖堂の前にナンディ聖堂、ハンサ堂、ガルダ堂と6個の聖堂が立っている。

帰りはあいも変わらず物売りの攻勢を受ける。またまたボロブドールとブナンパナンの解説本と絵葉書を買ってしまった。

銀細工のお店に帰りに寄った。意外と安く随分と買った人もいた。私も家内のお土産と息子の嫁3人分を買ってしまった。

少し早いがホテルに戻りシャワーを浴び、少し休憩をしてからバイキングの夕食を取った。夕食後影絵劇(ワヤン・クリッ)の鑑賞に出かけた。2時間もあるというが1時間ほどにしようと出かけたが見ていても何も解らず15分で帰ってきた。音楽はガムランの生演奏で凄い数の楽器でした。写真は撮れました。

「今日の日は長かったな〜」明日も7時半出発だって???

4日「ブガワン・ソロ」の歌で有名なソロへ、車で2時間少しマンクヌガラン王宮に着く。

まあ綺麗と思わせぶりなトイレで用をたして広間へ、今日は日本語のガイドがいないのでドイツ語のガイドに案内をしてもらった。それなりの調度品も飾ってあったが特にこれと言うものもなかった。影絵の人形も売っていたが日本円で5000円もした。タイの王宮からしたら何も無い王宮であった。

その次行ったのがブガワン・ソロで有名な河、ここも何も無い濁った川が流れているだけ、それでも観光客が来るのかお店はあった。家内の父が戦争でジャワに来ていたので歌をよく歌っていたそうだ。

ソロ市内に戻り中華の昼食「東方酒家」にてビールを飲む。その他のお酒はイスラムの国だから何も無かった。

午後からジャワ原人の里、サンギランへ。世界遺産に1996年指定されているので少し期待をして行ったが博物館だけあって何も無かった。お土産売りのおばちゃんがいるだけであった。帰りにまたもやバチィックのお店によりお買い物。私は何も買わず隣の骨董店に立ち寄ったがめぼしいものも無くホテルに帰ってきた。

今夜の夕食はホテルのプールサイドでバイキング。プールの向こうで民族舞踊が行われていた。
なかなかシャレた夕食になった。珍しい料理も頂きました。

5日 またもやモーニングコール4時半 朝食後550分ホテル出発、7時15分発のGA240便に乗ってデンバサールへ、空港税15000ルピアを支払う。時計を1時間戻す。

ガイドのユダナが迎えてくれる。バリ博物館へ直行する。ここも千円がしつこい。

    

庶民の胃袋を満たすバザールを見学したが、凄い異臭と熱気に圧倒された。

昼食は免税店もあるプラザ・バリで中華料理だった。ショッピングセンターを歩いたが何も買うものが無かったので、何時ものようにトランプだけ買った。

次に案内してもらった所はバディック工場。でもここはドル表示でジョグより安かった。みんな又してもお買い物。孫の土産が無いのでTシャツを購入した。今までの店に比べると安かった。その後芸術村ウブドへ。途中籠の店に立ち寄ったが買うもの無し。

今夜のホテルはアルマ・リゾート最近名前が変わったそうで旧名はココカンホテルだった。
いろんなホテルに泊まったがこんなホテルは初めてだった。
私の泊まった部屋は
2階で3階建ての建物、部屋の入り口に豪華な彫刻が施してあるが開け閉めをすると「ギー」と鳴る。1階と23階と皆入り口の方向が異なり外から直接入れるようになっている。

部屋番号は解っても何処にあるのか判らない。お風呂もバスタブとシャワーだけでどう入ったら良いのか判らない?

夕食前に数名がテラスで一杯。夕食会場は少し離れたホテルのレストラン。6月生まれの仲間5人がいたので乾杯。スタッフの中に日本人田中洋子?さんがいた。ダンス留学で来ていた。帰りに見送りにも来てくれた。

 民族衣装でお見送り

帰りに野外ステージでレゴンダンスを鑑賞する。ウブドでもハイクラスと言うだけに素晴らしかった。最後の夜なので呑み助ばかりで宴会。飲みすぎた人は明日ダウンするとは考えもせずに・・・?酒、焼酎、ウイスキーのチャンポンだからたまらない。

6日 9時出発でやっとのんびり出来た。今日の予定はキンタマーニ高原へ。

途中タンバクシリンにある聖なる泉が湧き出るティルタ・エンプル寺院に寄る。
沢山の人が沐浴をしている。この泉の水は万病に効くとバリ中から集まってくる。
短パンの人は腰巻をしないと入場できない。ズボンの人も腰紐を付けての入場だった。

寺院の上にスカルノ元大統領の別荘があった。帰り道はお店の中を通らないと帰れない。

でもここの値段が一番安かった。大きなボストンバッグ街では2個千円から始まり最終4個千円になった。でもここでは1200円???一体いくらなのだろう?

バスの運転手に日本から持っていった三色ボールペンをプレゼントしたら大変喜んでもらった。
百均で買ったものだが何時までも眺めていたのが印象的だった。

バトゥール山1,717m活火山で噴火の溶岩が今でも見ることが出来る。
眼下にはバトゥール湖、
2階の全体が見えるレストランで昼食。大きな木の釣り人やお面の彫刻が千円だと言う。景色を見ただけで次の観光地タナロット寺院へ、車で2時間。

  

海の神様が祀ってある夕陽が綺麗な観光地である。ここは暑かった。絵葉書売りのおばちゃんの攻勢に会う。2万ルピーで30枚あった。あまりの暑さにポカリスエットを2本買い1本をバスでのびてる仲間に飲ます。一本1万ルピーだった。

帰り道ライステラスの綺麗な場所があったので車を止め写真を撮る。時間も経っているがポカリも効いたかやっと写真を撮りに降りてきたからもう大丈夫だろう。

開演の時間に少し間があるので芸術センターにて時間を潰し、ケチャックダンスを見る。
「クチャ・クチャ」と周りで男性合唱団が歌うが内容が解らず暗いし写真も撮れなかった。

   

今回の旅行でバロンダンスには縁が無かったが有名な芸術には触れられたと思う。

最後の夕食はロブスターディナー、レゴンダンスを鑑賞しながらの夕食だ。

私と油井さんが最後のお礼を述べて終わった。数名が舞台でダンサーと一緒に踊り楽しい一時は終わった。10名はメリア・バリホテルに延泊2日をするのでホテルまで。

荷物を受け取り皆さんとお別れをする。こんな立派なホテルで食事もせず、数時間寝ただけだと思うと少し後ろ髪が引かれる。

空港で藤原さんのお見送りを受け、0時30分発GA880便に搭乗する。

出国税10万ルピー、残ったルピーで最後のお買い物をした。仲間二人で日本食の店に入り鉄火巻きと日本のビールを飲んだ。やはり美味しかった。

機内は満席に近く身動きも出来ない状態だった。

台風の影響か少し遅れたが無事セントレアに到着。10時のフェリーに乗り1040分津の港に到着した。写真交換会で再会を誓い解散した。

延泊の10名もエステやラフティングで有意義な2日間を送って帰ってきました。

全員無事帰国でき感謝!感謝!

 最後に南半球に行って解ったことは太陽が冬の間北を回っていて影が南に出ることと、南十字星が見えたことが印象的でした。
又ジャワ、バリ島のヒンズー教の家には立派な自分のお寺が建てられていて、お供物を毎日各所に捧げていました。イスラム教国と思っていたのに少し考えが変わりました。

水平 記