ミ ャ ン マ − の 思 い 出
2000・11・5〜11
フンダリケツア−12名の旅は「タザウンディネ祭」でにぎわうミャンマ−国を目指し5日関西国際空港11:10分発TG-623便バンコク径由タイ航空に搭乗。15:30着、同17:45分発 TG-305便ヤンゴン18:30分到着。 早速と「タザウンディネ祭」の供物、お金や日用品が出迎えてくれる。
SAIトラベル、ミャ−・リンのガイドの出迎えを受け日本製のバスでトレ−ダスホテルへ、市内に在り22階建ての高級ホテルである。ホテルのレストランにて軽食の夕食を済ませる。
「両替えは$からのみ1$=370k、1k約0.3円、50$の両替えをします。余れば再両替えします。注意事項、写真は橋、軍事施設、港、マンダレ−空港の撮影禁止です。 ホテルは$支払い、その他はチャット支払いの二重制度になっています。寺院の入場はすべて素足です。」
2日目モ−ニングコ−ル4時、4時半朝食、5時15分空港へ、06:45分発のヤンゴンエア−6T-401にてバガンへ、08:05着、世界3大仏教遺蹟の観光が始まる。
天気は快晴、気温30度程、「ニャウンウ−マ−ケット」の観光、人口 3万人の小さな町であるが、お米野菜、果物、魚類、衣類、ミャンマ−人の化粧品のタナカが路地一杯に売っていた。隋分観光化され、お土産品も多数売られていた。大変おいしそうで蝿が一杯?
国土面積日本の1.5倍、4500万人が暮らしている仏教国。
人口の9割りがロンジ−と言う腰巻きとサンダルスタイル、何故かジ−ンズも売っている?何時何処で誰が履くのか不明。青銅製の三角形をした鐘の音が心良く響いていた。
ミャンマ−のパゴダの原形「シュエズィ−ゴォンパゴダ」の観光。30Kのカメラ持込み料を支払う。
バスの中でサンダルを脱ぎ素足で参詣、以後旅行の最終日迄靴を履く事が無った。
11世紀、アノ−ヤタ−王によって建立が初められ、チャンシッタ−王の時代に完成した。3層の基部と釣り鐘の形をしたド−ムは金色に輝き青空に映え、その美しさは比類がない。内部に釈迦の遺骨と歯が奉納されている。
「グ−ピャウッデ−寺院」2階のテラスから360度視界が開きパゴダ群が美しい。
「チャンシィッタ−窟院」では懐中電灯で内部の壁画を観賞。フレスコ画で仏教画が描かれていたが内部で火を焚き生活をしたため大半は消失してしまった。
漆工場(ウバ−ニェン)見学、竹とホ−スヘア−の漆器や金箔のコ スタ−を買い求める。
途中郵便局により日本へ葉書を出す。
昼食はリバ−ビュ−レストランのミャンマ−料理、テンプラがおいしい。イワラジ河の風が心良かった。
パワ−ホテルにチェックイン、3時まで休憩、バンガロ−タイプの部屋で広いが設備は良くない。
ヤモリの珍客や隣の部屋の声が良く聞こえる。
「ア−ナンダ寺院」巨大な佛像が4面に祀られたバガンを代表する大寺院。30Kのカメラチャ−ジ料を支払う。1091年建立、バガンで最も美しい寺院。
「日本人慰霊堂」にて僧侶の歓迎を受けバナナを頂く。
「タビィニュ寺院」バガンで1番背の高い寺院。12世紀に建立。高さ61m.
「シュエサンド−パゴダ」55段の急な階段を登り5階のテラスよりバガンの街を一望する。1057年アノ−ヤタ−王にて建立される。テラスからの展望に全員感動。
イワラジ河を船にて遊覧、約1時間夕日や沐浴を見学。
夕食はマリオネットショ−や踊りを見ながらルビ−ツァ−ホテルのレストランにてミャンマ−料理、
茄子が非常においしい。最後にダンスを一緒に舞る。月を見ながら歩いてパワ−ホテルへ。
バガンは11世紀〜13世紀に栄えたバガン王朝の仏教遺蹟で今も40平方キロメ−トルの土地に
2200を越えるパゴダが点在している。
3日目6時モ−ニングコ−ル、7時出発、08:10発6T-401便にてマンダレ−へ08:40分着、自由席の飛行機に初めて搭乗。マンダレ−空港は軍事空港の為写真撮影は厳禁、今年9月にオ−プンした
新しい施設で将来は国際空港になるとの事。
大平原に1本の道路、途中左に曲がりサガインへ、モン族のそまつな民家が建ち並ぶ道を約1時間。
「サガインヒル」にはバスがあがらないので小型トラックタクシ−に乗り替える。すざましい板バネの
振動とアップダウンの道に振り舞わされる。
山頂に日本人が建立したパゴダと戦没者慰霊碑が在り参詣する。ここでは多数の日本兵が戦死している。帰国後隣の人がここで戦死したことを聞く。
「サンウ−ポンニャ−シンパゴダ」の在る山頂からのながめがスバラしい。遠くに先程渡ってきたサガイン鉄橋も見えた。
「ウ・ペイン橋」1,3kmはタウング−タマン湖に掛けられたチ−ク材でできた200年前の歩行者用橋で個人が寄進した珍しい橋であった。
観光客も多く食事場所も有るが、余りの不潔さに但見ているだけ。
バスは又マンダレ−市へと向う。人口100万人、第2の都市である。
昼食はエメラルドグリ−ンレストランにてミャンマ−料理。
刺繍工場見学、シャンバッグやシャツ、ロンジ−を買い求める。
「シュエナンド−寺院」彫刻がスバラしい木造のミャンマ−でも珍しい寺院。
内陣に女性は入れなかった。
「クド−ドォパゴダ」周りに並んだ730もの小パゴダ群、中には大理石の石版に経文が刻まれている。
1857年ミンドン王が建立。この多くの小パゴダ群には感動。
「マハムニパゴダ」はマンダレ−最大のパゴダで内部の本尊4mには男姓しか近寄れない。台座に金箔を貼って供養する。500Kも寄進する人もいた。
この本尊はカンボジアからの戦利品で 1784年ボ−ドバヤ−王にて安置された。
「旧王宮」は再建されたもので黄色の建物が淋しい。
外堀の一辺は2 Kmで当時の勢力がうかがわれる。
夕陽を見学する為、またしても小型トラックタクシ−に乗り「マンダレ−ヒル」山頂へ、途中1台がガス欠、3階までエスカレ−タ−を利用しテラスへ、
外国人観光客がカメラを片手に大勢いた。ここからの景色もスバラシかった。但しミャンマ−人は夕陽に辛い思いでが在り嫌いだそうだ。
マンダレ−の夕食はレストランの2階にて中華料理。結婚披露宴が有るらしい。デザ−トにミカンが出たがおいしく無い。日本のミカンがなつかしい。
高級セドナホテルにチェックイン、2階の景色の悪い部屋にて泊る。
プ−ルサイドで象の踊りが催されていた。
マンダレ−は旧日本軍が司令部を置いた町で馴染みのある所である。
4日目5時45分モ−ニングコ−ル7時出発09:00発10:30着ヤンゴンへ。人口450万人、軍事政憲の国である。 「左うちわの人は自家用車や携帯電話を持っています。右うちわの人は朝から夜遅くまで働らきます。」
ショッピングセンタ−にてお買物、トレ−ダスホテルの2階にて飲茶の昼食後パゴ−へ、途中トイレ休憩中に買物。
約2時間にて「シュエモォ−ドパゴダ」に到着、カメラチャ−ジ料25Kを払う。
地震で落ちた尖塔が有る。ミャンマ−1の高さ114m.
巨大寝釈迦のある「シュエタ−リャウンパゴダ」カメラチャ−ジ料50K.全長55m高さ16m。
「ビルマの竪琴」で有名な寺院。本当に内部に入れるのだろうか?
「チャイプ−ン」4面にある30mの佛像を観光、1476年にダマゼディ王によって建てられた。
こんな何も無い場所になぜ有るのか不思義?
モン族の民家を尋ねる。人なつっこいが貧しい生活が痛々しい。
帰り道「日本人墓地」を参詣、日本人慰霊団と相遇、中外日報のツア−客。
仏教、神道の宗教者の団体であった。
日航ホテル内の「弁慶」にて日本食で夕食、日本酒を飲む。 日本人客がおおくビ−ル5$、
日本酒6$。ライトアップされたシュエダゴンパゴダを外部より見てホテルへ。
5日目8時出発「シュエダゴンパゴダ」に参詣、エレベ−タ−で頂上へ、各自誕生曜日の神様の前で年の数だけ水を掛けお祈りする。高さ99.4mシングッタヤの丘にそびえ立っている。ミャンマ−仏教の総本山である。先端に76カラットのダイヤがある。
お花を買い自分の神様にお詣りをした。水曜日を午前午後に分け8ツに分けられている。
「チャウッタッヂーパゴダ」比較的新しいミャンマ−最大の寝釈迦佛があった。
長さ65.8m、高さ17.7m、足の裏に108個の涅槃の絵が描いてある。硬貨へ両替し賽銭をあげた。
この国の硬貨は賽銭しか通用しない。
世界平和を祈願して1952年に建てられた「ガバ−エ−パゴダ」も観光。
ダウンタウンの中心にある「ス−レ−パゴダ」の参詣。高さ48m。
昼食はカンド−ヂ−湖の中華料理店にて済ませる。
ホテルで3時まで休詣、三交バスの前で記念写真。
日本の市営バス、観光バス、トラック、タクシ−がそのまま走っている。
日本で見られなくなった「ダイハツミゼット」がまだ走っているのには驚き。
「ボ−ヂョ−アウンサンマ−ッケト」を散策、買い物をする。2200軒ものお店がひしめくヤンゴン1のマ−ケット。日本語の上手な子供や売り子。極端にシツコク無いのがこの国の良さ。迷子に成りそう。
「ボオタタンパゴダ」に参詣、内部が迷路のようになっていた。お祭りに政府の高官が来寺する様。
初めて履き物を預かる所があった。
全てのパゴダの周りにはナツ神が祀ってあり、仏教と融合した宗教観が有るように見うけられた。
7時よりカンド−ヂ−湖の水上高級レストラン「カラウェイホ−ル」にてバイキングの夕食、伝統舞踊とマリオネットの観賞。
帰りにお祭りでにぎわうシュエダゴンパゴダの夜景とス−レイパゴダを見学。夜は女性軍思い思いのロンジ−スタイル。道端に色々な夜店が出ていて択山の人々。ス−レイパゴダは少しおそかったのか供養のロウソクの灯が無くなりかけていた。
6日目、今日は朝から非常に暑い。日中温度35度、7時半出発の予定がバスのトラブルで8時出発。 近くのヤンゴン駅まで散策するメンバ−もいた。
「早朝と昼に僧侶は託鉢に出て二食の生活をします。尼僧は託鉢でお米やお金を頂き自由に使えます。」
「オプション60$にての少旅行。」
三交バス「ミディ−25」にて1時間少々、小さな町タイエンに到着。
馬車に乗り替え20分、「チャイカウパゴダ」に到着、お祭りで大変にぎわっている。
広場や階段は僧侶や仏樣に供養する人で一杯。
途中トイレ休詣後、水中寺院で有名な「イェレ−パゴダ」に到着、チャウタンと言う町だがここもお祭りの為非常ににぎわっていた。
船を待つ人々、スピ−カ−の大音量、船のエンジン音と大変にぎやかな町であった。外国人専用の小舟で寺院まで往復する。もちろん船の中で素足になる。船付場近くでナマズに餌をやる?
何故か、海に近い川の中洲にあるが侵水した事が無いと言う。
「パ−ラ−ジパゴダ」に寄る。ここも水牛祭りで大勢の人々。
ヤシの木陰で中華料理の昼食。地ビ−ルを飲む。500k。ヤシの実やビンロウジュの実がなっていた。
「ス−パ−ワンショッピングセンタ−」にて最後のお買い物。ウイス キ−400K,ラム酒330K.ホテルに帰り荷物をととのえる。
久しぶりに靴下と靴を履く。4時15分出発空港近くのホテルで少し早い中華の夕食。
ここだけビ−ルが3$だった。
19:30発バンコク行きTG-306便にて帰国の途へ。
21:10着、約2時間半待ち、23:55分発関空行き07:10分着。
解散、全員無事、近鉄にて我が家へ。おつかれさまでした。
「タザウンディネ祭り」とは一年に一度満月の日に佛像に一夜で袈裟を作り布施し、僧侶には富める者が一人一人お金や生活必要品を喜捨する日であった。
そして全国民が寺院に参詣し喜捨していた。
貧しき人は労働を、富める者は金品を。国民全体微笑みを。黄金と微笑の国ミャンマ−。
一緒に行ったメンバ−・・・・ありがとう。