萩藩関係者データベース
明治初年の名前から、その人物が萩藩に関係するかどうかを検索できるデータベースです。
データベース作成の目的
藩政時代の家臣団がどのように解体され、城下町がどのように変化していき、元武士がどのように生計を立てていったのか、などを知るためのツールとして作成しています。
ホームページで公開するデータベースについて
構築中のデータベースは『研究用』にお使いいただけるレベルにはないと思っており、上記データの内、明治12・13年、もしくは明治8年のデータのみを「先祖探し」の手助け用ツールとして公開しています。
以下の表に示した集団を考慮しており、現在データを入力中です。
表中の「人数」は現状把握している数字であり、実際の人数とは異なります。
| データ | 人数 | 検索結果の表示 | 状況 |
| 萩藩分限帳に氏名が記載されている者 一門、寄組、大組、遠近付、無給通など |
約1500人 | 藩士(分限帳) | ほぼ完了 |
| 萩藩無給帳に氏名が記載されている者 手廻組、遠近付、無給通、寺社組、徒徒士、地徒士、陣僧、三十人通、細工人(一部)、三田尻船頭など |
1500人弱 | 藩士(無給帳) | ほぼ完了 |
| 分析の結果、藩政時代に足軽であり、禄高と改正米の推算より、萩藩との関係が推測できる者 |
約500人 | 弓足軽/鉄砲足軽 区別して表示 |
ほぼ完了 |
| 分析の結果、藩政時代に中間であり、禄高と改正米の推算より、萩藩との関係が推測できる者 | 80人強 | 中間格 |
試験運用中 |
| 分析の結果、平郡の舸子であり、禄高と改正米の推算より、萩藩との関係が推測できる者 |
400人強 | 平郡之舸子 | 完了 |
| 明治3年に分限帳に追加された者 中間から昇進したものも含まれています。 |
200人弱 | 藩士(分限帳追加) | 完了 |
| 士族であったことは確実であるものの、藩政時代の身分が特定できない者 |
3200人弱 | 士族(不明) | 試験運用中 |
| 廃藩前後の時点で萩藩士の家来(陪臣)であることが確認される者 陪臣と考えられるが、それ以上は分からない者 |
5200人強 約250人 |
萩藩陪臣 不明(萩藩陪臣) |
試験運用中 入力中 |
| 一代、二代士族の者 藩政時代の立場は調査中 |
約400人 | 一代士族 (奉還) 奉還者 (賞典) 賞典帳へ記入の者 (他家) 他家に養子 (次の当主) 一代士族の次当主 二代士族 |
試験運用中 |
| 神官で士籍のもの | 500人弱 | 社人 | ほぼ完了 |
| 郷士 | 100名以下? | 郷士 | 未着手 |
| <その他のデータ> 検索しても表示はされません | |||
| 寺子屋の教師データ | 未入力 | ||
| 幕末戊辰戦 賞典データ (萩在住者が中心) | 抽出中 | ||
| 明治初年各郡在住有禄者名簿 | 入力中 |