|
小川孝子という画家がいた。知る人ぞ知る、画家村井正誠の夫人であった。1989年、81歳にてこの世を去り、10年後1999年に亡くなった夫君、村井正誠は死後、村井正誠記念館建立により、かろうじて世間にその名を留めているが、生前の盛名はない。一方、女流画家としてその方面では著名な存在であった小川孝子の方も、彼女のごく親しかった人の間の話題にのぼる以外は、その名前を聞くことはなくなった。
生前から、彼女は村井正誠の妻という立場から、夫君の後ろに回り、常にサポート役であったことを宿命づけられた一生だった。彼女の若かりし頃の時代背景から致し方なかったとはいえ、世間に画家として登場したのは、終戦後38歳になって自由美術家協会会員としてであった。まさに、ハンデを背負わされてのスタートであった。そして、一生、モダンアート協会創立会員のひとりであったにもかかわらず、女流の看板を背負い続けなければならなかった。
彼女は、夫君村井正誠とは文化学院大学美術科第1回の同級生であった。在学中、有島生馬、石井柏亭、山下新太郎、正宗得三郎、中川紀元などに師事をし、恵まれた画歴のスタートであった。卒業と同時にパリへ留学した彼が帰国後、1934(昭和9)年、に結婚。彼女26歳、村井正誠29歳の時であった。以後、彼女の亡くなるまでの55年間、おしどり夫婦として世間にその名を馳せた。
2人の間には子供がいなかった。意識してそうだったのかは確かめてみた訳ではないので断定はできないが、たぶん、生前、その言動からすると、夫君村井正誠の持つ夫婦像のポリシーによったのだろう。推測でしかないが、フランス好みの彼は、口にこそ出さなかったが実存主義のサルトル、ボーボワールの夫婦に範を持ったのかもしれない。たぶん、彼女は子供が欲しかったのではないかと思う。
戦前の新婚時代から終戦までの約11年の結婚生活は生活苦との闘いと、戦局の悪化など重なり子供どころではなかったであろうし、ようやく抑圧から解放されたときには彼女は37,8歳で、子供を産むにはギリギリの年齢となっていた。たぶん、その頃、夫婦の間で葛藤が有ったに違いない。そして、戦後、彼女は画壇へと本格的にデビューをする。
それぞれの絵画活動を持つようになってからは、彼女は夫君の女性関係に苦しむことになる。夫君のマイペースな生き方は、承知のうえとはいえ、彼女も同業者として身を立てた手前、黙認するしかなかったのかもしれない。ひとつ屋根の下の画家同士の仲としてはせめぎ合いであったのもその一因だろう。とにかく、ハイカラで、モダーンな彼は女性にモテた。彼女の心中穏やかではなかっただろうことは察して余る。
そして、彼女は夫より先立つことになる。癌の病に冒されて病院のベットで自分の死後のことを考えたであろうことも予想できる。夫君の性格を知りつくしているであろう彼女は、考えれば考えるほど自分の画業の中途で終えることに絶えられなかったのだろう。そして、どのような未来を夫は用意してくれるのか考えたときに彼女の現況は絶望的であった。最も絶えられなかったのは、夫君の最後の女になれなかったことに違いない。苦しみは想像を絶するものがあっただろう。そこで、死の直前まで文化学院を中心とした2人で築き上げた人間関係を頼って死後の布石を打って置いた可能性が高い。夫の愛人を引き離すことを目論んだとしても当然のことであった。
その中で、彼女の画集の発行作業が進められていた。この主導権は彼女の意を汲んだ人々であった。たぶん、村井正誠はその気はなかったのではないか。死んだという事実で終わらせたかったのかもしれない。しかし、周囲の強い後押しでなるようにまかせたのだろう。しかし、次第に彼はその周囲の動きに煩わしさを感じ、自分のポリシーに閉じこもることを選んだ。持ち上げるだけ持ち上げた周囲も、しだいに彼に対して悪口雑言を浴びせるようになった。彼の周囲との亀裂は決定的なものとなったのは、唯一の理解者であった愛人との結婚であった。そして、彼は長年通い慣れた文化学院教員の座を高齢のためという理由で追われることとなった。その後、村井正誠は目に見えて衰え1999年2月5日静かにこの世を去った。
この残された画集は、親しい関係者に頒布された以外はほとんど世間に流布することなく日の目を見ない状態に置かれている。幸い筆者はこの画集を所有しているので、このまま埋もれさせるにはしのびなく、編集してここに掲載することにする。その画集の魅力に少しでも迫れれば幸いだ。
(追)後日談として、2006年12月24日(日)〜29日(金) 村井正誠×小川孝子創立 とりの会回顧展 銀座竹川画廊 の開催に向けて村井伊津子さんにコンタクトをとったところ、以下のことを伺った。
小川孝子・村井正誠の画集は、村井正誠記念美術館を訪問すれば購入できるのこと。問い合わせを頂ければお答えしますということです。郵送も可能で、その場合は郵送料プラスでお申し込み下さいのこと。
美術館観覧希望は、往復はがきで、希望日の1ヶ月前まで、往復葉書でお申し込み下さい。
問い合わせ先 : 村井正誠記念美術館 〒158-0091 世田谷区中町1-6-12
電話 03-3704-9588 村井伊津子 宛
|