晩年になってあまり言わなくなったが、村井正誠と会って間もない頃は「ハイカラだね」とか「モダンだね」「センスいいねぇー」と、よくほめ言葉として使っていた。そう言われると、うれしいようなはずかしいような気分であった。
作品を前にして、そう言われると何となく感覚としてわかった気になった。ところが、どうしてそうなのかと考え出すとあまりに抽象的で、逆にわからなくなってしまったことが度々あった。ハイカラとかモダンいうのは洒落てるねとか、目新しく気の利いていることといった意味として使っていたのだと思う。新しさの感じられもの、創造的なものが感じられる作品とでも言ったらよいのか。
一方、センスという言葉はもしかしたらそんな言葉は発していなかったかもしれない。こちらが勝手にそう解釈してしまって、そう言っていたと錯覚してしまっていたのかもしれない。自分自身、その頃さかんに「センスがある」というのはどういうことなのか常に考えていたため、そう言っていたと思いこんでしまっているだけなのかもしれない。
このセンスの問題という問題なのだが、平行して考えなければならないのは、具象と抽象の問題を絵画教育現場では未だ引きずっている部分があることである。
村井正誠が文化学院を去った後、特に芸術科は村井正誠色が強かったため後任の先生、残った生徒そして学院サイドも含め混乱をきたした。画家の利根山光人宅でたまたま村井正誠と同席したときに、利根山光人が村井正誠と絵画論を交わしていて「村井式抽象絵画」と言ったように個性の強い授業であったからなおさらだった。
芸術科における村井正誠の授業は、もちろん、文化学院デザイン科卒業か美術短期大学卒業という入学資格はあったが、いきなり「○、△、□、-」の抽象から出発した。絵画の抽象に至るまでの歴史を省略、単純な形と色からのスタートだ。それに息を吹き込むのはそれぞれの個性であるという図式であった。このことは各自の絵画的素質、経験その他、懐かしさ、感覚、感受性、物事の微妙な味わいを感じ取る能力・判断力を前提にしている。これは彼の言う詩人という言葉に置き換えても良いと思う。つまり私の思うセンスでもあり、フィーリングだ。
この授業方法に至ったのは、村井正誠の以下の文章における事情もあったと思われる。
日本では、シュール・レアリスムとアブストラクションとは混同されがちであるが発生的には全く異なったタイプの芸術である。シュール・レアリスムは、フランスの詩人であるアンドレ・ブルトンを中心にとて発展していった前衛芸術運動で、ほとんどあらゆる分野の芸術に波及し、それは絵画においても多分に文学的傾向を持つものであった。
他方、アブストラションの言葉は、もともとフランス語のアブストレという言葉に由来しており、抽出するとか摘出するといった意味を持っている。当時の日本には、まだ抽象主義という言葉はなく、アブストレするとかいう具合に使っていた。ものを単純化していくなかから結晶をとりだして行くことである。
抽象画とは、自然の形態の明細描写でなく、純然たる線・色・形の構成によって造形を表現する絵画である。しかし、一概に抽象画といっても、その傾向は戦争を境に大きく変化している。
戦前は単純化の歴史である。雑物や無駄なもの一切を取り除き、純粋化していく流れと言えるのだが、それは単なる単純化ではなく、その中には鮮映なるレアリテが残っていなければならないものである。
ところが戦後になると、単純化に代わって、逆方向の流れが現れる。今度は一転して雑物を取り入れる方向に向かうわけである。私はこのへんの事情を、戦争による人間精神の荒廃、それと人間の心はそれほど単純なものではいられないことを人々が悟ったからではないかと思っている。
senceは、essence (本質,真髄,精髄,核心,要諦,エキス)でもある。では、センスがないという状態はどうかというと、人格的中心がない、まとめる力がない、引き締める力がない、アイディアがないということである。センスがなければ、センスをつけて鍛えるためにはどうしたらよいか。西洋的に行けば、幾何学つまり形而上学を勉強すればよいのだろうが、逆に頭でっかちとなり、知識と行動がともわないセンスなしになるのが関の山だ。日本人、東洋人にとっては、現場で繰り返し、つねに覚えるしかない。そして初めてその人のものとなりなつかしいものとなる。
知識の詰め込みと、センス・フィーリングの間に横たわる問題を絵画に置き換えてみると、具象か抽象かという問題である。抽象作家から具象画を攻撃する場合、石膏デッサンから始まってという、技術的修練、知識習得のあまり絵画の個性、独自性を失ってしまうというのが常套である。具象作家からしてみと、抽象画は独りよがりの理解できない感覚でしか描いていないという批判となっている。
私はこの問題を考えるときは、位相を「え」か「ゑ」にズラしている。どちら問題になるのは、具象の技術力を問題にするのは除外して、どちらも決め手になるのは絵としてのセンスになるからだ。だから具象も、抽象もない。どちらでもよいのだ。とにかく好きなことをやればいい。
今は時代の方もあらゆるものが動詞化の果て、タブローの中に具象形体がある抽象形体があるという問題ではなくなってきている。絵画事情も、大衆化、一般化していて、うまく描こう、うまさを競うということではなくなっている。
「え」に要求されるのはジャズで言えばアドリブの個性だ。アドリブはアドリブだから教えられないとミュージシャンの間ではよく言われることだ。「え」というものもこれと同じで、教えられるものではない。
一応抽象形体を追求している作家は、もちろん具象形体を描けた方が良いと思う。その方が絵の幅が広がりセンスもつく。もちろんやらなくとも良いわけだが、人生長く感じる人はやっておいても良いはずだ。逆に、具象を追求している作家は、抽象形体を勉強することで形体の省略、くずし方にプラスとなり、はやはりセンスを磨くにはもってこいの方法だ。
それにともなって、画家のもつ意味もただキャンバスに絵を描くという立場だけではなく大きく拡がってきている。素材、媒体の広がりだけではなく、何も具体的なことは残さないことも画家といえなくないことまで拡がっている。
従ってセンスの持つ意味も拡がってよいと思うのだが、私はまだ自分の考えているセンスで充分説明がつくように思っている。
以上のことは、現代の事情と、未来を見据えた村井正誠の次の文章にも窺える。
現代の画家というものは、最早ものの形や色を対象通りに描写する必要がなくなって4,50年にもなる。景色の良い場所や物の説明、人の表情をとらえる詩人ではなく、直接に色と形と心をまぜ合わせて、これを一つのものに発酵させるやむにやまれぬ造形詩人なのである。よって流派や形式等あろう筈もなく各自勝手の行方である。ただし後世になって類型的だというのならば、各自勝手という点が必ずその形になっている。
作品=(色・形・心)+詩人という形であったが近頃では(色・形・心)詩人というような一緒になった形で画家の方程式はすっかり純化されて来た。詩人というのは文学者流の詩人を指すだけでなく人間性の発露と個人の造形意志を含めての人類の願望といったものである。そうしたことを含めてのつまり広い意味の画家ということである。無論それにはそれの技術も加わることである。美学はやがて変更されて、何の形にも色にもよらない、全く別の造形芸術の美という新しい項目を必ず加えるであろう。
「日本の哲学者は「哲学」学者であって、哲学者ではありません。」
「コーヒーを「珈琲」と書くなんて、粋じゃないですか。」
「ピカソよりピカビア。」
「人は趣味、娯楽、慰安と手を切らなければ、真に自由になることは出来ない。」
「ハイデガーのいわゆる存在的でなく、存在学的でなければならない。ゆえに子供の落書きは芸術にならない。」
「一般に云って、「人間の小つぶ」は、当人が性愛にかかずらっている度合いに比例しているようだ。」
以上、HP「一千一秒倶楽部」より引用
現代は芸術科が職人に見え、学者が技師の印象を与えている時代です。言い換えると、技術が指導的な位置にのし上がって、基礎的なものが閑却されているということです。(稲垣足穂)