○私は侍のように筆を持って描きます。
「裃はいいね。やってみたいね」何かの話の折りに村井正誠は言ったことがあった。私は、頭の中でイメージしてみたら「案外いけるんじゃないの」と、そのとき思った。黒いスーツに、黒いネクタイのマサナリにはどことなく侍の雰囲気が漂っていたのも確かだ。名前からして、刀みたいなところがある。そうすると、筆は刀か。一刀両断のもとに絵を描いてしまうということなのだろうか。
それとも、自分は侍気質の持ち主であるという自覚のもとに、筆に侍である自分を託しているという喩えであるのか。どちらでもよいのかもしれない。
侍とは、主君があって主君のためには刀を抜いて命をかける。村井正誠にとっての主君とは何か。具体的なものではないとは思う。だれでもないだれかというのが一番近いかもしれない。言い換えると、自分を自分たらしめてくれている誰かということだ。
抽象画にも、文学的なもの、ロマンチックなもの、装飾美術的なものさまざまであるが、私は今日生きている人間を、深く掘り下げていきたいと思っている。私たち人間は、決して時代を離れて存在できるものではなく、その意味で、私たちの存在は時代を反映しているものである。
私の表現する四角い顔、丸い顔、大人たち、子供たちは、だれだれの顔というわけではないが、しかしだれかの顔である。そんな風に、今日生きる人たちを表現している。また、時代性を表現できうる可能性をもった画家として、最大の努力をしていく絵描きでありたい。
色に関しても、自然にあるもの、例えば青なら海の色、空の色とあるわけだが、それ以外にも色自体のもつ心理的な感情、あるいは作者のもつ感じ、と多様である。それらすべてを内に含んだ色として扱い、また形にしても、単純な形の中にいろいろな要素をもったものとして、人間が自然に対して持つ感じを表現したい。それは客観でなく主観であり、言い換えれば、人間が自然(=宇宙)をどう見ているのかというような、自分から放射状に広がっていく組立として見ているのである。自分がいるから世界があるのであって、自分が居なくても世界はあるのだとは思っていない。一種の理想主義ともいえる。
上の主観論は村井正誠の真骨頂かもしれない。画家としての自分のあり方を語っている。まさに絵描きであり、芸術家たる所以を表している。一貫して村井正誠というアイデンティティを維持できた源といえるだろう。理想論としてそうしたいという願望であるのかもしれないのだが、ここに現実の画家に対して能動的な姿勢をとる村井正誠を見て取れる。このあたりに、どちらかというと画家という現実に受動的な姿勢の私と村井正誠の存在の分かれ目があるような気がする。文章の後半部分の「客観でなく主観であり・・・」からである。
もちろん本当の芸術家ということを考えたら、主観的に、狂信的、宗教的地平に行くのは当然であって(もちろんそういう人ばかりではないが)社会生活など煩わしいだけだ。自分中心の、自分勝手になって、一般的社会生活の常識とはかけ離れてしまうのはしょうがないことだと思う。
しかし私は、そこまで個人を中心に発揮することやこだわりの必要性を考えられないのだ。どう考えても私は一個の生命とは考えられない。命は一つではなくて、体の中には大腸菌が何億と生きていて、微生物がたくさん生きている。もしかしたら回虫とか、サナダムシだっているかも知れない。複合的な生命状態の総体として考えた方がよい。私の死とは、総体が崩れて霧散するということだ。だから自分がいなくとも世界はあると思う。
私が、村井正誠に出会った頃は同じような主観論的考えであった。「インテリア」という言葉から自分の内的風景が現実のものとして実現し、それが外に増殖して広がって行くというイメージが常にあった。生きている現実を最大限に生きようとしたら死を背中にギリギリのところまでやってやろうという考えであった。そこで基本になっているのは「自分」である。自分は俳優であり、またスクリーンに映った現実の光景を見ている観客である自分がいるというイメージである。幕が下りたらお終いなんだという自分勝手な考え方である。矛盾しているのは百も承知だが複雑なイメージであった。
しかし、タルホを知るようになってから叙々にその考えからはずれていった。「自分からの自由へ」の方向であった。宇宙の光景から眺めたら自分などちっぽけなものである。そんなものに興味を持ったり固執してもしょうがない。もっと雄大なもの「あるもの」に放下した自分のほうがずっと自由なんだということを考えだした。そうすると、死の恐怖も徐々に薄らいでいった。そう簡単に「あるもの」にはお終いはこないからだ。
私が死んだとて、山手線は走り、京浜東北線も走り、地下鉄も走り、人々は喜び笑い泣いているだろう。そして私の死の床にラジオが鳴っていたら私が死んだ後もラジオは鳴っているだろうなというのが現在の私の持っている死んだらのイメージだ。もちろんそれを見届けている自分はもうないのだが。肉体的消滅はあっても、量子力学地平では人間はもちろん死ねない。死ねないから怖いのだとタルホも言っていた。個人の有限な時間において「あるもの」を成就できなくとも、新しく生まれた命はまた、それを成就するために生きてくれるという信頼感があるからだ。
だから、私の考え方は、いわゆる芸術をするのには向いていないのかも知れない。反芸術ととられてもしょうがない。もちろん、死ぬのはイヤだという自分もいる。私の考えることが、「空」とするなら、区別できて初めて認識できるのが「色」の世界、つまり村井正誠の世界かもしれない。
もうひとつわすれてはならないのは、非自己つまり異質なものがあって自己が形成されるということだ。内と外を分けてしまうことだ。ものごとは関係性だけには行けないのだ。戦争も、愛も内と外を分けることによって生じる。つまり個体意識が発生することによって記憶というところに外から何か異質なものが入ってくると、そうだ、いやちがう、変だという判断が生まれる。そうして生命を維持していく。
今よく言われている「自分探し」というのもはっきりいって中途半端な気がする。自分を捜してたどり着くのは自分の根っこだ。根っこのところで居直って生きていくのも一つの生き方かもしれない。でも人間の生き方として逆な気もする。もちろん初心に帰るは大事だ。それが人生の、生き方の最終目標点という考え方には賛成できない。もちん、そこからさきがあると考えているのかもしれないが、人生そんなには長くない。でも、子供は常に脇見、よそ見するのが常だしこれでいいのかもしれない。とにかく自分がきもちのいいと思ったことをやって行くのが一番いいことなのかもしれない。
私の作品を見て、貴方らしい、貴方らしさがにじみ出ているという批評のされ方をする。私も意見を求められるとよく使ってしまうのだが、そう言われると私は反発したくなる。何か、私というものを限定してかかって、限定の中に閉じこめてしまおうという相手の魂胆が見えてしまうからだ。そうすれば相手も安心なのだろうが、私は安心されてしまっては困ると思うのだ。もちろん、私の作品が現地点で最高のものであってもだ。
自分から自分らしさを見るのは以外と難しい。人の指摘している自分らしさと自分の見ている自分らしさの間には誤差が生じるからだ。どちらも正しい。そうやって自分というものが広がって行って、いろいろな自分があると思った方が良いと思うのだが。多様性があるということだ。
「私」ということを考え出すと、自分でも何をいっているのかわからなくなってくる。まとまりのない話であった。
画家が自分を語るとしたら自画像だろう。村井正誠は生涯いろいろな自画像を制作してきた。いろいろな村井正誠がいる。もちろん、「村井正誠をやっています」という自分ではあるけれども。
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「恋愛とは他者の中へ潜り込もうとするものだが、芸術とは自己の中へ潜り込もうとするものだ」(ボードレール)
「人間は肉体を棄ててから真個の覚醒生活にはいる」(フェヒナー)
「人間が死に出逢う時、そこには死は存在しない」(サン=テグジュペリ)
「個人の苦悶は要するにある特種な一形式を愛することから出発して、抽象美の愛に到達しなければならない。」(A・C・ベンソン)
「彼みずからの苦悩の瞑想を経て、あらゆる人間苦の根幹の考察に到るべきだ」(A・C・ベンソン)
「総ての改革者は独身であった」(エドワード・ムーア)
「自ら神になろうと努めないような人間は凡そ下らない」(ヴァレリー)
「私はいつも神を観ている」(ファーブル)
「恋愛の秘密とは一人の相手を通してそのバックにある全女性を愛するところにある」(スタンダール)
「自己の悪しき部分は、その名を呼ばれる度毎に喜ぶ」(聖カタリナ)
「少年の頃には人は作品の題を並べ立てるばかりで、一向にそれを書きはしないものなのだ」(コクトー)
「彼ら(芸術家)は善や真を粉飾的に、また空想的に弄ぶのみで、自ら進んで実存的に、善及び真それ自身であろうとしないところの罪の状態に放置されている」(キルケゴール)
「己の映像を視ることは不幸であり、致命的でさえもある」(フレイザー)
「いかなる理性をもってしても、意志力によっても判らぬものが2つある。それは自分の生まれた場所と時とである。」(シュペングラー)
「人間が真の人間であるなら何と愛すべきものだろう」(アナクレオン)
「いったい地獄を捨てて本人に幸福があろうか。地獄とは幸福の別名ではなかったのか」(堂本正樹)
「なんじ我を見しによりて信じたり。見ずして信ずるものは幸いなり」(聖書)
「地上とは思い出ならずや」
「哲学というのはカントみたいなんがええ。カント以上に偉い人はライプニッツ。」
「われわれはたれでも「神への漸近線」の上におかれている。」
「永遠を時間によって測り出そうとするのが、いわゆる罪の状態である。」
「コンミュニストならぬのは歴史的人間でない?それならば云おう。カトリックならぬ者は永遠的人間とは称することができない。」
「空は恐いな。」
「プラトンの「イデア」、カントの「物自体」、ショーペンハウエルの「意志」。」
「道徳というこれまではなはだ虫の好かなかったものが、実は「自分で勝手にそう思い込んでいたところの道徳」でしかなかったことに気がついた。これは神が「自分で勝手にそう思い込んでいるところの神」に他ならないのに同じである。」
「「神は死んだ」とニーチェはいうたが、死んでしまうような神は神やない。」
「旧人としての大成の道こそ、古今東西を通じてゆるぎないものである。」
「日本仏教も平安仏教の頃はよかったが、鎌倉時代に人間主義と結びついて駄目になってしまった。」
「「いえ、私は神よりもむしろ悪魔になりたいのです」ある若者は胸を張って答えるが、これは悪魔のほうが神よりもわかりやすいというだけのことに他ならない。」
「悪人と悪党は違う。悪党は野望に燃えているが、悪人は悪に絶望している。三島は悪党だったが、川端は悪人だった。その点において、川端のほうが上やね。どのみち、「かなしさ」とか「ものの尊さ」とかいうものを知らなかったという点においては同じといえるな。」
「悪人は根底において、ものを信じることが出来ない。」
「われわれは醒めても醒めてもなお醒めなければならない永劫の悪夢の状態に放置されている。」
「性欲に基づいた地上的幸福が与えられることは、神から見放されたということだ。」
以上、HP「一千一秒倶楽部」より引用
芸術は長く人生は短しとは何の謂であろうか?芸術は限りなく生まれかつ味わいは尽きざるものであるに拘らず、これに関与する個人の生涯は余りにも短期であると云う事であろうか。いや大部分の人、作者は死せども作品は残ると云う意味であるかのように受け取っている。共にはき違えたと云わなければならぬ。
最大の誤謬は作品と芸術との混同である。作品は断じて芸術の目的ではない。如何にも、作者死して絵画や詩や彫刻は残っている。けれどもこんなものは火を付けるか叩き壊してしまえばそれまでである。たとえ数千年に亘って存続する大理石の宮殿があったとしても、時はそれを摩滅し尽くすであろう。
レオナードあってのモナリザに非ず、モナリザあってのレオナードでもない。モナリザを制作せざるを得なかったレオナード、このレオナードを動かし得たものを称して吾々は芸術という。然り、これが不滅なるものである。この確信なくしていかでか吾々はカンバスに向かいまたペンを執ろうか!ここにおいて、かの仕事を為さざる画家、唄わざるところの詩人も厳として可能である。吾々は一生涯を通じて一枚の絵を描かなくてもよく、一行の詩を作らなくともよい。只描き作らんとする念願さえ持っているならば、ここに迸る不滅なるものの花火は、君の及ぼすその無形なる波動は、必ずや四辺に在る君に似た胸奥に伝わるに相違いない。
かくてそれは彼を動かし、君の夢たりしものはそこにキャッチされ、人類の所有になるに至るであろう。実に芸術は万人のものであり、自分一人の名利、世間の恭敬なんか何になろうぞ。賎が家にもみどり児は育ち、野の隅の草にも花はひらく。されば世に芸術家あるは人ならずまた作ならず、そは彼のまことにおいてなり。
見えざるもの現わにぞ見らる、見ゆるもののうちにこそ。
さて見ゆるもののうちには、見えざるものの痕より他に何者もあらじ。
これは古いバラモンの言葉である。げにかかる世界を目指すものを、即ち日常身辺の至る所に顕現せる神を観る事が芸術家の使命である。そして東洋人たる吾々は、西欧の人々に較べて、一そうによくこんな客観的事業の真諦を会得すべく恵まれているとは云えぬだろうか。
友よ、稚態を脱せよ、君の机上なるやくざなる凡ゆる文学論を投げやって、君の四辺に充ち満ちて呼べば答えんとする無数の霊達(ガイスター)と直接に会話すべき術を習得せよ。見ゆる的は君の闘する所に非ず、見えざる的を狙う事を、これを生きて甲斐ある芸術家の栄光という。(芸術は長く人生は短し-稲垣足穂抜粋)
この生まれた時と場所ということがわかれば、人間の生命が、本来連続しているものだということがわかるはずなんです。理屈でなく、ずうっと続いているものだということがわかる。その続き方にはそれぞれの人が持っているものの相違によって、ロゴスの違い、尺度の差というものがあっていろいろだけれども、連続しているという感覚が大事なんだな。
こんな明白なことに気づかないで、なにが医学か、何が近代科学か! みんなはただ個人の生物学的な終わりだけにこだわって、そこから一歩も踏み出そうとしない。問題は「いつ死ぬかわからない」ではない。「いつから此処に居るのか」であるに拘わらず、申し合わせたように、この件には背を向けている。われわれが現在ここにいるのは,すなわちわれわれが過去に存した「誰」かから死んできた者であることを示している。それは、現に居る世界が、かってからの世界から死んできたものあることを表明しているのと同様である。「いつから此処にいるの?
」「お墓を出てきてから」「なに、一度もう死んだのだって? 」「そうでなければどうして生きておられたでしょう」(稲垣足穂)