「痴呆の母と向かいて」

帰島して早1年が過ぎた。早いものだ。
日本は世界でも珍しい老人社会に突入する。この事を知ったのは、30年程前になる。その頃は、年末年始休暇は戦後の日本経済発達
に関する書籍を読んで休暇を過ごすことにしていた。
その年の正月は珍しく母親が神戸の我が家に来ていたが、その時に読んだ本が大阪市大の林直道教授が著した「戦後日本の景気循環」である。
その書の中で戦後日本の高度成長要因の一つとして、欧米に比べて非生産従事者の比率が少なく、その分、経済的負担が軽く、その日本の人口構成が成長に寄与しているが、逆に2000年には老人が急速に増え、生産従事者一人が抱える扶養家族が増え、負担が重くなるとの指摘が為されていた。
林教授の指摘通り、日本は老人大国に突入した。
歩泰朗は長男ではないが、その間に長男の死去により、思いの外の長男の役割を担う羽目になってしまった。
島には長男の家族が住んでいるが、母親とは同居していない。偶には母親を訪ねており、母親の状況も分かっているだろうが、もともと、同居する意思がなく、その上、一人息子がまだ高校生である。母親の世話を期待するのは望外である。
親戚の叔母からは母親の生活状況を聞かされていた。母親はミルクを沸かして飲むのだが、最近は沸かしている事を忘れ、ミルクを焦し、ミルクの焦げた匂いが家に染み込んでいる、火事になりはしないか心配だ、と云うものであった。
思い余って休暇に島の実家に帰ってみると、成る程、ミルクの焦げた匂いがしている。その夜、寝ていると焦げ臭い匂いと煙たさで安眠が妨げられた。起きて台所に行って見ると、ガスコンロにかけた鍋が焦げて、もうもうと煙を上げている。ミルクが焦げて、その煙が寝ている2階まで充満して、気づいた仕儀である。
将に叔母の指摘した通りで、何時、火事になっても可笑しくない。台所には焦げた鍋が何個も見られ、焦すのは日常的なことであることが分かる。
注意力の欠如によるチョツとした忘れでは無く、痴呆の初期段階によるものと考えた方が妥当の様だ。
火事になる可能性を強く感じた一瞬である。と同時に、定年までには未だ間があるが、それを切り上げても母親介護の為に帰島せざるを得ないと覚悟した瞬間でもある。
その年から毎年帰島し、母親の状況をチェックすると共に、帰島するタイミングをはかってきたが、早期退職制度を活用し、子供の大学卒業、巣立ちを待って帰島する事にした。
他人は云う。「良く思い切って帰ってきたね」と。歩泰朗、曰く。「他にどんな選択肢がありますか」。他人、答えなし。
痴呆の老人介護は肉親、兄弟、親戚を巻き込んで嵐の中を行くが如しある、、、
(2001.9.23)