
車が見えるのが我が家
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烏骨鶏飼育の動機
テラスハウス住宅街の一画に我が家はある。前が公園である事を除けば、周りは全て住宅である。庭も猫の額ほどしかない。
その様な環境にも拘わらず烏骨鶏を飼おうと思ったのは、第二の人生を半農半漁の田舎暮らしでという長年の想いを実現する為に、自然卵養鶏とはどの様なものであるのか、予め多少なりとも経験しておきたい為である。
しかし、住宅街で鶏を飼うとなると、まず気にかかるのが近所への迷惑、特に鳴き声、悪臭、埃、蝿、等である。
それで自然卵養鶏のバイブルとも言うべき「自然卵養鶏法」(中島正著)、「図解 だれにもできる自然卵養鶏」(渡辺省悟著)を読み、それなりに知識は仕入れた。
飼育する鶏種は自然卵養鶏をやろうと決め、入会した自然卵ネットワークの諸先輩の意見を聞き、「烏骨鶏が大人しい」というのでそれに決めた。

烏骨鶏の入手
烏骨鶏を入手するまで結構、紆余曲折があった。
最初は自力でと思い、電話帳で調べ、東京、千葉のペットショップ10店舗あまりに電話をかけたが、何処も取扱っていないと言う。
次に「烏骨鶏」をキーワードにインターネットで調べてみたが、これはと思う情報に出会えない。
そうこうする内に、ネット上の埼玉新聞の記事に出会った。「Y小学校に烏骨鶏の雛が生れ、多すぎるから可愛がってくれる人に貰ってほしい」というものであった。数ケ月前の情報である。
ここは、ダメモトでと、その小学校に電話を入れる。電話に用務員が出てきた。烏骨鶏の記事の話をしたが、どうにも通じない。それで、直接、校長に電話を取り繋いでもらい、「インターネットで記事を見ました。烏骨鶏を頂ければ」と用件を申し入れる。校長はインターネットにそのような情報が載っていることを知らなかったようだ。「埼玉新聞の記事情報で」と言うと「担任の先生、生徒の意向を確認してから返事します」と。
1ケ月経っても返事が無い。これはやっぱり無理かと諦める。
日曜日に近くの新川を散歩していると偶然に烏骨鶏を飼っている農家を発見した。
突然ではあるが、どこで入手出来るか聞いてみたが、親父は返事を渋って教えてくれない。
その上、「ペットショップで売っているよ」と言う。散々、ペットショップに電話した後だったので、ふざけた野郎だと思いながらも、帰宅途中、近くのペットショップに寄ってみた。
するとどうだろう、烏骨鶏がいるではないか。早速、店主に値段を聞いてみた。何と雌雄番いで1万円という。高い、話にならない。
その後、以前から、入手先情報をお願いしていた自然卵ネットワークのN氏に電話を入れてみた。
自然卵ネットワークの通信誌、「自然卵通信4号」の鶏種情報として、烏骨鶏を取り上げており、情報がとれたようで入手先情報を貰うことが出来た。
取扱業者は島田市と小山市である。購入する羽数が少数故、直接、取りに行かねばならない。購入後の事などを考えると近い方が何かと便利である。(案の定、その後、数回訪問することになる)小山市のO物産に電話し、10月11日に取りに行くことにした。
すると、どうであろう!O物産と話がついた同じ週に、Y小学校の校長から電話が入った。2ケ月近く何の音沙汰も無かったので諦めていた話だ。
校長、「担任の先生も生徒も了解しましたから取りに来て下さい」と言う。
何とも妙なものである。随分、苦労してやっと入手の目処が付いたところに、・・・
2ケ月近く連絡が無かったので、無理なお願いと判断し、別の所から入手しました、と辞退させてもらった。
いろいろな経緯はあったが、片道2時間かけて小山市のO物産を訪ね、生後1ケ月位の雌の烏骨鶏4羽を手に入れた。
待望の瞬間である。

飼料
烏骨鶏を入手する前に準備しておくことがある。
鶏舎と飼料の確保である。鶏舎は家にあった廃棄寸前の布団干し用器材を活用し、魚網と多少の木材、屋根用の塩ビ波板を購入して、半坪ばかりの鶏舎を作成した。総経費は1万円程である。
さて入れ物は出来たが、餌の方をどう調達するか問題である。
自然卵養鶏を目指す以上、企業が提供する完全配合飼料を用いるわけにはいかない。
近くの農協、ジョイフル本田、ペットショップを覗いてみたが、望む単味飼料が手に入りそうにはない。
それで、自然卵ネットワークのN氏に頼んで当初の飼料として二種混合トウモロコシ、魚粉、貝化石、蠣殻を分けて頂いた。その後、屑小麦も分けて頂いた。
それ以外の飼料として、米屋から米糠と籾殻を、豆腐屋からオカラを入手した。
自然卵ネットワークの諸先輩方の鶏舎に数箇所尋ねたが、鶏舎に臭いがない。醗酵飼料と緑餌の所以である。
醗酵の仕方には嫌気性醗酵と好気性醗酵がある。この両者の違いは醗酵を無酸素状態で行うか、有酸素状態で行うかの違いである。
好気性醗酵で行うと家の中、近所に醗酵臭が漂う。それで嫌気性醗酵で行うことにした。
我が家は以前から、EM(Effective Micro-organisms)を活用し、家庭から出る生ゴミ、米のトギ汁、食用廃油を醗酵させ、有機肥料として庭に埋めている。
その経験から、これは家畜用飼料に適用出来るのでは、と考えていた。それで実験的にEMボカシを醗酵材として使ってみることにした。
現在もEMボカシで嫌気醗酵させた飼料を与えている。この発酵飼料は甘酸っぱい、好い香りがする。
また、烏骨鶏の健康の為に緑餌は欠かせない。毎週、休みの日は近くの新川に出かけ、田圃から離れた土手の農薬がかかってなさそうな雑草を持ち帰り、1−2cmに刻んで、与えている。
以上が我が家の烏骨鶏の主なる食事であるが、その他に微生物を豊富に含んだ土や土中の何かも食している。
飲み水は水道水であるが、時には生ニンニクとか梅干しを擦り絞ったもの、或いはEM液の希釈水を与えている。
自家配合醗酵飼料と緑餌のおかげで臭いは無く、烏骨鶏も健康だ。

養鶏の開始
10月11日(日)、午後2時頃、O物産を辞し、4時半頃、家に着く。
今日から我が娘達である。以後、原則として娘達と記す。
早速、娘達を鶏舎に入れ、餌と水と緑餌を与えて観察した。
思いの他、飼料や緑餌を食べるので、これは環境に直ぐなれるかな、と思ったのも束の間、薄暗くなってくると、4羽が固まって、ピヨピヨと鳴き始めた。
鳴き止みそうにも無い。どうしよう、ほっておくと近所から早速にクレームを貰いそうだ。
育すう箱をヒントに、ミカン箱の一面を8割カットし、その上からガムテープで固定したボロタオルを垂らしたものを鶏舎の隅に設置し、その中に雛を入れてみた。仮想の巣箱である。
すると最初の内は鳴いていたが、しばらくすると大人しくなり、眠りに入った。
初日から思いがけない事態に遭遇したが、第一歩は踏み出した。
次の日、10月12日(月)は娘達に何かトラブルがあったらと考えて事前に休暇を取り、終日、それとなく観察した。
家族は飼う前には「私はしらないからね(関与しないからね)」と言っていたが、娘達を見て、気が変わったようで「かわいいね」と言う。
家の前に道路があり、車が走る。娘達にとっては以前の生活環境と異なる為か、車が走り通る度に首を上げて反応を示す。その内、慣れるだろう!
日暮れ時になると昨日同様、またピヨピヨと鳴き始めた。まだ、何処で寝ればよいのか、分からないようだ。巣箱に入れてやると鳴き止み、大人しくなった。
三日目、今日から会社だ。日暮れ時の鳴き声が気になる。「鳴くようであれば巣箱に入れるよう」、女房に頼んで出かける。
帰宅し、鶏舎を覗いてみると巣箱に入って、大人しく寝ている。女房に聞くと案の定、夕刻になると鳴き始めたと言う。
娘達が自ら巣箱に入って寝るようになったのはその週の終わりである。
朝、起きるとまず居間のカーテンを開ける。その正面に鶏舎が見える。
始めは反応が無かったが、時間と共に此方を認めると右左に慌ただしく動いて餌を要求する。成長すると止まり木に止まって此方を待っている。此方に気づくと止まり木から飛び降り、鶏舎の中を動き回り、餌を催促する。最近は、早く外に出せと催促しているようだ。

放し飼い
次の休日、鶏舎から庭に出してみる。始めのうちは用心して、鶏舎からあまり離れようとしない。
時間と共に周りの雰囲気に慣れてき、鶏舎から出てくる姿勢も変わってきた。
最初の頃は恐る恐る慎重に、それから走るがごとく、今では奇声を発し、飛ぶがごとく勢いで出て来る。
前の公園には、スズメやカラス、オナガや鳩、その他の野鳥が住んでいる。
これらの野鳥が上空を飛ぶと、その飛影を警戒し、庭の木陰に駆け込み、身を屈めて時を過ごしている。
また、野鳥が鳴いても首をのばして、辺りに警戒を怠らない。
鶏舎から出て来ると、まず砂掻きをし、何やら啄ばんでいる。
そして庭に撒いた餌や緑餌を啄ばみ、庭に生えている雑草を啄ばんでいる。
砂掻きが終わるとしっかり時間をかけ、嘴で体の彼方此方を手入れし、足で頭を掻いたりしながら羽繕いを行っている。
そして、砂掻きと羽繕いの一連の行為を繰り返し行い、終わると、次は日光が良くあたる木の下で日光浴である。晩秋から冬にかけての陽光はとっても気持ちが良いらしく、目をつぶって寝たりしている。日光浴に飽いたら、次は砂浴びに移る。
1羽が開始すると、残りもそこに集まり、身を寄せ合い、集団で砂浴びに入る。砂浴びは1日1回しかしない。終わると、身を振るわせ、砂を払い落とし、後は終日、砂掻き、啄ばみ、羽繕い、日光浴、等で時間を過ごす。夕方になると猛烈に餌を食べ始める。そして、自分で鶏舎に戻り、一日が終わる。
今では、朝6時前に女房が戸を開ける。雨が降っても放し飼いの状態である。
庭には大きな糞があちらこちらに。その糞を土中に埋めるのも今では女房の仕事である。
「外に出してやろう」と女房が言う。「出すな」と言っても出している。当然のことか!

猫との対峙
放し飼いしていると思わぬ出来事と遭遇する。
ある日曜日、部屋でテレビを見ていると、娘達が「クワァー、クワァー」と騒ぎ出した。窓から見てみると丸々と太った猫と対峙している。双方の距離は3m位。猫は身を屈めて飛び掛かるというより、睨んでいるという風である。
娘達も脅えて鳴いているというよりは4羽が団結して身構え、鳴いて威嚇し、立ち向かっている風である。
庭に出て猫を追い払ってやる。また、普段通りの生活に戻り、砂掻きに入った。
その後、件の猫が1度きたが、小生を認めると向きを変え、堂々と反対方向に歩いて行った。その後、近くで見かける事はあるが、我が家に向かってくる気配はない。

庭の植物壊滅
当時、庭には大根葉と青葱、浅葱と葫を植えていた。
まず、大根葉がねらわれ、跡形もなく、食い尽くされてしまった。
次に葱類の処に生えている雑草がねらわれ、食い尽くされてしまった。娘達は葱類に関心が無いようで、葱、浅葱、葫を啄ばむことはない。
浅葱は食べられはしなかったが、無残にも踏み潰されてしまった。
最初のうち、庭の草花は対象から外れていたが、その後、同じ運命を辿った。
3月頃に庭を紫の花で飾り、70cm位の高さに成長する草花もクロッカスの芽も、撫子の葉も、人形草の新芽も、その他の草花や竹の笹までもその対象となってしまった。
何故か、水仙と紫陽花の新芽はその被害から免れている。(後日、分ったことだが水仙は毒性を有している。しかし、娘達はどうしてその事を知っているのだろうか!遺伝子に奥深く刻まれた遠い記憶のなせる業か!)
庭に草花はヤッパリ欲しい。その後、草花を買って来て植えたが、今度は娘達が進入出来ないよう女竹で囲いをした。

砂浴び
砂浴びは娘達の最も好きな遊びである。
場所は一定しておらず、その時の気分によって決まるらしい。一羽が始めると残りの娘達も近づいてきて、一緒に始める。
器用に足で砂を掻いて羽根の内に砂を囲い込み、背中に砂を浴びせている。その砂が他の娘達の顔にかかろうが、お構い無しである。そして、体を捻じって横になり、或は仰向けになって体を土地に摺り付けて砂浴びをする。
何故、砂浴びするのかよく分からない。体に寄生している虫を取り除く為であるという説もある。しかし、娘達の身体を詳しく看ても虫がついている気配はない。
砂浴びが終わると身を振るわせ、体についた砂を振り落とし、砂埃をたてる。
これも近所迷惑の要因であるが、庭の植え込みがある程度は防いでくれる。
砂浴びの後には15cm位の窪みができている。砂掻きと砂浴びで庭に起伏が出来てきた。

鶏声
雛の時代はピヨピヨと可愛らしいだけの鳴き声であったが、気がつくと成鶏の声に変わっていた。12月、ある朝、「コケ、コッコー」と雄の雄叫びがして、目が覚めた。
買う時に雌のみを仕入れたつもりであったが、雛の時は識別しづらく紛れ込んだらしい。成長に従って一羽だけ他の娘達と外観の違いを見せていたが、やっぱり雄であった。この1羽は近所迷惑を考えて始末した。
これで鳴き声から開放されると思ったのも束の間、他の娘達も「コケーコッコ」と鳴きはじめた。
雄の様な甲高い鳴き声とは違うが、気にかかる。その点、女房は図太いというか、無神経というか、小生程、気にしていない。隣、近所、お互い様だと思っている。
1月最後の日曜日、朝6時頃から1羽が鳴きはじめた。大人しくさせようと鶏舎に入り、大人しくさせた。部屋に戻るとまた鳴き始めたので、再び、鶏舎に戻る。何と卵が産まれている。
その後、観察していると毎回ではないが、卵を産んだ後で鳴く場合が多い。
3羽が就巣し抱卵しているが、交代で鶏舎から出て来る。その時、卵をじっと抱き続けているストレスを発散する為か奇声を発し、一声二声鳴いて、急いで砂掻き、砂浴びをし、鶏舎に戻り、また抱卵に入る。
住宅街で飼うのは気が疲れる。鳴くのは娘達の本能、気が疲れるのは人間の勝手というところか!
生まれたての卵を持って隣に行き、お詫び方々ご機嫌を取り結ぶ。

産卵の開始
1月31日に初めて卵が産まれた。予定より早い。産卵は、生後半年後と予想していたので、嬉しくもあるが、意外でもあった。
自家配合の醗酵粗飼料を与え、成長を抑えていたつもりなのに・・・
後日、N氏から秋雛は産卵が早いということを聞いて、事情は納得。
産卵を開始したのは最初に仕入れた娘達であるが、その産卵量にビックリである。
年間50−60個位しか生まない筈の烏骨鶏がこんなに産んで良いものだろうかと疑心暗鬼。
2月に51個産まれ、一月とあわせて52個だ。しかし、2月23日頃から全く産まなくなってしまった。
これで疑問が解けた。就巣に入ると、その期間は産卵しなくなる。それで年間産卵量が少ないのだと!
娘達は卵が無いのに抱卵している。哀れである。次の日曜日、2月28日にO物産で有精卵を買い求め、娘達に与えた。その卵にはサインペンで赤く丸印を付けている。今後、産まれるかもしれない卵と識別する為だ。
案の定、3月も21個の産卵である。就巣に入った娘達も産卵したが、新入りも産卵を開始した。
娘達の卵は30−35グラムと一般鶏の半分である。

巣篭り
3羽に3個づつ有精卵を与えたが、一羽が抱く卵の数は一定していない。
就巣中の一羽が外に遊びに出ると他の娘達が器用に顎で卵を胸の下に押し込み、代わりに抱いている。外に出た一羽が外から戻ると自分が抱く卵が見当たらない。
他の娘達を押しのけて卵を取り戻そうとするが、抱え込んだ娘達は頑として体を固め、渡さない。外から戻った娘は諦めて側に座り、卵奪還の機会を窺がっている。時に鶏体を持ち上げて見てみると遊んで帰った娘は何も抱いていないか、1個しか抱いていない。
娘達を見ていると卵を抱いたままのもの、要領よく外に遊びに出て行くもの、その性質は様々である。
抱卵中の娘達が鶏舎の外に出る様は尋常でない。普段と全く違う行動をとる。
まず外に出る時、異様な鳴き声を発しながら駆け出る。そして、慌ただしく砂掻きをし、何かを啄ばんでいる。好物の落花生を投げ与えても見向きもしない。それから「コケーコッコ」と鳴き始めるか、または砂浴びに入る。羽繕いも普段並みにしない、時間も短い。外にいる時間は精々10―20分位で急いで鶏舎に戻り、水を飲んで卵を温めにいく。
餌を娘達にやるべく、鶏舎に入ると「ギュルギュル」と鳴いて、側に寄るなと言う。
気にかけず目の前に餌を置いてやるが食は細い。卵を産まないし、運動も以前程しないので、食が細るのであろう。
抱卵中の娘達は抱卵の為に胸の部分や頭が薄黒く汚れている。
それに引き換え、新入りは一日中、外で我が世の春を謳歌している風である。嵐の前の春とも知らず!
