B班とのお別れに際して

  
                                   須藤 セツ子

B班と言えばなんといっても私はホームページのことが番の思い出です。
この三年間の思い出をここに綴ってみました。


晴天の霹靂

忘れもしません、平成2194日のことです。サイゼリアで新しいB班の顔合わせが有りました。
その席上で
B班のHPをして欲しいと言うことでした。深く固辞したのですが、とうとう引き受けざるを得ませんでした。HPのなんたるかも知らず、ただ簡単なページが作れるというのみの私でした。

苦悩の日々


誰に何時何処で何を教わればいいのかさえも覚束ない私のたった一人での出発でした。
飯島さんが教えて下さると言うことが唯一の頼みでした。それから世話人の津田さんと福徳さんで
場所と時間を設定して下さり飯島さんに教わりました。

飯島さんもお勤めをしておりましたので思うように時間が取れず何事もチンプンカンプンな私に御苦労なさいました。
まず「サイト」の立ち上げからでした。
まずトップページをどうするかで迷いました。ひと月ごとに変わるということで季節感を出すのと
ほかに思いつくこともなく季節の花とそれに見合う俳句を載せてみました。
俳句は私の駄作が数首入っていたのをお気付きになりましたでしょうか?

また月末の数日は来月のページが上がるかどうか心配で胃がキリキリと痛むような思いでした。
ページが上がらず原因を調べて気が付けば夜が白々と明けていたこともたびたびでした。
孤独の戦いでした。

協力者

HPを立ち上げた所で何を作るか材料も有りませんでした。そんな時杉山さんが
「パソコン
一口メモ」を連載してくれることになり一つページが出来ました。

その後佐野さんが大船フラワーセンターの写真を提供してくれました。大喜びで拙いながらもページの編集をしました。 次に北村さんが吾妻山からの写真を下さいました。早速これもページにしました。
何かHPB班に認められたような気がしてこの三人の投稿は今でも嬉しくて忘れられません。
本当に有難う御座いました。

また山田さんが「世話人虎の巻」をエクセルで作成して下さいました。
(これは後日、本部に登用さました。)

縁の下の力持ち

そうこうしている間にも飯島さんはコツコツとHPの機構を考えて下さり投稿のページに「ホームページ制作委員会」を載せてくださいました。これに基づいてHPに興味のある人たち数人による勉強会も始まり着々と充実への道が開けました。松本さんもお忙しい中BHPの勉強会に駆けつけて教えて下さいました。これは非常に嬉しいことでした。

役割分担

満を期して24年1月からページの役割を下記のように分担することになりました。

サイト管理 飯島さん
トップページ 須藤→7月から田辺さん
B班のページ 佐藤さん
今月の行事 藤森さん
投稿のページ 津田さん
更新履歴 田辺さん


複数の担当で斬新なページを期待しましたがトップページに因んだ花とロールオーバーのページが数か所重なって、どこを切っても同じ絵が出てくる金太郎飴のような感が否めませんが、トップページを見てお花やロールオーバーに興味を持って、それをマスターしてくれたことは、それなりに私のページも皆さんの技術の向上に役立ったのではないかと自負しています。

ここでやっとB班のHPが班の人たちの協力で出来上がってきた感じがします。とても気が軽くなりました。それと同時に大きな喪失感と虚無感に襲われているのはどうしたことでしょう!?

別れ そして感謝

さる18B班のお別れ会が催されました。改めて懐かしい方々との別れは寂しいしいものです。席上飯島さんの「最近物忘れがひどくなった」という言葉には胸打たれました。私も同然だからです。
こんなにも
B班とのお別れが辛いのは、今日よりも明日、明日より明後日と、いろいろなことが出来なく無っていく自分の少しでも若い日への惜別の情かとも思います。悲しいことです。

最後にご指導くださった、飯島さん松本さん、お世話下さった歴代の世話人さん、副世話人さん
B班HP研究会の皆様」B班HPを愛して下さった方々に限りない感謝をささげます。
3年間、共に歩んだ皆さんと別れるのはとても寂しいことです。

            どうぞお健やかに〜
     有難う御座いました。

 

〜嘆き給いそ別るるは相見し者の常なれば〜



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