| 2004年6月20日。大型の台風6号が近ずく中私たちは 韓国慶山市(キョンサン)で行われる祭り見物のため高速 船で博多港を出発した。 台風の影響で船の運航を心配したが、波は穏やかで快適 な船旅が出来ました。 博多港を出て約1時間30分過ぎた時、韓国釜山を博多 向けに出発した高速船とすれ違った。しばらくとすると、 対馬の島々が見え始め、船はまもなく釜山港へ到着した。 |
![]() |
| 乗船手続きをする白水さん | |
![]() |
![]() |
| 快適な船旅を楽しむ 岩隈さん、金さん、金村さん、そして日隈さんご夫婦 | |
![]() |
![]() |
||
|
|||
![]() |
食事を終わった私たちは、これから韓国で3番目に大きい 都市「大邱」に列車で行く為釜山駅へ向かった。 私は何度か釜山から列者に乗って、大邱やソウルへ出か けたことが有るが、高速鉄道が出来てから釜山駅に来る のは初めてである。飛行機の出発ロビーを思わせるような 作りには驚いた。 |
さて、これから始まる大邱市そして慶山市の旅は・・・・・・・・・・・
出発前にちょっとだけ今から訪れる大邱広域市及び
慶山市について調べて見ましょう
|
大邱廣域市 大邱の主要産業は、繊維・金属・機械製造である。大邱周辺で生産されるリンゴの品質も 大邱でもっとも有名な公園はアプ山(アプサン、アプは前を示す固有語のため漢字はない) 近郊の名所としては海印(ヘイン)寺が挙げられる。八萬大蔵經(木製の大蔵經であり、 また、2003年2月18日には、放火による地下鉄火災事件が起き、駅の反対路線に止まってい |
||||||
| |
||||||
慶山市
古代(B・C3〜4世紀)に、押督国と呼ばれる国に属し、その栄光と影響を受けました。その後も、 新羅、高麗、朝鮮時代と、輝かしい文化を育ててきた由緒あるまちで、古墳や史跡、神社・仏閣 など数多くの歴史遺産があります。また、周辺地域の交通の要衝の地として、昔から重要な役割 を果してきました。 特産品として、モモ、ブドウ、ナツメなどが有名です。 大都市・大邱(テグ)市の近郊に位置する慶山市は、大規模なアパートや機械工場がつぎつぎと 建設され、人口が次第に増えてきています。まちが発展し、大きくなるにつれ、より快適な住環境 や教育環境、上・下水道、道路網などの都市基盤の拡充を推進しています。また、韓国最大の 学園都市で、嶺南大学、慶山大学など11大学があり、約8万3千人の大学生が勉学に励んでいます。 慶山市の年平均気温は、12〜14℃で降水量は少なく、比較的温暖な気候で自然の豊かな 農村部と機能的に整備・開発された都市部が調和した、暮らしやすいまちです。 |
さあ、お待たせしました。それでは出発しましょう。
| 2004年4月1日開業した韓国高速鉄道KTX 私たちは始めて乗る韓国の新幹線に心を弾 ませていた。 「あっ!! 駅弁も売っている」と、はしゃぎな がら、列車の中へ。 「意外と狭いねー!」日本の新幹線より幅が 狭い感じがする。 座席番号を確認し、席に座った私たちは、 列車の窓から見える景色に期待していた。 「○○時発ソウル行きKTX○○号まもなく 出発しまーす」と、言ったかどうかわからな いが、列車はゆっくりと動き始めた。 |
| いざ出発。・・・・・・・?? 「ん、何でバックしてるんだ?」 列車はゆっくりとバックし始めた。 えーっ!! なんでー! ウソー! そうです。そうなんです。列車は私たちを後ろ向きにしたまま走り出したのです。 「大丈夫だよ! 座席の向きを変えればいいヨ!」 でも、見ても、触っても、いくら探しても、座席は変わりません。 期待していた列車の窓から見える景色に 「イャー! これじゃー列車酔いしそう」 と、ついに回転しない椅子を憎らしげに 人間のほうが回転し、進行方向に身体を向けたのでした。 なんだ、かんだと約1時間。 私たちは東大邱駅に到着した。 |
|
| 東大邱駅には朴さん達が私たちを出迎えてくれ、車で約1時間、私たちは祭りの準備が進む舞台に到着した。 「アンニョンハセヨ?」そこには何度かお会いした懐かしい顔が見えた。 別棟の資料館に案内され、祭りの説明や資料間の展示物を見学した。そこには日本でも昔使われていた農機具と同じものが 多く展示してあった。 舞台準備に忙しい中、權 先生は私たちを食事に案内してくれると言う。釜山駅で昼食を食べたのが12時半で今は4時。 昼食とも、夕食ともつかない、「中間食」を食べに近くの食堂へ向かう事になった。 |
|
| 数多くのキムチが並ぶ中、焼肉が、ビールが、焼酎が・・・・・ うまい、美味しい。 昼食を先ほど済ましたばかりと言うのに、 まるで朝から何も食べていなかったと言わんばかりに食べる、さらに食べる。 それでも足らず 「アズンマー 肉 ちょーだい! キムチも! ビールもないよ!」 と、追加することしきり。 食った、食った、 もう入らない。 「今から旅館でしばらく休憩しなさい。」 「私たちはまだ舞台の準備が有るから」 と、權 先生。 「舞台の準備が終わったら皆と一緒に食事に行きましょう」 ・・・・・・・・・・ えっ! 今、腹いっぱい食べたばかりじゃないの!! なにっ!! まだ、食うの?? 「アイゴー!ジュッケッタ」 そんなに食うと死んじゃうよ!! 食堂を後にした私たちは、すぐ近くにある旅館に向かった。 |
|
| 宿はこの町に1件しかないと言う。 權 先生は私たち一行の為かなり 早くからこの宿を予約していたそうだ。 それは、今度の祭りと重なって韓国 相撲の大会もあり、多くの人が訪れ るため宿が無くなると言う。 宿は大邱市内の立派なホテルも有るの だが、祭りの為大邱から慶山までの道路 が大変渋滞し時間がかかり移動に大変 なため、この宿を選んだそうである。 皆はしばらく部屋で休むことにした。 私はカメラを肩に、この町を少し歩いて 見みました。 |
| 静かな田舎町。 明日から始まる祭りの横断幕があっちこっち見える。 広い敷地に、がらーんとしたバスターミナル。 のどかな田園。 古い家々。 ゴミゴミした、高層ビルが立ち並ぶ町より、こんな静かな田舎町がいい。 |
|
「アイゴー!ジュッケッタ」 そんなに食うと死んじゃうよ!!
の旅はさらに続くのでした。