2004年6月20日。大型の台風6号が近ずく中私たちは
韓国慶山市(キョンサン)で行われる祭り見物のため高速
船で博多港を出発した。

台風の影響で船の運航を心配したが、波は穏やかで快適
な船旅が出来ました。

博多港を出て約1時間30分過ぎた時、韓国釜山を博多
向けに出発した高速船とすれ違った。しばらくとすると、
対馬の島々が見え始め、船はまもなく釜山港へ到着した。
乗船手続きをする白水さん
快適な船旅を楽しむ 岩隈さん、金さん、金村さん、そして日隈さんご夫婦

釜山駅近くの食堂で、早速韓国本場の食事を楽しむ。 やっぱり本場のキムチは美味しいネ!!
でも・・・・、これから始まる胃袋もビックリ韓国料理食べて、食べて・・・・・・・これでもかー! もっと食べろ!!
の旅が待っているとは、誰も想像しなかったでしょう。 
食事を終わった私たちは、これから韓国で3番目に大きい
都市「大邱」に列車で行く為釜山駅へ向かった。
私は何度か釜山から列者に乗って、大邱やソウルへ出か
けたことが有るが、高速鉄道が出来てから釜山駅に来る
のは初めてである。飛行機の出発ロビーを思わせるような
作りには驚いた。


さて、これから始まる大邱市そして慶山市の旅は・・・・・・・・・・・



出発前にちょっとだけ今から訪れる大邱広域市及び
慶山市について調べて見ましょう


大邱廣域市
韓国南部の都市。慶尚北道の道都で、韓国で第3番目の都市である。盆地地形のため、
韓国内でもっとも暑い都市の一つである。人口約250万。

大邱の主要産業は、繊維・金属・機械製造である。大邱周辺で生産されるリンゴの品質も
東アジアでは著名である。1970年代から1990年代にかけて、ミス・コリアを多く輩出している。

大邱でもっとも有名な公園はアプ山(アプサン、アプは前を示す固有語のため漢字はない)
公園である。登山道の整備された山があり、寺刹、落東江(ナクトンンガン)戦闘記念館など
がある。ケーブルカーで展望台まで上ると八公山(パルゴンサン)を望むことができる。
八公山はかつてから霊山としての歴史をもち、千年以上の歴史を持つと言われる把渓寺、
桐華寺などのある仏教の山である。達城(タルソン)公園は、1500年の歴史を持つともいわ
れる土城を中心としている大邱でもっとも古い公園の一つである。頭流(トゥリュ)公園は、
スポーツ施設、レクレーション施設、文化施設なども数多く、大邱タワーも有名である。

近郊の名所としては海印(ヘイン)寺が挙げられる。八萬大蔵經(木製の大蔵經であり、
全体が現存する世界最古の経典であるとも言われる)のある寺である。近郊都市として、
かつての新羅の首都であった慶州(キョンジュ)が挙げられる。

また、2003年2月18日には、放火による地下鉄火災事件が起き、駅の反対路線に止まってい
た車両と併せ、2編成12両が消失し、死者192名、負傷者148名を出した事件は記憶に新しい。

 
 
慶山市
人  口 218,156人
(2003年5月現在)
市の木 イチョウ
市の花 モクレン

古代(B・C3〜4世紀)に、押督国と呼ばれる国に属し、その栄光と影響を受けました。その後も、
新羅、高麗、朝鮮時代と、輝かしい文化を育ててきた由緒あるまちで、古墳や史跡、神社・仏閣
など数多くの歴史遺産があります。また、周辺地域の交通の要衝の地として、昔から重要な役割
を果してきました。

特産品として、モモ、ブドウ、ナツメなどが有名です。
大都市・大邱(テグ)市の近郊に位置する慶山市は、大規模なアパートや機械工場がつぎつぎと
建設され、人口が次第に増えてきています。まちが発展し、大きくなるにつれ、より快適な住環境
や教育環境、上・下水道、道路網などの都市基盤の拡充を推進しています。また、韓国最大の
学園都市で、嶺南大学、慶山大学など11大学があり、約8万3千人の大学生が勉学に励んでいます。
慶山市の年平均気温は、12〜14℃で降水量は少なく、比較的温暖な気候で自然の豊かな
農村部と機能的に整備・開発された都市部が調和した、暮らしやすいまちです。

さあ、お待たせしました。それでは出発しましょう。

2004年4月1日開業した韓国高速鉄道KTX
私たちは始めて乗る韓国の新幹線に心を弾
ませていた。

「あっ!! 駅弁も売っている」と、はしゃぎな
がら、列車の中へ。
「意外と狭いねー!」日本の新幹線より幅が
狭い感じがする。

座席番号を確認し、席に座った私たちは、
列車の窓から見える景色に期待していた。

「○○時発ソウル行きKTX○○号まもなく
出発しまーす」と、言ったかどうかわからな
いが、列車はゆっくりと動き始めた。

いざ出発。・・・・・・・?? 「ん、何でバックしてるんだ?」  列車はゆっくりとバックし始めた。

えーっ!! なんでー! ウソー! そうです。そうなんです。列車は私たちを後ろ向きにしたまま走り出したのです。
「大丈夫だよ! 座席の向きを変えればいいヨ!」 でも、見ても、触っても、いくら探しても、座席は変わりません。

期待していた列車の窓から見える景色に 「イャー! これじゃー列車酔いしそう」 と、ついに回転しない椅子を憎らしげに
人間のほうが回転し、進行方向に身体を向けたのでした。

なんだ、かんだと約1時間。 私たちは東大邱駅に到着した。  

東大邱駅には朴さん達が私たちを出迎えてくれ、車で約1時間、私たちは祭りの準備が進む舞台に到着した。
「アンニョンハセヨ?」そこには何度かお会いした懐かしい顔が見えた。

別棟の資料館に案内され、祭りの説明や資料間の展示物を見学した。そこには日本でも昔使われていた農機具と同じものが
多く展示してあった。

舞台準備に忙しい中、權 先生は私たちを食事に案内してくれると言う。釜山駅で昼食を食べたのが12時半で今は4時。
昼食とも、夕食ともつかない、「中間食」を食べに近くの食堂へ向かう事になった。



数多くのキムチが並ぶ中、焼肉が、ビールが、焼酎が・・・・・ うまい、美味しい。 昼食を先ほど済ましたばかりと言うのに、
まるで朝から何も食べていなかったと言わんばかりに食べる、さらに食べる。
それでも足らず 「アズンマー  肉 ちょーだい!  キムチも! ビールもないよ!」 と、追加することしきり。

食った、食った、 もう入らない。 

「今から旅館でしばらく休憩しなさい。」 「私たちはまだ舞台の準備が有るから」 と、權 先生。
「舞台の準備が終わったら皆と一緒に食事に行きましょう」 ・・・・・・・・・・ えっ! 今、腹いっぱい食べたばかりじゃないの!!
なにっ!! まだ、食うの??   「アイゴー!ジュッケッタ」 そんなに食うと死んじゃうよ!!

食堂を後にした私たちは、すぐ近くにある旅館に向かった。



 宿はこの町に1件しかないと言う。

 權 先生は私たち一行の為かなり
 早くからこの宿を予約していたそうだ。

 それは、今度の祭りと重なって韓国
 相撲の大会もあり、多くの人が訪れ
 るため宿が無くなると言う。

 宿は大邱市内の立派なホテルも有るの
 だが、祭りの為大邱から慶山までの道路
 が大変渋滞し時間がかかり移動に大変
 なため、この宿を選んだそうである。

 皆はしばらく部屋で休むことにした。

 私はカメラを肩に、この町を少し歩いて
 見みました。


静かな田舎町。  明日から始まる祭りの横断幕があっちこっち見える。
広い敷地に、がらーんとしたバスターミナル。  のどかな田園。  古い家々。
ゴミゴミした、高層ビルが立ち並ぶ町より、こんな静かな田舎町がいい。

 「アイゴー!ジュッケッタ」 そんなに食うと死んじゃうよ!!

の旅はさらに続くのでした。