ドビュッシー


Claude Achille Debussy クロード・アシル・ドビュッシー(1862年〜1918年)
フランスの作曲家。8月22日サン・ジェルマン=アン・レに生まれた後、パリへ。10歳から12年間、パリ音楽院に在籍し頭角を現す。生涯にわたりピアノ、室内楽、管弦楽曲など幅広く作曲し、同時代から現代の音楽にまで多大な影響を与える。

彼の音楽は、権威と庶民の架け橋、また東洋と西洋の架け橋でもあり、ジャンルを超え幅広く愛されていることが大きな特徴の一つです。

浮世絵を通して日本への憧れもあったようで、仕事場には北斎他が飾られ、交響詩「海」(1905年)の初版スコア表紙には、「神奈川沖浪浦」が使われています。武満徹(作曲家1930年〜1996年)が最も敬愛していた作曲家でもあります。

ピアノ曲「2つのアラベスク」「版画」「前奏曲集1、2巻」など。
オーケストラ曲「牧神の午後への前奏曲」「夜想曲」「海」「遊戯」など。

エピソード

 1909年、後に喜劇王と言わる映画作家、俳優が、まだ全く無名だった頃、一座でフランス巡業へ行った時の話です。
彼は、10代だったにもかかわらず、酔っ払いの老け役を舞台で演じていたそうです。ある日、公演後に「ある著名な音楽家が君に会いたいと言っている」と言われ、通訳の人に連れられボックス席へ向かいました。そして、その音楽家は、「君は生まれながらの音楽家でダンサーだ。本当の芸術家だよ」と賛辞を送り握手を求めてきたそうです。別れた後、その若い舞台俳優は、音楽家と一緒に観に来ていた綺麗なバレーダンサーに気を取られ、まずは「隣の女性は誰?」と通訳に聞きました。そして―
「それであの紳士の名前は何でしたっけ?」
「あれは有名な作曲家のドビュッシーだよ」
「聞いたことないなぁ」―
若い俳優というのは、チャールズ・チャップリンです。全く無名のチャップリンを絶賛したドビュッシー・・・天才は天才を知るのでしょう。

チャップリン自伝 Charles Chaplin: My Autobiographyを参照)


一座関係者と若き日の・・

笙とドビュッシー

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