なぜ楽器を暖めるのか


 一番の理由は「吹きやすくするため」です。

 笙の演奏を目にする時、例え舞台上でも合間に楽器を暖めている
ため、その理由を問う質問と回答を聞くことが少なくありません。
しかし、いつも質問する側、される側共に納得していないように思
えます。
 書かれているものも含め、一番多い回答は「音が変わってしまう
ので湿気をとばす」です。確かにこれは主な理由の一つです。そし
て「蝋の状態を保つ、良くする」という答えもあります。もちろん、
これも焙る大きな理由で、これらが正当な説明です。
 
 ところが、筆者自身は、湿気で音がおかしくならないために焙っ
ていると感じることは、あまりありません。実際に笙を吹いている
人も同じだと思いますが、暖める最大の理由=分かりやすい説明は、
「そのほうが吹きやすい」であることは明らかです。

 人は、運動する前に準備運動をします。車もエンジンを暖めます。
そして、機能的な西洋の楽器でも、その日のファーストタッチでは
良い音が出せません。数十分のウォーミングアップが必要です。

 準備をせずに運動をすると身体がおかしくなることがあると思い
ます。それは、温まっていないのに身体を動かすわけですから、冷
えて硬い物を動かすと、ヒビが入ったりすることと同じです。

 これは全ての物に共通していますから、当然楽器も同じです。よっ
て、笙が冷えた状態で息を入れても、特に金属のリードは硬くなっ
ているために、なかなか振動を始めません=音が出ません。
 また、無理に息を入れると、繊細な構成要素が不自然に動いてし
まうために、音がくるったり、リードの吹く吸うのバランスがくる
いやすくなるわけです。。
 もちろん、もし冷えた状態でも、そのまま置いておくのであれば、
特に問題ありません。冷えた状態で演奏してしまう(息を入れてリ
ードを動かしてしまう)ことが問題なのです。


 笙の場合は、文字通りに暖めなければならない楽器で、物理的に
楽器を暖めて、ようやくウォーミングアップできる状態になるとい
うことが言えます。

 細かいことを話せば、リードの振動部分の厚さが紙ほどの薄さで
あっても、金属であるだけではなく、吐く吸うの両息を用いるため、
リードも片方向だけの動きではなく、前後(または左右)に動くこ
とが、その金属的硬さを感じやすくさせてしまいます。これらは、
物理的に熱源で暖めることで改善されるのです。


 笙は、あらゆる材質を用いており、それらを調和させるためには、
熱源が必要なのです。例えば、金属製のリードが竹に取り付けられ
ており、蜜蝋と松脂をブレンドしたもの(単に蜜蝋と呼んでいます)
で接着されていますが、笙を焙るためにも使われる炭火や電熱器と
いうような熱源で蝋を溶かしながら、半田付けのように行われます。
調律などピッチの調整も、この蝋と熱源を用いています。 

 このように、楽器と熱源は切っても切れない関係で、これがその
まま、音を発し演奏する時にも入り込んでいるわけです。

 ちょうど火を使った料理のように、材料だけあってもうまく調和
しないのです。火にかけることで全体が溶け合い調和します。
 これは、実際に笙を吹かないと感じられないことですが、冷えきっ
た笙の状態というのは、冷えきった残り物のご飯のようです。
 火を用いずに材料を混ぜ合わせただけの味噌汁を想像してみれば、
お分かりいただけるでしょうか。「未完成」「出来損ない」「故障
中」という表現でいいかもしれません。

 日本の笙は、遥か昔に発明された仕組みを、以来ほとんど改良さ
れずに現在にいたります。ですから、この「焙る」という行為は、
本来であれば「名残」と言っても差し支えないことかもしれません。

 とても綺麗な音を発する複雑な楽器ができたけれど、演奏前後に
時間をかけて焙らなくてはならない・・・しかし、これが改良の方
向へ進むことがなかったわけです。


 笙を焙る本当の理由は、この「焙る」という煩わしい行為自体が
何らかの意味を持っていることなのかもしれません。きっと、結論
を必要としているのではなく、習慣となっていること自体が大切な
のではないでしょうか。  



     



Sho-window 〜笙窓〜
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