笙を吹いて感じていることの一つに、打楽器的な要素があると いうことを挙げられます。まず物理的なことで、笙は打楽器・・ ではありませんが、実は打楽器を材料としています。 響銅(さはりsawari)と呼ばれている合金製の打楽器を切り、 リードを制作します。ガムランの合金は、独自に調合して制作す るようですが、笙のリードに使われる材料は、打楽器として形が 出来ている響銅が用いられています。 この響銅というのは、銅鑼(どら)と言えば簡単に想像がつく のではないでしょうか。形は様々で、他にもお寺や仏壇で目にす る鈴(れい・りん)のようなものもあります。ただ、このような 形の楽器なら何でも良いというわけではなく、銅と錫の合金であ る「さはり」であることが第一条件となります。 一説には、既に打楽器として使われていたほうが、リードにし た時に良く響くと言われています。実際には、打楽器として使わ れたのか、殆ど使われずにリードの材料になるのかはわかりませ んが、ある意味、笙のリードは打楽器の生まれ変わりと言えるか もしれせん。 そして、演奏法や響きにも打楽器を感じます。笙の響きという のは特徴的な持続音ですが、それを鳴り響いている打楽器に聞こ えるのは私だけでしょうか。 お寺にある鐘、そして笙の材料の一つになっている銅鑼などの ように、響かせる打楽器の音を感じることが出来ると思うのです。 打楽器というのは減衰式で、叩いた後は楽器に触れることなく 響きに任せます。一方、吹奏楽器は自励式です。自ら息を入れて 響きを保つよう努めなければ、音は途切れてしまいます。 このように正反対と言える性質を持ち合わせている両者ですが、 笙の響き、演奏法と比べてみます。もちろん、打楽器をそのまま 吹奏楽器として演奏できるわけもなければ、試みる意味もありま せん。 ただ、偶然でしょうが、笙の演奏が確立するにあたり、自然と 元になっていると言える打楽器の響きを模しているような奏法に なっており、興味深く感じるのです。 銅鑼などの打楽器は、大陸では連打をする奏法も多く見られる かもしれませんが、もし日本で使われるのであれば、やはり響き を大事にする方向が主流で、お寺の鐘、鈴のように、一打を長く 響かせることが基本となるのではないでしょうか。 この時、金属製の打楽器の音というのは、いっきにその空間に 広がっていきます。そして耳を傾けると、容易に聞き取れるほど の豊かな倍音を有しています。これは笙の音そのものです。息が 入り、倍音を模したような合竹の音が立ち上がると、響きは空気 のようにその空間を埋め尽くします。 打楽器に必ず生ずるインパクトを、息で演奏することにより相 殺し、豊かな倍音の響きが減衰する打楽器に換わって、呼吸によ る自励の合竹(和音)を響かせ保っているのです。その結果とし て笙の音は、まるで打楽器の響きを逆回転で聞いているかのよう になり、特殊に感じるのかもしれません。 そして、もともと打楽器の主要な役割はリズムを刻むことです が、笙の主要な役割は同じくリズムを刻むことです。 楽器の起源というのは、打楽器かもしれません。それは、人間 の鼓動がリズムであり、その延長、再現として打楽器になったと 考えられるからです。声の模倣には、多少複雑な作りや技術が楽 器の制作、演奏に要求されます。しかし、鼓動=リズムの模倣は 最も原始的で単純です。 笙という楽器は、呼吸で演奏します。これは言うまでもなく鼓 動と深い繋がりがあります。そして、演奏法はとても原始的で単 純です。この原始的で単純な鼓動、呼吸のような反復が、活き活 きとしたリズムになっているのです。 きっとこのような打楽器との繋がりを知ることも、笙を知るに は大切な要因になるはずです。 |
銅鑼(この実寸は直径27cm) |