Gaku's House > シュールレアリスム
お気に入りのシュールレアリスムを紹介する部屋です
ダリとマグリットの作品をゆっくりとご覧ください。シュールな世界に引き込まれることでしょう。
シュールレアリスムとは、超現実主義のこと。超現実主義とは、1920年代、ダダイズムに続いてフランスに興った芸術運動。ヘーゲルの哲学、フロイトの深層心理学、アポリネールの詩法、キリコの画風などの影響の元に、意識下の世界や不合理・非現実の世界を探求し、既成の美学、道徳とは無関係に内的生活の衝動を表現することを目的とする(『広辞苑』より)。
物体としてのモノはヴィジブル。我々の目の前に存在し、決まった名称が与えられ、万人に認知される。それは、誰もが同じイメージを抱くことができる。しかし、概念としてのモノはインヴィジブル。共通したカタチとしてこの世に存在することはなく、万人共通のイメージとしては存在し得ない。それは、言葉というインヴィジブルなモノから成り立っているから。
例えば、「勇気」をカタチに表してみよう。キャンバスをとりだし、線を描き、絵筆を運ばせて。できあがっただろうか。さあ、それを通りすがりの人に見せてみよう。「これは何を表したと思いますか?」。彼は何と答えるだろうか。はたして「これは勇気を表した絵ですね?」と答えてくれるだろうか?はたして、彼とあなたの持つ「勇気」に対するイメージを共有できただろうか?。
結局、文字という人間の共通媒体でしか、概念は認識してもらえない。それは、イメージの相違に由来する。
イメージは個人の過去の経験を反映する。また、内的現実を過去の経験概念に照合した結果生みだされる。皆が一様ではない人生経験を積んでいるから、それだけ、ある概念に対するイメージは多いに決まっている。
「赤富士」と題された絵は、ほぼ夕陽に映える富士山が描かれる。だから、題を知らずともその絵を見れば、「赤富士」だなとイメージできる。けれども、マグリットの「大家族」を、題を知らないまま見た場合、はたして、これは「大家族」という題であると確信を誰もが持てるだろうか?。
つまり、インヴィジブルなモノとしての概念、そして意識下の世界は、万人共通のイメージで映像化するのは難しい。
シュールレアリスムは、まさに、上にあげた万人共通のイメージとは相反した、作者個人のイメージそのものである。したがって、風景画のように、今まさに目の前に存在する現実のヒトコマを描写するだけではなく、ある個人の意識下の世界で繰り広げられる超現実の映像化を可能にする。その作品は、作者の意識下では現実として存在する映像なのである。これをエゴイズムとして敬遠するも良し、これに触れ、自らのシュールさをはかるのも良し・・・。
できることなら、作品を見る際には、題を見ずに、まずこれが何を表しているのかをイメージし、そして題を確認した後には、今度はあなたの心のキャンバスに、自らの作品を描いてみることをお勧めしたい。
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