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日本の街並みは、ヨーロッパの街並みに比べてどうして美しくないのか? 漠然と考えたことがある。ウィーン(オーストリア)やベルン(スイス)の街を歩いてみると、その街並みの美しさに唖然としてしまう。石造と木造の違い、看板や電信柱の秩序の有無、建物高さ・屋根や外壁の色彩の統一性など、様々な理由が挙げられているが、やはり、住み手の美意識(美的感受性)の違いが大きいのだろう。
例えば、パリのエッフェル塔と東京タワーを単純に比較してみると、美しさの差は明らかだ。大阪の御堂筋など、建物高さを揃えた街並みは秩序があって美しいと思うが、日本のほとんどの街並みは周辺との調和など考えず、経済合理主義のみ追求する建物が如何に多いことか。全国どこに行っても変わらない雑然とした没個性の街なみばかりに思える。
個人住宅においても、スイスでは道路に面した窓の回りに花を飾ったり、道路との境界柵のない芝生の庭を開放したりする。自分の住まいだけでなく、街全体を美しく見せたいという共同体意識があるのだろう。公園の美しさや一人当たりの面積でも、日本は先進国の中でかなり劣っているらしい。
ここ小諸は、旧北国街道小諸宿(江戸時代の建物16件や国重要文化財の本陣など)があり、江戸時代の宿場は大名の参勤交代を上から覗くことを避けるために2階の窓の位置は低く、箱階段や四角錐形の天窓が多くの家に設けてある。また、明治後期〜大正時代には全国にも名を馳せた問屋商人の街であった。
平成12年度より小諸市の街なみ環境整備事業として小諸宿修理修景事業(300〜500万円の補助金)が行われている。昭和初期以前の歴史的な建物の修復や復元、それ以降の建物等を歴史的なものに模したり景観に調和したものにする事業である。当社も9件ほど設計・監理させていただき、そのうち土蔵を修理改築した物件で、「小諸町並み賞」(北国街道小諸宿の会、小諸市共催)をいただいた。
このように町並みの景観を良くしようと努力していても、道路拡張のために軒先を切り取られてしまったり、保存したいと思う立派な土蔵が何棟も取り壊されて現代建築に建替えられたりして、歴史的な街並みとして残っているものは少なくなってしまった。現在も店舗や住居として使われている歴史的な建物が多いので難しい面もあるが、もっと住宅内部や中庭を見れるように公開できれば、人が集まる楽しい街になるのではないか。
因みにお隣りの北国街道海野宿(長野県東御市、「重要伝統的建造物群保存地区」指定)は、早くから保存運動があったため、北国街道の宿場町の家並みがよく保存されている。道の中央を用水が流れ、卯立や海野格子、出桁などの江戸時代の旅籠屋造り、明治以降の養蚕に利用された「気抜き」などが美しい。
近代建築では、豊郷小学校(ヴォーリズ設計、1937年築、滋賀県)や皇后陛下の実家である旧正田邸(清水組設計、1933年築、品川区)などの保存運動がマスコミに騒がれた。記憶に残る建築は、いろいろな思い出と一緒で貴重なものだ。文化財的価値の有無も重要だが、街並みとしての記憶が消されてしまうのも馴染んだ風景であるほど、その人にとって残念なことだろう。
“軽井沢の良質な別荘環境は日本の貴重な財産”とする「マンション軽井沢メソッド宣言」が平成13年12月に宣言された。欧米の都市計画では共同住宅と専用住宅の区分がはっきりしているのに対し、日本の第1種住居専用地域では共同住宅と専用住宅が同一に扱われている。そのため、別荘地にリゾートマンションが建設されて景観が一変してしまった。軽井沢町はマンションの建設を一時凍結して対抗しているようだが・・・
経済大国と云われる日本でも、生活面での本当の豊かさはまだ遅れていると思う。現代の日本では隣人との付き合い方も希薄になり、以前より地域のコミュニティ意識が作られにくくなっている。時間に追われて職場と住宅の往復ばかりで、自宅や近隣のコミュニティを見渡す余裕がないのかも知れない。
イタリア人のように、経済的に豊かでなくても自由時間が多く、友人と自宅で陽気にパーティを楽しんだり、築数百年の建物を大事に修理しながら暮らしている方が、本当の豊かさを感じると思う。木造と石造の違いもあるが、現代の日本の木造住宅は約30年で建替えられているのだから、話にならない。
ヨーロッパの美しい個性的な街並みや暮らしぶりをただ真似ればいいと云う訳ではないが、これからの街づくりにおいて、住み手は豊かさの意味をもっと考える必要があるのではないか。
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