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5月12日 パリ〜ルアーブル港
翌朝散歩へ、ホテルから歩いて数分でコンコルド広場にでた。写真、私のすぐ後ろにセーヌ川、右手にエッフェル塔遠望。
ホテルに戻り朝食、クロワッサンが軽くて美味い。午前10:00迎えの車でルアーブルへ出発。
2時間余りでルアーブル港に到着しにっぽん丸に乗船。手続きを済ませ市内へ出た。画家モネの育った街だ。パリよりものんびりとしている。ここでやや遅めの昼食、これまた美味。夕方出港。
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5月13日 オランダ
アムステルダム(オランダ)沖で入港の都合を待つ。北村さんとデュオのリハーサルあり。いつもやり慣れたナンバーばかりなので、特に念入りな練習はしない。今回、ピアノの調律師の方もスタッフとして乗船しており、ピアノがベストコンディションで大変ありがたい。夜入港。
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5月14日 アムステルダム(オランダ)
朝、北村さんの友人が、たまたま仕事でこの地にいらしていて船に訪ねてこられた。皆でアムステルダム市内に出て、ゴッホ美術館に行く。私は二回目のオランダだったが、レンブラントなどで有名な国立博物館はアスベスト工事で休館中だった。御友人が郊外のレストランを調べておいたからとタクシーに乗車。 市内から高速に乗って30分ほど海の方に行った所で、水と緑の中に風車がある、いかにもオランダらしい素晴らしい風景。レストランの食事も実に美味で、野菜も新鮮で美味しかった。 |
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5月15日 キール運河
オランダからドイツを経てバルト海に抜けるキール運河を通行する。お昼頃水門を通過後、両岸にドイツの民家が点在しているが、護岸の堤防などがないため風景が美しく、家の中から船に手を振る人も見えた。緑豊かな平地をゆっくりと航行。時折、白鳥も見え、向こうの丘は一面黄色い菜の花畑で、ほのかな香りも。一日のどかな運河航行を楽しむ。
ドイツの民家。似ていながら皆個性的ーー 菜の花畑からほのかな香りも
5月16日 バルト海
ロシアに向けてバルト海を航行。船旅では一日海ばかりでも飽きることはない。日常生活ではなかなか見ることのない海での日没も楽しみの一つだ。南の海では水平線に雲があって、完璧に海に没する夕陽は見られなかったが、北の海では何回か見ることが出来た。日が沈みかけるのが午後9:40過ぎ。デッキにはカメラを持った多くの人が出たが、寒い風が強く何度も船内とデッキを出入りしつつ日没の瞬間を待った。やっと水平線に夕陽が接したのが午後10時。この後しばらく残照が続き、西空には11時過ぎても明るさが残るが、午前5時頃には夜が明ける。 |
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5月17日 バルト海をロシアへ
北緯58度。デッキは寒い。午後リハーサルをやり、夜メインショー。一時間の演奏は好調でお客様も満足していらしたようだ。デュオだが、グッドマンナンバー、グレンミラーナンバーなどフルバンドのアレンジもやっていまう。その上私は歌も、あれやこれや結構忙しいが、結構楽しい。
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5月18日 サンクトペテルブルグ(ロシア)
ロシア、サンクトペテルブルグ(旧レニングラード)入港。街中、寺院や彫刻などで溢れているという印象。有名なエルミタージュ美術館へ向かう途中、立ち寄ったカフェは庶民的で結構美味しかった。小さな壷のスープや、名前は知らないがお好み焼き風の食べ物など。お目当ての美術館は帝政ロシア時代の宮殿で、その大きさ豪華さには驚く。収蔵品も膨大な量だが展示作品がどれも色が暗くくすんでいる。修復など十分なされていないのではないか。とにかく広く足が疲れた。
街角にバイオリンを弾く少女がいて、ロシア民謡でも聴けると気分満点と思ったら、曲はビートルズの「イエスタデイ」だった。どうも古臭い先入観を持ってしまう。
夜はロシアバレーを観劇。演目は「ジゼル」。これはさすが伝統、オーケストラの音も大変素晴らしかった。午後10:00終演後外に出るとまだ明るかった。船のスタッフの方々とロシアの居酒屋といった店に行く。バンドネオンとアルトサックスの生演奏で、ジャズのスタンダードを演奏していた。ボルシチと黒パン、ショットのウォッカでロシア満喫して店を出る。時刻は12時、やっと暗くなったが、空はまだ真っ暗にはなっていなかった。
日本の3月上旬の寒さだった。
ー イエスタデイを弾く少女ーー建物がどれも大きく重々しい。

(帰国後知った事だが、この時元ビートルズのポール・マッカートニーがロシアで公演を行っていて、この一週間後5月25日にサンクトペテルブルグ公演だったそうだ。それでイエスタデイ?)
5月19日
午後サンクトペテルブルグ出港。フィンランドに向かう。
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デッキは一周300m。運動不足解消のために何周もウォーキングする人が多い。 |
5月20日 ヘルシンキ(フィンランド)
朝7:30ヘルシンキ入港。港付近に屋台が出ていたのでここで軽食。魚は新鮮で、塩味程度だがいける。サーモンスープなども美味しい。市内はロシアの地味で重たい雰囲気と違って、明るく軽快に感じられた。看板はこちらの言葉で、相変わらず読めないが、趣味の良いデザインのレストランやカフェが多く、新しいものと古くからの建物が実に調和していて、おだやかで楽しげな街だった。店の人は皆流暢な英語を話す。時計店でお洒落なミニ置時計があったので、どこの製品か聞いたら日本製。他の商品をみたらシチズン、セイコーがスイス製とならんで高級腕時計として売られていた。ここのアテネウム美術館は、知らない地元の画家の作品が多かったがよかった。トラム(市内電車)に乗ってあてもなく市内を一巡した。
石畳にトラム(市内電車)の軌道が走る。ーー電車内から市内の風景
港の屋台。新鮮なシーフードが美味しいーーーー北村さんと屋台で
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5月21日
午後30分間の演奏。外は霧。
5月22日
オスロへと航行。途中、カテカット海峡通行。すぐ右にスウェーデン、左にコペンハーゲン(デンマーク)の建物が見える。
5月23日 オスロ(ノルウェー)
朝7:30、オスロ入港。小さな都市なので船から歩いて市の中心まで10分ほど。国立美術館は無料で、有名なムンクなど良い作品ばかりだった。レストランは午後2時からランチという店が何件もあった。夜暗くなるのが遅いので、食事時間も遅いのだろうか。日本にファックスを送ろうと大きなホテルを探したが、地元の古いホテルばかりで、ビジネスセンターがなく、フロントが全部こなす。国番号や市外局番の0は不要かなどと聞かれた。A4一枚、約800円。ヘルシンキと同じような石畳に、同じような市電が走っていた。北ヨーロッパ全体、物価は安くないが、オスロは特に高く、北村さんにお昼ご馳走になったのに、換金したクローネも少々の買い物ですぐ無くなった。ずっと雨。
雨のオスローーーー−−−−−−−ーーーーー叫んでます
5月24〜25日 ノルウェー(フィヨルド)
ノルウェーの海岸に沿って北上し、フィヨルドの奥深く航行。素晴らしい自然の景観。雪山に氷河も見える。フィヨルドは氷河時代、氷河が海岸まで流れ、侵食によるU字谷を海面下まで刻み、氷解後深く削られた海岸が海水で満たされて、複雑な地形を作ったのだという。
奥まで家が点在しているが、週一回程度生活用品を積んだ船が回って商売しているそうだ。
素晴らしい自然のフィヨルドーーーーーー写真の中央、雪山の間が氷河
5月26日 エジンバラ(イギリス)
ノルウェーから航路を西に向け北海を渡ると、旅の最終地点エジンバラ。これまでの寄港地は平地が多かったが、スコットランドは起伏に富んだ地形で、石畳と古い建物が立ち並ぶ旧市街は、100年前そのままといった古都の風情がある。通りには坂道と細い路地も多く、何気なく入ってみたくなる。
私などはこの地も含めて、ただ“イギリス”と捉えてしまっていたが、通貨はバンク・オブ・イングランド発行と別に、バンク・オブ・スコットランド発行のポンド紙幣があって(国外での換金は英国銀行券のみ)、連合国としての地元の誇りと伝統を感じた。
四季の変化はあまりないそうだが、「一日の中に四季がある」と言われるほど、天気は変わりやすい。
英国の食事は美味しくないと聞いていたが、ホテルで食べたラムシチュー、デザートは美味しかった。日本で「紅茶」と呼んでいるイングリッシュ・ティー、こちらではどれもコーヒーの色に近い「茶色」だ。水の違いなのかちっとも紅い茶ではなかった。
エジンバラのレイス港のカフェでーーーーーー旧市街は素晴らしい景観を残していた
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5月27日〜28日 エジンバラ〜ロンドン経由〜成田
エジンバラ空港からヒースロー空港へ飛び、乗り換えて午後1時過ぎロンドンを発ち一路成田へ。シベリア上空で写真のような美しい朝やけが見られた。機内で日付が変わって28日朝成田着。
あっという間の旅に感じた。 通貨も様々だったが、
ユーロが通用するのが、フランス、オランダ、フィンランド、その他はロシアがルーブル、ノルウェーがクローネ、そして英国がポンドと、その都度換金した。わずかずつだが雑多に残っている。
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