1 人類のおこりと日本列島の成立

 人類は、森から草原へ環境を変わったため、(1)となった。

(1)により、脳が発達し、打製石器などの(2)の製作や、料理や寒さ防止のために(3)が利用できるようになり、さらに、(4)も発展した。

人類は、(5)の猿人から、ジャワ原人や(6)の原人、(7)の新人へと進化してきた。また、新人は、現代人につながっており、5〜3万年前に活動した。人類が発達するにつれ、脳の容積も増加した。

 

 

猿人や原人が活動した(8)には、(9)を利用して、(10)や(11)、採集の生活をしていた。約一万年前から、(12)・(13)を利用した(14)や牧畜が始まり(15)へ突入した。

 

 

 

 

 

 

日本では、まだ、ユーラシア大陸と陸続きだった日本列島成立前は、(16)を利用した採集・狩りをしていた、代表的な遺跡として、(17)がある。約(18)年前から日本列島が成立し、紀元前3世紀ごろまでを(19)時代と呼ぶ。縄文時代は、貧富の差が(20)、(21)に住み、狩りや漁・採集で生活し、縄の模様で、厚手の(22)や磨製石器、骨角器が使用されていた。その他に、豊かなめぐみを願うために(23)が作られた。このことは、当時の人々の生活が分かる(24)から発見されている。縄文遺跡として、青森県の(25)、東京都の(26)が有名である。

 

 

 

 

 

 

2 文明のおこりと発達

 文明が出来る最大条件は、(27)の流域であり、(28)川流域のエジプト文明、(29)川流域のメソポタミア文明、インダス川流域の(30)文明、黄河・(長江)流域の(31)文明からなる四大文明が存在する。エジプト文明(紀元前3000年前)は、貧富の差が存在し、(32)が絶対的権力をもち、農民や(33)が存在する。

 

エジプト文明の特徴として、国王の墓である(34)、たびたびの洪水から(35)が発達し、(36)、(37)文字を使用していた。

 

 

 

 

メソポタミア文明(紀元前3000年前<エジプト文明より早い>)は、都市国家が成立し、(38)文字、(39)、(40)、六十進法(時計)が利用された。都市国家では、(41王国が成立し、メソポタミア地方を統一、(42)(刑法のようなもの?)を制定した。

 

 

 紀元前6世紀、エジプトとメソポタミアを含むオリエントが、(43)帝国に統一された。

オリエントは、「日の昇るところ」という意味で、オリエント文明は、(44)やアルファベットの源となった(45)文字、キリスト教を生む(46)教が普及した。

 

3 ギリシャとローマ帝国

 ギリシャでは、盆地や島々に都市国家((47))が成立し、アテネ、(48)が有名である。アテネでは、(49)市民が参加できる(50)が開かれる民主政治を行っていた。また。ギリシャ文化は、(51)神殿などの建物、(52)の哲学、オリンピックのもととなった(53)、神話が挙げられる。

 

 

紀元前4世紀、(54)大王によって、オリエント(エジプト+メソポタミア)とギリシャを征服し、大帝国建設となった。このことで、オリエント文化に、ギリシャ文化が融合した(55)文化が生まれた。

 

都市国家ローマは、紀元前3世紀にイタリア半島を統一し、紀元前27年に、(56)が成立した。また、一世紀には、(57)によって、キリスト教が始まった。ローマ帝国は、キリスト教に反発したが、普及する速度が速く、4世紀末にはローマの国教となった。

4 アジアの古代文明

 紀元前2500年頃、インダス川流域に(58)文明が誕生した。(58)文明の特徴として、(59)の文化遺産、象形文字、青銅器、アーリア人による(60)教の信仰と(61)制度の身分制度社会がある。紀元前6世紀には、(62)から仏教が誕生した。仏教の発展により、ヘレニズム文化を取り入れた仏教美術として(63)美術が栄えた。しかし、現代、仏教は衰え、(64)教が普及している。

 

四大文明の最後に誕生したのは、黄河・(長江)流域の(65)文明である。紀元前1600年頃に、(66)が都市国家を統一し、(67)を生み出し、(68)を利用した。紀元前1100年頃、殷が(69)によって滅ばされ、封建制度を行った。儒教の祖である(70)が活躍した春秋・戦国時代を経て、紀元前221年、(71)が始めて中国を統一し(72)を建国した。(73)などの重労働が国民の不安を爆発させ、短期間に滅びると(74)が誕生した。(74)の時代には、西洋との交流路として(75)が有名である。

 

 

 

 

 

 

5 弥生時代(紀元前4世紀〜紀元3世紀頃)

 紀元前4〜3世紀頃、(76)が大陸から九州北部に伝わり、西日本、東日本へ広まった。この影響で、(77)生活が始まり、貧富の差があり、小さな(78)が成立した。また、うす手でかっ色の(79)や、すき、くわ、(80)で、田を耕作し、(81)で穀物を保存した。米の豊作を祈る祭りに使う、銅たく、銅剣、銅鏡は、(82)で創られ、武器や工具は(83)で創られた。代表的な遺跡として、静岡県の(84)、奈良県の(85)、佐賀県の(86)がある。

 弥生時代後期になると、中国では、漢が滅び、(87)・(88)・(89)の三国が成立した。倭(日本)では、100あまりの小さな国ができ、57年、奴国は、後漢(漢のこと)に使者を送ったことで、金印を授かった。金印は『(90)』と記されていて、福岡県の(91)で発見された。国どうしの紛争が激しくなり、倭が乱れたため、占いによって、女王(92)が(93)をたて、国を安定させた。239年には、魏の使者を送っていることが、「(94)」から読み取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6 大和政権と古墳文化

 卑弥呼が亡くなると再び国が乱れ、その後、大和の豪族が(95)を成立させ、国土(九州から東北地方南部)を統一した。大和政権の政府は、(96)と呼ばれ、一番の偉い者は、(97)と呼ばれた。神話や信仰を深めたため、大王や豪族の墓である(98)が存在する。(98)には、方墳、円墳、(99)があり、古墳の周りには、人や家の形をした(100)、鏡や玉や武器といった(101)が埋められた。この頃の朝鮮は、北部に(102)、南西部に(103)、南東部に(104)、南部に(105)が成立していた。しかし、勢力争いが活発で、倭(日本)も(103)と(105)を連合して、(102)、(104)と戦った。倭は、ただの協力だけでなく、朝鮮侵略が目当てであった。中国は、(106)時代で国は乱れていた。朝鮮との交流や、朝鮮、中国の混乱から、倭に移り住み、学問・技術を伝える(107)が生まれ、(108)、(109)が伝来した。百済との交流から、538年(110)が伝来した。

 

1直立歩行

2道具

3火

4言葉

5アウストラロピテクス

6北京原人

7クロマニョン人

8旧石器時代

9打製石器

10狩り

11

12磨製石器

13土器

14農耕

15新石器時代

16打製石器

17岩宿遺跡

18一万

19縄文

20無く

21竪穴住居

22縄文土器

23 土偶

24 貝塚

25 三内丸山遺跡

26大森貝塚

27大河

28ナイル

29チグリス・ユーフラテス

30インダス

31中国

32国王

33奴隷

34ピラミッド

35天文学

36太陽暦

37象形

38くさび形

39太陰暦

40七曜制

41パビロニア

42ハンムラビ法典

43ペルシャ

44鉄器

45フェニキア

46ユダヤ

47ポリス

48スパルタ

49成年男子

50民会

51パルテノン

52ソクラテス

53オリンピア

54アレクサンドロス

55ヘレニズム

56ローマ帝国

57イエス・キリスト

58インダス

59モへンジョ=ダロ

60バラモン

61カースト

62シャカ

63ガンダーラ

64ヒンズー

65中国

66

67甲骨文字

68青銅器

69

70孔子

71始皇帝

72

73万里の長城

74

75シルクロード

76稲作

77定住

78

79弥生土器

80石包丁

81高床倉庫

82青銅器

83鉄器

84登呂遺跡

85唐古・鍵遺跡

86吉野ヶ里遺跡

87魏(ぎ)

88呉(ご)

89蜀(しょく)

90漢奴国王

91志賀島

92卑弥呼

93邪馬台国

94魏志倭人伝

95大和政権

96大和朝廷

97大王

98古墳

99前方後円墳

100埴輪

101副葬品

102高句麗

103百済

104新羅

105加羅

106南北朝

107渡来人

108漢字

109儒教

110仏教