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トニセン(1999年12月)
since 1999-10-19.
written by GT.
12月1日(水)テキトーやれやれ。芸風だの作風だのと言い切りさえすれば、ナニ言ってもいいかと勘違いしているサイト多いッスね。でもって、そーゆーサイトを批評するサイトなんかも続出して、曰わく、 「あそこのサイトはおもしろくない。駄文である。(もちろんうちも駄文であるが。)」 だってさ。自分の文章のこと駄文だって言えば、自分のところは口撃されないだろうと思ったら大間違い。てゆうかそれさえ言ってりゃ安心だっていうのが見え隠れしていて、とても自分のところを駄文だなんて思っていそうにないのが痛いところですな。 そうそう。日付のトコロにテキトーとかつけてりゃナニしてもいいってモンじゃないです。すみません。(自虐オチ)←ダメか? ※なお、テキトーマークについては11月28日(日)のニッキを参照して下さい。説明しないとオチないあたりが悲しいな。 12月2日(木)テキトー数日前に1日のアクセス数が20カウントを超えたんですけど、すぐに元に戻りました。これって日記猿人の1行コメント読んで来た人が多かったってことなんでしょうか。たまにまともな1行コメント書くとあんなに違うんですかね。コメントパワーおそるべし。あんまりおそろしいので、集客力ありそうなコメントはあえて避けることにしました。てゆうか、それで一時的にアクセス増えても全然うれしくねー。 12月3日(金)私信です。個人的なことでスイマセン。
>篠原ともえサマ
>プッチモニ。サマ
>the end of genesis T.M.R. evolution turbo type Dサマ 12月4日(土)俺は無意味なコトにこだわり続ける。なぜなら「無意味なことにこだわる」ことこそが俺にとっては大きな意味を持っているからなのである!
12月5日(日)ぎゃふん。今日はちょっと忙しいので更新できません。ごめんよ〜。って、更新してるぞ。俺。 12月6日(月)えー。カニの季節です。そこでひとつ。カニとかけまして、上司とときます。その心は、どちらも「向かい合うとみんな無口になるもの」でしょう。(さぶっ。)
12月7日(火)このサイトはブックマークフリーです。ブックマークの際はこちらまでご一報いただけると幸いです。 12月8日(水)テキトーた、たまにはいいかな。こんなのも。ちょっと前に、アクセス数が超一時的で、かつ爆発的に増えたんだけどその正体判明しました。そうです。うわさのホソキンさんです。11月29日付のヤツの批評のおかげなのです。いえ。逆リンクははりませんけど。あと引用もしませんけど。 ホソキンさんところのサイト形態だとか、方向性だとか、実際の中身だとかについていろんなところで言及されているんですが、なかなか問題は簡単じゃないようで、どちらかというとこの手の話題は避けてとおりたいかな、と思います。かまってられないというのもあるけど、まぁホソキンサイトはホソキンサイトとしてやりたいことやってるだけなので、俺には関係ないかな。と思うわけです。 とかなんとか言いながら、被害が俺に及んだのでちゃっかりコメントしちゃいます。でないとマエフリの意味ないし。 ではさっそく。えーと、俺のメインのサイトの方がホソキン批評にボロクソ言われたときには少し寂しくなったりもしたんですが、今度の場合はそうなんとも思わなかったというのがホンネです。ふ〜ん。ってカンジ。彼のコメントは言い得てミョーなところもあるし、結構「こういうのは俺が読んでもおもしろくないな。」って意識して書いた部分を指摘されていたしね。 それになんだかんだ言いながらも今回このニッキサイトの批評がされているということがわかったとき、気になって一応見に行ったあたりは、やっぱり俺も一般的俗物と一緒で他人の評価が気になるんだなぁ、ということに他ならないし。 だから、オススメサイトの紹介っていうか、「1読者がどう感じたか。」の参考にはなるわけで、「自分に対するコメントだけはチェック」という意味ではある程度の価値はあると思います。それだけ。てゆうかもう、うちの批評は終わったので2度とアクセスしないけど。 ただそこまで非建設的なタダの悪口(もしくは小ばかにしたコメント)書かれて、 「批評していただきましてどうもありがとうございました。」 って、そーゆー感想もちょっとなぁ。って思います。てゆうか、お礼言ってどうするよ!?あんたのサイトに愛を持って接した上での辛口批評ならお礼を言うべきだろうけど、どう贔屓目にとっても愛は持ってないと思うけどなぁ。 まぁ。それにしても上に書いたように、1読者が単純にどう感じたかを知る上での参考資料にはなるわけでそれに対してありがとうってのなら……。んー。礼を言うのはやっぱ嫌だな。 12月9日(木)よっぱらいが女子高生を連れたヤンキーともめていた。どうやら原因はよっぱらいが女子高生のパンツをのぞいたとかのぞかないとか…。 実に日本は平和である。 12月10日(金)最近いちばん幸せだなと思ったこと。リーチ一発ツモ。裏3。 12月11日(土)そこにあるのがもしも僕にとっても幸せだと言うのなら僕は何もためらわずに手を伸ばすだろう。いいかい?あなたが幸せと感じるモノのすべてを僕が幸せと感じるとは限らないんだよ。 前にも言っただろう。僕はマロンケーキが嫌いなんだよ。だから無理にすすめるのやめてってば。 12月12日(日)僕はいったい何を見ていたのだろう。いっしょにいても、たくさん言葉をかわしても、 わかっていたつもりで、少しもわかっていなかった。 最後に流した涙の意味も。 あなたの優しさすらも。 12月13日(月)どうもうちのニッキは、お笑いニッキだと思われている節がある。だがしかし、当サイトは俺の守護神の名において断じてお笑いニッキではないのだ。 そこで、「脱お笑いニッキ宣言」として愛らしいこともたまには書いてやろうと思って、昨日のニッキを書いたのであるがはっきりいって失敗だ。これはもう「極楽トンボ」をレギュラー抜擢してしまうくらいの失敗である。なんとまぁイマドキ小学生でも書かないようなポエムになってしまったではないか。コンチクショー。 やっぱアイドルポエムニッキと思われるよりは数倍ましなので、お笑いニッキ呼ばわりで結構です。「脱お笑いニッキ宣言」撤回。 12月14日(火)と、ある会議の最中。ピロリラリラ〜と電子音が鳴った。ちっ。常識はずれなヤツだ。携帯の音くらい消しとけっての。 しばらくして、音は鳴りやんだが誰も席を立つ気配も、電話の電源を切るような動作をした感じもなかった。 瞬間、俺の背中を嫌な汗が流れるのがわかった。わかった。ヤツだ。ヤツが俺を呼んでいるのだ! 確かにあのメロディには聞き覚えがある。だが、あれは会議中に持ち込んではマズイと思って今日は家においてきたはずだ。なぜだ?なぜここいにいる?? そう。あれは間違いなくネコのトロが俺を呼んだ音だったのだ。 「どこでもいっしょ。」っておまえ、会議中はいっしょじゃマズイんだよ。と心の中でつっこみながら、さりげなく体中のポケットをさばくりまくる。てゆうか置いてきたはずなのにな。と、ズボンの右ポケットをさばくると…。あった。ポケステの感触。 やはりあの電子音の正体はコイツか。ネコのトロについてはあえて説明はしまい。それが何かわからない方はむしろ健全であるのだ。 それにしても習慣というのはおそろしいモノだ。前日に上着のポケットから抜いておいたはずのコイツをおそらく朝出るときに無意識に持ってきてしまったのだろうか。まぁいい。持ってきてしまったのは仕方ない。幸か不幸か電子音の原因が俺だと気付いたのは隣にいた同期の娘だけ。おそらく俺のことを 「携帯の音くらい消しときなさいよ。非常識ね。」 と思っているだろうがいたしかたない。ここは甘んじて非常識人間のレッテルを貼られることにしておこう。どこでもいっしょを持っているよりはいくらか携帯の方がマシだろう。 さて。それはさておき俺はトロに対峙するべくポケステを取り出す。なんだよ、なんのようだ?とボタンを押す。(って押すなよ。)と、すでに計り知れない非常識野郎になっている俺。しかしぬかりはない。電子音がまわりに洩れないようにお腹の中に入れて、完全に密封状態でボタンを押したし、幸いにも俺のようなペーペーは会議とはいえ、輪に入れず後ろの方でその成り行きを見守っているだけなのだ。 そして、トロは俺に語りかけた。 「キスってしたことある?」 だから俺は、会議中になにやってんだよ。 12月15日(水)よく語尾にヘンな文字くっつけるひといるじゃん。「キテレツはどうするナリ?」(コロ助:注1)とか 「ダ〜リンだっちゃ!」(ラムちゃん:注2)とか 「小丸にゃ!」(小丸:注3)とか 「できないよ〜。ドラえも〜ん!」(のび太:注4)とか 「将軍様も困ったものでござる。」(新右ヱ門さん:注5)とか。
注1:妙なロボット。キテレツがつくった。語尾に必ず「〜ナリ」をつける。 12月17日(金)俺は今からサーキットへ行く。公道では味わえないスピードの限界領域をのぞいてくるぜ。今日の課題はもちろん坂道発進だ。 12月18日(土)あなたのいかなる人生経験もそれに基づく教訓もあなた以外の人の価値観を語るにはあまりに不十分だ。 12月20日(月)早期発見。気分一新。というわけで、タイトルを変更しました。特に意味はないんですけどね。さすがにタイトル変更するからには芸風もバッサリと変えなければいけないわけで、妙な義務感にかられてサイトカラーを変えたりしてしまうのはいいんですが、もともと基本理念そのものがないに等しかった当サイトですので、ここいらでちょっとお約束事にふたつみつ書いてみましょう。 ・日々あったことを書く日記ではない。 ・小説もどきな日記でもない。 ・ましてや、ラブラブ日記なんかではありえない。 ・当然、アイドルポエム日記でもない。 ・ダイエット記録でもないはずだ。 ・時事ネタも辞さない覚悟である。 ・ネタがないときも無理して書く。 ・ところが忙しければさぼる。 ・下品なだけのネタは厳禁。 ・クレームは甘んじて受ける。 それはいいけど、それっておもしろいのか? 12月21日(火)北半球のヒトと南半球のヒトのホットライン。
「いや、寒いですね。」 いや、思いの外おもしろくないですな。失敗です。 12月22日(水)新開発つっこみマシーン。・3種類のつっこみパターンからランダムにつっこみます。 ・パートナーの声紋登録により、パートナー以外のボケは無視します。 ・つっこみ速度も5段階調整付き。 ・初心者にも優しい、ボケ指導ガイド機能搭載。 「いや、寒いですねぇ。」 「そんなワケねーだろ!」 「そう言えばもうすぐクリスマスですね。」 「何いうてんねや!」 「天気予報によると今年はホワイトクリスマスらしいですよ。」 「そんなワケねーだろ!」 「先日ワタシ彼女にふられちゃいましてね。」 「いいかげんにしなさい!」 「バブー」 「何いうてんねや!」 「うるせー。」 「いいかげんにしなさい!」 「あの、これっておもしろいですか?」 「そんなワケねーだろ!」 またも失敗です。 12月23日(木)おやぢがくだらないダジャレを終始使い続けるというのは、やはり「笑い」に関する感性のちがいなのだろうか。彼らは「ふとんがふっとんだ。」と言うことに対して、少しの恥じらいもなくむしろ誇りにすら覚えている感がある。これはやはり「おもしろいことを言った。」という自負に他ならないし、「若い子」たちに俺はまだひけをとらないぞ。という自己満足の一種でもあるのだろう。 上記のようなダジャレの例は、一般におもしろい、とかおもしろくない、とかいう基準で判断されるものではなく昨今の笑い事情では、むしろオチへのつなぎであったり笑いがとれずに周りがひく、すなわち「すべる」事自体をオチとするパターンとして使用されるケースが多い。 そういった観点からおやぢのダジャレを眺めてみると、やはりおやぢのダジャレは現代の主流の「笑い」からは10年ほど遅れをとっていると言わざるを得ない。 だが、そういったおやぢギャグ自体を我々は「悪」と言い切れるかというとそんなことはない。使うべき場所さえ間違えなければむしろ潤滑油ともなり得るし、おやぢの存在をアピールするにはもってこいの材料だからだ。 問題があるとするならば、おやぢがいわゆる上司の場合である。この年末の時期、忘年会を含めたさまざまな飲み会が催されることが一般であるが、この時普段にも増して酒も入った無礼講状態で炸裂するおやぢギャグは最悪である。まず勃発する頻度が通常の2倍から3倍に膨れ上がる。「このワインはワインのや。」などとお酒をからんだダジャレも容易に浮かび上がることから、総ダジャレ出現数はかなりの数になることが予想される。 そして最も困難なのはそれが上司の言葉であるが故にキチンと応対する必要性があるという点だ。つまりダジャレに対して笑わなければいけないのである。これはもう拷問に近いものである。思うにあれはある種嫌がらせみたいなものだ。しかもひきつった笑いを見せるわけにはいかないので、笑うにもテクニックがいる。「つまんねーぞ。コンチクショー。」と思いながらもまさにそのダジャレで受けたような笑顔をつくらねばならないのである。 このようなセクハラまがいの行為は早いところ現代社会から抹殺されることを切に願うが、旧態依然にしばられる世の中であるが故にまだしばらくこの虐待は続くであろうと思われる。 てゆうか、ホントにリアクション困るのでやめてください。>部長 12月24日(金)意地っ張りなあなたと嘘つきな俺に、ハッピーメリークリスマス!と、いうわけで今日は世に言うクリスマスイブである。時事ネタも辞さない覚悟でリニューアルした以上これについて書かないわけにはいかないのである。 クリスマスといえば、ロマンチックなふたりの夜をイメージさせる輩が多いと思うので、ここでは強引に子どもたちの方に視点をあわせる。だいたいアチチアチのゲリラライブカップル如きにいちいち目くじらをたててどうのこうのいうのでは芸がなさ過ぎる。であるからして、ワタシ的にはそれを素通りすることで「アンチクリスマス」をアピールすることにする。って、素通りしてないな。 さて、子どもたちのクリスマスである。いまお手元に子どもたちを抱えているみなさんは心して読んで欲しいと思う。以下は子どもたちに送るメッセージなのでよく言い聞かせてやって欲しい。 「あのね。本当はサンタさんなんていないんだよ。」 って冗談。読んで言い聞かせてはいけない。そんなことをすると幼稚園でとなりの子に「バカだなぁ。サンタなんて本当はいないんだぞ。」とか自慢げにしゃべる嫌な子どもに育つのでやめた方がいい。もちろん事実を事実として受け止めさせる覚悟がすでにできているのならその限りでないが、サンタさんが本当はいないからといって、クリスマスプレゼントをあげなくても済むかというとそうでもなさそうなのであまりメリットはないと思う。 だいたいサンタさんなんていう抽象的な存在はいてもいなくても同じコトで各人の心の内でそれを判断すればいいだけの話である。つまりそこに存在するか否かはもはや問題ではないのであり、むしろ問題は「いるかいないかを問題視すること」である。子どもたちにとってみればサンタさんはプレゼントをくれるいいひとであり、その両親にとっては子どもたちの喜ぶ顔をプレゼントしてくれる素敵なひとなのである。本来サンタさんはそういう夢(ある意味現実)を与えてくれる存在なので、いるかいないかという点を論点にしてあーだこーだと言うのは非常にナンセンスなのだ。言ってみれば、「そんなことはどーだっていい」のである。 だが、よくよく考えてみるとサンタ自身が持つ問題点も多々あることに気付く。第一サンタには常にあやしげな存在だということがまとわりついていて、彼自身危険な存在であることは間違いない。「アカシロの妙な服を着て、トナカイのソリにのって煙突から家に入るだぁ?そんな頭のおかしなヤツを家に呼ぶだなんて言語道断だ!」というひとがいたとしてもおかしくないし、むしろ「やぁやぁ、遠いところからよくお越しになりました。さぁさ、中に入って暖まって下さい。我が家特製のスープもご用意してありますよ。」というヒトの方が現代社会においては少々セキュリティに関する知識がなさすぎるという点で問題アリだ。言い替えれば「ひとがいい」のに他ならないが、これは少し行き過ぎの感がある。 一般のサンタのイメージを借りるならば、派手な服を着て怪しげな大きな袋をかかえたじじぃが煙突から入ろうとしたら、いくらなんでも阻止するだろうと思う。それは自衛手段としては当然のことでじじぃがプレゼントを持ってきたなどとぬかしたとしても誰一人それを信じるヒトなんていないと思う。 というわけで結論としてはサンタなぞいてもいなくてもどっちでもいいが、もしワタシの家を訪れたとしても決して中へ通すわけにはいかないのである。てゆうか、ソッコーで警察呼ぶ。 12月25日(土)何より自分が頼りなくてふがいなくて涙がこぼれそうなくらい弱い自分を見つけたとき いつも僕は心の中でこう叫ぶことにしている。 たすけて。ドラえも〜〜ん。 12月26日(日)忘年会をやった。もう眠いのでねる。詳しくは明日。 12月27日(月)忘年会の詳細。って、知ってどーする!? 12月28日(火)誹謗中傷ってどのあたりから始まるんでしょうか。
「浜崎あゆみって嫌いだなぁ。」 とかこの辺まではいいんでしょうか。それとも本人が読んで気を悪くしたらもうアウトなんでしょうか。そしたら上の2つの例はダメですよね。きっと。
「浜崎あゆみってめちゃめちゃかわいいんだけど、俺は嫌いだなぁ。」 こんなカンジならフォローも入っているし許可されるんでしょうか。でもムカツクとか嫌いとか否定的な言葉が入ってるからダメなんでしょうか。
「浜崎あゆみってなんであんなに売れるかな。」 これなら悪口入ってないからおっけいですよね。あー、でもなんで売れるのか?っていう中には暗になんであんな曲が売れるのかな、わけがわからん。っていうような内容が含まれているからなぁ。ダメか。 てゆうか全部言ってンじゃねーかよ。 12月29日(水)年末の過ごし方(チェックシート付き)
12月30日(木)管理者、取材旅行のため本日の更新はありません。てゆうか更新してるぞ。俺。(このオチ2回目だ。) 12月31日(金)
なんやかやいいながら気がつくと大晦日である。
よく考えると今年は散々な年であったように思う。私生活も仕事もまさに何から何まで踏んだり蹴ったりでやり直せるものならMAJIやり直したい気分なのである。 しかしながら、やり直すことは不可能なので、やり直すなどというネガティブな発想はやめにして、とりあえずこの1999に対するぶつけどころのない怒りをどこかにぶつけることにする。 ならばどこにぶつけるべきか。俺の1999が散々だった理由は様々ではあるが、すべてをひっくるめて俺の運勢を統括しているのはやはり神サマに他ならない。そこで怒りのすべてを神サマにぶつけることにする。 と、いっても神サマに対して暴言を吐いたりしてもまったくの無意味であるので初詣には行かず、お賽銭をヤツには渡さないということでこの意志を彼に伝えようと思う。 |