とにかく先生もすわって下さい。 2004年8月
RELOADED
サイシン 2004年7月 2004年9月
▽ 8月。 (2004/8/0)
アツサ全開!
マジで水着写真大募集!
いや、俺の目の保養にするだけだから大丈夫だって。(ん?
退屈だったのでひとりで海へ行ったら、3人組の若い娘に声をかけられて、そのまま遊びに行ってしまいました。とても楽しかったです。
という夢を見てしまい素でゲンナリ。
あとで思い返すに、3人とも高校とか中学の同級生の顔だったことに気付いてさらにゲンナリ。
あぁあの頃は普通に授業で水着姿が見れたものだな、と物思いにふけっている自分に気付いてマックスゲンナリ。
結局、現実を見据えたうえで、人生をひょうひょうと生き抜くためには、ある程度の妥協と見切りみたいなものが必要なのだな、と思う。例えばそれが辛い現実であったとしてもそれは誰にでも起こり得るものだということは明白であり、なおかつ偶然にもそれが自分であったというだけのもので、上も下見出したらそれこそキリがない。そういう意味じゃ、受け入れることができずに命を絶った人間を「逃げた」と評価するのも仕方がないことなのかもしれない。
けれども、そういう心境とか、心の状態が、誰にでも訪れる可能性があることをふまえての発言かどうかというのは、同じ「逃げた」と評価するにしても全然意味合いの違うものになるんだろうな。
要するに、経験してこその言葉の重みになるってこった。
彼女が眠りにつくまでの何時間かの間、僕は必死で彼女を説得しようとした。それこそ僕の知る限りの言葉を尽くして。けれども僕の言葉は彼女の絶望を取り払うことはできなかった。言葉の重みが距離に喰われて、どうすることもできない自分を見つけたとき、ひどくチカラが抜けて、無力感で満たされた。そうして、彼女はそのまま薬とアルコールに意識を奪われていった。つながったままの電話の向こうにいる彼女がどんな状況なのかと想像して、身震いした。電話を切って、すぐに彼女の側に行こうと思った。けれども僕は彼女の住むところも本当の名前も、なにも知らなかった。ただただ不安が押し寄せて、心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような気がした。どうすることもできない圧迫感で逃げ出したい欲求に駆られた。
もう遅いの。薬も飲んじゃったし、血も止まらないの。
と、冗談交じりで彼女は言った。彼女が僕に何を望んでいるのかわからず、返事につまった。バカヤロウ、と怒鳴りつける余裕すらない僕に、彼女はいったい何を言って欲しかったのだろうか。世の中にある多くの現実のたかだかひとつふたつを見せられて怯える僕になにができるというのだろうか。いつだって一歩踏み外せばそこらじゅうにそういうものが落ちていることは知っていたけれど、目の前でひとが倒れていくのを冷静に見つめられるほど僕は大人じゃあなかったのに。
あれからもう1年になる。僕は仕事に復帰し、彼女は入院生活を送ってはいるが、もうなにもかもから逃げ出したい毎日じゃあない。時は僕らの心を少しずつ癒してくれるし、得たものは深く、そして大きい。もちろん失くしたものだってあるけれど、それはきっと些末なものだ。時間がすべてを解決してくれるほど人生は甘くはないけれど、見てきたものを受け入れるぐらいのことはもうできる。もしも誰かが泣いていれば、飛んでいって手を差しのべてあげることだって。
サツキ(24)が暑気払いのひとり芸で股間に懐中電灯を光らせたまま入れて、ハニーフラッシュ!というばかげた芸をしたのだが、ばかもそこまで極めれば、ある程度の認知がもらえるというこが改めてわかった。
酒入ってなかったら、やっぱみんなひくんだろうか…。
アレを大爆笑芸に変えてしまうんだから、酒の力ってスゴイ。
最後の夏の合コンで、電話番号も携帯メールアドレスも教えてもらえなかった瞬間に、俺の夏は終わりました。
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4年に1度の行事だというのに、ろくに観戦できなかったアテネオリンピックに若干の不満を覚えつつ悶々としていたら、感動を一度にまとめてくれるありがたい「総集編」なるものがあるそうなので、今年のオリンピックはそれで満喫しちゃおうかな、と思っております。なにしろ去年といい、今年といい、24時間テレビの芸能人マラソンのゴールとサライですらリアルタイムで見てない夏なわけですから、オリンピックなんか見てる余裕はとてもないのです。
それでもやっぱ夏は一年のうちでもっともアツくなれる季節なんですから、アナタ、企画モノをやっちゃいましょう。それで企画モノと言えば、彼を呼ばざるを得ないところなので、ホント言うと、普通に会いたくない友人ベスト1のおじさんを呼んじゃいましょう。というわけで詳細は近日。
サイシン 2004年7月 2004年9月