ポケモン小説 vol.1


いがいなさいかい!?きけんなバトル!(2)

 ジラルダンが、手にしていたボールをひょいと上向きに軽く投げる
と、比較的近くに落ちたボールがぽんと開き、中から光が飛び出して
くる。
 サトシもピカチュウも、その光に視線を集中させている。
 まもなく、光は形を取り始め、その輝きが収まった跡に、一体の小
さなポケモンが姿を現した。
 丸い石の様な体から、たくましい2本の腕を生やしたポケモン。
「ほう、イシツブテか。相性的にはばっちりだな。」
 ふと感心の言葉をもらすタケシ。
「サトシのルーキーの頃とは大違いねえ。」
 カスミの台詞は、決してジラルダンに向けられたものではないだろ
う。
「うっさいなあ、行くぞピカチュウ!」
「ぴか!」
 サトシもそのへんは理解しているらしく、気にしないふりをしなが
らピカチュウに指示を出す。
「よし、じゃあオレが審判をやろう。」
 そう言いながら、タケシは二、三歩前に歩み寄る。
「よし、先手必勝だ!ピカチュウ、”でんきショック”!」
「ぴ〜か、ちゅうう〜〜!!」
 サトシの指示を受けたピカチュウは、次の瞬間、頬から電気を発し
たかと思うと、そのまま全身を電光に包む様に放電し、発生した電気
の固まりをイシツブテに向けて放った。
「あ...もう言ってるそばから!」
 呆れのこもった声で、おもわずカスミがつぶやく。
 ピカチュウの”でんきショック”のスピードは、イシツブテにとら
えきれるものではなかったが、避け切れない自分のポケモンの姿にも
ジラルダンはまるで動じる様子を見せない。
 イシツブテは、そのまま”でんきショック”を直撃に近い形でくら
った。
「よおっし!いいぞピカ...あれ?」
 電撃をもろに受けた筈のイシツブテは、すぐに体制を立て直してき
た。サトシの目にも、殆どダメージを受けた様子は見えない。
「も〜、イシツブテにはでんきは効かないでしょうが〜〜。」
 もう呆れるしかないカスミが、ため息まじりに言葉を吐き出した。
「あ...そうだった!よっし、それじゃあ...!」
「”マグニチュード”!」
 再び攻撃に移ろうとしたサトシの隙をつくように、やや抑え目の声
でジラルダンが指示を出す。
「え...!?」
 サトシがはっとした時には、すでにイシツブテは握り締めた両手を
ばっと振りあげていた。
 イシツブテは、そのまま両の拳を勢いよく地面に叩きつける。
 すると、そこを中心に、地面に波動にも似た衝撃がドンッと響き、
次の瞬間、ピカチュウをめがける様に、地面を伝って一直線に鋭い波
動が突進した。
 最初の衝撃に一瞬足をとられたピカチュウは、その波動をもろにく
らってしまった。
「ぴかあっ!!」
「ピカチュウ!!」
 見慣れない技をくらってしまったピカチュウに、思わず心配のこも
った声をあげるサトシ。だが、
「...ぴ? ぴかあ〜!!」
 思わずびっくりしたのはピカチュウも同様だったようで、すぐに大
したダメージを受けていなかった事に気づき、ピカチュウはぴんと起
き上がった。
「...あれ?なんだ、全然たいした事ないじゃん!よおっし、今度はこ
っちの番だ!ピカチュウ、”でんこうでっか”だ!!」
「ぴっか!!」
 サトシの声を合図に、ばっと走り出すピカチュウ。
 まもなく、ピカチュウのしっぽがバチバチと電気を帯び始め、その
ままイシツブテに向かって突進していったピカチュウは、相手の眼前
でくるりと体を返し、スピードをのせたまま、勢いよくしっぽを叩き
つけた。
 やはりピカチュウの動きに追い付けないイシツブテは、攻撃をくら
って後ろに吹き飛ばされた。
 だが重量のあるイシツブテは、主人の後ろまで飛ばされずに、なん
とかふんばって体制を立て直した。
 それでも、それなりのダメージをうけた様子は隠しきれない。
「よっし、いいぞピカチュウ!」
「ぴか!」
 ぴょんと後ろに一つ飛び跳ねながら、ピカチュウもサトシに返す。
「もう一度、”マグニチュード”だ。」
 イシツブテが体制を整えたのを確認すると、間髪を入れずにジラル
ダンが指示を与えた。
 その声を聞いて、イシツブテはもう一度腕を振り上げた。
「え!?またあの技? へへっ、何回やっても無駄さ!よおし、ピカ
チュウ、今のうちに突っ込め!」
「ぴっか!」
 イシツブテが技を出しているスキを狙おうと、ピカチュウを突進さ
せるサトシ。
 ピカチュウも、一気に決めようと言わんばかりに突っ込んでいく。
 間もなく、イシツブテの振り下ろされた腕が、再び地面を叩いた。
 その瞬間、イシツブテを中心に、爆音の様な地響きがドウッと辺り
に響きわたった。
 衝撃はさほど広範囲までは伝わらなかったが、すぐ近くでそれを感
じる事ができたサトシ達には、一瞬大地が持ち上がろうとしたように
思えた。
 明らかに、先ほどの比ではない。
「うわっ...!」
 思わずたじろんでしまうサトシ。だが、すぐに真に心配すべき事を
思い出し、ばっと前に向き直る。
「ピカチュウ!!」
 全力で突っ込もうとしていたピカチュウは、突如起こった足元の衝
撃にすくわれ、半ば転倒するように体制を崩されていた。
「ぴかあっ!!」
 転がる様に着地しかかるピカチュウめがけ、地面を伝い、勢いよく
先ほどの数倍はある波動が滑りこんでくる。
 その波動がピカチュウの真下に到着するのと、ピカチュウが地面に
落ちるのと、ほぼ同時だった。
「ぴかあああっ!!!」
「ピカチュウう!!」
 着地したと思った直後、ピカチュウはまるで石ころの様に弾き飛ば
された。
「ピカチュウ!!な...何だ!?今の...同じ技のはずじゃ...?」
「”マグニチュード”...。そうだ、確か...使う時によって、どれだけ
の威力を発揮できるか分からない技...だったはずだ。」
 思い出したようにつぶやくタケシ。
「え...?それって、威力が大きくなったり小さくなったりするってこ
と!?」
 カスミも思わずタケシに問いかける。
「ああ...。そして、その威力は、大きい時と小さい時では、恐ろしい
位の差があるらしい。大きい時なら、多少未熟なポケモンでも...あれ
だけの効果がある。」
「じゃあ...あの人それが出るのに賭けてたのね...。」
「...あのレベル差をこえてダメージを与えるには、それ位のバクチは
必要だろうな...。まして、ピカチュウはじめんタイプの攻撃が一番苦
手だ。大雑把なようで...よく計算された攻撃だ。」 
「大丈夫か!?ピカチュウ!」
「ぴ...か!!」
 それなりにダメージは受けたものの、一撃でダウンしてしまうほど
ピカチュウもやわではない。体を起こすと、ピカチュウは再びばっと
身構えた。
「...よし!やれるな!?ピカチュウ!」
「ぴか!!」
「よし!今度は油断しないぞ!ピカチュウ、先制だ!”こうそくいど
う”!!」
「ぴっか!!」
 やはりすばやさで勝るピカチュウが先手をとって動く。猛スピード
で走りながら、素早く向きを変えて飛び回り、まるで瞬間移動してい
るかの様な目にも止まらぬ動きでイシツブテを翻弄する。
「なるほど。手の内が分かってしまえばサトシもむやみに突っ込ませ
たりはしないしな。そうなればあのイシツブテがピカチュウの動きを
捕らえるのは難しいだろうな。」
「あのイシツブテも、ピカチュウの攻撃にそう何度も耐え切れるとは
思えないしね。そろそろ決まるかな?」
 タケシとカスミの意見が一致したころ、サトシもイシツブテがピカ
チュウを見失った瞬間をとらえた。
「よし、今だ!!”でんこうせっか”!!」
「ぴ〜か!!」
 サトシの声とはぼ同時に、飛び跳ねたピカチュウがしっぽを振り上
げる。
 イシツブテが気づいた時には、ピカチュウの攻撃が完全に相手を捕
らえていた。避ける余裕は無い。だが、
「受け止めろ!」
 今まで黙って様子を伺っていたジラルダンが、突然イシツブテに指
示を出した。
「なにっ!?」
「無茶だ、いくらイシツブテが丈夫でも...!」
 サトシとタケシの驚きをよそに、イシツブテは主の言うとおりに両
手をピカチュウの方にばっと構えた。
「ぴ...!?」
 そのままピカチュウのしっぽが相手を打ちつける。イシツブテはそ
れを両手で必死に捕らえる。一瞬鈍い火花の様な電光が走る。
 懸命にピカチュウのしっぽを捕まえるイシツブテ。だがそれで精一
杯のようだった。”でんこうせっか”の衝撃に耐え切れるかどうかも
分からない。
「どうするんだ...。」
 タケシがふと呟いた時だった。
「”じばく”!」
 ジラルダンの口から、それだけが漏らされた。
「なにっ!!?」
「なんだって!!?」
「きゃあ!!」
 次の瞬間、イシツブテの体はみるみる鈍い光に包まれていった。
「ピカチュウ!!逃げろ!!」
「ぴ〜〜かあ!!」
 懸命にもがくピカチュウ。だがイシツブテは、最後の執念とでも言
わんばかりに、食いつく様に捕らえて離さない。
 そして、   
「ちゃああああーーー!!!」
「...ピカチュウーーー!!!」
 辺りに、鈍い爆音が響きわたった。 
 大きく弧を描いて吹き飛ぶピカチュウ。サトシはそれを懸命に追い
かける。
「っ、ピカチュウう!!」
 また地面に叩きつけられる寸前、サトシはばっとピカチュウの下に
滑り込んだ。
「......!?」
「く...っ!」
 地面に擦られながら、なんとかサトシはピカチュウを受け止めた。
「...っ、大丈夫か...?ピカチュウ。」
「...ぴかぴ...。」 
 心配そうにピカチュウに声をかけるサトシ。ピカチュウもサトシに
ゆっくりと視線を動かす。
「い...イシツブテ戦闘不能!勝者ピカチュウ!」
 思い出した様にジャッジをするタケシ。だがその表情には、いまい
ち釈然としない色が混じっている。
 その声を聞くか聞かないかのタイミングで、ジラルダンは真っ黒に
なったイシツブテをボールに戻すと、手際よく次のボールを取り出し
ひょいと投げた。
 またボールが開き、飛び出した光は今度は球根のような形をとって
いった。
「...ナゾノクサ?」
 ピカチュウを抱えたまま起き上がったサトシは、相手の選択に少々
戸惑いを感じた。
 それはタケシ達も同様だった。
「...確かに、くさタイプのポケモンにはでんきは効きにくいが...、ナ
ゾノクサは時間を掛けて育てないと、攻撃に適した技はなかなか覚え
ないぞ。」
 ナゾノクサの技のメインは間接攻撃である。ようするに相手を眠ら
せたり麻痺させたりと、相手のコンディションを不利にする技なのだ
が、直接ダメージを与える様な技は、特に育てが足りないうちはほと
んど使えない。
「もう二体目なのに...。三体目によっぽど自信があるのかしら?」
 そんな訳もない、といった口調でカスミもつぶやく。
 だが、その心中ではどうも落ち着きの無いものが絶えずうごめいて
いた。
 この男のやり方は解らない。
 相性をよく計算する一方で、そのポケモンをあっさり捨て駒の様に
使い捨ててしまう...。少なくともその場にいた皆がそういう気持ちに
なっていたのは間違いなかった。
(使い捨て......!)
 自分の頭に浮かんだ言葉とはいえ、その言葉の持つ意味に、思わず
どきりとしてしまうカスミ。
 確かに、”じばく”も立派な技の一つだし、体力ギリギリまで見計
らってから使うのは、”じばく”を使おうとするならある意味普通の
戦法ではある。
 だが...、何か納得がいかなかった。
「ピカチュウ...やる気なのか!?」
「ぴ...かあ!」
 サトシに抱えられていたピカチュウは、まだやられてはいないぞと
言わんばかりにサトシの腕の中から抜け出ようとしていた。
 渾身の”じばく”も、ピカチュウに止めを刺すには至らなかった様
である。
「よし...頑張れ!でも無茶はするなよ!こっちはまだ二体出せるんだ
からな!」
「ぴか!」
 そっと地面に下ろされたピカチュウは、早速ばっと身構える。まだ
まだ闘志は衰えてはいない。
 ジラルダンは、そんなピカチュウの姿を見ても、うろたえるどころ
か眉一つ動かす事なく、冷静に相手の様子を伺っているようだった。
「...よし!一気に行くぞ!ピカチュウ、”でんこうせっか”だ!!」
「ぴっか!!」
 サトシの合図でだっと駆け出すピカチュウ。やはりナゾノクサも、
ピカチュウの動きは追いきれない様で、その場でおろおろしてしまっ
ている。
「ナ...ナゾ...!」
 そうしている間に、ピカチュウは軽くジャンプし、体をひねりなが
らナゾノクサへの攻撃体制へと入っていく。
 すでにピカチュウは、ナゾノクサを射程内に収めている。
「ナゾおっ!!」
 ひるむナゾノクサ。だが、
「”どくのこな”だ。」
 及び腰だったナゾノクサの耳に、ふと主の声が飛び込んできた。
「え...!?」
 その言葉を聞き取ったサトシも、少なからず動揺を覚えた。
「ナ...ゾオっ...!!」
 どうしようもなかったナゾノクサは、無我夢中でばっとピカチュウ
に頭を向け、頭の草から紫色の花粉のような粉を蒔き散らした。
「ぴ...!?」
 ピカチュウは、そのまま紫の煙の中へ突っ込んだ。
「ナゾーーっ!!」
 次の瞬間、ナゾノクサは後方へ大きく跳ね飛ばされた。頭から弾き
飛ばされたため、着地時も頭から落ちてしまい、それなりに衝撃が大
きかったようだ。なかなか起き上がれない。
「ぴ...っか!ぴっか!」
「ピカチュウ!おい、大丈夫か!?」
 真っ直ぐ”どくのこな”の中に飛び込んでしまったピカチュウは、
苦しそうに咳き込んでいる。もろに吸い込んでしまったようだ。
 粉の煙から抜け出しても、ピカチュウの様子は変わらない。顔色が
紫色に染まり出し、足取りも心なしかふらついている。
「ピカチュウ...大丈夫か?無理するなよ!?」
「ぴか!!」
 心配そうな表情を向けるサトシに対し、未だやる気の衰えない顔を
示すピカチュウ。もはや退く気は無いようだ。
「ピカチュウ...。」
 そうしている間に、ようやく起き上がる事のできたナゾノクサ。だ
が、ダメージは思いのほか大きかったらしい。ピカチュウ同様足元が
おぼつかず、だが戦意の程はピカチュウとは違い、目には脅えの色す
ら見えている。
「よし、次でカタをつけるぞ...!もう一度”でんこうせっか”!」
「ぴか!」
 時間をかける訳にはいかない。早く倒すのが一番ピカチュウのため
と察したサトシは、あと一撃もつかもたないかの相手にピカチュウを
突進させた。
「...ナ...ナゾおおっ!!」
 ふらついている筈のナゾノクサだったが、ピカチュウが向かってく
るのが分かると、必死でその進行方向のラインから離れた。
「ぴ...!!」
 ピカチュウも必死の形相でその後を追いかける。
 スピードの差もあって、ナゾノクサはすぐ追い付かれてしまった。
そのまますぐ攻撃に転じるピカチュウ。
「ぴかああっ!!」
「ナ...ゾ...!!」
 だが、先ほどと違い、もはや避けに徹してしまっているナゾノクサ
に、ピカチュウはなかなかダメージを与える事ができない。
 背中を向けて夢中で逃げ惑うナゾノクサを、ピカチュウも懸命に追
いかける。
「......く......!」
 歯がゆい思いで二体を見つめるサトシ。ピカチュウの心配もあった
が、戦意を無くした相手を追い続けなければならないのも辛かった。
 もし相手が野生のポケモンなら、もうボールを投げてとっくに終わ
りにしている。だが、これはトレーナー同士のバトルなのだ。相手の
トレーナーが引っ込めない限り、ポケモンが戦闘不能になるまで続け
なければならない。
 だが、相手のトレーナーは一向に動こうとしない。ただ黙って二体
の様子を見つめているだけだ。
 そうしている内に、少しずつ息遣いが荒くなっていくピカチュウ。表
情にも、苦悶が見え隠れし始める。
 追いかけっこが長引くと共に、ピカチュウの体も毒によって少しず
つ、しかし確実にダメージを受け続けている。
「...ピカチュウ...!」
 内側から蝕んでくる苦痛と戦いながら走り続けるピカチュウをただ
見守る事しか出来ない自分に、サトシは苛立ちすら感じ初めていた。
「...ねえタケシ...!ああいうのって”戦闘放棄”ってならないの!?
むこうはただ逃げてるだけじゃない...!」
 カスミもたまらず審判役のタケシに訴える。
「...いや...。ただ逃げているだけにはならないだろう...。」
「どうして...!?」
「バトルが中断してしまった事には...厳密にはならない...。ピカチュ
ウはダメージを受け続けているんだからな。」
「あ......!!」
 気づくと同時に、カスミは嫌な予感が頭をよぎるのを感じた。
「...実際ああいう戦法はない訳じゃない。あの人は直接そう指示した
わけじゃないがな。まあはっきり指示できる人もそうはいないだろう
が...。」
 だが二人は確信し始めていた。向こうは始めからこうするつもりだ
ったのだ。
 現に、彼はあれから一言も指示を出していない。
「...でも、あれじゃナゾノクサだってもたないわ。3対3なのに...効
率悪すぎじゃない...。」
「確かに...これが狙いどおりだとしたら...ちょっと焦りすぎだな...。
3対1ならともかく...。」
 そこまで口にすると、タケシははっとなった。
「ナゾおおおっ!!」
 逃げ回っていたナゾノクサも、体力の消耗により追い付かれ、ピカ
チュウの必死の一撃をくらって地面に倒れこんだ。
 サトシは大きく息を吐き出した。
「...終わった...。」
 まだ一体残っているのを忘れた訳ではないが、自分の中でうずくま
っていたもどかしいものが、ようやくどこかへ行ってくれたような安
心感をサトシは感じていた。
「ナゾノクサ戦闘不能!勝者ピカチュウ!」
 先ほどよりも勢いのある声で、ジャッジを発するタケシ。
 勝ち進んだピカチュウは、走るのをやめても相変わらず苦しそうな
呼吸が治まらない。心なしか足元も震えて見える。
「ピカチュウ...。」
 サトシもそんなピカチュウをこれ以上戦わせるのは辛かったが、こ
こまで頑張ってやってきたピカチュウを、自分の一存で引っ込めさせ
る事はやはり出来なかった。
 ジラルダンは、手早く倒れているナゾノクサをボールに戻すと、自
分の右肩にすっと目をやった。
「ピカチュウ...行ってくれ。」
「ぴかあ!!」
 優しく語りかけるような指示を聞いて、ピカチュウは主の肩からぴ
ょんと飛び降りた。
「え......!!?」
 思わず面食らうサトシ。他の二人も同様だったらしい。
「ピカチュウ...!?確かにでんきは効きにくいけど...それはお互い様
なのに,,,!」
「...同じポケモンとなると...育て方の違いがあっても、育ての量の違
いはそれこそ大きいぞ...。いったいどうするつもりなんだ...?」
 静かに睨みあう二体のピカチュウ。それを見ているサトシは、少し
ずつ拳に力が入っていくのを感じていた。
「...もうどんなポケモンでも勝てるってことか...!?そうはいかない
ぜ!!ピカチュウ!!”10まんボルト”だ!!」
「ぴい〜〜っか、ちゅうう〜〜!!」
 格の違いを見せつけんとばかりに、でんき系の技で攻撃させるサト
シ。なるべくピカチュウを動きまわらせたくない配慮ゆえかもしれな
い。
「ぴ...!?」
 猛烈な勢いで迫ってくる電光の矢を見て、一瞬たじろいだ相手のピ
カチュウは、避ける間もなくそれをくらってしまった。
「ちゃああーー!!」
 同相性の技は、効きにくいとはいえまったく効かない訳ではない。
 全身を貫く鋭い衝撃を受けて、ピカチュウはどっと倒れこんだ。
「...やったか!?」
 相手の様子を伺うサトシ。正直一撃で決まってほしかった。
 だが、多少ふらつきながらも、さほど間をおかず、けれどゆっくり
と起き上がると、ピカチュウは頭をぷるぷると振った。
「......! いや...!大丈夫だ!こっちだってでんき系は...!」
 ピカチュウの体力が、あとどのくらいもつかは分からなかったが、
少なくとも”でんきショック”程度なら耐えられるはずだ。今のピカ
チュウには続けざまに放電する体力は無かったが、相手が攻撃してき
ても、一度耐える事さえできれば、次の攻撃できっと勝てる。
 サトシは確信した。その直後、起き上がった自分のピカチュウを見
て、口を開くジラルダン。
 その顔には、初めて余裕とも取れる表情が浮かんでいた。
 サトシは、その表情に見覚えがあるのを思い出した。
「よし、お前の得意技を見せてあげるんだ。」
 主の声を聞くと、ピカチュウもにっと笑った様に見えた。
「ぴいい〜〜っかあ〜〜!!」

 サトシは動けなかった。
 カスミとタケシも同様だった。
 気づいた時には、サトシのピカチュウはサトシの足元まで押し流さ
れていた。
 そのピカチュウは、ぐったりしたまま動かない。
「...っ、ピカチュウ!!」
 はっとして、ピカチュウを抱えあげるサトシ。
 その身体はぐっしょり濡れている。
 その感覚が、サトシに先ほどの光景は決して錯覚などではない事を
思い知らせた。
「......どういう事......?」
 ようやく声を出すカスミ。それに押されるように、タケシも言葉を
発する。
「...ピカチュウが......みず系の技を......!?」
 ピカチュウの気合いのこもった声と同時、一瞬にしてピカチュウの
周りに高波が巻き起こったかと思うと、その波の連なりと水流が一気
にサトシのピカチュウめがけて押し寄せた。
 突然の驚異に、ピカチュウは避ける間もなく呑まれてしまった。
 一部始終を目の当たりにしていた三人も、にわかには信じられずに
いた。
 あれはどう見てもみず系の技だった。
 だが、ピカチュウがみず系の技を使える筈はないのだ。
 思わずジラルダン達の方へ目をやるタケシ。するとその時には逆に
ジラルダンの目がタケシに向けられていた。
「あ...そうか! ...ピカチュウ戦闘不能!...あ、向こうもピカチュウ
だった...え〜っと...。」
「ぴい〜っかあ〜〜!!」
 思わず慌ててしまっているタケシの微妙なジャッジでも、その場に
おいては十分だった。
 ジラルダンのピカチュウは、タケシの声を聞くと、嬉しそうな声を
あげて後ろの主にばっと飛びついた。
「ぴぃかちゅうぅ〜〜!」
 猫撫で声(!?)をあげながら、『誉めて誉めて〜!』と言わんば
かりにジラルダンにすがりつくピカチュウ。まるで3匹抜きしたかの
ようなはしゃぎ様である。
「よしよし、良くやったな。偉いぞピカチュウ。」
「ぴかあぁ〜〜!」
 ...まだ勝負自体は終わってはいないのだが、すでにそこには一人と
一匹だけの...というより、夢中のピカチュウとその対象だけの空間が
出来てしまっていた。
「...あの〜...、もしも〜し...?」
 思わず口を挟むタケシ。
「...ああ、続けてくれて構わないよ。そちらが次を出してくれれば、
こちらもすぐ出よう。」
 ピカチュウを抱き締めたまま答えるジラルダン。
「......!」
 ピカチュウを抱きかかえていたサトシは、そのままカスミ達の元に
行き、タケシにぐったりしたピカチュウを預けると、背負っていたリ
ュックを下ろし、差し出した。
「...どくけしをあげといてくれ。頼む。」
 それだけ言うと、サトシは戻っていった。
「あ...ああ、分かった!」
 タケシの返事を背にしながら元の位置に戻ると、サトシはそのまま
ベルトの後ろに手をまわし、ボールを手にとった。
「...フシギダネ!行ってくれ!」
 言いながら放り投げられたサトシのボールは、地面に落ちて弾むの
とほぼ同時に開き、飛び出した光が、間もなく背中に大きな球根の様
なものを背負った四つんばいの生き物の形をとる。
「ダネえ!」
 それを確認したジラルダンは、ピカチュウに何か語りかける仕草を
見せ、それを聞いたらしいピカチュウは、一つうなずくとぴょんと下
に飛び降りて再び戦闘体制に入った。
「フシギダネ!”はっぱカッター”だ!!」
「ダあ〜、ネっ!!」
 先制で指示を出すサトシ。それを受けると、フシギダネはばっと構
え、背中の種の根元から勢いよく数枚の葉っぱを放った。
 放たれた葉っぱは、高速回転しながら鋭い刃となっていき、そのま
まピカチュウの元へ突撃した。
「ぴ...っか!」
「”でんきショック”だ、全身から放て!」
 一瞬ひるんだピカチュウだったが、主の声を聞くときっと顔つきを
変えた。
「...ぴい〜っか、ちゅう〜〜!!」
 そのままぐっと構えると、次の瞬間、体の奥に集中させた”でんき
ショック”を一気に全身から放出させた。
 全身から飛び出してくる光が、ピカチュウの元へ集まってくる”は
っぱカッター”に次々と激突する。
「......っ!?」 
 だが、鍛え上げられたサトシのフシギダネの攻撃は、電流の壁に多
少勢いを遮られたものの、一気にピカチュウの元へと到達した。
「ちゃああああーー!!」
 全身を斬りさくような刃の猛攻を受けたピカチュウは、しのぎきれ
ずにそのままどさりと倒れ込んだ。
「...ピカチュウ...?」
 思わず一歩前に出て、様子を伺おうとするジラルダン。
 だが、ピカチュウは動かない。
「ピカチュウ戦闘不能!勝者フシギダネ!二体残し、この勝負サトシ
の勝ち!」
「ダネダネえ!」
 タケシの声に、素直に喜びを見せるフシギダネ。だが、周囲の空気
が奇妙な重さを帯びている事に気づくと、サトシに不思議そうな顔を
向けた。
「ダ...ダネ...?」
 サトシは、何だかやりきれない様な、いまいち釈然としない表情を
浮かべていたが、その視線に気づくと、すっと笑顔をフシギダネに返
した。
 だが、その表情に中身が無い事は、フシギダネにもすぐ分かった。
「どうした...?ごくろうさんフシギダネ。」
「ダ...ダネ!?」
 軽く微笑んだサトシは、そのままフシギダネをボールに帰した。
「ピカチュウ...?大丈夫か...?」
 自分のピカチュウをそっと抱きあげると、ジラルダンは様子を伺う
ように語りかけた。
「...ぴ...っか...ちゅう......。」
 強烈な一撃ではあったが、”でんきショック”が多少威力を和らげ
たらしく、ピカチュウは声に反応するように間もなく目を開かせた。
「大丈夫か...?よく頑張った。偉いぞ。」
「ぴ...かあぁ...!」
 主の言葉を嬉しそうに聞くと、ピカチュウはそのまま彼の腕の中に
こつんと頭を預けた。
「......。」
 サトシの目にも、その様子は入ってきた。
 すがる様に主に身を寄せるピカチュウと、そんなピカチュウを優し
げな眼差しで見守るジラルダン。そんな一人と一匹の姿を見ていたサ
トシは、なんとなく気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
 だが、サトシのピカチュウを抱えたままのタケシは、険しくなって
いた表情を和らげる事はなかった。
「......。」
「やはり私の完敗だったね。いや、君のポケモンはなかなか強い。や
はりハンデ無しは無謀だったか...。」
 ふと、サトシに言葉を向けるジラルダン。その顔には無念さは無か
ったが、浮かんでいた笑顔は、勝負を交えた後の清々しい顔とは明ら
かに違っていた。
「.........!!」
 その言葉と笑顔に、サトシは胸をどしんと叩かれたような鈍い衝撃
を感じた。
 痛みとは少し違ったが、その嫌な感覚はなかなか消えようとはしな
かった。
「...とりあえず、一度ポケモンセンターに行こう。」
 タケシの提案で、一行はポケモンセンターへ向かう事にした。

 サトシ達が公園を後にした直後、彼らのいた広場のすぐ近くの茂み
から、なにやらごそごそと話し声が聞こえはじめた。
「ちょっとちょっと、今の見た!?」
「あのピカチュウがやられたニャ〜〜!」
「オレ達が今までどんだけ束になっても勝てなかったのに〜!」
「そーじゃないでしょ!!まあ確かにそれも由々しい事態だけどさ。
でもそれよりもすんごい事よ!!あれは!!」
「そうだニャそうだニャ!!」
「みず系の技を使うピカチュウ!!あんなのがいたなんてな!!」 
「あいつをゲットすれば、ボスもぜっったい大喜びよ!!」
「ソ〜〜〜ナンス!!」
「あんたは勝手に出てくんじゃないの!!...とにかく、ジャリボーイ
のピカチュウほど鍛えられてないみたいだし、おまけにケガまで負っ
てるなんて絶好のチャンスよ!!」
「ついでにジャリボーイのケガ人ピカチュウもゲットだぜ!!」
「ニャー達にも運が向いてきたニャ〜!!」
『あ〜〜っはっはっはっは!!』
 いつの間にかサトシ達の様子を伺っていたロケット団は、もう自分
達が栄光を手に入れたかの様に大喜びしていた。


 大事そうにピカチュウを抱えたサトシは、先ほどと同様にジラルダ
ンと並ぶように歩いていたが、サトシの歩みは半歩ほど遅れているよ
うに見えた。
 その少し後ろを歩くカスミとタケシ。
「......分からないなあ、あのおじさんの戦い方...。なんであんな無茶
な事したのかしら...。...それに...。」
「....おそらく、最初からバトル自体に勝つつもりなんて無かったんだ
ろう。」
「...え...!?」
 自分の言葉をふと遮ったタケシの台詞を聞いて、カスミは思わずタ
ケシの顔に目をやった。
 タケシの表情は堅い。
「最初から勝ち目の薄いバトルだという事は分かっていたにも関わら
ず、あの人はサトシに対して妙に挑発的だった気がする。手加減する
なとか、一番自信のあるポケモンで来いとか...。それに...、あの人は
多分、戦うんなら、最初からサトシと戦いたかったんだと思う。自分
からふってきた節もあるしな...。」
「...え?サトシと...?何で...?で、だから...何なの?」
 遠回しなタケシの説明に、少し苛立ちを感じながらせかすカスミ。
だがその表情には、少しずつ不安の色が混ざり始める。
「...これはオレの推測だが...、あの人がバトルを受けた目的は、サト
シの一番強いポケモンを倒して見せる事だったんじゃないかと思うん
だ...。...そうじゃなきゃ、あんな戦い方をする説明がつかない。」
「......サトシの......?」
 思わず足が止まるカスミ。
「......何で?何でそんな事を...?意味ないじゃない!何かの悪あがき
なの!?」
「...それは本人に聞いてみないと分からないが...、少なくとも、サト
シにはそれなりのダメージがあったみたいだな。」
 カスミはふとサトシの方を見た。
 こちらに背を向けて歩いてゆくサトシ達。表情は分からないが、サ
トシの背中は確かにどこか普段とは違って、妙に頼りないような、ど
こか覇気が無いように見えた。
「......サトシ......?」
「勝負には勝った...それなのに何故だか気分が晴れない...。けっこう
しんどいんじゃないかな。そういう気分てやつは。」
 二人の背中はどんどん遠くなっていく。
 カスミとタケシは、その後をゆっくり追った。
 ...正直、タケシにはもう一つ気がついている事があった。
 あんな戦い方をした以上、ジラルダンにとって結局カスミの事は単
なる口実で、実際はどうでも良かったんだろう、という事である。
 だが、すでにその事は忘れてしまっているらしいカスミに、あえて
いらぬ波風をたてる必要もないだろうと察したタケシは、その件に関
しては触れない事にした。

 
 ポケモンセンターに着いたころには、もう空は赤く染まり始めてい
た。 
「お預かりしまーす!」
 カウンターの中にいるジョーイさんに、サトシ達は二個のモンスタ
ーボールと二匹のピカチュウを差し出した。
 だが、
「ぴ〜か...、ぴかちゅう...!」
 ジラルダンのピカチュウが、まるで親から離されそうな子供のよう
に、主の腕をしっかり捕まえたまま離さなくなってしまった。
「あらら...困ったわねえ...。」
「こらこらピカチュウ!ジョーイさんが困ってるじゃあないか!さ、
いい子だから大人しく...いいっっ!?」
 ジョーイさんの声を聞きつけてしゃしゃり出てきたタケシは、ピカ
チュウに伸ばそうとした手におもいっきり噛みつかれた。
「こら、駄目だろうピカチュウ。さ、いい子だから診てもらっておい
で。そうじゃないと...私も安心して眠る事もできないんだ。」
「...ぴか...?...ちゅうう?」
 切なそうに首をかしげるピカチュウ。そんなピカチュウに、ジラル
ダンはそっと目線を同じ高さに下ろして語りかける。
「大丈夫だ...。ずっとここにいるから。安心して休んでおいで。」
「...ぴか...。」
 優しく微笑みかけるジラルダンの顔を少しの間見つめた後、ピカチ
ュウは軽くゆっくりと頷くと、そのままそっと手を離した。
「あ〜...、いやあ良かったあ〜...! 自分も出血した甲斐がありまし
た〜!ね?ジョーイさん!」
 結局は何も出来ていなかったが、タケシは涙目になりながらも懸命
にジョーイさんにアプローチを続けた。
「あら...あなたも大丈夫?」
「い...いやあ...!自分には!ジョーイさんの愛があれば!どんな医者
も薬も必要ありませ〜ん!!」
 出血した手でジョーイさんの手を握り締めるタケシ。だが、
「は〜いはいはい、さっさと止血しましょうね〜。」
 いつものように、カスミに耳を引っ張られながら引きずられていっ
た。
「...ほんっと、せっかくいろいろ教えてもらっても、いざその状況に
なるとやっぱりタケシは相変わらずなのね...。」
「ああ!!そうだった!!こんな時こそお!!」
 皮肉っぽいカスミの言葉で火がついてしまったタケシは、とたんに
カスミの手を払うと、ばっと懐からジラルダンに教わった事を書き記
したメモを取り出し、一心不乱に読みふけりだした。
「...まあったく...単純なんだから...。そんな簡単に落とせるようにな
んてなるもんかしら...?」
「言った通りにすれば大丈夫だとは思うがね。彼には初歩の初歩を教
えたから。」
「...え...っ!!?」
 いつの間にか後ろに立っていたジラルダンに、思わず面食らうカス
ミ。
「あ...えっと...、初歩の初歩って...!?」
「ああ、私があそこまでする事は滅多に無いのでね。あれは印象を良
くするための態度のようなものだから、第一印象がよほど悪くない限
りは...ね。 ...ああ、君もそうだったかな...。」
「え...?」
「どうかな...?今ならやり直しはききそうかい...?」
 そう言いながら、ゆっくりと目線を下ろしていくジラルダン。
「は......!?」
 突然の言葉に動揺したカスミは、思わず視線をあちこちにそらして
いたが、間もなく、ふとまだカウンターに立っていたサトシの姿が目
に入った。
「あ...そうそうサトシ!!あんたさっきオーキド博士に電話するって
言ってたでしょ!?」
「...え...?」
 なんとか逃げるきっかけを見つけたカスミの言葉に、サトシはゆっ
くりと振り向いた。
「ほらあ!レストランで!あのおじさんの持ってるものを見せるって
事になってたじゃない!」
「あ...ああ、そうだったな。それじゃあ...。」
 サトシは軽く辺りを見回した。電話はすぐに見つかった。
「...ありがとう。私も忘れる所だったよ。」
 カスミにそう言い残すと、ジラルダンはすっとサトシの方へ向かっ
た。そのまま二人で電話へと向かう。
「...ぷはあ...!」
 思わず力の抜けたカスミは、大きく息を吐き出した。
「はあ...なんか調子狂うなあ...。」
「チョゲ♪」

『おお〜サトシか!元気にやっとるか?』
 テレビ電話のモニターに映し出されたオーキド博士は、いつもと変
わらぬ元気な笑顔を浮かべている。
「うん...博士も元気?」
『...んん?サトシ...どうした?口ではそう言っとるが...なんだか元気
がないようじゃが。』
「え...!?そんな事ないよ!やだなあ博士...!」
 正直、はっきりとした自覚はサトシ自身には無かった。だが漠然と
して存在していた、自分でもあまり認めたくないような、不安にも似
た奇妙な感情を、人の手でいきなり目の前に引きずり出された様な感
覚を覚えたサトシは、思わず、だがそっと隣にいるジラルダンの方に
目をやった。
『おや?サトシ、そちらは?』
 画面の端にいつのまにか映っていたジラルダンに、オーキド博士も
気づいた。
 だが、ポケモンセンターの電話は、殆どが子供の背丈に合わせて設
置されているため、サトシより頭二つ以上大きいジラルダンは、サト
シと同じ画面に収まろうとするとかなり屈み込まなければならない。
 はたから見ると、あまり見栄えのする光景ではない。
「ああ...この人は...、えっと、新人トレーナーのジラルダンさん。」
「初めまして博士。お会いできて光栄です。」
 手慣れた感じの挨拶で、軽く頭を下げるジラルダン。
『新人!?おお、それはそれは!いやいやそのお年で新しい事を始め
られるのもなかなか勇気のいった事でしょうな、結構結構!がんばっ
てくだされ!』
「ありがとうございます。」
「あ...それでね、博士...。ジラルダンさんが博士に見てもらいたい物
があるって...。」
『見てもらいたい物...?何ですかなそれは。』
「あ...はい。少々待っていただけますか...?」
 そう言うと、ジラルダンはまた見えない位置でごそごそ始め、取り
出したカードを画面の前に差し出した。
「これなのですが...。」
『...んん!?これは......!?』
 いきなりずいっと画面に身を乗り出してくるオーキド博士。少しの
間カードとにらめっこしていたかと思うと、突然ばっと身を翻し、画
面の外へ駆けていった。
『ちょっと待っとれ〜!!』
 遠くの方で、博士の声が聞こえた。
「......。」
 少しして、画面の向こうからばたばたと足音が聞こえてきた。
『お〜い...、あったぞあったぞ〜、これじゃ〜!』
 戻ってきたオーキド博士は、なにやら数枚の書類のような紙を抱え
ていた。それをそのままばっと画面に差し出す博士。
「...ん...?」
 書類にはなにやら難しそうな事がびっしりと書き記してあったが、
サトシにはなんの事だかさっぱり分からない。
 だが、その紙の隅に留められていた写真に目をやってみると、サト
シはようやく、オーキド博士の意図を知る事ができた。
 写真には、どこかの遺跡かなにかのと思われる、かなり古いレリー
フが写っている。
 そのレリーフの形は、先ほど見たカードに描かれていた図柄とよく
似ているように見えた。
「博士...これは?」
 ふと何かに押されるように口を開くサトシ。
『これは...古代のポケモンの遺跡と言われとるものじゃ。遥か昔に絶
滅したといわれるポケモンの...な。』
「...絶滅...。」
『うむ。詳しい事はまだよく分かってはおらん...。このレポートを発
表した研究所が...何故か突然音信不通になってしまってな。遺跡の詳
しい場所も分かっとらんのじゃよ。お前さん...そのカードをどこで手
に入れなさった?』
「...え...?...ああ、これですか?」
 ふいに質問をふられて少し出遅れるジラルダン。どうやら彼はレポ
ートの内容もちゃんと読んでいたらしい。
「...あ...これは...。」
 だが、何故かなかなか二の句が出てこない。別に言いづらい感じで
はない。どうやら頑張って思いだそうとしているようだった。
(...まあ、あれだけコレクションがあったら、いちいち覚えてなんか
いられないだろうなあ...。)
 サトシはこっそり思った。
『...ああ、思いだせないようだったらすぐにとは言わんよ。まあとに
かく、そのカードを調べたら、ひょっとしたら何か新しい発見がある
かもしれん、それくらい貴重なものと考えてまず間違いないじゃろう
な!』
「...へえ...。」
 思わずため息のような声を漏らすサトシ。
『あ〜、ぜひ実物が見てみたいもんじゃ!どうじゃろう、もし良かっ
たらちょっと見させていただきたいのじゃが.,,。』
「へ!?どうやって!?まさかボールの転送マシンで!?」
『いやいや、まさかそんな事はできんよ!えーと今お前さん達はどの
へんにおるのかな?』
「え〜と...マウントタウンてとこだけど。」
『おお!そいつはなんと丁度いい!!いや実はな、今その街にケンジ
君が向かっておるのじゃよ。』
「え...ケンジが!?どうしたの!?」
 思わず画面に近づくサトシ。
『ああ、まだ知らんかったかな?その街では毎年この時期になると、
”ポケモンプリティーカップ”という大会があるんじゃよ。』
「プリティーカップう!?何それ!?」
「え...?それは”ファンシーカップ”とは違うんですか?」
 いつの間にか後ろにいたタケシが、ふいに口を挟んだ。
 ちなみにファンシーカップとは、身長・体重が一定以下の、小さめ
でなおかつ進化前のポケモンしかエントリーできないという大会であ
る。
『いや、バトルの大会ではないんじゃ。書いて字のごとく...ポケモン
の可愛らしさを競う大会なのじゃよ。』
「ええ!?そんなのがあったんだ!」
『いや、もちろんポケモンリーグの公認大会ではないがな。その街は
観光に力を入れとる街じゃから、たまに大きな催し物をやるらしいで
な。その一つじゃよ。』
「ああ、プリティーカップだったら、こっちにチラシもあるわよ。」
 話を聞いていたらしいジョーイさんが、カウンターの隅に重ねられ
ていたチラシをサトシ達に見せてくれた。
「可愛いポケモンがいっぱい集まるんでしょうね〜!あたしも見てみ
たいな〜!」
 話を聞きつけてやってきたカスミも、興味深そうにチラシを見つめ
ている。
「へえ〜!優勝賞品は”特製ポケモンフード一年分”だってさ!」
 めざとく賞品欄を見つけたサトシ。いつの間にかだいぶ明るい声を
出すようになっていた。
「...その”一年分”ってのも、誰が決めたんだろうなあ...?」
「カビゴンだったら一ヶ月...いや一週間分かな...?」
 思わずどうでもいいつっこみを入れてしまうタケシとカスミ。
「ふ〜ん...、しかし特製ポケモンフードってのもなあ...。やっぱりポ
ケモンフードはそれぞれのポケモンに合わせて作らなきゃあ!」
 ポケモンフードにはうるさいタケシは、まだつっこみ足りない様子
だった。だが、
『その大会にはな、審査員として、名うてのポケモンウォッチャーや
ブリーダーが参加するそうなんで、ケンジ君にもいい勉強になるかと
思ったんじゃよ。』
「......名うてのポケモンウォッチャーや...ブリーダー!?」
 タケシの耳がぴくりと動いた。
(...と、いう事は......もしや、ユキさんも!!?)
 ...ちなみにユキさんとは、ブリーダー界でも1、2を争う優秀ポケ
モンブリーダーで、タケシがブリーダーとしても、おねーさまとして
も憧れている女性である。
「さささささサトシ!!でようでよう出ようその大会!!!」
 いきなりサトシの両肩を掴んで、がくがく揺らしながら熱弁しだす
タケシ。いきなりの事にサトシも面食らう。
「え...ええ!?いきなりどーしたんだよタケシ!?」
「いやあ、やはり世界一のポケモンブリーダーを目指す者としては!
自分のポケモンがプロの目にいかに評価されるか知りたいもんじゃあ
ないか!はっはっは...。」
「......。」
 いぶかしそうな目でタケシを見つめるサトシ。
『今の時期は臨時の長距離バスも出とるでな。うまく乗り継いでいけ
ば間に合うようにケンジ君もそっちに着けるはずじゃよ。それで...、
宜しかったら、その彼にカードを渡してやってくださらんか?わしの
助手ですじゃ、心配はいりませんぞ。』
「......。」
 博士の申し出に、ジラルダンは少し渋い顔をした。
「...申し訳ありませんが...私はこれを自分以外の人間に託す事は出来
かねます。それでしたら...自分で参りますよ。」
『へ...!?あ、よろしいんですかな!?いやこちらとしては何でもよ
ろしいですからな。それでしたらケンジ君には道案内を頼みましょう
かな。』
「ありがとうございます。」
 ジラルダンは、また軽く頭を下げた。
「あ、ちなみにプリティーカップは4日後よ。参加申込は当日だから
焦らなくても大丈夫よ。」
「ええ!?4日!?そんなにじっとしてなきゃいけないのか...。」
 ジョーイさんの言葉を聞いて、サトシは悩んでしまった。
「い〜じゃないかあ!たまにはゆっくり休んだって!な!?」
「この際だから、一度ゆっくり落ち着いてこのへんのポケモンでもゲ
ットしてみたら?」
 割と乗り気のカスミも後押しをする。
「...あれ?カスミ。そういうお前の持ってるチラシ...そっちはバトル
大会のチラシじゃあないのか?」
「あ...うん...。」
 カスミは、もう一種類置いてあったチラシも見つけていた。
「え、バトル!?それを早く言ってくれよ!!」
 言うが早いか、思わずカスミの持っていたチラシをばっと奪いとっ
てしまったサトシ。すっかりいつもの調子である。
「ん...でも、その大会ね...。”親子タッグトーナメント”なんですっ
て。」
 呟くカスミ。  
「...親子タッグ...?」
 チラシを見つめたまま、サトシも呟く。
「ああ、それはプリティーカップの前...今から2日後と3日後の2日
間続きでやる大会よ。それもけっこう盛り上がるのよ。優勝賞品は、
あまり大した物でもないけどね。ポケモンの化石ですって。」
「化石...!?」
 ジョーイさんの説明が耳に入ったジラルダンが、ふと振り向いた。
「え...?それってすごいものなんじゃないの!?」
 サトシも興奮したように質問する。
「本当に凄いものだったら、賞品になんてしないわ。この街の観光名
物は化石博物館なの。近くの山から、化石のたくさん含まれた地層が
見つかってね。もちろん、普通は研究所に直行で、貴重な物以外は、
調べが済んだ物の中から、良いものを博物館で展示してるんだけど、
それだけにお店なんかで丸ごとの化石なんかが売られる事は殆どない
からね。そういう意味では貴重かもしれないけど...。」
「...では、賞品は丸ごとの化石なんですか?」
 幾分真剣な顔つきで、ジョーイさんに質問するジラルダン。
「え...?ああ、確かそうだったと...。まあ、割と多く出てくるものら
しいですけどね。オムナイトとか...。」
「化石かあ...。」
 少し前なら大いに興味を持ったかもしれないが、サトシ達は、旅の
中で生きたプテラやカブトやオムナイト等に遭遇してしまっているせ
いか、賞品自体にはあまり興味は感じなかった。
 だが、一人だけ例外がいたようである。
「サトシ君...。」
「え?」
 突然ジラルダンに呼ばれて、サトシはふと振り返った。
「...君は、どうせならバトル大会には出てみたいと思っているのでは
ないかい?時間もある事だし。」
「え...?...まあ...バトルの大会があるんなら...出れるんなら出たいと
は思うけど...、でもこれは...。」
「...よし、決定だ。」
「へ?」
 思わず怪訝そうにジラルダンを見上げるサトシ。だがジラルダンは
構わず続ける。
「どうだろう、大会の間だけ...私の子供になってはくれないかね?」
「......はあ!!?」


           
                                  

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