水 車
岡山県津山市に、「桐の木水車(下の写真)」という米搗き水車があります。この水車は、地元の集落の水車連中で今も維持されていますが、津山市民もその維持に貢献しています。
以前、水車が壊れてしまった時に、市民が募金をして修理費・材料費の援助をし、めでたく修理ができたその年の秋に、水車連中の農家の方々が、とれたての新米をこの水車でついて、おにぎりをつくって募金協力者にふるまってくれたのでした。私も微力ながら援助に加わらせていただいたので、はるばるおにぎりを食べに岡山までいったのでした。しかし、このおにぎりの「美味しいこと、美味しいこと」。お米の味がこんなに香ばしくて「味がある」と思ったのは、その時がはじめてでした。お米の味だけで、お茶碗数杯ぶんは食べてしまえそうなくらい美味しい。
なぜふつうのお米と味が違うのか、秋晴れの田園風景の中で、みんなで車座になっておにぎりにぱくつくというシチュエーションも一役買ってはいたでしょうが、こうも味が違うのは、、、考えてみた理由としては、というわけで、この「味の感動」から、私の水車への興味が高まったのであります。水車搗きなので、精米の時に熱があまり発生せず(大量に機械精米すると触れないくらい熱くなるそうです)、米の味に熱の影響がない。 つきたてで新鮮なお米だった お釜でたくさん炊いたご飯だった。炊いてくださった奥さんの技術が高かった。
ところで、意識して古い地形図を見てみると、近畿各地の大都市、例えば京都市内にもたくさんの水車が数十年前までまわっていたことがわかります。ではその水車は、今はどうなっているのだろう。もし水車で搗いたお米の販売をしているところなんてないものか。とちょくちょく、地図で見つかった水車の場所を訪ねては、ここで、そのミニ調査の結果を逐次報告しようというのであります。
私が水車に関わるいろいろな文化・技術を知ったのは、津山まちづくり市民会議のメンバーの方々の調査研究活動のおかげです。同市民会議では、地元の自然や文化を調査してたくさんの本をまとめておられます。水車については、「住まいの風土記3 水とくらし」にまとめられています。
☆ 津山まちづくり市民会議のみなさんと農家の方々、さらに水車の維持に賛同した一般市民のみなさんの協力により、桐の木水車は維持されてきました。そのいきさつをレポートにして紹介しました。
→ 1999年度日本建築学会大会農村計画系研究協議会「ムラの潜在的資源の発見的創造」から「水車を活かす」
桐の木水車がまた壊れてしまったので(2004年2月現在)、再び市民に募金を呼びかけて修理がなされることになりました。
津山市民ではないが修理に是非とも貢献したいという人たちで、桐の木水車ファンの会をつくることにしました。
2004.3.15
◎京都の水車
昭和20年代の京都市の都市計画図をみて、水車があったはずのところを、見に行った結果を報告します。
比叡山を仰ぎ見る住宅地の中に、現役の米搗き水車発見。近くで農作業中のおばあさんに聞くと、ちゃんと水車連中で共有されておられるとか。新品の水車小屋つき。このあたりには、以前はたくさんの水車があった模様で、そのうちひとつが使われていないものの、立派な鉄輪の水車がありました(左写真)。
左京区・今出川通りと志賀越道の交わるところに大きなお地蔵さんがあるのは、この界隈では有名ですが、どうやらあの場所に昔、白川(?)が通り、水車がまわっていたようです。志賀越道沿いには他にもいくつかの輪がまわっていたらしいことが、地図から判明。
北山通りと北白川通りの交差点のど真ん中あたりにも、水路(今は暗渠か?)が通り、水車があったようです。
「上高野”水車町”のいわれ」 (調査日1997年5月)
大原へと通じる国道沿いにある上高野水車町。この名のいわれを訪ねてふらりと行って来ました。国道に沿って人家と水路がありますが、この水路には大きな鉄製の水車が昭和30年代ごろまであったとのこと。用途は線香づくり等だったようです。水車は、撤去されたときに、綾部方面へ引き取られて?いったとか。その大きさのために、老坂のトンネルを通かどうか心配されたとか。水車小屋とインフラは今でも残っているようです。この水車は今どうしているのでしょうか。綾部といえば、繊維産業なんかもありますし、どこかの工場で使われているとか?情報をお待ちします。なお、この界隈で最も有名?なお寺、 寺内にも以前水車があったとの情報もあります。
◎大阪の水車
大阪府内には、今や河内長野市にのみにしか、現役水車はないようです。
昔をさかのぼれば、まず、生駒山〜金剛山方面の谷筋に水車群があったことが知られています。
また、堺や泉州北部の海側の平野では風車の存在も知られていました。
大阪府北部、水無瀬の山麓近くに水車があることを教えていただきました。
暖かくなったら調べに行って参ります!!!
最近まで使われていた水車
◎兵庫の水車
兵庫県の水車について、最もよく知られているのは、灘の酒づくりのための酒米精米のための水車が神戸・灘五郷の地域を流れる河川を少し丘陵部に遡ったあたりに多数稼働していたというものです。六甲山から急勾配で流れ下る河川は、水車設置に好都合だったのかもしれません。
◎滋賀の水車
水車公園や、集落整備にともなう水路のアクセサリー等として水車が散見される滋賀県。しかしそのほとんどは、水車本来の「機械」「動力源」としての役割を負っているものではありません。
◎和歌山の水車
川辺町の鉄輪の揚水水車
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和歌山県日高郡川辺町、安珍・清姫伝説と髪長姫伝説で有名な道成寺の近く、にある揚水水車。鉄輪ですので、細く華奢な感じですが、かなり大きな直径です。輪の最下部がつかっている水路から、輪の上部の高さにある(写真では、奥のほうの草地の上)の田畑に水を揚げています。現役ですが、点景としても保存するために、予算をつかって修理されたようないきさつが、近くにあるあずまや風休憩所の看板にかかれていました。
新宮市高田の水車(展示品)NEW! ![]()
新宮市の高田地区に保存されている水車。もとは、ここから数メートルのところで現役で動いていたそうです。
◎岡山の水車
岡山県は驚くべき、現役水車の宝庫です。
津山市内には現在も、数台の現役水車があります。 → 津山まちづくり市民会議主催の水車のHPへ
桐の木水車 揚水水車
倉敷市内にはいくつかの揚水水車があるようです。
徳島県で水車の存在を教えてもらいました。一度止まっていたのを、再び稼働させているようです。祖谷地方の山間地。
◎付録:世界の水車 NEW!イギリスの水車追加しました(2005.6.1)
エジプトの水車(河崎先生絵はがき提供ありがとうございます)
インドネシアの水車
西スマトラ州ブキッティンギ市近郊の水車です
つくっているのは米粉(ビーフン)です
ドイツの水車
ローテンブルグの近くの水車です
イギリスの水車
ニューカッスルから世界文化遺産「Hadrian's Wall」に沿って西へ行ったところに偶然みかけました。
走るバスの中から撮影。画面の真ん中に撮れたのはほぼ奇跡です。
キルホープ(Killhope)という昔の鉛鉱山あとの野外ミュージアムの巨大水車です。
◎総説 水車トピック
1.水車をみる視点(作成中です。すみません。)
水車の稼働数が最盛期を迎えるのは明治末期から昭和初期にかけてだといわれています。当時は、産業の近代化が進む時期であり、様々な産業の動力源・産業機械として水車が活用されたのでした。また、大都市およびその近郊では大量の米需要に対応する多くの精米水車が稼働しており、農村集落では自家用精米・製粉のための水車や、水路や川から田畑に水をあげる揚水水車が多く稼働していました。
かつては、多く稼働していた水車はたいへん少なくなりました。ところで、その水車のあった場所は、今どうなっているのでしょう。