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参考資料集

 :011-701. 最終更新
 
言語改革 | 日本語改革への
参考資料 (声)

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「声」も少しづつ増えてきました
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はじめにコトバありき
 < 聖書ヨハネ伝

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  自然言語が国際共通語になっているかぎり、学習はもちろん、情報の発信や受
信においても、その言語を母語とする人たちとそれ以外のひとたちとの格差は、ひらく一
方となる。
 こうした弊害をさけ、公平な国際コミュニケーションを実現するには、どこの国のことば
でもない中立的な言語を使うしかない。もちろん、それは、発音・つづり字・文法・語彙が
理性的に構成され、とくべつな能力がなくても、たやすくマスターできるような言語でなく
てはならない。となると、そのことばは、どうしても人工言語ということになる。
 こうした考えにしたがって、主として近代以降、人工国際共通語を実現するために戦
い、志を得ないまま傷つき、去っていった多くの人びとがいた。
 彼らの多くが素朴に信じこんでいたのと違って、国際コミュニケーションは、単に言語だ
けの問題ではなくて、政治・経済・歴史・文化・心理など、多くの要素が複雑にからみあっ
ている。このからみあいを解きほぐして、理想的な国際コミュニケーションを実現すること
は、一朝一夕にはできないだろう。しかし、少なくとも言語に関するかぎりは、人工言語
のなかにこそ、最も望ましい解決の芽があることはあきらかである。

 < 「国際共通語の夢」 / 二木紘三


 人間は言葉の動物である。言葉だけで関係を維持し、文化を築き上げてきた。愛情、
友情、信頼などの信義を培ってきた。個人が何を考えているのか、どんな気持ちなの
か、ほんとうのところはお互い言葉によって詳らかにしなければわからない。

 言葉は、人間にとって何ものにも換え難い宝物の1つに数えられる。人を生かすことも
できるし、また殺すこともできる。

 人間は、その発する言葉によって幸福にもなるし、不幸にもなる。また、他人を不幸に
もし、幸福にもできる。それどころか、創造をも破壊をもなし得る。言葉には、それほど
のものがある

 < 「生くる」 / 執行草舟


 石川啄木はローマ字で日記をつけたのも、読者にローマ字を読む習慣をつけさせよう
という普及手段ではなくて、漢字やひらがなではなく、そこにかくれているオトそのものを
露出させようという、内に向って日本語に、今まで気づかれなかった感性を開こうという
それ自体の目的をもって利用された。


「漢字って、中国の文字じゃない。
同じ文字使っているのに、どうしてイライラすることが多いのかしら」
「日本人て、考える時は『ひらがな』や『カタカナ』で考えているのネ。
そうなんだ、『尖閣』も漢字をやめればいいんだ」

 < 週刊金曜日 :The-010-A15 話の特集 無名人語録 / 永六輔


 日本語を外国語として学んでいる東南アジア系の学生の言を耳にした。「一番読みにく
いのは全部平仮名で書かれた日本語です」というのである。

 < 「「そうだったのか」の言語学」 / 安井稔


 擬声語、擬態語の類を除けば、ほとんど例外はないといってよいくらい、片仮名語は内
容語を示しているという意味では、片仮名語は平仮名よりむしろ漢字に近い存在といえ
るであろう。
 結局、片仮名語は内容語である形態素を示すという点で、平仮名語より漢字との親近
性が強く、他方、優れて表音的であるという点において平仮名と重なる。つまり、片仮名
語は漢字と平仮名の中間に位置し、言ってみれば、双方の「良いとこ取り」をしている表
記法であるといって差し支えないであろう。

 < 「「そうだったのか」の言語学」 / 安井稔


 現在、片仮名語の表音性が最も顕著にその偉力を発揮しているのは、グローバリゼー
ションの名で呼ばれている現象の世界、および、一括して先端技術の名で呼んでよい世
界においてであろう。これらの場合、片仮名語は、もう一押しするとローマ字による頭文
字語(acronym)の世界に入ってゆくことになる。
 例えば、NPO(Non-Profit Organization), OECD(Organization for Economic
Cooperation and Development), DNA, NHK など、片仮名書きょりはローマ字書きの
ほうが似つかわしく、馴染み深いものとなっているであろう。

 < 「「そうだったのか」の言語学」 / 安井稔


「厳密に間違っているより、大ざっぱに正しいほうがまし」
 ;(厳密に言ったら間違っている、でもそれににこだわるより、おおざっぱに言って正しければ、
そのほうがましだ)

 / ケインズ



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