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はじめに
ちょっと真面目なところも見せようかな?と思って書いてみたコラムです。各項目別に編集しましたが、全体で一つの文章なので通して呼んでいただくことをお勧めします。
しかし、本やネットを参照しながら書いたものですし、私が勘違いしている部分があるかもしれないので間違いがあるかもしれません。また、、著作権法も変わっているかもしれないので、おかしい部分があるかもしれません。 発見していただいた方はご連絡頂けると嬉しいです。すぐに訂正させていただきます。 →連絡はこちらにお願いします。
これからホームページを作ろうと思う人は必ずこの著作権という壁にあたると思います。その際にちらっとでもいいので読んでみてもらえると嬉しいですし、何らかの助けになれば幸いです。逆に壁に当たらない人のほうが危ないです。知りませんでしたで、すまないこともありますから。

情報システムと人権−著作権−

■ 今日のインターネット事情

現代、時代は情報化社会といわれるように情報が人々にとって生活していくうえで欠かせないものになってきている。
特に戦後の情報システムの大発達は人々の暮らしを大変身させた。
その中でも特に、電話、テレビなどは今日、最低限度生活に必要なものといえるだろう。 
さらに今では、携帯電話が日常的なものとなったし、なによりインターネットの影響力は目を見張るものである。 
これさえあれば何でもできるといっても過言ではなくなってきた。
情報の入手、友人とのコミュニケーション、ショッピングはすべてネット上でできてしまうし、音楽を聴いたり、書物を読んだり、映画を見たりなどの娯楽のほとんどをネット上で楽しむことができる。 
もしかしたら、一日パソコンデスクで過ごすなんて人もいるかもしれない。 

■ インターネットの歪み−著作権−

しかし、便利なものには必ず欠点も存在するものである。 
その欠点を無視して、利便性だけを追求していけば、必ず大きな歪みが生じ大問題となる。
その典型的な例が、人類の資源大量消費ではないだろうか。 
人は、その暮らしを少しでもよくしようとして、地球にある資源を無計画に消費し、
無計画に物を大量に生産して、人々の需要を満たしてきた。 
だが、その歪みで地球はどんどん傷ついていった。
人類は自分の首を自分で絞めていたようなものだということに気がつかなかったのである。 
そして、今になって大問題に成長してしまった環境問題に頭を悩ませている。
こうした例はいくらでもあげられる。 
そして、ネット上でも当然さまざまな問題が生じてきている。
そのほとんどが人権侵害に関する問題である。
実生活に比べネット上は無秩序といえるだろう。 
そのために数々の人権侵害の被害者が生まれるのである。 
例えば、近年ではブロードバンドの普及により、映像データの無断コピーがネット上で出回るようになってきて対策が論じられている。 
一つ一つの問題をここで検証するとあまりに膨大な量になってしまうので、ここでは「著作権」に焦点を当てて論じたいと思う。
現在、特にネット上で著作権侵害がどのような問題を抱えているか、またその問題に21世紀に生きる我々はどうしていかなければならないのかについて著作権の定義をしつつ、考えていきたいと思う。 

■ 著作権@

では、我々が日頃から口にしている著作権とはどのようなものなのか。このためには著作物の定義が必要であろう。
著作物とは、
「思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」
と著作権法で定められている。 
たとえば、絵画や音楽、映画、小説、コンピュータ・プログラムなどである。 
さらに、著作権の効力についても知っておかなければならない。 
著作権とは事前登録など必要とせず、著作物が生み出された瞬間に自然に備わり、著作者の死後50年間有効である。 
さらに著作権の侵害は、民事責任をとわれ損害賠償を請求されるだけでなく、犯罪であるから刑事責任もとわれる。
最高で三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金を科される。
すなわち、著作権は人権の問題として重きをおかれていることがわかる。 
このことを我々は肝に銘じておかねばならないと思う。 

■ 著作権A

著作権法では著作者の著作権を二つに分類して認めている。 
一つは「著作者人格権」といい、これは著作者だけが持つ権利〈一身専属権〉であり、最も重要な著作者の人格的保護を目的としている。 
法的には、公表権(公表するか否か、いつ公表するかなどを決定する権利)、氏名表示権(氏名を公表するか否か、なんという名で公表するかなどを決定する権利)、同一性保持権(自己の意に反して改変されない権利)を認めている。 
もう一つは「財産権としての著作権」といい、著作者の財産的な利益の保護、譲渡について規定している。 
これは著作物の利用の態様に応じて権利がそれぞれ定められ〈支分権〉ており、細かに言えば、複製権、上映権、貸与権、公衆送信権などが挙げられるし、その他にも数多く認められている。 
ただし、これらの権利は個人で管理するのが非常に困難であり、複数の権利が絡み合う場合もあるので、
たいていは著作権保護機関(例えば音楽ではJASRAC)に登録し、管理してもらうのが通例のようである。 
(それらの権利の中でも今回問題にしているネット上での関わりをいえば、公衆送信権が主に深く関わってくる。) 

■ 著作権に生じる問題点

著作権がいかなるものか少し述べたところで実際にどのような問題が生じているのかを考えてみたいと思う。 
ここまでで述べてきた著作権の仕組みを考えてみると、一見、著作権は法的にきちんと管理されているので、他の問題に比べるとトラブルが少ないのではないかと思われる。 
しかし、そうはいっていないのが実情である。
(逆に考えれば、ここまで詳細に規定しているのは争いが絶えないからであるともいえる。) 
現在でも著作権をめぐるトラブルは頻繁に起こっている。 
特に、情報システムの発達につれて著作権が侵害される機会が増えている。
ネット上での著作権侵害はあとを絶たない。
著作権は自らの著作物によって生計をたてている人々にとっては命ともいえるものなのだから、当然深刻な問題へと発展するし、当事者間の紛争も激しくなったりする。 
それゆえ、著作権をめぐる問題の解決は急務の課題であると言われる。 
また、著作権法にはいくつかの例外規定が定められていることが著作権問題をさらに複雑にしているともいえるだろう。 
その点、著作権法をより分かりやすくする必要もありそうである。 

■ ネット上で起こる著作権侵害

では実際には情報システム(特にネット上)でどんな問題が起こっているのだろうか。 
例えば、第三者の著作物をHPに掲載する行為は著作権者の有する、複製権、公衆送信権、の侵害にあたる。
この時、著作物には漫画やアニメのキャラクターや新聞記事なども含まれる。
(ただし、個人のPCの壁紙などのように明らかに「私的使用のための複製」ならば、著作権侵害とはならない。) 
また、他人のHPから著作物をダウンロードすることは著作権者の同意がなければ著作権侵害となる。
(サイトによっては著作権フリーのものもあるが、その場合にも特別の取り決めなどがある場合が多いので注意が必要である。) 
これらの行為が、今までは、無法地帯化していたネット上で日常的に行われてきたのである。 
これは大きな問題であったに違いない。 
ようやく最近になってネット上にも法の網がかかるようになり、
特にHPへの著作物の掲載に関しては厳しく取り締まられるようになった。 
しかし、厳しく取り締まられるようになったのは、著作権保護機関によって守られている一部の著作物に過ぎない。
個人的なデータなどの無断ダウンロードや無断掲載は今でもなお継続されている。 

■ 著作権保護の動きとその問題点

では、今度は逆に著作権を保護する動きについて考えてみたいと思う。 
著作権を保護する体制としては、まず著作物ごとにつくられる著作権保護団体が挙げられるだろう。 
先に述べたように、非常に細かく複雑な権益の交錯が生まれるため、
財産的著作権を個人で主張・証明するのは困難であるといえる。 
そのため、各個々人が著作権保護団体に使用料を払って登録し、財産的著作権を一括して管理してもらうわけである。 
そうすれば著作権者の利益もちゃんと保護されるし、
著作権保護団体にも金が入るので、まさにお互いの利益が一致した理想的な形態といえるのかもしれない。 
では、本当に現時点で、日本の著作権保護はこの形態でうまくいっていて、今後もこの形態に任せておいていいのだろうか。 
この質問には素直に肯定できない側面がある。 
それは、日本の著作権保護団体が独占的な「集金システム」になってしまっているといえる部分があるからである。 
すなわち、営利を目的として運営されているために、
作品が利益を生むなら誰が著作権者であろうとよくなってしまいがちであるという大きな問題をはらんでいるのである。 
このような問題が実際に起こっている。 
例えば、盗作の疑惑が浮上した時点でその物を売っていた者がそのまま利権を維持して、
盗まれた者が泣き寝入りするという図式である。 
悲しいことに、「金」が絡むと、保護されるべき著作権さえも他人のものになってしまうということがある。 
特に日本の場合、著作権保護団体が各著作物につきほとんど一つしかない。
そのため利益が一点集中してしまい、金による腐敗が進んでいるのではないか。
一つの機関によって著作権管理が行われているなんてことは、先進国中でも日本だけである。 
著作者がそれぞれ自分の権利をしっかり守ってくれる機関を選べるように、また相互に監視ができるように、
たとえ私的機関であっても、複数の機関があるほうが望ましいのではないか。 

■ 著作権問題に対する対処@

さて、ここまで著作権について調べ、さらに最近起こってきたネット上での著作権侵害の問題、著作権保護団体とその問題について述べてきたが、こうした問題にどう立ち向かっていけばいいのか。 
これらの問題より、我々は二つのことを考えねばならないだろう。
一つには、我々が著作者となったときや著作物を利用するとき、 著作権侵害を防ぐ対処法をどの程度知っているべきかということ。 
そしてもう一つが、今後の著作権保護への姿勢である。 
まず、著作権の侵害についての知識の問題だが、それはちゃんとした処理手順を踏むことに限るといえるのではないか。 
まず、誰が著作者であるかを調べ、そして著作者以外に交渉窓口はないのかを調べるという大まかな流れを踏まえておくことである。  問題が起こったときには、問題となっている著作物はなにかを意識しつつ、先に述べた流れに沿って検討していくのが妥当かと思う。 
と同時に著作物の利用が許される時でも著作者の著作者人格権に反していないか、
著作者隣接権や肖像権にあたらないかなどを考慮する必要があると思われる。 
さらに、先にも述べた「私的使用のための複製」の意義をしっかりと把握しておく必要もあるだろう。 
ここに挙げたのは基本的なことだけだが、細心の注意を払わなければいけないのは当然だと思う。 

■ 著作権問題に対する対処A 《重要》

次に何より大切な今後に向けて姿勢についてだが、ここまで述べてきたとおり一見したところ完全に整備されているようにみえる著作権問題にもまだまだたくさんの穴があることが分かる。 また、これから検討を必要とする問題は情報システムの発達と平行してさらに増えてくると思われる。 
現在そしてそんな時代に我々はどう対処していけばいいのだろうか。 
それを考えていかなければ、いくら著作権は大切な人権だ、と人の良心に訴えかけても解決にはならないであろう。
実行性の伴わない理論ではいけないのである。
今いいかげんな体制づくりが進んでしまったら後に大変な事態を引き起こしかねない。 
そこで私が考える一つが、自分の著作権をしっかりと証明するという基本的なことである。 
まず、どんな著作権であれ、自分の著作権に対する姿勢をしっかりと明示すること。 
特に、ネット上となると著作権という概念すら知らずに、何の罪悪感も感じずに、著作権侵害をしてしまう人さえいるぐらいである。(そういう人が多いのが実態) 
また、専門的な対処法としては、電子透かしなどの技術も現在では存在するようである。 
それも一種の著作権明示の手段であろう。 
また、先にも述べた著作権保護団体のほかに著作者の著作権を証明してくれるようなシステムが望まれる。 
それは、現在のような著作権使用料徴収団体ではなく、
弱い立場の著作者のオリジナリティーを守り、自衛するシステムでなくてはならない。 
というのは、前にも述べたように金が絡むと必ず問題が生ずるからである。 これは、本当に著作者にとって恐ろしいのは著作権使用料の取りこぼしよりも改鼠や盗作による著作権喪失であることにも関係する。 
そのために、既存のシステムの変革、つまり著作権保護を著作権者証明機構と著作権使用料徴収機構の二つに分離して行っていく必要性があると思われる。 
これが著作権の証明による今後の著作権対策である。 
さらに(これは著作権の根幹に関わってくることだが)、著作権という概念が何を目的としてできたものなのかということの再認識しておく必要がある。 
それはまさしく、「文化の発展」である。 
同じ知的財産権に分類される工業所有権が産業経済の発展を目的としているのに対して、
文化の発展を目指すのが著作権なのである。 
文化の発展というと曖昧な表現だが、つまりは優れた著作物を作り出そうとする行為を肯定することである。 
もし著作権という概念がなくなってしまったら、もう、「新しい創造物を生み出そうとする努力」に価値が見出せなくなってしまうだろう。 なかには、「文化の発展」なんて著作権制度の建前に過ぎないという人もいるかもしれない。 
しかし、その建前さえなくなってしまったら、本当に著作権とは人の利益だけを保護する空虚なものになってしまうのではないか。 
文化の発展を願う心といえば、誰の心にもある心のはずである。
だからこそ、今後の著作権対策としてこの大きな目的は価値あるものとなるのではないだろうか。 
すなわち、「文化の発展」がかかっていると思えば、著作物に対する考え方も著作権に対する一人一人の姿勢も変わってくるのではないか。 
もちろんただそれだけですべての問題が解決されるとは到底思えないが、そこのところがわかっていないと、著作権の関わる問題はどうせ金のトラブルだろうとみな思うようになり、著作権という権利がひどく安っぽくなってしまうし、著作権への関心がどんどん薄れていってしまうという最悪の事態を招く結果となってしまうかもしれないのである。 
著作権の保護と理解はその国の文化のバロメーターといわれる。 
日本人が文化への理解がないつまらない国民だといわれないためにも「文化の発展」を担い、支える、という著作権の側面の認識が今後さらに重要になってくると思う。 

■ 結論(まとめ)

現在、インターネットに代表される情報技術は予想もつかないスピードで進んでおり、それに伴い我々を取り巻く情報システムは目まぐるしく進化し社会に侵入してきている。 
常に変化流転する情報技術に応じて法律も改訂する必要がある。 
法の整備が進んで、法の保護を受けてこそ前段に掲げた対策が意味をなすのである。法がなければすべての人に一律に秩序を与えることはできない。 
法がしっかり整備され、これまで述べてきた著作権保護対策が実行されれば、日本は文化的にもっともっと発展していくことが可能だと思う。 
戦前は軍事大国、戦後は経済大国といわれたにもかかわらず、どちらの柱も失ってしまった日本が今求めるのは、文化大国としての国のあり方かもしれない。 
そのためにも国民一人一人の著作権に対する保護と理解がさらに深まり、一人一人がここにあげたものを例に、著作権について考えていけば必ず将来、日本が著作権の問題で困ることはなくなる日がくるのではないかと強く思う。 

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≪参考文献≫ 嶋谷又三郎 『新訂版 ソフトウェアと著作権法』 講談社、1994年
≪参考Web Site≫
著作権の広場 : 日野 孝次郎
JASRAC(社団法人日本音楽著作権協会)
Copyright! 著作権侵害の危機管理 : 議名 更紗
・「著作権法早分かり」(閉鎖) : 知的財産権判決研究会



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