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▲筆者が確認できたティスタ川渓谷支線の唯一の痕跡。ティスタ川の水面近くを走行していたため、残念なことに鉄道跡は度重なる大洪水と地滑りでほぼ完全に洗い流されてしまっている。
さて、劣勢で始まり劣勢で終わったインド・中国国境紛争。散々な結果に終わった西部戦線と比べれば、アッサム方面の結果はかなりマシだった。後に7分割されることになる大アッサム州北部※、現在のアルナチャール・プラデッシュ州のそのまた北部にあるチベット系住民地域の一部を奪われるに留めることに成功※※した。ただし、これはインド軍の戦果と言うより、インド支援に本格的に腰を上げた米国の態度に驚いた中国人民解放軍が自発的に撤退した結果と考えた方が正しいだろう。
※独立直後はウエスト・ベンガル州から東のすべてがアッサム州とされていた。便宜上『大アッサム州』、分割後を『小アッサム州』と呼ぶことにする(実は前項目でも断り無くそのように表現されていた)。現在では小アッサム、メガラヤ、トリプラ※※※、ミゾラム、マニプール※※※。ナガーランド、アルナチャール・プラデッシュに分割された。同地域は今後も分割によって新州の設立される可能性が高い。
※※21世紀になっても原状回復できず、アクサイチンと同様に中国による実効支配状態が継続中だ。また、21世紀の同州は中国側からの軍用航空機の侵犯が頻繁で、インド空軍の旧式機では対応できずに制空権はすでに奪われていると言われている。
※※※これらの州は藩王国が母体。英国植民時代以前の統治はビルマvsアホム(アッサム)という戦いが繰り返され、最後の戦いでアホムが退廃→大部分の国民がビルマに奴隷として連れ去られる→アホムと英国が共同でビルマを追い払う→無人となった低地アッサムに英国が浸透して労働者の穴埋めに支配地からの移民が始まる。その両国に敵対するのが干渉エリアに居住してたナガ族。首狩り※※※※の風趣があったのは事実。
※※※※一般的なインド人にとって大アッサム東部はすべて未開地。野蛮な風習がまかり通り、ナガーランドだけでなくシロンなど『魔術』を使う前近代的で不条理な世界が広がっていると信じられている。真実かどうかは経験者によって判断が異なる
踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂としか言いようのない辛い経験を味わったインドではあったが、これでも幸運から完全に見放されていたわけではなかった。元ダージリン・ヒマラヤン鉄道が犠牲となって完成した東ベンガル鉄道(当時の名称)の輸送網によって、東部戦線=アッサムでの兵站はそれなりのアドバンテージを持てたことは間違いない。
強権の発動には問題が無いわけではないが、やはり『アッサム鉄道結合計画』が先見性に富んだ救国法であったことが証明された。ただし、侵略国は想定していたパキスタンではなく、より強大な中華人民共和国という手違いはあったが。
もし、アッサム鉄道接続計画が後回しになっていたなら、インドはさらに劣勢に周り、21世紀にアッサム全域を支配していたのは中国共産党で、大躍進運動や大文化革命の犠牲になっていた可能性が高い。
そして、ここで国土防衛のもう1つの立役者を紹介したい。通称『ティスタ渓谷支線』、元ダージリン・ヒマラヤン鉄道が開発した今は亡き近郊連絡線だ。
▲ベイビー・シウォーク形蒸気機関車。独逸オレンステイン・コッペル社製で納入はこれ1両に限られた。納入目的だけでなく製造年も確かなことが判明していない謎の多い車両。一説に寄ればティスタ川渓谷支線の建設用に購入されたということだ。
610mmゲージの近郊連絡鉄道区間はシリグリーからそれぞれ東西に延びる2本が施設されていた。東へ延びる区間には『ダージリン・ヒマラヤン鉄道ティスタ川渓谷支線』という正式名称が与えられていた。
ナロー・ゲージという軽便鉄道規格で施設された理由は、鉄道資材の共通化であったと考えられる(現場が運用に慣れているということもあっただろう)。
支線の施設はダージリン・ヒマラヤン鉄道会社の資本力の強さと、北部の国境線の画定というカルカッタ政府の政略的な意思の強さの物証と言える。ティスタ川渓谷支線は、表向きは『インド・チベット間の通商の促進』だったが、裏の目的は『シッキム王国への圧力』と『その向こうで蠢く中国への牽制※』いう明確な目的が与えられたいたからだ。
※チベットと英国が1914年に交わしていた国境線『マクマホン・ライン』のこと。英国側の全権代表者だったヘンリー・マクマホン卿の人名にちなんでこう呼ばれている。ただし、チベットを独立国と認めない中華民国、中華人民共和国の一方的な主張に寄れば「不当占領された状態」であり「原状回復」のために鋭意努力中と主張していたらしい。
シリグリーの現状を知る人間には意外かも知れないが、この地方都市はつい最近まではインドとチベット間の通商路の入り口として歴史的に発展してきた街なのである。通商ルートはシリグリー〜シウ(ヴ)ォーク〜ティスタ〜カリンポン〜シッキム王国〜ナトゥー・ラ峠〜チベットである。
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