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インド>ダージリン>スイッチバックについて

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▲スイッチバックNO.2を登坂する蒸気機関車。

 

  ダージリンヒマラヤン鉄道建設の中心人物はフランクリン・プレスティージだ。東ベンガル鉄道会社の一員であった彼がカルカッタ政府に対してカード・ロード(現ヒル・カード・ロード)に路面電車を施設することを提案した。1879年のことであったが許可と予算は間もなく降りた。

  しかし、ラントン〜チンダリアの区間でルート設定に烈しく悩むこととなる。それは610mmというナローゲージを採用した上でも、鉄道の最低旋回半径を下回るカーブを施設するスペースしか見つけ出せなかった。

  大きな標高差は大きな予算を割いたループ橋の設置で乗り越えたが、さすがに断崖絶壁でレールをカーブして180度の方向変換をするのには無理があった。

  そこで1つのドラマが起こったとされている。建設中の路線の近くの借家で、延々と悩み続けるフランクリン・プレスティージに対して、愛妻は「行けないなら帰りましょう」と気軽な雰囲気で語りかけた。妻としては「こんな田舎での退屈な仕事はさっさとやめて街へ帰りましょう」と伝えるつもりだったらしい。しかし、それを耳にした夫の頭の中では大問題の解決方法が閃いた。

  進路を転換するために「わざわざ列車の向きまでも変える必要はない」ことに気付いたのだ。「行って戻る」→絶壁に取り付いたまま「前に進んで後ろに進む」を繰り返してジグザグに進んでいけば、最小旋回半径を満たすめに大きなスペースが不可欠なカーブを設置しなくても登坂できる。逆転の発想が行われたらしい。

  結果として、「「Z」型にレールを配置して、前進と後進を繰り返すジグザクな路線」という新しい線路の施設方法が導き出されたそうだ。以上がスイッチバックのダージリンヒマラヤン鉄道発祥説の伝説である。

  この伝説が真実かどうかはともかく、スイッチバックの採用でルート設定が完了することとなる(当時、ルート未定部分を残したまま工事には着工していた!)。チンダリアの上でも採用されていることから、ループ橋ほど予算の掛からない便利な手法であったことは間違いない。

  なお、スイッチバックは2カ所の分岐器と3つの直線レールつまり「Z」型の全てのパートを含めて1式、または1カ所として数える。だから分岐器間のレールが長ければ長いほど「大型のスイッチバック」として認識される。

 


▲一般道を横断するスイッチバックも珍しくない。


  スイッチバックシステムは以下の通り。スイッチバックNO.1を参考に解説しよう。

  (1)「Z」型のレール配置の最下部「 ___ 」に列車が前進する。

  (2)突き当たりまで進んで列車は分岐点を越える。

  (3)分岐器のポントを切り替える。

  (4)中央部の「?」に後進する。

  (5)突き当たりまで進んで列車は分岐点を越える。

  (6)分岐器のポントを切り替える。

  (7)最上部の「  ̄ ̄ ̄ 」に再び前進する。

  以上で終わりだ。スイッチバックの番号によって方向などは多少異なるが、だいたいこんな感じだ。その様を横から見ていると、ヒマラヤの絶壁でクリフ・ハンガーがトラバースする姿を思い出す。実際、鉄道もクリフ・ハンガーもこの手のテクニックは突破不能な壁に行く手を遮られた時だけに採用する非常手段であることは同じだ。

  なお、ポイントにはイタズラやテロ防止のために鍵がかけられている。だから通行する旅に鍵を外して掛けるという作業を行っている。また、スイッチバック区間では運転士は車掌の旗信号に従って前進、後進、停止を行う。

  線路が施設可能なスペースを限界まで使用するため、多くのスイッチバックが自動車道であるヒル・カート・ロードを跨いでいる(交差している)。ヒル・カート・ロードでは全線において鉄道優先というルールがあるので、スイッチバックに鉄道が差し掛かっている時はどんな場合でも停車して通過を持つことになっている。

  今は無きオリジナル番号ループ橋NO.2は後にスイッチバックへと付け替えられている。それによって通過重量制限が向上したと言われている。

  スイッチバックは日本国内でのみ通用する名称だそうで。英語圏では「ジグザグ」となるので誤解を招くそうだ。スイッチバックは英語圏では線路と平行でない行き止まりの待避線を指すらしい。なお、ダージリン関係の英語の鉄道資料では「リバース・ステーション」と表記されているものも多い。  

 


▲1つ目の分岐点通過した後に「?」を後進で登坂する。

 


▲後進しきると2つ目の分岐点がある。

 


▲分岐点のポイントを切り替える。

 


▲青の手旗信号に誘導されて「  ̄ ̄ ̄ 」に前進で登坂する。

  

  








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