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インド>シアルダー駅

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▲シアルダー駅に到着した近郊列車

 

 インド第二の都市であるコルカタ。都市を南北に分断して流れるフーグリー側の東岸に、インド東方面鉄道のターミナル駅「シアルダー」がどっしりと構えている。20両を超える大編成の長距離夜行列車から9両編成程度の近郊列車が、24時間体制で休むことなく発着する巨大な鉄道施設は活気に溢れている。

 このシステムこそがインド独立以来ずっと国内輸送ネットワークを支え続けてきた。日本の鉄道とは比べ物にならないと身震いすると同時に、インドへ帰ってきた事を実感した。10年ぶりのインド、そして10年ぶりのインド鉄道解禁である。

 時は20時45分、1.6メートル以上という世界最大級の広軌を走る超大型近郊列車がプラットホームに入線すると、それまでプラットホーム入り口にもうけられた柵の手前で足踏みしていたインド人達の群が、数少ない座席を求めて全力疾走で走って行く。

 その様子はコロコロと太った芋虫に戦闘蟻の一群が襲いかかっているようにしか見えなかった。 恐いねえ。大荷物を抱えている状態で巻き込まれたら大変だ。あれは枚位置通勤するインド人にとってもキツイそうで。

 いや、インド人の勇ましさに、正直のところ圧倒されてしまったようだ。街の様子は目を見張る速度で変われても人の心はそう急激に変わることはできない。やっぱり10年経ってもインドはインドのままだった! と確信させてくれる期待通りのインド人の破天ぶりがちょっと嬉しかった。

 先にも書いたがボクのインド訪問は10年ぶり。若かった頃に、デリー〜アグラ〜旧ボンベイ〜バンガローレ〜旧マドラス〜旧カルカッタ〜ヴァラナシー〜デリーなどの大都市だけだが、1.5カ月周遊の一人旅を楽しんだことがある。

 そんな若きに日、旧カルカッタのサルベーション・アーミー(現在は立ち退いた。空き地はビル建設を待っている状態)という安宿でダージリン帰りの旅人から蒸気機関車がまだ現役だったことを語られたのだ。

 当時はまだ鉄には目覚めていた成った。しかし。それでも印象は強烈だった。それ以来、インド=蒸気機関車という図式が頭に焼き混まれた。今思い返せば、発展途上国の蒸気機関車に対する興味のすべての出発点がここにあった気がする。。

 駅の天井からはハイカラな電光掲示板がぶら下がり、列車の出発・到着の状況を正確に伝え、場内アナウンスは著しく音質が向上したおかげで内容が聞き取れる。

 さらにキヨスクで販売されるスナックや飲料の商品はなんと品質が保証される(=信頼性の高い)外国ブランドのものが中心だ。そんな馬鹿な!

 10年前は見たこともない原色系の鮮やかさだけが目立つお菓子や、コダック製の歯磨き粉(?)、靴墨のような容器に入ったシャンプーなど品は豊富だが異様な商品ばかりが並んでいたのに!

 


▲地べたに座ったお隣さん

 

 思い出の中のインドでの常識では考えられない。インドではいくらお金を積んでも使い慣れた生活消耗品は入手不可能だった。それを当たり前のように受け入れ、逆にネタして楽しんでいた。

 どんな場合でも品質のかなり劣る、だけでなくちょっと効果が低く、とどめに副作用を疑いたくなるインド国内製品を克復する技量が必要とされていたのだ(ある意味男の世界!)。

 街を歩けば「ジャパニ! カメラ売れ! ウオークマン売れ!」という時代はすでに過去のモノなのだ。しかし、不勉強なボクはそんなことは知らなかったし、伝えられていたとしても信じなかったろう。

 今やインド人もデジカメを一般的に使用し、キヤノンもニコンも日本の秋葉原に近い価格でデジカメ本体から消耗品を購入できるようになった。楽になったと喜ぶ前に唖然とした。

 今回の旅も現地調達は不可能と信じ切っていたので、鉄道撮影用の写真用品なども十分すぎるバックアップを揃えて望んでいた。どうやらここまで周到な準備は不用だったようだ。

 ボクが受けたもっとも大きなショックは、何と行ってもコルカタの街中の至る所に24時間使用可能なATMが見つけた時だ。もうこれで秘密の貴重品入れの腰巻きベルトには札束の代わりにキャッシュカードを1枚だけ入れておけばいいんだね。

 2番目に大きなショックはインド女性の近代化だ。で出会った欧米人からは旧カルカッタではTシャツとジーパンの女性も一般化し、ムンバイでは若い女性のサリー姿は拝めないと聞かされたことだ。

 悠久の国であったインドは過去のものになったのだろうか? なんかインド人女性の洋装ってコスプレっぽくないか、というと申し訳ない本音を、ボクは心のいちばん奥にそっと押し込めることにした。

  巨大なシアルダー駅舎の柱の1つの根本にボクは背負っていた巨大なリュックサックを降ろした。やや不潔なコンクリートの床の上に英字新聞を敷いて座り込んだ。すると少しずつボクの回りに同じようにインド人の乗客達も座り始める。

 小さな姉妹や老婆を連れた大家族、黒い革製の鞄を持つビジネスマンと思えるヒゲがよく似合うオヤジ。そしてその回りを忙しく歩き去る休日の渋谷駅前のスクランブル交差点以上に濃密な人混みは「これがインドだ!」というボクのインド定義にはピッタリだ。

 インド人の海にたった一人で夜を過ごし、宿を早めにチェックアウトしたために乗車する寝台列車「ダージリン・メイル」を5時間近くも待ち続ける日本人はちょっとした孤独を感じていた。

 一般的に欧米人も日本人もフーグリー川西岸もハウラー駅から列車に乗車する。中には反対方向にあるシアルダー駅の存在を知らない人も多い。だから、この外国人にとっては辺鄙な駅で旅人同士の出会いはあまり期待できなかった。

 ならば、日本ではなかなかできない遊びをするしかない。それはインド人との民間レベルの国際交流、早い話はナンパである。そんな時にちょうど隣に陣取った家族の子供達を目が合った。

 そこで列車乗車中に使用する小さなデジカメを胸ポケットから取り出して、怖がらせないようにゆっくりとレンズを向けてみた。すると子供達は嬉しそうに微笑んだり、大人の後ろに隠れて目だけこちらに向けたり、とにかくボクの注意を引き続ける努力を始めた。

 続けて暇を持て余した回りの大人達ものってくる。これには一歩身を退きたくなる。可愛い子供達だけならいくらでも「ユルアーウエルカム」だが、大人はちょっと・・・。しかしと考え直す。

 ボクは自ら好んで・・・インド人という希代のエンターテイナーがちまたに溢れかえるカレー大国を旅行中なのだ。だから、退屈なんかするヒマはない。物思いに耽る余裕もない。圧されたら全力で押し返せ!

 


▲シアルダー駅の電光掲示板

 

 20番線以上のものすごい数のプラットホームを誇るシアルダー駅は2つのエリアに分けることができる。それはプラットホームが駅のドーム内に収められたエリアとそうでない開放型のエリア。ボクが乗車する22時05分発の列車番号2343「ダージリン・メイル」は開放型のエリアの一番端に入線する。

 駅のドームから外に出てプラットホームに行っているとアッサム行きの列車番号5658番「カンチェンジュンガ・エクスプレス」やヒンズー教の巡礼列車となる列車番号2134番の「ヴァラナシー・エクスプレス」の姿が見えた。

 どちらの列車にも乗ってみたくなるが身体は一つしかないし、ボクは世界第3位の高峰カンチェンジュンガのお姿を拝みにダージリン・メイルに乗車するのだから諦めるしかない。



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