●〜*

タイ>ブルートレイン03

*〜●

 


▲ブルートレインで編成されるチェンマイ行き夜光列車。

 

「国鉄24系客車」は、旧日本国有鉄道が1973年〜1980年の間に製造し、JR各社が現在も運用し続けている寝台車両群の一系統に与えられた呼称である。旧国鉄が手がけた特急列車用客車としては最終形に当たり、蒸気機関車人気に続いた「ブルートレイン・ブーム」の黄金期を支えた立役者でもあった。

車体構成の基本は国鉄14系客車をベースとしているが、客室の下に分散配置された発電用ディーゼルエンジンを廃し、大型発電用ディーゼルエンジンを搭載する電源車(カニ24形など)から電気が外部供給される集中電源方式が採用されている。

これは食堂車オシ17 2018が原因とされる北陸トンネル車両火災事故(13870m)に起因する、旧日本国有鉄道が採用した防火対策の一環だ。国鉄24系客車もさらに難燃性を追求するために、内装材をアルミ化するなどの追加処置が採られた。

※アルミも良く燃える金属ではあるが、木製やFPR製などと比べればマシである。重量の大幅な増加を嫌ってアルミとしたと推測できる。なお、日本の海上自衛隊護衛艦ではアルミ材は(過去の教訓から)使用されていない。塗料ですらも難燃仕様となっている。

国鉄24系客車は、1系統とは思えないほどに数多くのバリエーションを誇る客車群へと成長を果たした。それは改造・改修が行われただけでなく、食堂車スシ24形500番台(485/489系の改造車)などの編入組が存在する点でも説明が付く。これは国鉄24系の仕様が日本国有鉄道にとって、事実上の看板列車の「標準仕様」として扱われていたからだろう。

豪華列車スジに連結する必要性のある車両であるなら、どのような状況下でも無理なく共通運用できるように同じ「系」に付け加えら流用に改造してしまった方が便利というわけだ。

旧国鉄、JRグループの時代を通して「標準仕様」の地位を保ったことで、共通運用させるために他の車両の仕様を揃えたのである。実際、仕様を揃えさえすれば食堂車、電源車、荷物車、寝台客車などどんな種類の車両であっても、国鉄24系客車が行ける所であれば何処まででも送り込むことができるようになる。このことから、「標準仕様」への効果は改造費を十分にペイできるものであったに違いない。

国鉄14系客車も一部が国鉄24系客車へと改造された。不思議なことに国鉄24系客車も一部が国鉄14系客車に改造されている。このあたりが現実世界の難しいところである。

 


▲元ブルートレインの一等車。

 

 


▲元ブルートレインの二等車。

 

 

タイでの話に入るが、タイ国鉄路線に置けるトンネルとして代表的なものは、北部山脈のクンターン・トンネル(チェンラーイ県)とタイ中部先端のフワヒン・トンネル(プラチュアップ・キーリーカーン県・最高標高578m・1345m)の2つだ。北陸トンネルと比べればかなり短い、とまず最初に記述しておく。

集中電源方式を採用した国鉄24系客車は、電源車の運用実績および運用意思を持たないタイ国鉄にとっては問題となったが、旧日本国有鉄道としてはかなり画期的な改革だった。

タイ国鉄では、国鉄24系客車にも発電用ディーゼルエンジを独自に取り付けることでクーラーなどに必要な電源を確保している。このあたりは微妙な案配なので再調査中だったりする。近い中により効果的な再分類なども可能となるかも知れない。

軌間は当然ながら1000mmへと改軌されている。世界標準とも言える低床プラットホームに対応するために、新たにステップを追加している。一方、エアコン使用前提の運用であるため貫通幌が廃止されていない。

タイ国鉄にこれらのブルートレインが、JR西日本より4回目の無償供与によって届けられたのは2008年だ。24系と14系、合わせて32両となる大規模供与が行われた(その前に14系のみが3回目の無償供与で届けられ、チェンマイ花博の専用列車としてデビューしている)。

そして、2010年になってタイ国鉄は全車両に対してかつてない規模でもリニューアル作業を開始した。これは同年に開通したエアポート・レール・リンク(ARL)関係の補助金などから寝技で獲得した予算に支えられているようだ。

目的はただ一つ、保有車両の運用寿命の延長である。いくら待っても新規車両の購入予算が下りないために行われた苦肉の策だ。燃料高や物価高といったインフレが原因で運営費用の高騰対策として、以前から運輸省に対して運賃の値上げを申請を続けている。

初乗り運賃が都バスでさえ7バーツの時代に、タイ国鉄三等座席では1バーツだ。ラクシー駅からバーンッ・スー分岐点までの運賃が2バーツ。クロンタン駅からチャチュンサーヲ分岐点までの運賃が11バーツだ。明らかに物価を下回るようでは赤字体質の改善は不可能だ。

特にタイ国鉄はタクシン派政権の前々首相が行った貧困層懐柔政策「公共交通無料化指導」が厳しい。運賃の値上げが認められないばかりか、時の政権は「公共交通無料化指導」を徹底した。政府からの予算的な補填もあるが、そんなものはスズメの涙に過ぎない。

都バスの方も同様に「公共交通無料化指導」を押しつけられた。しかし、彼らは車両の更新と新サービスへの移行によって、2011年現在では指導を事実上ではほぼ無効としている(2011年6月現在、極希に走っている)。都バスが脱「公共交通無料化指導」に成功したのは、運行路線が短くバンコク圏内に限られるからだ。また、ある程度の所得が期待できる乗客層に恵まれたことも幸いした。

一方、タイ国鉄は首都バンコクから国境までに至る遠大な路線を有している。国境付近の田舎では貧困層が多いことから、鉄道を利用しない人が多くても脱「公共交通無料化指導」の動きがあれば政治闘争のネタとして取り扱われつことは必死だ。

ブルートレインのリニューアル車は、首都「バンコク」〜北の薔薇「チェンマイ」を結ぶ豪華寝台列車(列車番号1・2)に優先的に回されている。かつては最新型だった韓国大宇製寝台客車が使用されていたが、最近では少量が連結されるだけに抑えられている。

普通ならばマレーシア・ペナン行行きの国際列車(列車番号35・36)もまた、首都バンコク発の越境スジであることから花形車両として運用されてしかるべきと思わないでもない。しかし、タイにおける南部最深部など微妙な地域情勢が、すべてのインフラ整備に悪い影を落としていることは間違いない。これは微妙な地域を完全に避けられる、タイ南部入り口西部にあたるトラン行きスジには投入されていることからも読み取れる。

※マレーシア首都クアラ・ルンプール発タイ南部ハッヂャイ着の越境スジもあるので、列車番号35・36は唯一の越境スジではない。

リニューアル車の特徴は「紫色系のツートンカラー」である。また、この系では一部がコンセプト車両的なサルーンカーへ改造されるなど、いつの間にかバリエーションを増やしている。その意味で日本に置ける国鉄24系客車と同様に、新天地タイにおいても変わらず野心的な歴史を歩み続けているとも言えなくもない。

 


▲元ブルートレインの貫通幌。

 

 


▲元ブルートレインの一等車。BNO.P.101

 

 


▲元ブルートレインの二等車。BNT.P.109

 

 


▲元ブルートレインの車内。

 

 


▲元ブルートレインの車内。

 

 


▲元ブルートレインの車内。

 

 


▲オリジナルカラーのブルートレイン。

 

 


▲オリジナルカラーのブルートレイン。

 

 







Copyright (c) by Hiro Takaku. All rights reserved.