ちょっと昔の55手書き日記《厳選》

2001年4月12日(木)110手術
110が手術だというので某玉造厚生年金病院に見舞いに行く。 なんか変な遊離軟骨を取り出していて、その写真も見せてもらったが、 どうみても地球外物質のマイクロチップにしか見えなかった。 UFOにさらわれて埋め込まれたらしい。 何も110を選ばなくても。どんな人選だ。 あと、110と騒いでいたら看護婦のババァがやってきて ネチネチと小言を言うので「うるせえどっか行け」的なことを ブツブツ言ってたら110が「自分の立場が悪くなるから 勘弁してくれ」などとなどとのたまった。 ケツの穴の小さい男だ。と悪態をついていたが 後で聞いたら婦長さんだったらしい。 こりゃちょっと悪いことをしたな。

《現在のオレによる注釈》
新企画第一弾ですが、2001年といえば 波乱に満ちた55の人生でも知る人ぞ知る、 暗黒時代と言われる時期のまさに真っ只中です。 ここで連日110の見舞いに行って恩を売ったおかげで あとで色々110にムリを言えるようになったかも。
2001年7月6日(金)87が突然
今日、87が突然オレに「もう死にたい」と言った。 本気なのか冗談なのかわからなかったが、 冗談でそういうことを言うのは勘弁して欲しい。 本気で言われてもかなり困るが。

《現在のオレによる注釈》
なんだったんだろうなー。
結論から行けば冗談だったんだろうけど
この話後日談がないんでようわからん。
日記にそんだけ書いてあったんでとりあえず笑った。
笑い話になってよかったが。

2001年11月2日(金)43杯
今日は43の誕生日なんでみんな集まって 43杯麻雀大会。ただし本人不在(えええ〜??)。 もちろん大勝利に終わる。

《現オレ←書くのメンドイから略す》
本人は同時刻に某「シャイ」に行ってた模様です。
一時期はやったなあ…シャイ。87やOOも よく行ってたっけ。

2001年11月14日(水)篭球部立ち上げ
東出雲の体育館を106の名前を騙って 安い金額で借り、バスケ部を立ち上げる。 メンツは110、43、Jと少ないがいつかは。 帰ってから43とNBAを見ながらきもちよーくうたた寝した。

《現オレ》
バスケがしたいと以前から騒いでいて、 じゃあどっかで体育館借りてやろうという話になり、 東出雲の体育館が空いていることが判明した。 東出雲町民なら安い料金で利用できるという。 そこで106が東出雲町民で、しかも55は 106のご両親と懇意なのをいいことに 106の名を騙り、せこく経費を節減することに成功した。

というよりも

この日は松江無友会として初めて公式に活動を開始した 記念すべき日なのである。 日記を読み返してて分かったんだが 奇しくも02のバースデイだったりもするわけだ。 当時は松江無友会より松江ノーフレンズを押していたらしい。 また、日記には無友会ではなく無友会転じて「夢友会」 と記載されている部分もあり、 オレが個人的にそっちを押したかった時期も あったようだが、その辺の歴史を紐解くと 案外面白いかもしれない。

2001年12月23日(祝)伊勢宮アフロジャック
何のことはない。侍魂のパクリ企画であるが、想像以上に盛り上がった。 この日の為に、02は出張先でアフロヅラを大量購入。 カナリ恥ずかしい思いをしたらしい。 彼の漢魂には敬意を表したい。 オレも広島出張を抜け出して不足分1個買ってきたけど、 1個買うだけでも相当恥ずかしかったからなあ…。

んでOO家に集合し、車に乗り合っていざ出陣。 始めは全員気恥ずかしさから、車を降りるのを かなりためらっていたのだが サングラスを着用すると意外と気持ちが大きくなり、 最終的には皆、オレが先頭に立つ、というカンジになっていた。 アフロ+サングラスのコラボレーション最強。

一次会場・某白木屋に到着し店員が迎えるなり 我々の姿を見て噴出したのを55は見逃さなかった。 残念ながら奥の個室を用意されていて 思ったより目立つことができなかった。 あと、日曜だったこともあって 伊勢宮に人が少なくて若干つまらなかったが、 それを差し引いてもカナリ楽しい企画だった。
《現オレ》
余談。 110が白木屋で個別に注文をとってるときに 店員さんに 「ジンモニック一つ」と、小ネタをかましたのに普通に 「ジントニックですね」って何の突込みも微笑みもなく 返されたんでちょっと凹んでたのが印象に残っている。 その後もめげずに「ジンノニック」とかいってたが 丸っきりスルーされて悲しそうだった。 そんな110を見てみんな笑ってた。

2001年12月31日(月)〜2002年1月3日(木)
人体の神秘

12/31
今日から年越しスキーだ。今回は43と02も一緒で非常に楽しみである。 夕方に現地に着いたがスゴイ雪だ。
1/1
あけおめことよろ。スキーサイコー。
毎日02と43と酒飲んでます。
酔っ払ってツララでチャンバラしたり。
飯が美味くて毎食7杯くらい食ってて
お櫃が近くにないと落ち着かん。
オレもけっこうな常連になってきたんで
カナリの大食いとして顔が知られて来てるのもあり
飯の時間になるとなんか視線を感じてしまう。
期待に応えなければならないという強迫観念に駆られて、
というのも手伝って、バクバク食ってしまうのである。
まあ太らない体質だから別にいいけど。

1/2
今日もまた暴食。昼はラーメンとカツどんとあべかわ餅。
完全に食いすぎである。
今日で野沢撤退。楽しい年越しだった。

1/3
げっ@@7キロも太ってる。
たった3日で?すげえなこりゃ。
人体の神秘だ。

《現オレ》
これを皮切りにぶくぶく太り
MAX18キロ増まで肥大していく55。
今はだいぶ落ち着いたが
それでも太り始める前に比べたら10キロ増。
しかも筋肉ではなく純粋な脂肪が10キロ増。
メガトンズとか言われてもしょうがないのである。
2002年4月12日(金)55と87
今日はここ数年オレを悩ましていた某諸事情が
すべて一気に解決したんで、非常に気分がよく
バスケの後で一杯やろうとまで思っていたんだが
バスケ前に43がウチにやってきてこう言った。
「87結婚するで」
はあ?
まさに寝耳に水である。いや、しかしめでたい。

《現オレ》
ぶっちゃけちゃうとオレっち離婚後に揉めて
調停が3ヶ月続いてたんだわ。
んで何月何日までおぼえてなかったけど
それが完全決着した日と87が結婚するって知った日が
同じだったってことはようおぼえとるのだ。
というわけで友人の結婚とあわせて
Wハッピーな日となったのである。

2002年4月14日(日)ナイフ殿
コンパDE看護婦さんの日である。
当然彼女には内緒で出かけるわけだが。
110の知り合いのツテだったんだが
初対面で他人様をバシバシ殴るキチガイ女が来た。
ナイフのように尖った女だった。
顔は覚えてない。

《現オレ》
一時期、局地的に一世を風靡したナイフ殿の登場。
110、43がいたのは憶えてるんだが
他に誰がいたかよくおぼえてない。
とにかくその女の印象のみが強かった。
ちなみにそのコンパで他の女一人だけ メアドゲットしたんだがそいつもかなりキチガイだった。
ヤツらのせいで看護婦さん嫌いになってしまい
以後看護婦さんとの付き合いは
病院で眺めるのと大人のビデオで鑑賞するのみ。

2002年4月20日(土)エロエロツアー湯原温泉
深夜の1時から湯原温泉に行くことになった。
岡山の山奥にある温泉なんだけど
露天風呂で、混浴で、深夜は若者が多く、
かなり見えるらしい、ということで全員一致団結。
OO邸から車2台、7人で出かけた。

雨も降ってて湯がぬるくとっても寒いうえ
若い女はいるけどちっとも見えない。肝心な部分が。
誰が言い出したかわからないけど完全に騙された。

失意の我々はラーメン食って帰って寝た。
疲れた。

《現オレ》
無友会のお家芸、「夜中に何やってんだシリーズ」である。
深夜になって変にテンションが昂ぶってるところに
誰かがポロッと口にしたことを若さに任せて実行してしまう。
しかも大人数で。さすがというべきだろう。
最近こういうアホなことをする機会が減って
さみしい限りであるが
オレがまず地元にいないのであまり大きい声では言えない。
2002年4月27日(土)天の橋立
OO邸で麻雀が終えた深夜2時。43と天の橋立にいくことに。 ゴールデンウイークに何も予定がなく、青春の1ページに 何か残したい、という悲痛な彼の叫びに動かされたんだが 正直途中でかなり後悔していた。 死んだよ、マジで。疲れたんで寝る。
《現オレ》
あったあった。けっこう伝説。
9号線を朝日を求めてひたすら東へ行ったなあ…。
んでー明け方6時くらいに着いたはいいけど
山の上に行くトロッコ電車の始発まで3時間くらいあって
勢いで歩いて登ることにしたんだよなあ…。
まずあんな時間からあんな遠くまで夜通しでいくこと自体
かなり自殺行為なのに
徹夜明けで山登りは完全に誤算だよなあ…今思えば。
階段登っても登っても頂上がみえねえ。
遠くから見たら近そうに見えたんだけどねえ…。
何回も挫折しそうになったけどなんとか頂上に着いて
まあ景色はさすが日本三景のひとつだけあって
キレイだったし、股ぐらから覗くお約束の写真も撮ったんだけど なんか知らんが蜂がブンブン飛んでるのがやたらこわくてさー 10分くらいでそっから撤退したんだよな。
んで頂上の駅に行ったんだけど、まだ7時半くらいで
始発までけっこう時間があって
待合のベンチで横になったんだけど
置いてあったゲーム機がうるせーんだわ。
だいたい本来無人なはずのあの時間の駅の待合のゲーム機が なぜあんなけたたましい音を立てて鳴ってたのか 今もって不思議千万である。
そんなこともありながら始発にのって降りたわけだが
当然下りの始発は我々ふたりのみ。
早朝から歩いて登るアホはそうそういねーからな。
すれちがうのぼりの始発には観光客がギッシリ。
あー不思議な目でみられてんだろうなーと思いつつ
麓におりて、すでに相当眠かったんだが
ここで休憩するときっといつまでも起きない
おきてる根性があるうちに帰るべきだ と、意味不明な小宇宙(コスモ)全開で帰途についた。
今思えば絶対ここで休憩するべきだったんだが。
眠さと戦いながらも、鳥取まで帰ってきたところで大渋滞に遭遇。 おいおい渋滞かよ。勘弁してくれよこっちは眠いんだよ。 なあ43。…43?
寝てやがる!!
ルール無用の金的攻撃でおこしてやりたい衝動に駆られたが
ほっぺたをつねっておこしてやりたい衝動に駆られたが
あんまし気持ちよさそうに寝ているので
そっとしといてやった。(やさしさライセンス)
人間疲れが限界超えると逆に目が冴えるもので
まあそれってけっこうヤバイ状態らしいけど
何とか家にたどり着き、爆睡したわけ。
もう笑い話だけど、家に着いた時点では
もう二度とこんなことしねー と心に誓ったものです。

今回の《現オレ》は長げーな。

2002年6月8日(土)87の結婚披露宴
披露宴は大山であるらしいので一回87邸に集合し、バスで向かうらしい ということで87邸では昼間っから披露宴前だというにも関わらず 0次会的酒宴が催され、数人泥酔状態でバスに乗り込んだ。 87の伯父さんはバクザンのような風貌でめちゃくちゃおもしろかった。 披露宴自体は酔っててあんまし憶えてない。 余興は多分グダグダだった。
《現オレ》
歴史に残る偉人・バクザン初登場。
オレは未だに彼を越える人を見ていない。
数々の名言を、たった一日の出会いのなかで
我々に示してくれたあの姿は忘れられない。
バクザンの名言:
「結婚なんか地獄の一丁目だ!」(披露宴当日にこの暴言、惚れた)
「ババァ共、エサ買って来い!」(ここまで男尊女卑発言も今時珍しい。かっこいい。)

2002年8月11日(日)モノポリー
することがなかったのでモノポリー島根版を完成させた。

《現オレ》
以前購入しておいたモノポリーにラベル用紙を貼って 島根版に作り変えた。
これが大うけで非常に盛り上がった。
また新しいカードを作ってやってみたい。

2002年8月14日(水)無友会(の一部)、隠岐へ
早朝から02、43、(3)他一名と隠岐へ渡る。
隠岐は素晴らしいところだ。サザエ取り放題。
入れ食いとはまさにこのことでしょう。
荒波と格闘して初めてアワビもゲットできたんだが
疲れがでて飯の前にちょっと眠ってしまった。
その間にまさかオレのアワビが食われているとは。
ぬう。
その後盆踊りなぞして非常に楽しんだ。

《現オレ》
オレが日本海の荒波の中、決死の覚悟(と、いうほどでもないが)で 獲った貴重なアワビ様を(3)や43がオレに断りもナシに キレイさっぱり食いやがった。ちょっぴり悲しかったけど 彼らはオレに弱肉強食社会の厳しさを教えてくれたのである。 今では笑い話になっている。ええ、もう怒ってないよ。 決してネに持ってないからね。ないってば。
2002年9月15日(日)106結婚式で名古屋へ。
初めての名古屋上陸が106の結婚式になるとは。
すげえ結婚式だった。宮殿みたいだった。
余興と二次会の司会頼まれてたんだがなんとかなった。
あんな広いところで付け焼刃の手品なんぞせんでよかった〜。
あぶねえあぶねえ。

《現オレ》
106ちゃんの結婚式〜披露宴〜二次会に参加するために
遠路はるばる名古屋まで行って来たときの話。
オレ一人に余興を任せるという暴挙に応えてサブイ芸でも見せようと思っていたが、 一応抑えのためにもう一つ手紙を書いておこうと思い、 新幹線の中で必死こいて文章を推敲した。
着いてみると宮殿みたいな結婚式場で、あんなところで手品なんぞしようもんなら 白けるどことじゃすまねえ、と思い、急遽作戦変更。
どういうところで式をするのか、事前に言っておいてもらいたいものである。
手紙が意外と好評で新婦の友人からも直接ほめてもらったりして 気分がよかった。まあお世辞だろうけど。

それよりなにより、式場に着く前に、新幹線で金と合流したんだが
名古屋に着いたところで
「車の中に祝儀置いてきたTT金貸して〜」
とか言い出しやがった。
二次会終了後に名古屋の夜をエンジョイするつもりだったのに 軍資金がなければ何もできない。
結局団長の想いで泣く泣く貸してやることにしたが。
しょうがなく二次会で新婦友人でもだまくらかして
楽しい夜にしようとか目論んでいたが106ちゃんの手前、 あきらめて、二次会で意気投合した新婦友人♂とキャバクラに行って楽しんだ。


2002年10月26日(土)OO・34結婚式
新郎新婦とも古い友人ということもあり、いい結婚式だった。
主役が帰ってからも盛り上がり、結局帰ったの朝。
しかし…結婚ブームだなあ…
《現オレ》
この年、オレの周りでは6件結婚式があって、 そのうち5件目の結婚式だった。まさに寿貧乏と化していたわけだが。 まあめでたいこと続きでいいことなんだけどね。今回は 新郎新婦とも古い仲ということもあり、この二次会はかなり力が入っていた。 ミーティングを何回も重ね、ビデオレターを撮ったり、司会に新婦弟を籠絡して起用したり。 一般人が何と言おうとオレ的には満足のいくものができた。 まあ本人たちがどう思ってるかわかんないけど。



Produced by 松江無友会55
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