赤き証に
時刻は昼間の騒がしさもなりを潜めた夕方時。
木の葉のみならず他里までその能力を知られているうちは一族の現宗主であるイタチは、庭に面した自室で束の間の休息に落ち着いていた。
開け放した障子の柱に凭れて、何をするでもなく庭に咲き乱れる雑草を見ていた、そんな時だった。
「……ん?」
どこからか自分を呼ぶ声がしたのだ。
イタチは耳を澄ませ、確認しようとしたが、その必要はなくなった。
ぱっと目の前に金色の影が現れたからだ。
正確にはうちは家の石垣をしなやかな身のこなしで跳び越えてきたのだが、月を背に登場した様はひどく艶やかだった。
それがまた自分の愛しい者の登場ともなれば格別だ。
イタチはうっとりと突然の来訪者を見つめた。
………当の来訪者は顔を真っ赤にしてぜえぜえと肩で息をしている。
「…いた、ち……、さんっ……!」
「どうしたんだナルト。真面目なお前が玄関から入ってこないなんて珍しいな。…ああ、もしかして夜這いか? にしては時間が早いが…」
「ふざけないでってばよ!!」
任務に行っていると聞いていたので今日は会えないだろうと思っていたので心底嬉しい来訪だ。
本当に嬉しそうに微笑むイタチを、ナルトは背筋を伸ばすときっ、と睨んだ。
「これ! いつの間につけたんだってばよ!!」
「? これ?」
怒鳴るナルトはいっそ潔いほどのスピードで黄色のジャケットを脱ぐと、自分の首筋を指差した。
そこには赤い跡があった。
庭にいるナルトと多少距離はあったが白い首に浮かぶ朱をみとめたイタチはきょとんとした顔をした。
「……それが、どうかしたのか?」
「どうかしたのかって……、っ、どこもこうもないってばよっ!!」
涙まで浮かべたナルトは昼間の出来事を思い出していた。
今日も今日とて草むしりをしていたところ、ふと側にいたサクラがこちらをじいっと見ているのに気がついた。
「何? サクラちゃん」
「あんた、ちょっと……」
サクラは掴んでいた草をほっぽり出すと、首を傾げているナルトのその首を探るようにみて、そして口角を上げた。
「あんたも隅に置けないわね」
「は?」
ものすごく変な声を出した自分に、サクラはポーチから手鏡を取り出して渡してきた。
「首、……そ、鎖骨の上ぐらい、見てみなさいよ」
「何かついてるってば?」
怪訝に思いながら言われた通りにしてみれば、鏡に映る赤い跡。
「虫に刺されたってば?」
「違うでしょっ!!」
全く無知ねえ、と呆れながらも、自分よりもいろんな意味で深い知識をもつ彼女は口に手をあてて教えてくれた。
「キスマークよ、キ…ス…マーク!」
「…え…っ……て、ええっ!!?? キスマーク!!??」
停止しかけた頭は言葉の意味を処理できず体外に出すことでそれを対処した。
…その事の重大さに気づいたのは本当に一瞬後だったが、慌てて口を押さえた時には遅かった。
「「……キスマークだと?」」
タイプは似てるらしいが何かと衝突しているクールビューティと天才コピー忍者の声が見事にハモった。
ゆらりとしゃがみこんでいた体勢から立ち上がったのを気配で感じて一気に顔から血の気が退くのを感じた。
「もうほんとに大変だったんだってばよ!? カカシ先生は『俺もつける!!』とかわけわかんないこと言って襲いかかってくるし、サスケはサスケで逆ギレし
てるし、サクラちゃんは見てるだけで助けてくれないし!!」
「で、襲われたのか?」
「逃げきったってばよ! …って問題はそこじゃないってばよ!!」
自分とは違うところで一喜一憂している目の前の男にナルトはツッコミをいれると、脱いだジャケットを怒りのままに投げ付けた。
癪なことに男は慌てることもなくそれをキャッチして、ご丁寧にも綺麗に畳んでくれる。
「では何が問題なんだ?」
「何でキスマークなんてつけたんだってばよ?」
「ナルトは俺のものだと主張したかっただけだよ」
迷う事なくそう言った相手に、ナルトは怒りを通り越して脱力した。
とぼとぼと歩みを進めると、ちょこん、と縁側に腰を下ろす。
「…何で主張したかったんだってば?」
「特に、意味はないな。昨日の夜お前が任務書書きながら寝ているのを見てたらつい…」
「ついって何だってば!? ついって……。それで私がどんな目にあったか……っ」
「いや、まあ、すまなかった……」
一応の謝罪をイタチはくれたが、その淡泊さにナルトは膝を抱えてしくしくと泣き出した。
無論罪悪感をさほど感じていないイタチにとって、そんなナルトは可愛いくて仕方がない。
つつっと手をのばして抱き寄せようとしたが、肩に手がふれるかふれないかのところでナルトが急に顔を上げた。
その顔は輝いている。
「良いこと思いついたってば!!」
「? 何を思い……っ、ナルト?」
一変したナルトに眉を顰めたイタチだったが、その彼女の行動に動きを止めた。
ふいにこちらを向き、腕をのばしてきたと思ったら、彼女は自分を抱きしめ、首元に顔を埋めたのだ。
そして、唇を寄せてきた。
普段はしない大胆な行動に、イタチは硬直した。
もう見える世界はスローモションで、感覚は麻痺している。
彼女のやわらかい唇がふれ、ゆるく吸われる甘い痺れも、離れていくぬくもりも、満足そうに笑むその顔も、そのすべてが幻のようだ。
それほど衝撃的だった。
自分がつけられたのと同じ所に跡をつけたナルトは、してやったりと勝ち誇った表情を浮かべていた。
だって目の前の男は首筋を手でおさえて、俯いたまま動かないのだ。
それに、うっすらと肌が赤い。
(照れてる! イタチさんが照れてるってばよ!!)
そう思うと無性にこの男が可愛くて仕方がなくなって、ナルトはますます笑みを浮かべた。
…が、ナルトが達成感に浸っているのもほんの束の間だった。
「……ああ、」
ふっと、蠱惑的な声が漏らされた。
そうしてゆっくりと顔を上げたイタチは、これ以上ないほど艶やかな笑みを浮かべていた。
造作が整っているだけに、その笑みは見惚れるほどに美しい。
「ナルト、」
「え、うわっ!」
名前を呼ばれたと思ったら強く抱き寄せられ、ナルトの勝利感は吹き飛んだ。
咄嗟に離れようとするが相手がそれを許してくれるはずもなく、腕の中に閉じこめられる。
抗議しようと上を向くが、そこにある笑みに口を閉じるしかなかった。
眉をひそめて自分を見上げてくるナルトに、イタチは目を細めた。
「……お前がこんな事をしてくれるとは思っていなかった。嬉しいよ」
「な、なんで嬉しいんだってばよ!? 私はイタチさんが困ると思ってやったんだってばよ!?」
そうだ。
自分と同じようにキスマークをつけられれば、イタチも同じ目に合うと踏んで行動したのだが…。
本当に、本当に嬉しそうに彼は笑っている。
(…何か、間違えたってば?)
ナルトは思ったが、遅かった。
「全くお前は可愛いな……。俺がお前にキスマークをつけられて困るわけないだろう?」
「……困らないんだってば?」
どうか違ってくれと思いながら見上げるが、彼の笑みは崩れない。
「どうして困るんだ? お前に所有を示されたのに、困るわけないだろう?」
「しょ、所有っ!?」
「言っただろう? お前は俺の者だと主張したくてつけたんだと」
「って、つまり……」
(私は、みんなにイタチさんは私の者だって主張したって事だってば?)
素直にそう変換したナルトは一瞬で顔を真っ赤に染めた。
「ちがっ!! 私はそんなつもりでつけたんじゃっ!!」
「照れることないだろう?」
「やっ、ちょっと耳元で言わないでってば! ってまたつけようとしてるし!!」
唇を寄せてくるイタチから何とか逃れようと藻掻きながら、ナルトは思った。
イタチの事は尊敬してるし、ものすごく助けてもらってる。感謝してもしきれないほど大切にしてもらっている。
けど、
ちょっと過剰すぎるんじゃ…?
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