碧き殻の























 どこまでもたなびく雲を見上げると、自然とその後ろの透けるような真っ青な空が目に入る。


あの時見た空とは少し色の違う空。
それでもあの瞳の微笑みは色褪せない。
今でも脳裏にはっきりと浮かぶ。








「……えっ…!!??」

大きく見開かれる、記憶と寸分変わらぬ瞳。
うっすらと薄紅に染まった唇がわなわなと閉じたり開いたりしている。


「何を驚く。会いたいと言ったのはお前だったはずだ」
「いや、そうだけどいきなりでびっくりしたってばよ」


そう言ってだが微笑んで、すっと戸に預けていた身体をどけた。
家の中を差してにかりと笑う。


「ほんっとに久しぶりだな」



お前になら、裏切られてもいいと思った。
だから、今自分はここにいる。



「我愛羅」


全てが癒されるようなそんなに声に、先ほど言われた言葉が頭に浮かんだ。















 『あ』…『ん』と大きく描かれた門のすぐ前で立ち止まったのに前を歩いていた風影が気づいて
足を止めた。


「我愛羅、どうかしたか?」
「………いや、何でもない」


我愛羅は首を横に振ると、かつてくぐった門を父よりも先にくぐっていった。
それに眉間に皺を寄せながら風影も門をくぐった。
護衛にとつれてきた部下たちもそれに従う。
すぐに門の脇から上忍と思われる忍が数人駆けてきた。


「火影様がお待ちです。こちらへ」


それに頷き、風影は被っていた笠をとった。
自里とは違うしっとりとした風が短い髪を撫でていく。
彼は息を吐いた。


「……全くあいつの考えている事はわからん」


苦々しく呟くと脳裏にけらけらと笑う鬱陶しいくらいに整った顔が浮かんだ。











「遠渡はるばるようこそ! 会いたかったよ風影君!!!」
「えーい来るな!!」


再会の抱擁をしようとした四代目を風影は容赦なく突き放した。
それに拗ねたような表情を見せつつも四代目は会議室を見回した。
 はた、とあるところで目を止める。


「………君は……」


燃えるような赤い髪に額に愛の文字を刻んだ少年。
 ああ、と風影が我愛羅へと目をやる。


「俺がここに行くっていったら自分もって聞かなくてな。仕方なく連れてきた」
「ふーん、そ」


四代目は頷くと、我愛羅の前まで来てすっ、と手を差し出した。
途端辺りの空気の流れが変わった。
ざわり、と我愛羅を中心に蠢き出す。


「火影様っ!!」
「大丈夫だよ。この子はここに殺し合いに来たんじゃない。そうだろ?」


血相を変えて戦闘態勢に入ろうとする忍たちをそう制して、四代目は差し出した手を戻すと我愛羅の前で両膝をつき、目の高さを合わせた。


「我愛羅、だね。ナルトから話は聞いてるよ」


ぴく、っと我愛羅の身体が震えた。
異常なほどに膨れあがっていた力の波が一瞬弱まる。


「…お前は……」
「俺? 俺は火影だよ。四代目火影。そんでもってナルトの父親だ」
「あいつの……?」


大きく瞳孔を開いて微笑んでいる四代目を見つめる。


 似ている。


 光を集めたような金の髪も、澄んだ空色の瞳も、その雰囲気が似ている。


目の前であの時のあいつのように微笑む目の前の男に、我愛羅は張りつめていた緊張を解い
た。
 それに笑みを深めて、四代目は首を傾けた。


「ナルトに会いに来てくれたんだよね?」
「………」


我愛羅は俯いた。
それを肯定と受け取って四代目は言葉を続ける。


「ナルトは今療養中で家にいる」
「…怪我を?」


少し唖然とした様子に四代目は苦笑する。


「ちょっと風邪ひいてね。…どうせ会議が始まれば君は外に出てなくちゃならない。だからそっちに行っててくれるかな? ナルトも喜ぶよ」


ね?、と微笑む四代目に我愛羅は表情を曇らせた。
彼の言葉に抱え込んでいた不安が一気に大きくなった。



おそるおそる顔を上げて、あいつの面影のある男の顔を見る。


「……俺なんかが行ったら、……」



きっと、いや、絶対喜びなどしないのではないだろうか………。

そう言うと、目の前の男はぽかん、と口を開けて、そして次の瞬間には声を上げて笑っていた。


「君はナルトに似てるね」
「…俺が、あいつに…?」
「うん、考え方そっくり。あ、でも君のほうがひどいかな。あの子最近わかってきたみたいだから」


ぽん、と我愛羅の肩の手を置いて、四代目はやわらかい光りを目に宿す。


「自分を悪く言っちゃいけない。君を大事に思っている人にとって、それは一番辛い事なんだ」
「だが、俺は……」
「ナルトは君を大事に思ってるよ。だから、これだけは覚えておいてほしいんだ」


我愛羅は真摯な眼差しに身を委ねた。
こんな風に誰かから接してもらうのは久しぶりだった。





(夜叉丸…………)



母親の弟。
自分の世話役。
唯一、自分に微笑んでくれた人。


微笑んで、でももの凄く、憎んでいた。殺したいほど、憎んでいた。





それでも、微笑みは自分を守ってくれた。だから二度と見れなくても悲しみなどしないと思って
いた。





二度と見れないと、思っていたのに……。







あいつも、目の前の男も簡単にそれをくれる。



自分の結論づけた存在理由を揺るがす。










「自分を悪く言うっていうことは、君を大事に思う人のことも悪く言うってことなんだ。だってそうだろ? その人はどこであれ君の事を好きなんだ。それを否 定するってことはその人の気持ちも否定するってことだ」


もう一度、信じてもいいと思ったんだ。


「我愛羅、わかるね?」
「……ああ」


自分を否定する事は、簡単だけど、もの凄く、苦しくて、辛い。それは自分がよく知っている。



四代目は手慣れた様子で印を結び、親指を咬み切ると床に押し付けた。
そこから生じた小さな煙が晴れると見覚えのある赤い蝦蟇がちょこんと座っていた。


「ああ? なんじゃここは」


えらい巻き舌でガン付けてくる蝦蟇に四代目は苦笑した。


「ガマ吉君だったっけ? ブン太さんといい君といい蝦蟇は口が悪いな」
「おおっ! 四代目火影の旦那!! なんじゃあ、俺を口寄せしたんは旦那か!」
「うん、君にこの子を俺の家まで案内してほしくてね」


あ?、とガマ吉の動きが止まる。
そしてくるんと跳ねて四代目の見る方を向いて、そして叫んだ。


「っ!! てめえはあん時の砂狸!! ちょっと待てや! 何で俺がこいつなんか!!」
「あれ、知り合い? じゃあー丁度いいね。君ナルトの匂いわかるでしょ? つれてってあげてよ」
「オイコラ! 勝手にまとめるなってーの!! 俺はこいつが嫌いなんじゃ! いきなり攻撃してくるし、こいつのせいで親父もナルトも苦労した! いくら旦 那でも怒るぞ!!」


バンバン! と黒く縁取られた手で床を叩くガマ吉に四代目は唸る。


「えー……嫌なの?」
「当たり前じゃ!」
「残念だなー。この子案内したら、ナルトがご褒美くれるかもしれないのにー」


のにー、の所を嫌に強調して四代目はにんまりする。
眼下のガマ吉は思考硬直状態だ。
『ナルト』+『ご褒美』の単語にぴくぴっくと反応している。
もう一押しだ。


「ナルトって料理だけじゃなくてお菓子作りもうまいんだよねー。暇だったらクッキーでも焼いてるかもねー……。でもガマ吉君は嫌なんだよねー。仕方ない な。君には弟がいたよね? 彼に頼もうかなー」
「………俺が行く」
「ん?」
「俺が行くっつたんじゃ! オラ我ー、超特急で行くからしっかりついてこいや!!」


威勢良く怒鳴って執務室を出て行ったガマ吉に続き我愛羅も出て行った。




 それを嬉しそうに見送って、四代目は唖然としている風影を振り返った。


「さてと、会議を始めようか。あ、そうそう。今日はもう1人ゲストがいるんだ」


執務室の脇の会議室へと入り、すでに席に付いている面々を風影へと見せた。
 奧から三代目火影、ご意見番と書記、そして護衛役の忍が数人各自席についている。
それだけならば問題はなかった。


三代目から少し離れた席に明らかに暗部と知れる忍で挟まれた男が面白そうに笑って座っていたのだ。
両手に包帯を巻いた彼は長い黒髪を背に流すと、くつくつと喉の奥で笑い声を上げた。


「あら、元気そうじゃない」
「……大蛇丸ッ!?……」


反射的に身構えた風影含む砂忍に四代目は真剣な顔を向けた。


「気持ちはわかるけどここは会議の場だ。戦闘は勘弁していただきたい」
「だが、あいつは……ッ!!」
「あの人は今印すら結べないし、ここにいる人間をどうこうする気はないよ。言っただろ? ここは会議の場だって」


四代目は風影をひっぱって席に座らせると、自分も席に着いた。
一番上座に着いた彼は机に端に固めてあった資料を出すと机に広げた。
憮然とした様子の風影を一瞥して、四代目は朗々とした声で言い放った。



「ただいまより、木の葉、砂、そして音の隠れ里の合同会議を始める」










「ナルト! おやつ!おやつくれーや!」
「ちょっとまってってばよ………あ、あったあった」


ナルトはごそごそと冷蔵庫を探ると先日父が饅頭屋から貰ってきた木の葉饅頭を出した。
頭の上のガマ吉に差し出す。


「クッキーは作ってないんだってばよ。これで我慢してくれってば」
「しゃーねーのー」


ガマ吉はそう返すとそれでも喜々として饅頭にかぶりついている。
それに微笑み返しながら居間のほうで所在なげにしている我愛羅へと近寄る。
気づいた我愛羅が微かに目をそらした。


「怪我を、していると聞いたが…」
「ん? ああ、うん。ちょっと任務で。あっ、手合わせの約束してたよな? ちょっと今キツイかも」


そう言ってナルトは肩を回した。だいぶ動かせるようにはなっているが、いきなりのばしたりす
ると激しい痛みが走る。


「別にいい。今日は、お前に会いにきただけだ」


我愛羅はそう言うと日の当たる廊下のほうへと目を向けた。
秋の中旬、入ってくる風は冷たいが、降り注ぐ光は温かい。
ナルトは無言でその横顔をしばらく見ていたがひとつ頷くと廊下のところへ腰を下ろした。
障子の柱の所に凭れて我愛羅を仰ぐ。


「お前、前自分はバケモノだとかどうとか言ってたよな?」


我愛羅は大して動じた様子もなく、無言でナルトと同じように腰を下ろすと静かに自分を見ている彼女を見つめ返した。


「お前は、バケモノを飼っていると言っていたが」
「ああ、うん。………その事について話しておいたほうがいい気がするってば」


ナルトはガマ吉を頭からとると胡座をかいた足の間に置いた。
饅頭を食べてお腹が膨れたのかガマ吉は眠たそうに目元を擦っている。


「一応木の葉の機密事項だからここだけの話にしといてほしい」
「……わかった」


頷いた我愛羅にナルトは微笑み返した。


「………12年前になる。木の葉の里を九尾の妖狐ってバケモノが襲った。そのせいで木の葉は壊滅状態。原因である九尾を退治しようと私のお父さん、現火影 が禁術を使い九尾を私に封印した。意味合いは違うかもしれないけど、私はお前と変わらない。生まれながらにバケモノを抱えていたんだ」
「……何だと……?」


我愛羅は目を見開いた。



 ナルトの中に守鶴と同じようなバケモノがいるというのか?



 自分には眩しすぎる彼女の中に、自分と同じバケモノがいる?





「………お前は……」


我愛羅は自分の胸元を掴んだ。


「…お前はそいつが恐くないのか?お前はどうして笑顔を見せられる?……お前は……」


なんとか息を飲み込み、口を開く。


「お前は俺が恐くないのか……?」


澄んだ青い瞳が大きくなる。
どくどくと心臓が鳴っている。


だから、目の前で彼女の顔に笑みが浮かんだ時、まるで時間が止まっているのかのような感
覚があった。
ナルトは笑った。


「いろいろあったけど、今はお前の事恐くない。こうして話してるぐらいだし。それに、真朱の事も恐くないってばよ」
「真朱?」
「ナルトの中のバケモノだ、砂の者」


その声はナルトではなかった。
自分の後ろから聞こえてきた声に我愛羅は驚いて後ろを振り返った。
全く自分に気配を感じさせなかったのは朱い毛並みの艶やかな一匹の狐だった。
狐は足音もなくスタスタをこちらに近づいてくるとナルトと自分の間でちょこんと座った。


「ナルトの話にあったであろう? 九尾の妖狐とは吾の事だ」
「どういうことだ? お前はあいつの中にいるんじゃないのか?」
「核は無論中にある、意識だけ外に出してもらっているのだ」


カタン、何かが崩れる感覚がした。
自分の持っていた観念や理屈が全て否定された。


「あ、お前とやり合った時はこんなんじゃなかったってばよ? ホントはめちゃくちゃ恐かったけど、こんなの怖がってたまるかーっ!! てもう気合いでびび るの我慢してたってばよ」
「あの頃はバカだの阿保だのひどい言われ方をしたものだ」
「………真朱、根に持ってる?」
「吾は寛大だからそんな事じゃ怒りはせんぞ?」
「じゃあいやに尻尾に力はいってるのはなんでだってばよ」


そうじゃれ合っているナルトと真朱に我愛羅はますます困惑した。
なんというか、あり得ない。




 試しに自分と守鶴で想像してみたが1秒とイメージが浮かばない。


(これも、こいつの力なのか?)


 大切な者を守るため、と完全体になった守鶴を退け、
 かつては恐れていたという妖獣と親しげに話す。


あり得ない。少なくとも自分にとってあり得ない。
なんと、破天荒なのだろう。


「……っくく………」
「が、我愛羅……?」


 突然笑い出した我愛羅にナルトは目を丸くした。
初対面含む彼の印象とのギャップが激しすぎて驚きが隠しきれない。


(……イタチさんが笑うよりも珍しいんじゃ……?)


寡黙の分野が違うのかもしれないが珍しい気がする。



 もの凄く気持ちの良い笑い声を上げていた我愛羅はようやくそれを呑み込むと、涙さえ浮か
んでいる目を真朱と顔を見合わせているナルトに向けた。
とても自然な笑みを浮かべる。



「……お前に会えて…、良かった…」


ここに来て、お前に会って、お前と話して、


「ほんとうに、良かった………」


そうして見つめるお前は、


「私も、お前にまた会えて良かったってばよ」


そう、満面の笑みで返してくれる。
我愛羅は空を見上げた。

(………夜叉丸、お前の言っていた事は、間違いじゃない気がする………)





”我を愛する修羅”

母の俺への感情はそんなものかもしれない。
お前の俺への感情はそれさえも凌駕した憎しみだっただろう。


だが、


”うずまきナルト”の俺への感情は、きっとそうじゃない。

俺の”うずまきナルト”への感情はそんな感情じゃない。








「あ、そうだ! 我愛羅、まだ時間あるってば?」
「……たぶんまだいいと思うが、何だ?」


元気よく立ち上がったナルトを見上げると、彼女は蝦蟇を還している所だった。
もくもくと立ち上る煙が消えると、自分のすぐ前で仁王立ちをした。


「お見舞い行こうってばよ!」
「……見舞い?」


聞き返すとナルトはにしし、と笑った。













 手が震えた。

「なんだ、これは……」


思わず漏れた声に上座の四代目からブーイングが来た。


「そんな言い方ないんじゃないのー? これでも木の葉は譲歩してるのよー?」
「お前なッ!!!」


ばん! と風影は机を叩くと渡された文書に目を走らせた。
もうこれで5回目だ。
 それにため息をついて四代目が口を開く。


「議題まず1つ目。音隠れの里の事実上の解体、木の葉への吸収合併。……これは大蛇丸さ
んが何と言おうとやらせてもらう」
「……別に私は構わないわ。今のこの状況で何が望めるというのよ」


ぼそりと言った大蛇丸に四代目はにかりと笑うと風影へと視線を流した。


「もしかして音を木の葉が吸収する事が気に食わないの? 木の葉側は元々こちらの忍である大蛇丸の責任をとって提議した事なんだけど、風影君が嫌なら折半 でも…」
「…音に関してはお前の好きにしろ。砂は音の力に頼らなくてもその手の技術は間に合ってるかな」
「じゃあ何が気に食わないわけ?」
「項目2つ目、木の葉の砂への実技演習協力依頼だ」


苦々しく言う風影に四代目は疑問符を浮かべながら自分の分の文書に目を落とす。


「…? これが何か問題でも?」
「問題じゃないと言うのか!? ………言いたくないが、木の葉と砂ではあきらかに前者のほうが立場は上だ。砂の領土で演習がしたいのなら任務依頼という形 じゃなく命令の形をとればいい。違うか!?」
「いやまあそうかもしれないけど…砂が木の葉襲撃に加担したのって金銭面で苦しかったからでしょ?」
「それは……」


ずい、っと言われて風影押し黙った。
そこを突かれると返す言葉がない。


「んー、まあ具体的に実施するとなると、まず木の葉の中忍以下を対象に希望者を募り、演習代を集める。砂側には滞在中の食事や宿泊場の確保…まあこのくら いかな。木の葉は勉強熱心な子が多いからなかなかの人数が集まると思う」


それはつまり、それだけの金が動くということ。
文書に明記されている金額でざっと計算してもかなりの額だ。


「だが、これはどう見ても砂への譲歩だ」
「譲歩してるって言ったでしょ? でも結構食費とかってかさむと思うよ? この依頼料でもギリギリじゃない?」
「それでもこちらの利益は莫大だ! こんな事をやっていたら木の葉が潰れるぞ!?」
「あっりゃーん? 風影君が木の葉を心配してくれるなんて意外だなあー。ま、ありがと」


腕組みをして悠々を風影を見返し四代目は天井を見上げた。


「いざとなったら指名手配者を俺が片っ端から捕まえてけば里の運営費ぐらいは稼げるから大丈夫だって。で、その文書に調印する? それとも破棄しちゃう? あ、音のほうはちゃんと調印してね」


にっこりと底の見えない極上の笑みを浮かべて四代目は文書をひらひらと揺らしてみせる。


「風影様……!」


後ろに控える砂忍が迷いを滲ませた声を上げた。
 風影の額にじっとりと嫌な汗が滲んだ。


「我らは……」











 真っ白のカーテンが大きく翻って、窓を薄い水色の空が埋め尽くした。
こん、と小さな音を立てて花瓶を置いて、無意識に空を見上げて目を細める。


「風が、冷たくなってきましたね。窓、閉めましょうか?」
「いえ、これはこれで心地よいです」


そう目を閉じたリーにサクラは微笑んで頷いた。
ベットの傍らの椅子に腰掛けると包帯も痛々しいリーへとつぶやく。


「でもほんと、手術が成功して良かったですね。もう来週からリハビリの許可も出たんですよね?」


リーは先日手術を受けた。
ネジたちの中忍特別任務が済んでから、とずっと手術を先延ばしにしていた。
無論その期間を置いたのはサクラたちの綱手捜索任務の要素も多分にあった。
脊髄を始点に背骨に添う神経系に埋まった骨の欠片の除去手術。
里に帰還した綱手の執刀のお陰もあり、リーの容態は順調だった。


「はい、僕もほっとしています。………綱手様には感謝してもしきれません。それに、こうしてお見舞いにきてくれるサクラさんにも。本当にありがとうござい ます」


そう言って心なしか頬を染めるリーにサクラは「いえ」と首を横に振る。


「私にはお見舞いにくる事しかできませんから。まだしばらく休暇なんでまたお見舞いに来ますね」
「ありがとうございます」


リーは本当に嬉しそうに笑った。
 それにサクラも笑い返して、差し入れに持ってきていた林檎を剥こうと足下の鞄をとろうとした
ときだった。




コンコン、と重傷患者ということで個室を貰っていたリーの病室にノックの音が響いた。


「はい?」


サクラが返事をするとほんのわずかだけ引き戸が開けられ、見知った顔が覗いた。


「ナルト!?」
「サクラちゃん、ちょっと…」


思わず声を上げたサクラにナルトは苦笑するとちょいちょいっと手招きした。
サクラはリーに一言断ると戸のほうへと歩いて行った。


「あんた何してるのよ!? 熱下がったばっかりでしょ!? 怪我も治ってないのに出歩くなんて…」


リーのお見舞いに来てくれた事は嬉しいが、ナルトも怪我人には変わりないのだ。
 怒るサクラにナルトは顔の前に手を合わせた。


「ごめん! ちょっと事情があって」


病室から出て戸を完全に閉めるとサクラはずいっと身を乗り出した。


「事情って何よ?」
「どうしてもリーに会わせたいヤツがいるんだってばよ」


そう言ってナルトは少し離れた壁の方を差した。
丁度角度の関係で死角だったところにサクラは首を傾げてそちらを見て目を見開いた。


「……砂の、我愛羅…?」


サクラのつぶやきに我愛羅は一瞬視線を上げたがすぐに床へと落とした。
そんな彼を呆然と見ていたがサクラははっとすると目の前のナルトに食って掛かった。


「何でアイツがここにいるのよ!?」
「会いにきてくれたんだってばよ。で、どうせだからリーにも会ってもらおうと思ってつれてきた」
「つれてきたって……ッ!!あんたどういうつもりよ? アイツが何したかちゃんとわかってるの!?」
「わかってるってばよ。だからつれてきたんだ」


ナルトは真剣な顔で言うと壁にもたれている我愛羅を引っ張ってきた。
サクラの前に立たせてその肩に手を置く。


「……忍の世界だから仕方なかったけど、我愛羅のあれはやりすぎだった。だからサクラちゃん、我愛羅に謝らせてほしいんだってばよ」
「えっ……何、それ」


サクラは呆然とナルトを見て、我愛羅を見た。
我愛羅はしばらく俯いていたが顔を上げると真っ直ぐに自分のものとは少し色の違う翡翠の瞳を見た。



「………すまなかった…」



そうして目を伏せる。
目を縁取る隈がより大きく見える。


サクラは俯いた。
キリ、と下唇を咬んで拳を握りしめる。


「別にもういいわよ。過ぎた事だもの」


震える声で言って、サクラは顔を上げた。
その動きにつられて目を開けた我愛羅にふっと綻ぶように笑った。


「あの時は砂と木の葉は敵対してたんだから、いいわよ」


それに我愛羅は大きく目を見開いた。
その様子ににっこりとサクラは笑ったが、ふと顔を引き締めると強く言った。


「けど、リーさんに謝ったりなんかしたら、私一生あなたを許さないから」
「……?」
「リーさんとあなたの戦いは公式のものだった。公式の忍の戦い。私情的なものじゃなかった。勝つも負けるもその人の実力次第。だから、あなたがリーさんに 謝ったら、リーさんの立場がなくなるでしょ?だから、絶対謝らないで」


つ、とサクラは戸のほうを肩越しにみて眉を顰めた。
ナルトも黙って同じように部屋の中のリーの気配を見た。


「……我愛羅」
「……わかっている。謝りはしない。顔を会わせるだけだ」


それだけ言うと我愛羅はサクラの脇を抜け単独病室に入っていった。
ナルトと我愛羅のやりとりに呆然としていたサクラは当然慌てた。


「あの人ほんとに大丈夫なの!?」
「瓢箪ないし大丈夫だと思うってばよ」
「!! そ、そうよ。あの人瓢箪どうしたのよ!?」
「私の家で真朱が見張ってるってばよ。多分今も瓢箪の上ででろーん、と昼寝してると思うってば」
「昼寝…って九尾の狐が何してんのよ全く……」


サクラはしみじみと呟いた。
頭の中にはどでかい瓢箪の上で腹這いにでろーんと寝ている朱色の狐の様子が描かれている。



なんて呑気……いや、ほのぼのとしたことだ。



サクラは引き戸に手をかけ、だが止めた。


「本当に大丈夫なら、二人っきりにしてあげたほうがいいわよね」
「我愛羅の事だからほんと顔会わすだけで帰ってきそうだってばよ」
「それもそうね」


2人は顔を見合わせると笑った。







 再び大きくカーテンが風で煽られる。

白い布が膨らむ音に戸が開けられる音が重なった。
足音はひとつ。


(サクラさんか、ナルトさんでしょうか?)


そうリーはぱちぱちと瞬きを繰り返したが、仕切りのカーテンの向こうから現れた人物に重たい頭を持ち上げた。


「……君は……」
「……」


呟くリーを無言で我愛羅は見返した。
じっとベットに固定された相手を観察する。


「……かなり、ひどいようだな」


ぽつり、とそう言う我愛羅にリーは苦笑した。


「君との戦闘で少し無理をしてしまいました。でももう大丈夫です」
「………そうか」


そう返し、我愛羅は窓の外を見つめた。
それにつられてリーも視線を流す。
 空にはうっすらとした雲がいたるところに浮かんでいた。
その合間をせわしく鳴きながら鳥たちが羽ばたいていく。


「………前のように、」
「はい?」


消え入りそうな小さな声にリーが聞き返すと、我愛羅は薄青の双眸を向けた。


「……前のように動けるようになったら、またやろう」


今度は明瞭にその言葉が響いた。
 リーは大きな目を更に大きくすると傷むであろう腕を上げると我愛羅に向けた手をにぎり、親
指を突き立てた。


「はい!!」














 文書の一番下に押された親指の指紋は2つ。
赤い朱肉でくっきりはっきりと白い紙に押されている。


「ムフフ、これでひとまず外交問題は一件落着っと」


おかしな笑い声を上げながら満足そうに見つめているのは言わずともしれた四代目である。
彼は今だ会議室の上座を陣取り、ひらんひらんと契約文書を目の高さで振っている。
 悩みに悩み抜いた末、木の葉の出した提案を呑んだ風影はついさっき退出していった。
今頃は息子の我愛羅を呼びにいかせているだろう。


「……随分楽しそうな事」


ぼそ、と言うのは四代目と同じく今だ会議室に残っている大蛇丸だ。
彼の他には護衛の忍が数人いる他、三代目もご意見番もすでに退出している。
 皮肉たらたらで言ってきた大蛇丸に四代目は極上の笑みを向けた。
ただそれにおかしな笑い声がプラスされている。


「ムフフ、そう見えます〜? やっぱこうスムーズに外交進むと爽快じゃないですか!ムフフ」
「そうでしょうね、いいわね、君はいつも楽しそうで」


そう言ってため息をつき、大蛇丸は包帯巻きの腕で頬杖をついた。
途端走った痛みに顔を顰める。
それに四代目はぽん!と手を叩いて声を上げた。


「いっけない! ついつい忘れるところでしたよ。あなたの処置が決まったんです」
「あら、それは興味深いわね」


言葉とは裏腹に心底げんなりと大蛇丸は目を背けた。
それにも構わず四代目は口を開いた。


「薬師カブトが木の葉に編入になったのはご存じですね? で、貴方にも条件つきで木の葉にもどってもらいたいと思っています」


その発言に大蛇丸の眉が上がる。


「……どこまで抜けてるの? 里を襲撃までした私を今更里に迎えるというの?」
「ええ、それはもうとびきり素敵な条件つきです!絶対呑んで頂けると思うんですが……」


にこにこにこにこと顔の造作が良い分腹が立つぐらいに秀麗な笑みを浮かべる四代目に大蛇丸は口の端を上げた。


「いいでしょう。その条件とやらを聞かせてもらいましょうか」
「そうこなくっちゃ」


四代目はそこで口を一度閉じると、控えている忍を会議室の脇の部屋へとやった。
ほどなくそこから彼と共に見慣れた人物が会議室へと入ってきた。
珍しく大蛇丸は驚いた色を顔に浮かべた。


「……綱手、それにサスケ君……」


唖然とする大蛇丸にサスケは目を細めた。


「さすがのあんたも牢獄生活は堪えるらしいな」
「全くだ。あーあーげっそりしちゃって。ここまでくると気の毒だねえ」


本心かどうかは別として綱手をそう言うとカツカツをヒールを鳴らして大蛇丸のそばに来て彼の腕をとった。
それを見届けて四代目は再び口を開いた。


「あなたには今後木の葉に所属し、木の葉のために働いてもらいたい。その代わりうちはサスケをあなたに預けます。あなたに負けないくらい強い忍に育て上げ てやってください」


大蛇丸の双眸が四代目に向けられた。
くつくつと喉で笑う。


「…面白いじゃない。で、条件はそれだけかしら?」


それににんまりと四代目は笑みを返す。


「察しがいいですね。当然条件はこれだけじゃありません。あなたには特別な呪印を施させていただきます。これはあなたの禁術、呪印術の発動をできなくさせ るためのものです。これはあなた限定のものではなく、他人であってもあなたに関する発動をすべて無効にします。それでもこちらの要望を呑んでくれると言う なら、あなたの腕を治し、言った通りうちはサスケを預けます。どうです?呑んで頂けますか?」


きん、と青い双眸と金の双眸が一瞬ぶつかった。
 だが次の瞬間会議室中に大蛇丸の笑い声が響き渡った。
大蛇丸は深く笑むと四代目へ返した。


「………いいわ、その条件呑みましょう。今の私に望めるものとしては一級のものだわ」


ふっ、と大蛇丸は視線を流すと、勝ち気な表情を浮かべるサスケを見た。


「私はカカシ君ほど甘くはないわ。それでも私の元に来るというのね?」
「覚悟はできてる。元々カカシのヤツには飽きてた頃だ。丁度いいさ」
「じゃ交渉成立って事で! 綱手様お願いします」
「あいよ」


綱手は大蛇丸の手に自分の手をかざした。
そこから発せられる青碧色の光りにみるみる傷が治癒していく。

 四代目は席を立つとくるくると文書を丸めた。


「大蛇丸さんのところには改めて文書出しますからそれまではこの話は仮って事でお願いします」
「わかったわ」


頷いた大蛇丸にうんうん、と頷き返して、四代目も会議室を後にした。





「一件落着っと!」